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再婚と妊娠
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サイカ姉様が残していった花木に水をやるのが日課。野菜はこんもりとした不思議な形。
「リンネット、貸してごらん」
コットがじょうろを高い位置に上げる。
「うわぁ、虹が見える」
朝早く起きてしまったからそんなことをしている私たち夫婦に周囲はかき乱される。王と王妃はお城の中にいても誰かに見れられるのだ。コットが朝食は外でと言い出しかねない。いや、寒いから有り得ないですよと先に言いたい。
「いいわね、あなたたちは呑気で」
とベルダ姉様が朝から苦笑い。
「ベルダ姉様、おはよう」
「リンネット、そんな薄着で風邪ひくわよ」
とエリー姉様が送ってくれた布団のような上着をかけてくれる。重たくて、着ぶくれするし動きづらい。
父様もフレディも手紙はくれるもののベルダ姉様を心配しているのに会いには来ない。王や王太子ともなると難しいのだろう。
そう思っていたのに、
『ベルダ姉様に再婚の申し出がありました』とフレディから手紙が来た。『リンネット姉様はどう思いますか?』
ベルダ姉様より先に私に知らせるということは、まだ様子を窺っているところで確定ではないのだろう。私とコットの結婚は私の気持ち次第という感じだった。しかし、他の姉様の結婚は本人に伝えたときには決定事項になっていたように思う。逃れられない。それも王の娘だからしょうがないと諦めて、各々へ嫁いだ。私は自分の結婚が幸せなものだから姉様たちも幸せになるものと信じていたが、実情は違った。ベルダ姉様は夫を失い、サイカ姉様は夫の裏切りでお山を追われた。
『どちらのお山でしょう?』
葱山という返事が来て、私はぞわぞわした。場所は紅山から見て、金山の更に向こう。金山がなくなったからって、天気がよくても見ることはできない。
コットに尋ねると、
「顔に絵を描いている。獣を手なずけるのがうまい。石に絵を描いて売っている。同じお皿がない。有名な旅の一座がいて彼らの興行で大金を得ている」
と指を折りながら知識をひけらかしてくれた。
「そういう情報もいいけど、もっと具体的に」
結婚をしてから生活水準を知るのでは遅いのだ。ベルダ姉様は歯を失って、夫もお山も失った。それらを父様はわかっていてこの婚姻に乗り気なのだろうか。次こそはコットくらいちゃんとしたお相手にしてほしい。
「ならば紅山に旅の一座を迎えてみようか? 打診はあったものの興味がなかった。秋の収穫は多かったし、冬で民たちの心が冷えないように祭を催そう」
とコットが提案する。妙案だ。コットのようにこんないい人なかなかいない。頭も切れるし、力も強い。真面目な王様って少ないのだろうか。責任感があるだけではだめだし、お金があるだけでもいい王とは言えない。誠実でない人は嫌だし、華美でもなく、尊敬されなくてはならなくて王様ってむつかしい職業だな。妻の家族のことにまで頭を悩ませてしまってごめんなさい。
「その前にベルダ姉様に話してみるわ。先に私たちが画策したと思ったら気分悪いだろうし」
「うむ、そうだな」
ベルダ姉様に話すと、
「まだ気持ちが追い付かないわ。でも命令なら行くしかない」
と言い切った。
すごいな。自分の気持ちよりも蒼山のことを優先できるのだ。
「フレディの手紙には強制ではないとあります」
私は手紙を見せた。
「葱山はまだ新しいお山で、皇帝なんて名乗ってるのよね」
ベルダ姉様も詳しい。今更ながら私は王の娘としての自覚が足りていなかったと思う。コットと結婚して王妃なのだから、近くのお山のことくらい把握せねば。
私はコットから聞いたことを伝えた。
