彼と私は時々キスをする

美衣

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1章

日常

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「おはようございまーす。」


「あ、日下部くさかべさん!ちょっと見てください!僕的に結構上手くいったと思うんすけどー」


出勤してすぐの私のもとに、朝の練習した成果を持ってたちばな 真琴まことが走ってきた。


「まこちゃんおはよ。偉いねーいいよ、見てあげる。タバコ吸いたいから裏に持ってきてくれる?」


そう言って私はスタッフルームに向かった。
後ろから聞こえる、ここ片付けたら持っていきますねー!と元気の良い返事を確認してから部屋の扉を開けた。


「あ、…おはよ。」


「はよ……ざいます。」


扉の向こうで先に出勤していた高城さんがどこか気まずそうな笑顔をしていた。

彼は高城たかぎ 駿しゅん
私が働く職場の先輩美容師。
私が2年前に入社してから、彼は直属の上司として何かと気にかけ、面倒を見てくれていた。
私が今、身につけている技術も接客法も、元を辿れば全て彼に教わったものばかりだった。
尊敬はしていても、それ以上の感情を持つことは無かった。

無かったーハズ。…………なのに。



カチンッーー

身支度を整え、愛用しているジッポライターでタバコに火をつけた頃に、少しボリュームを抑えて先に口を開いたのは彼だった。


「昨日、大丈夫だった?」


「うん、大丈夫だっー……でした。あの後、幸助こうすけの家に行ったら、頭痛すぎて爆睡ばくすいでしたけど。あ、すみませ……」


換気扇の無いスタッフルームには、壁に面した窓がひとつあるだけ。そこをめがけて泳いでいった私の吐き出した煙は、目的地にたどり着く前に、窓の前に立っていた高城さんを包んでしまった。
私は、慌ててすぐに煙を払う。


「へぇ、あの後、そのまま彼氏の家に行ったの?悪い女だね」


彼は煙を気にするそぶりも見せず、会話を続けていた。テーブルの上に置いていた私のジッポライターを手に取り、自らの煙草に火をつけながら。


「お蔭さまで。そっちは大丈夫だったんですか?」


貴方こそー


「日下部さん!持ってきました!!見てください!!!」


私が放ちかけた言葉を勢いよく開いた扉が飲み込んだ。


「びっ……くりしたー……ちょっとまこちゃん、だから、もっとゆっくり開けろっていつも言ってるでしょ?」


ごめんなさーい……と申し訳なさそうな橘の顔。


「そんな顔しても駄目。中の人にぶつけたらどうするの?今度やったら、来週の朝掃除、全部一人でやってもらうよ?あと、ドアはコンコンして。びっくりするから。それからこの前もー…」


「た、高城さああぁん。」


つい、次から次へと要求が出てくる状態に耐えられなくなった橘は、情けない声で高城に助けを求める。
彼は、2口しか吸ってない煙草を灰皿に押し付け、フロアに出る準備を初めている。


「ちょ、俺を巻き込まないでよ」


冗談交じりにそう言いながら、彼は笑っていた。


「ねぇ、まこちゃん。そんな事言ってるともう見てあげないよ?」


げっという顔をして、橘は練習したものを慌てて差し出してきた。私はそれを受け取り、会社で決められた技術マニュアルに沿って採点していく。


「あ、そういえば、きょうの16時に予約が入ってるペアの高城って奥さんですか?」


「あ、そうそう。一緒にかなでも来るからよろしくなー。16時だっけ。あっぶね、忘れてたわ」


えっー

まさかの発言に手を止める。

まさか、昨日の今日で、奥さんと子供がお店に来るなんて。どんな顔して会えば良いと言うのだろう。

動揺しているのを周囲に悟られないように、止めた手を動かし採点を続ける。
頭の中では、昨日の出来事とこれから来る彼の家族への罪悪感がぐるぐると渦巻いていた。




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