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デート その2

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 入口も玄関も清しん亭は芯しん亭にそっくり。赤い絨毯まで。
「悪かったね。あんたが気に入らなかったんだ」
 うな垂れるように女将は謝罪してくれた。
「私ではなく憎いのは芯しん亭でしょう?」
「ああ、そうだ。うちの従業員は半分以上が鬼でね、真面目な者もいれば素行の悪い奴もいる。そこへ来てあんたのせいでうちの評判は悪くなるばかりさ」
 女将が気にしていたのが評価の☆マークだったので、思わず笑ってしまった。そんなランキングや口コミのせいで己を見失うなんて人間じゃあるまいし。
「繊細なんですね。今度、私のマッサージに来てください。大女将がやらせてくれないんですよ。鬼のおばあちゃんのモニターお願いします。じゃあ」
 しゃらっと彼女のかんざしが揺れる音がしたが振り返らなかった。今日も花魁みたいな頭だったな。本物の花魁見たことないけど重くないのだろうか。

 そんなことよりも仕事だ。
「数日休んですいませんでした」
 とみんなに頭を下げる。
「なに言ってるの? 一心さんと婚前旅行でしょ?」
「どこ行ったの? 楽しかった?」
 澪さんたちが笑って言った。大女将のせいでそんな記憶になっているのだろうか。
 楽しかった。最初は拷問かと思ったけれど、それなりに悪い時間ではなかった。

 大女将が私のうしろで、
「ああ、気に入らない。あの女を追い詰められたのに、むしゃくしゃする」
 と叫んでいた。
「暇なら手伝ってくださいよ」
 と言おうと思ったが、みんなも大女将が面倒臭くてたてつく者はいない。
「大女将と同じ顔した人が捕えられているのが心苦しかったんだよね。俺だって、見ていられなかったよ」
 さすが蕪木さん。
「そうです」
 と返事をしたら、大女将はなんとも言えない顔をして奥に引っ込んだ。
「あれは、感動かな?」
 長年一緒にいる澪さんにもわからないようだ。
「歯がゆい?」
 と料理長。
「嬉しいかな」
 心角さんが言った。
 
 私も戻って来れて嬉しい。だって、あのままあそこにいたら、絶対に一心さんに惹かれていたと思うから。流されちゃう。
 働いて、忘れよう。
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