「顔の模様に意味があるのかはわかりませんけど」
文化も先進なのかそうでないのかも不明。
「エリー姉様にも相談してみようかしら」
ベルダ姉様がそんなことを言うなんて思わなかった。昔から決断力だけはあった。しかし、嫁ぎ先があんなことになって、自分の判断に迷いが生じるのかもしれない。こういう時に頼れるのはやっぱりエリー姉様だ。
「いいかもしれないですね。霧山も古いお山ですから他に情報があるかも」
「リンネットはエリー姉様の味方でいてね。あの人は我慢強いし、長子だから私たちに弱音も吐けない」
「もちろんです。ベルダ姉様も、サイカ姉様のこともずっとずっと味方です」
ベルダ姉様は少し弱って、やつれたようにも見える。
コットにお願いしたら葱山の旅芸人たちはすぐに来てくれることになった。うちが近いことと、冬は雪のせいで遠方への出演を断っているかららしい。
「旅芸人と一緒に商人も来るんだ。うちの商人たちに話をしておかなければ。バーリー、商工会の長老と話し合いの場を設けてくれ」
コットは気遣い上手。王様なのにわがままじゃない。ベッドの中で私を抱き締めて離さないけど、それくらいいくらでもどうぞ。
「ベルダ姉様のお相手のことはわかった?」
フレディに聞いてもわからないのだ。
「昔、『長』と呼ばれていた奴は若かったぞ」
コットよりも若いそうだ。
「旅芸人なんて初めて。楽しみ」
「ジャンプしたりすごく体の柔らかい男がいる。だからリンネットはあんまり見ちゃダメ」
「きれいな女性もいるんでしょう。コットも妖艶な人見ちゃ嫌よ」
「うん」
ベッドのシーツも冬用のふわふわにしてくれて、私はちょうどいいけれどコットはたまに寝汗をかくほどだ。寒い日もあるし、シーツの適温はむつかしい。夫婦も本当はもっと難しいのかもしれない。なんで私たちは簡単なのだろう。私が利口でなく、足も悪いから、洗脳が簡単だったのだろうか。
朝、目が覚めたら手をつないでいた。夢の中でもそうだった。幸せすぎて、むせる。
「リンネット、貸してごらん」
コットがじょうろを高い位置に上げる。
「うわぁ、虹が見える」
朝早く起きてしまったからそんなことをしている私たち夫婦に周囲はかき乱される。王と王妃はお城の中にいても誰かに見れられるのだ。コットが朝食は外でと言い出しかねない。いや、寒いから有り得ないですよと先に言いたい。
「いいわね、あなたたちは呑気で」
とベルダ姉様が朝から苦笑い。
「ベルダ姉様、おはよう」
「リンネット、そんな薄着で風邪ひくわよ」
とエリー姉様が送ってくれた布団のような上着をかけてくれる。重たくて、着ぶくれするし動きづらい。
父様もフレディも手紙はくれるもののベルダ姉様を心配しているのに会いには来ない。王や王太子ともなると難しいのだろう。
そう思っていたのに、
『ベルダ姉様に再婚の申し出がありました』とフレディから手紙が来た。『リンネット姉様はどう思いますか?』
ベルダ姉様より先に私に知らせるということは、まだ様子を窺っているところで確定ではないのだろう。私とコットの結婚は私の気持ち次第という感じだった。しかし、他の姉様の結婚は本人に伝えたときには決定事項になっていたように思う。逃れられない。それも王の娘だからしょうがないと諦めて、各々へ嫁いだ。私は自分の結婚が幸せなものだから姉様たちも幸せになるものと信じていたが、実情は違った。ベルダ姉様は夫を失い、サイカ姉様は夫の裏切りでお山を追われた。
『どちらのお山でしょう?』
葱山という返事が来て、私はぞわぞわした。場所は紅山から見て、金山の更に向こう。金山がなくなったからって、天気がよくても見ることはできない。
コットに尋ねると、
「顔に絵を描いている。獣を手なずけるのがうまい。石に絵を描いて売っている。同じお皿がない。有名な旅の一座がいて彼らの興行で大金を得ている」
