悪魔の隣りでお昼寝させて~幼い私があなたをお慕いしていることは誰にも内緒です~

吉沢 月見

文字の大きさ
36 / 49

36.身代わりの女

しおりを挟む
「最初からうちに頼んでくれていたらこんなことにはならなかったかもしれない」

 ライゾン様がため息をつく。うまく進んでいないようだ。本当にそう。偽物の女がきっとボロを出したんだわ。確かに、自由だった農民の女の子が、常に人から見られる側になるのはストレスだろう。うちならばその精神論から叩き込むから。想像力が大事だ。バレたらどうなるのか考えられる人でないと己に嘘をつき続けることは難しい。

 嫁ぎ先に悟られぬよう次の手を探る。

「その娘の結婚相手から多額の結納金をもらって家を建て直したようですね」

 フランクは休日出勤が続いて苛々している。

「隙のない家だな」

 情報屋からの取集した話や間取りをライゾン様がまとめる。その真剣な顔、普段は家では見せないから私は目が離せなくなる。

「はい。当主が人間嫌いのようで使用人は少なく、それも知り合いからかき集めているようなので屋敷に入り込むのは難しいですね」

 ライゾン様とフランクが打開策を考えているのを横で聞いているのが好き。紅茶を飲みながら。

「食い物は自分のところで調達。酒まで作っているのか。服は当主の妹の嫁ぎ先か」

「そこに誰かを入り込ませますか?」

 フランクの目が私を一瞬見た。

「素性を念入りに調べるようだ」

 ライゾン様は私を行かせることは考えていないよう。私にもしものことがあればライゾン様に行きつくから。そんなへまはしなわ。もしもそうなったとしても…。私があなたに捧げられるのはこの救われた命だけね。

「ライゾン様、少年から手紙が届きました」

 スティーブが暗号のような紙を知らせる。

「使用人が果物を市場に買いに行ったようだ。何か聞き出せるかもしれん」

 ライゾン様が立ち上がる。

「私が行くわ」

 私は手を挙げた。

「だめだ」

「ここは使用人同士、私が参ります」

 スティーブさんが頭を下げる。

「すまない。君の仕事の範疇ではないのに」

 ライゾン様はスティーブやシャーロットさんを裏家業に巻き込むことを嫌う。私にでさえ、もしもライゾン様が捕まったり殺されても何も知らないふりをしろと言う。そうしたほうが残った人間は生きやすいから。

 わざわざスティーブさんが出向いたのに、
「家の名前さえ出しませんでした」
 と意気消沈。私に枇杷を買って来てくれた。

「ありがとう」

 自分で剝いてそのまま食べた。甘くておいしい。

 それからもライゾン様はその家を探った。当主の息子、つまり娘の代わりになった女の夫には調教の癖があるらしい。さすがのライゾン様も調べられたのはそれだけ。


 その日も少年がうちに知らせを届けた。医者が屋敷に出向くらしい。

「金で動くだろうか?」

 家と医者は古くからの付き合いなのだろう。今日、フランクは別の用事で出かけている。

「行ってみます」

 私しかいない。ミランを呼んで看護師風を装う。医者に頼み込んで同行の許しを得る。

「私の従姉妹が嫁いだ家なのですが姉様との手紙が途絶えて。先生が診察をしているところを見るだけです。一目会えば私の気が晴れますから」
 と涙ながらに訴えた。こういう嘘と演技は得意なの。

「わかったよ」

 先生はその娘の診察に出向くところだった。死んではいないようで一安心。

「だいぶお腹大きくなりましたね」

 娘は妊娠をしているようだった。聞いていない。これが連絡の途絶えた理由なのだろうか。部屋も屋敷内できれい。悪い待遇ではないみたい。

「次は大丈夫でしょうか。もう流産は困るんです。次は絶対に産まないと」

 絞り出すように彼女は震えた声で言った。

「大丈夫です。落ち着いて。赤ちゃんがびっくりしちゃいますよ」

 先生の言葉を聞いても彼女は悲鳴を上げるように泣きじゃくる。

 使用人が部屋を出たすきを見計らって私は耳打ちした。

「ご家族が心配しています」

「家族? 私の家族はここの家の人間よ」

 取り乱した彼女の様子に医師が首を振る。目はうつろで話にならない。諦めて私は帰宅した。

「話にならなかった」
 とライゾン様に報告。

「無事でよかったじゃないか」

「そうね」

 その点だけはほっとしている。が、あの状態では子どもよりも彼女の心が心配だ。

「家族や使用人に彼女の身の上はバレてはいないのか?」

 ライゾン様が聞く。

「わからないわ。ごめんなさい」

 あれでは夫や当主も、彼女の家に説明ができないだろう。

 私は看護師だと偽って薬を届けたり、彼女の話を聞いた。彼女はすぐに私が幼いことに気づいた。今はグレースという名で気に入っていると笑った。

「私は親の顔を知りません。私を育ててくれた人にはとても感謝しています」
 と彼女は言った。

「私もです」

 ライゾン様にはいくら感謝をしても足りない。

「この子が生まれれば全部が終わる。私はちゃんとこの家の人間として認められる」

 呪文のように彼女は唱えた。私は並行しながらなんとか彼女を救い出す術をライゾン様と考えあぐねた。今から彼女に似た妊婦をすり替えることなんて不可能。

 彼女の嫁ぎ先が彼女をいじめていることは明白だった。家族も使用人も彼女に優しくない。表向きは人として扱っているが私にも陰口が聞こえる。私がライゾン様の立場だったらなんとかして家族を不幸に追いやってやる。私のような人間は人の上に立たないほうがいい。

