22 / 49
22.偽りのマリア4
しおりを挟む
今日は晴れ。いつもならライゾン様のお屋敷で洗濯をするシャーロットさんを手伝ったり邪魔をしている時間だわ。いい服を着て、髪も結ってもらって。
本当の私はこういう生活を送っていたのだろう。休みもなく働いてお茶も出てこない。いや、常識のない私ではお屋敷勤めは難しかったかもしれない。きちんとしたところで働いている人の中には下級貴族の娘もいる。
ナッツがたっぷり入ったスコーンが食べたいな。暇だと空を見上げて嘆きたい。ここでは窓や床を磨いてばかり。
ライゾン様からの連絡がない。どう動いているのかしら。あの毒を警察に持ち込んだのかな。ならば警察が動いてくれそうだが。
私が潜入して5日ばかりが過ぎた頃、メイドのほとんどが食あたりになってしまった。底辺の生活をしていたせいなのか私だけが平気で、仕事がたんまり。掃除だけではなく配膳、お客様の出迎えまで。
執事に呼ばれて、
「これを運んでくれ」
とお盆を渡される。メイドたちのごはんにしては豪華。
「どちらへ?」
「メイド長の部屋だ。わかるか?」
「わかります」
と私は頷いた。お屋敷の中で入れない場所は旦那様、若旦那様たちのお部屋。そこにマリアがいないことは他のメイドに探りを入れていた。それから別棟にあるメイド長の部屋。旦那様たちの話の感じからそこではないかと私は目星をつけていた。が、そこへ入る理由がなかった。やっと行ける。しかし確証もなければ弟の愚行も理由がわからない。もっと詰めてからにするべきだが時間もない。
考えてみよう。真実はひとつしかない。マリアさんの義弟は彼女が好きだった。しかし、彼女は自分の兄の婚約者であり、一年前に二人は結婚。
ん? だとしたら、好きな女が入れ替わっていることに彼だけ気づいたのではないだろうか。そして偽物のマリアさんに本物の居場所を聞き出す。偽物のマリアは、
「知らない」
としか言いようがない。本当に知らないのだから。
姿の見えないメイド長は二人の監視役なのだろうか。メイド長の部屋は一階の突き当り。
「お食事をお持ちしました」
私はノックを三回した。
「そこの椅子に置いてすぐに立ち去りなさい」
老婆のような声だった。ドアさえ開けてくれない。
ちっ。折角、部屋を探るチャンスだったのに。言われた通りにするしかない。これに睡眠薬を入れることも今なら可能。
「焦るな」
塀の向こうからライゾン様の声がした。
「ライゾン様?」
小声で壁に向かって言った。
「裏に来い」
ライゾン様は農夫に変装していた。
「似合いますね」
「お前ほどじゃないさ」
ライゾン様が来てくれたということは解決も近い?
「わかりましたの?」
「いいや、さっぱり。でも明日、二人がここから夜明け前に連れ出されることは馬係から聞かされた」
それまでになんとかしなければ。
「行先は?」
私は聞いた。
「わからん」
先回りもできないか。
「トイレとかお風呂はどうしているのでしょう?」
そこの隙を狙えないだろうか。
「尿瓶とかだろうか」
それだって取り換える必要はある。
「ライゾン様の力で乗り込むことは不可能ですか?」
隠密のような人を雇うこともあった。
「人質を取られている以上、簡単には動けん」
メイド長は自分で二人を匿っているのか、当主に頼まれているのか、当主の息子だから言うことを聞いているのか。今はメイド長よりマリアの救出が第一。
「せめてマリアの素性がバレているか演技を続けているかがわかれば」
「バレていたらとっくに消されてる。バンズ家にも連絡が行くだろうし」
ライゾン様の言葉にぞっとする。
「そうですわね」
私はライゾン様に仮説を話した。弟がマリアさんを好きで精神がおかしくなってしまっていること、なぜかマリアさんの夫や義父はその弟を庇い、メイド長も仕方なく二人を監視しているだろうこと。マリアさんの旦那だけが彼女が偽物と気づいている可能性もある。
こうしていても時間が過ぎるのみ。なんとかしてマリアの居場所を探らなければ。
「ここを早朝にまでいるのならもう一度、配膳を頼まれるやもしれません。そのときに部屋に潜入してみます。私の作戦が無理なら馬車に乗り込む前にライゾン様がどうにかしてください」
私は一人、仕事へ戻った。
本当の私はこういう生活を送っていたのだろう。休みもなく働いてお茶も出てこない。いや、常識のない私ではお屋敷勤めは難しかったかもしれない。きちんとしたところで働いている人の中には下級貴族の娘もいる。
ナッツがたっぷり入ったスコーンが食べたいな。暇だと空を見上げて嘆きたい。ここでは窓や床を磨いてばかり。