と指を折りながら知識をひけらかしてくれた。
「そういう情報もいいけど、もっと具体的に」
結婚をしてから生活水準を知るのでは遅いのだ。ベルダ姉様は歯を失って、夫もお山も失った。それらを父様はわかっていてこの婚姻に乗り気なのだろうか。次こそはコットくらいちゃんとしたお相手にしてほしい。
「ならば紅山に旅の一座を迎えてみようか? 打診はあったものの興味がなかった。秋の収穫は多かったし、冬で民たちの心が冷えないように祭を催そう」
とコットが提案する。妙案だ。コットのようにこんないい人なかなかいない。頭も切れるし、力も強い。真面目な王様って少ないのだろうか。責任感があるだけではだめだし、お金があるだけでもいい王とは言えない。誠実でない人は嫌だし、華美でもなく、尊敬されなくてはならなくて王様ってむつかしい職業だな。妻の家族のことにまで頭を悩ませてしまってごめんなさい。
「その前にベルダ姉様に話してみるわ。先に私たちが画策したと思ったら気分悪いだろうし」
「うむ、そうだな」
ベルダ姉様に話すと、
「まだ気持ちが追い付かないわ。でも命令なら行くしかない」
と言い切った。
すごいな。自分の気持ちよりも蒼山のことを優先できるのだ。
「フレディの手紙には強制ではないとあります」
私は手紙を見せた。
「葱山はまだ新しいお山で、皇帝なんて名乗ってるのよね」
ベルダ姉様も詳しい。今更ながら私は王の娘としての自覚が足りていなかったと思う。コットと結婚して王妃なのだから、近くのお山のことくらい把握せねば。
私はコットから聞いたことを伝えた。
「顔の模様に意味があるのかはわかりませんけど」
文化も先進なのかそうでないのかも不明。
「エリー姉様にも相談してみようかしら」
ベルダ姉様がそんなことを言うなんて思わなかった。昔から決断力だけはあった。しかし、嫁ぎ先があんなことになって、自分の判断に迷いが生じるのかもしれない。こういう時に頼れるのはやっぱりエリー姉様だ。
「いいかもしれないですね。霧山も古いお山ですから他に情報があるかも」
「リンネットはエリー姉様の味方でいてね。あの人は我慢強いし、長子だから私たちに弱音も吐けない」
「もちろんです。ベルダ姉様も、サイカ姉様のこともずっとずっと味方です」
ベルダ姉様は少し弱って、やつれたようにも見える。
コットにお願いしたら葱山の旅芸人たちはすぐに来てくれることになった。うちが近いことと、冬は雪のせいで遠方への出演を断っているかららしい。
「旅芸人と一緒に商人も来るんだ。うちの商人たちに話をしておかなければ。バーリー、商工会の長老と話し合いの場を設けてくれ」
コットは気遣い上手。王様なのにわがままじゃない。ベッドの中で私を抱き締めて離さないけど、それくらいいくらでもどうぞ。
「ベルダ姉様のお相手のことはわかった?」
フレディに聞いてもわからないのだ。
「昔、『長』と呼ばれていた奴は若かったぞ」
コットよりも若いそうだ。
「旅芸人なんて初めて。楽しみ」
「ジャンプしたりすごく体の柔らかい男がいる。だからリンネットはあんまり見ちゃダメ」
「きれいな女性もいるんでしょう。コットも妖艶な人見ちゃ嫌よ」
「うん」
ベッドのシーツも冬用のふわふわにしてくれて、私はちょうどいいけれどコットはたまに寝汗をかくほどだ。寒い日もあるし、シーツの適温はむつかしい。夫婦も本当はもっと難しいのかもしれない。なんで私たちは簡単なのだろう。私が利口でなく、足も悪いから、洗脳が簡単だったのだろうか。
朝、目が覚めたら手をつないでいた。夢の中でもそうだった。幸せすぎて、むせる。
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