 グレースを救い出したかったが、言い包めることができない。理由をつけて彼女の親に来てもらうべきか。
 そうこうしているうちに、ライゾン様が嫁がせた他の女の素性がバレそうになり、私はグレースにばかりを気にかけることができなかった。

 幸せってどうしてこんなに難しいのかしら。生まれつきたくさんのものに恵まれている人がいる反面、何も持たず奪われるだけの人もいる。ライゾン様がどうにかしようとも遅かった。彼女は自ら命を絶ってしまった。

「自害してくれて助かった」

 ライゾン様が言った。本気で言っている、この人は。うちの裏家業が公になったらたくさんの人に迷惑をかけるからだ。

 私はグレースがそうなってしまったら嫌だなと思っていた。彼女は出産の前に別荘に連れてゆかれるそうだった。そこで子どもと幸せに暮らしてほしい。

 偽物とバレなければいいのだ。亡くなってしまった女の葬儀は女の実家主導で行われ、夫は彼女を追い詰めた罪で警察に問い詰められることにはなったが逮捕はされなかった。そうやっていろんなことが終結する。

 人の死なんて子どものときから慣れっこ。それなのにちょっと知っている相手だと胸が痛むのはなぜなのかしら。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています

22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」 そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。 理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。 (まあ、そんな気はしてました) 社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。 未練もないし、王宮に居続ける理由もない。 だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。 これからは自由に静かに暮らそう! そう思っていたのに―― 「……なぜ、殿下がここに?」 「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」 婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!? さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。 「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」 「いいや、俺の妻になるべきだろう?」 「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」

そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。

雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。 その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。 *相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。

親友面した女の巻き添えで死に、転生先は親友?が希望した乙女ゲーム世界!?転生してまでヒロイン(お前)の親友なんかやってられるかっ!!

音無砂月
ファンタジー
親友面してくる金持ちの令嬢マヤに巻き込まれて死んだミキ 生まれ変わった世界はマヤがはまっていた乙女ゲーム『王女アイルはヤンデレ男に溺愛される』の世界 ミキはそこで親友である王女の親友ポジション、レイファ・ミラノ公爵令嬢に転生 一緒に死んだマヤは王女アイルに転生 「また一緒だねミキちゃん♡」 ふざけるなーと絶叫したいミキだけど立ちはだかる身分の差 アイルに転生したマヤに振り回せながら自分の幸せを掴む為にレイファ。極力、乙女ゲームに関わりたくないが、なぜか攻略対象者たちはヒロインであるアイルではなくレイファに好意を寄せてくる。

顔も知らない旦那様に間違えて手紙を送ったら、溺愛が返ってきました

ラム猫
恋愛
 セシリアは、政略結婚でアシュレイ・ハンベルク侯爵に嫁いで三年になる。しかし夫であるアシュレイは稀代の軍略家として戦争で前線に立ち続けており、二人は一度も顔を合わせたことがなかった。セシリアは孤独な日々を送り、周囲からは「忘れられた花嫁」として扱われていた。  ある日、セシリアは親友宛てに夫への不満と愚痴を書き連ねた手紙を、誤ってアシュレイ侯爵本人宛てで送ってしまう。とんでもない過ちを犯したと震えるセシリアの元へ、数週間後、夫から返信が届いた。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。 ※全部で四話になります。

【完結】2番目の番とどうぞお幸せに〜聖女は竜人に溺愛される〜

雨香
恋愛
美しく優しい狼獣人の彼に自分とは違うもう一人の番が現れる。 彼と同じ獣人である彼女は、自ら身を引くと言う。 自ら身を引くと言ってくれた2番目の番に心を砕く狼の彼。 「辛い選択をさせてしまった彼女の最後の願いを叶えてやりたい。彼女は、私との思い出が欲しいそうだ」 異世界に召喚されて狼獣人の番になった主人公の溺愛逆ハーレム風話です。 異世界激甘溺愛ばなしをお楽しみいただければ。

裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。

夏生 羽都
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢でもあったローゼリアは敵対派閥の策略によって生家が没落してしまい、婚約も破棄されてしまう。家は子爵にまで落とされてしまうが、それは名ばかりの爵位で、実際には平民と変わらない生活を強いられていた。 辛い生活の中で母親のナタリーは体調を崩してしまい、ナタリーの実家がある隣国のエルランドへ行き、一家で亡命をしようと考えるのだが、安全に国を出るには貴族の身分を捨てなければいけない。しかし、ローゼリアを王太子の側妃にしたい国王が爵位を返す事を許さなかった。 側妃にはなりたくないが、自分がいては家族が国を出る事が出来ないと思ったローゼリアは、家族を出国させる為に30歳も年上である伯爵の元へ後妻として一人で嫁ぐ事を自分の意思で決めるのだった。 ※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になってしまうという方はブラウザバッグをお願い致します。

処理中です...