ライゾン様からの連絡がない。どう動いているのかしら。あの毒を警察に持ち込んだのかな。ならば警察が動いてくれそうだが。
私が潜入して5日ばかりが過ぎた頃、メイドのほとんどが食あたりになってしまった。底辺の生活をしていたせいなのか私だけが平気で、仕事がたんまり。掃除だけではなく配膳、お客様の出迎えまで。
執事に呼ばれて、
「これを運んでくれ」
とお盆を渡される。メイドたちのごはんにしては豪華。
「どちらへ?」
「メイド長の部屋だ。わかるか?」
「わかります」
と私は頷いた。お屋敷の中で入れない場所は旦那様、若旦那様たちのお部屋。そこにマリアがいないことは他のメイドに探りを入れていた。それから別棟にあるメイド長の部屋。旦那様たちの話の感じからそこではないかと私は目星をつけていた。が、そこへ入る理由がなかった。やっと行ける。しかし確証もなければ弟の愚行も理由がわからない。もっと詰めてからにするべきだが時間もない。
考えてみよう。真実はひとつしかない。マリアさんの義弟は彼女が好きだった。しかし、彼女は自分の兄の婚約者であり、一年前に二人は結婚。
ん? だとしたら、好きな女が入れ替わっていることに彼だけ気づいたのではないだろうか。そして偽物のマリアさんに本物の居場所を聞き出す。偽物のマリアは、
「知らない」
としか言いようがない。本当に知らないのだから。
姿の見えないメイド長は二人の監視役なのだろうか。メイド長の部屋は一階の突き当り。
「お食事をお持ちしました」
私はノックを三回した。
「そこの椅子に置いてすぐに立ち去りなさい」
老婆のような声だった。ドアさえ開けてくれない。
ちっ。折角、部屋を探るチャンスだったのに。言われた通りにするしかない。これに睡眠薬を入れることも今なら可能。
「焦るな」
塀の向こうからライゾン様の声がした。
「ライゾン様?」
小声で壁に向かって言った。
「裏に来い」
ライゾン様は農夫に変装していた。
「似合いますね」
「お前ほどじゃないさ」
ライゾン様が来てくれたということは解決も近い?
「わかりましたの?」
「いいや、さっぱり。でも明日、二人がここから夜明け前に連れ出されることは馬係から聞かされた」
それまでになんとかしなければ。
「行先は?」
私は聞いた。
「わからん」
先回りもできないか。
「トイレとかお風呂はどうしているのでしょう?」
そこの隙を狙えないだろうか。
「尿瓶とかだろうか」
それだって取り換える必要はある。
「ライゾン様の力で乗り込むことは不可能ですか?」
隠密のような人を雇うこともあった。
「人質を取られている以上、簡単には動けん」
メイド長は自分で二人を匿っているのか、当主に頼まれているのか、当主の息子だから言うことを聞いているのか。今はメイド長よりマリアの救出が第一。
「せめてマリアの素性がバレているか演技を続けているかがわかれば」
「バレていたらとっくに消されてる。バンズ家にも連絡が行くだろうし」
ライゾン様の言葉にぞっとする。
「そうですわね」
私はライゾン様に仮説を話した。弟がマリアさんを好きで精神がおかしくなってしまっていること、なぜかマリアさんの夫や義父はその弟を庇い、メイド長も仕方なく二人を監視しているだろうこと。マリアさんの旦那だけが彼女が偽物と気づいている可能性もある。
こうしていても時間が過ぎるのみ。なんとかしてマリアの居場所を探らなければ。
「ここを早朝にまでいるのならもう一度、配膳を頼まれるやもしれません。そのときに部屋に潜入してみます。私の作戦が無理なら馬車に乗り込む前にライゾン様がどうにかしてください」
私は一人、仕事へ戻った。
0
あなたにおすすめの小説
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています
22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」
そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。
理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。
(まあ、そんな気はしてました)
社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。
未練もないし、王宮に居続ける理由もない。
だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。
これからは自由に静かに暮らそう!
