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 そんな気持ちのままでも一心さんと出かけたのは、本当に好きな人のことを話せるのが彼だけだったから。
「一心さんはどの奥さんが一番好きだったんですか?」
 私は聞いた。
「開口一番、失礼なことを聞くなぁ」
 と呆れてくれた。
「すいません」
 甘味処であんみつを食べた。
「しかも、おいしそうに食べる」
「誰かさんを思い出す?」
「そうだな」
 それは誰だったのだろう。きれいな人がいい奥さんになれるわけじゃない。愛した人から愛される人に私もなりたい。叶わない夢だ。
 店先からバスから死人が降りてくるのが見えた。当然、みんな戸惑う。でもしょうがないかと地獄の門をくぐる。
「愛した人がいても死ぬときは一人なんですよね」
 こっちにまで大きなバックを抱えている人がいるけど、地獄へ行ったら全部取られるのだ。
「夫婦一緒の人も来るけど、たいていは事故で、どっちかがどちらかに謝っていることが多い」
 一心さんも人をよく見ている。
「そっか」
 退屈そうに一心さんはコーヒーだけ飲んだ。
「甘いもの嫌いですか?」
 私は尋ねた。
「嫌いじゃないけど」
「この粒あんおいしい。甘さ控えめ」
 現代のものもあるにはあるが、厨房などは一昔前のものが多い。圧力鍋とかないはず。それなのにおいしい。どうやって作っているのだろう。
「こっちの暮らしには慣れたか?」
 心配してくれているのかな。一心さんがコーヒーを口に運ぶ。鬼とコーヒーって結びつかない。あ、この人、半分は人間なのだ。
「慣れました。というか、びっくりしてます。金縛り皆無」
「は?」
「だってもう10日くらいですよ。私、こんなの物心ついてから初めてで」
 おかげで体が軽い。疲れが取れる。
「そんなこと初めて聞いたけど、ここには怨念とかないからかもしれんな。地獄だから悪霊もいないし」
「そうかもしれませんね」
 地獄は苦しさをひたすら受け入れるところだ。
 空気自体はすがすがしくない。実家の庭のほうが心地いい。しかし、だからこそおかしなものが入り込んでしまうのかもしれない。
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