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桃山の戴冠式

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 蒼山へ行くことが決まったら、あれやこれや準備が大変。
「コット、マットをサイカ姉様にもあげたいわ。お年だから父様にもあげたいわね」
 サシャにも。
「うんうん」
「石鹸はエリー姉様に送ったから、これがサイカ姉様の分で…」
 そういえば私ったら贈り物は姉様にしかしていないから、お姑さんや他の家族から姉様たちが白い目で見られたりしていないかしら。
 姉様、旦那様、ご家族分。私の指では数えられない。
「リンネット、そんなに荷物が増えても困るぞ」
 とコットに指摘されてしまった。
「そうよね。蒼山からエリー姉様の霧山に送ったほうがいいかと思ったけど、これは諦めるわ」
 コットは特に準備もしない。自分のパンツの枚数くらい数えればいいのに。
「コットと遠出も初めてね」
「ああ」
「一緒に行って蒼山に一泊。私はそのまま泊まって、コットは桃山に一泊。帰りに蒼山に寄って一泊だから全部で三泊か」
 二人で初めての小旅行だ。
「ああ。他の姉様方やその伴侶も桃山へ行くのか?」
 コットが聞く。
「どうかしら? 聞いていないから行かないのでは?」
「桃山は代替わりの儀式がきっちりしているからな」
「サイカ姉様の旦那様のお姉様が後目を継ぐのよね」
「そうだ」
 うっかりしていたけれど、ベルダ姉様とエリー姉様も私と同じ状況にはならないのかしら。つまり、旦那様は桃山へ行って、私たちは蒼山へ里帰り。
 なんて、無理な望みよね。私には義両親がいないからこんなに自分の家族を大事にできるのかもしれない。コットの親がいたらいい顔はしないだろう。姉様方にも都合がある。
「リンネット、出立が早いのだ。もう寝よう」
「はい」
 コットって、ものすごく寝つきがいい。ベッドの中でお話ししたいことがあるのにもうすぴぃと寝息を立てている。私も人のこと言えないけど。
 それなのに私の腕やら肩を擦る。
 布団を厚いのにしたからそんなに寒くないですよ。あなたは温かいし。
 あなたと自分の実家に泊まることが嬉しいの。私の好きな景色を見せてあげる。

 私とコットが出かける日、たくさんの兵士が見送ってくれた。
 当然、バーリーさんが残る。
「どこの王も桃山に出かけているから狙うとすれば山賊くらいだろう。頼むぞ」
「必ずお守りします」
 トルル元大尉と婆も城から見送ってくれた。
 みんなにお土産を持って帰ろう。
 アンナとキュリナは他の馬車に乗っている。
「あなた一人だったらすんすん行けたでしょう?」
 兵士が馬車を囲ってくれているが、コットも馬に乗るのが好きなはず。
「よいではないか。初めての旅行だ。今日は蒼山に辿り着ければいい」
 コットは体も大きいし膝を開いて座るから馬車が揺れるたび私の脚に当たるのよね。
「結婚するときもこの道を通って来たわ。ベルダ姉様と来たのよ。昨日のことのよう。コット、お腹すいてない? ジャムサンドを作ったわ。あとお茶もあるからね。あら、もう国境ね。あそこ、黒峠というのよ」
 コットは私ばかり見ている。
「リンネットを見ているほうが楽しいし、心が休まる」
 そういうものなのかしら。嬉しいのは私も同じ。
 お昼過ぎに城を出て、蒼山についたのは夕刻。コットの馬ならば半分ですむだろう。お尻の大きな馬で、コットの馬だからコット以外が乗るとその者は死刑らしいけれど、私も乗りたいから法律を変えてもらった。
 王が許した者は王の馬に乗ってよし。
 今日は私たちにくっついてきていた。ゆっくり歩いて明日の出番を待っている。
 蒼山の王宮が見えてきた。そわそわしちゃう。ずっとここで育って、一年足らず出ていただけなのに。
「父様」
「おお、リンネット。よく来た」
 久しぶりの我が家。でも、昔みたいに騒がしくない。いつも誰かの高笑いが聞こえていた。娘がいないとこんなに静かなのね。
「父様、白髪が増えましたね」
 私は見たままを言った。
「リンネットは、元気そうだな」
「ええ」
「お久しぶりです、お義父上様」
 コットが緊張するなんて珍しい。
「ああ」
「この度は、ありがとうございます」
 ぎこちない。男の人同士だからだろうか。
 コットが私を抱きかかえるとちょうど父様の目線になる。
「父様、私の部屋ってそのまま?」
「うん」
「じゃあコット、行きましょう。疲れちゃった」
 体を伸ばしたい。
「あっちでサシャがお茶を用意しているよ」
 父様が言った。
「はーい」
 コットはいつも以上にいい姿勢で、余計疲れるのではないだろうか。
「リンネット様」
「サシャ。サシャも白髪が増えたわね」
「こちらが旦那様ですね」
「コット、私たちの教育係のサシャよ」
 部屋でゆっくりしたかったのに大広間でお茶を飲むことに。そうか。もうこうやってもてなされる側なのだ。
「素敵なスロープですね」
 コットが王宮を褒める。
「私のせいで階段が少ないの。でも入り口のあのスロープは急だから、カトでも一人じゃ降りられない」
 アンナとキュリナも席を用意されていて困っている。端であっても、紅山ではメイドが王と同席などありえない。コットだけでなく父様もいる。
「奇妙な服だな」
 と父様が私を見る。
「気に入ってるのよ。足の太さの違いも気にならないし」
 私は言った。
「リンネットはドレスのほうが似合う」
 これはあれだ。舅の婿いびりみたいなものだ。コットは黙ってお茶を飲んでいる。
「カモミールですね」
 キュリナが気づく。
「正解よ、キュリナ。そうだ、サシャはもち肌だけど皺が増えたから顔エステしてあげて」
「お任せください」
 そわそわしていたキュリナは役目を与えられてほっとしたようだ。存分にその腕を見せつけて。

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