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 丸一日、私は眠っていたらしい。

 文子さんがいなくなってしまったことは一心さんがうまく説明をしてくれたらしいのだが、私まで寝込んでは他の人たちが働き通しということだ。
「寝ていたほうがいい」
 大女将の薬膳茶はおいしくなくて、しかし私の細胞深くに染み込んでゆく。
「私…」
 なにをしてしまったのだろう。記憶は朧気だ。でもこの状況が真実を突きつける。
 文子さんを消した。昔の、あのときのように。
「霊力が落ちている。ここでは息をするのも辛かろう」
 大女将は鼻の穴が大きくて、下から見ていると闇のよう。
「ここ、客室? いけません」
 はっとして起き上がろうにも、体が無理だった。
「大丈夫。普段は使っていない部屋だ」
 大女将だけがいた。
「一心さんは?」
「お前さんのために消化にいいものを作っている」
 ほら、やっぱり優しい。
「…文子さんは?」
 恐る恐る私は尋ねた。
「無に引き込まれたようじゃ」
「無? それは私のせいですか?」
「いかにも」
 そこで一心さんが入って来て、大女将は部屋を出て行った。
「ありがとうございます」
 と大きな声で言ったつもりだが伝わっているかはわからない。
「大丈夫か?」
 一心さんが座ると出汁の匂いが広がって、お腹が空いていたことに気づく。
「すいません、一心さん。私、記憶がぼんやりで」
「俺にも何が起きたのか…」
「でも、文子さんはいないんでしょう?」
 それが事実だ。
「止められなくてすまない。ほら、食え」
 と温かい月見そうめんをおぼんごと渡された。
「いただきます。おいしい」
 その部屋は他の部屋以上に空気がきれいな気がした。浄化されすぎて、普通の人には息苦しいから客室にできないのかもしれない。
 そうめんを食べたらお腹の奥が温かくなって、血液が体中に運ばれてゆくのがわかった。
「すごい力だ」
 一心さんが怯えた目で私を見る。
「よくわからなくて。普段から何かを消してしまうわけではないですよ」
 手に持った湯呑みは消えない。
「あっちの世界で悪用されたりは?」
「祖父以外は知らないので」
 そもそも何が原因なのか私自身がわかっていない。
「食べ終わったか? もう、寝なさい」
 一心さんの声が優しい。
「はい。明日からは働けますので」
「無理はするな」
 部屋の蝋燭を消して一心さんも出て行った。
 布団で横になりながら、そういえば珠絵ちゃんに助言されていたことを思い出したけれどもう眠い。
 こうなると私はもうだめなの。眠くて、瞼が重い。
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