そう思っていたのに――
「……なぜ、殿下がここに?」
「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」
婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!?
さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。
「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」
「いいや、俺の妻になるべきだろう?」
「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」
そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。
雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。
その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。
*相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。
親友面した女の巻き添えで死に、転生先は親友?が希望した乙女ゲーム世界!?転生してまでヒロイン(お前)の親友なんかやってられるかっ!!
音無砂月
ファンタジー
親友面してくる金持ちの令嬢マヤに巻き込まれて死んだミキ
生まれ変わった世界はマヤがはまっていた乙女ゲーム『王女アイルはヤンデレ男に溺愛される』の世界
ミキはそこで親友である王女の親友ポジション、レイファ・ミラノ公爵令嬢に転生
一緒に死んだマヤは王女アイルに転生
「また一緒だねミキちゃん♡」
ふざけるなーと絶叫したいミキだけど立ちはだかる身分の差
アイルに転生したマヤに振り回せながら自分の幸せを掴む為にレイファ。極力、乙女ゲームに関わりたくないが、なぜか攻略対象者たちはヒロインであるアイルではなくレイファに好意を寄せてくる。
顔も知らない旦那様に間違えて手紙を送ったら、溺愛が返ってきました
ラム猫
恋愛
セシリアは、政略結婚でアシュレイ・ハンベルク侯爵に嫁いで三年になる。しかし夫であるアシュレイは稀代の軍略家として戦争で前線に立ち続けており、二人は一度も顔を合わせたことがなかった。セシリアは孤独な日々を送り、周囲からは「忘れられた花嫁」として扱われていた。
ある日、セシリアは親友宛てに夫への不満と愚痴を書き連ねた手紙を、誤ってアシュレイ侯爵本人宛てで送ってしまう。とんでもない過ちを犯したと震えるセシリアの元へ、数週間後、夫から返信が届いた。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
※全部で四話になります。
【完結】2番目の番とどうぞお幸せに〜聖女は竜人に溺愛される〜
雨香
恋愛
美しく優しい狼獣人の彼に自分とは違うもう一人の番が現れる。
彼と同じ獣人である彼女は、自ら身を引くと言う。
自ら身を引くと言ってくれた2番目の番に心を砕く狼の彼。
「辛い選択をさせてしまった彼女の最後の願いを叶えてやりたい。彼女は、私との思い出が欲しいそうだ」
異世界に召喚されて狼獣人の番になった主人公の溺愛逆ハーレム風話です。
異世界激甘溺愛ばなしをお楽しみいただければ。
裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。
夏生 羽都
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢でもあったローゼリアは敵対派閥の策略によって生家が没落してしまい、婚約も破棄されてしまう。家は子爵にまで落とされてしまうが、それは名ばかりの爵位で、実際には平民と変わらない生活を強いられていた。
辛い生活の中で母親のナタリーは体調を崩してしまい、ナタリーの実家がある隣国のエルランドへ行き、一家で亡命をしようと考えるのだが、安全に国を出るには貴族の身分を捨てなければいけない。しかし、ローゼリアを王太子の側妃にしたい国王が爵位を返す事を許さなかった。
側妃にはなりたくないが、自分がいては家族が国を出る事が出来ないと思ったローゼリアは、家族を出国させる為に30歳も年上である伯爵の元へ後妻として一人で嫁ぐ事を自分の意思で決めるのだった。
※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になってしまうという方はブラウザバッグをお願い致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる