ハートの鎖

コミけん

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青色の僕

第2章 青すぎる僕

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家について、ご飯を食べ、テレビを見て、お風呂に入って、ベッドに横になってからも僕は彼女のことを考えていた。
久しぶりの母親のご飯も、久しぶりの風呂すらもあっという間に感じてしまうぐらいに。

僕の彼女への想いはまるでコーヒーカップのようにぐるぐるぐるぐる僕の脳を混乱させていく。

もうまともな考え方はできないというぐらいに。

なんとなくかけていたラジオからは僕の好きな歌手の新曲が流れている。

『一人では不安な夜もあった  

暗闇に包まれた世界で  

僕は迷子になっている  

それでも僕は必死にもがき続けるよ

今までの僕とは違うから  

今の僕には君という希望の光が見えるから  

その光に向かって歩き続ければ  

いつか君にたどり着くと信じてる  

だからその時はなにも言わずに優しく迎え入れて

涙の理由も聞かないで

そうしてくれれば僕はこの先ずっと

そっとぎゅっと

君を抱きしめて離さないと誓うよ

でもできることならこの真っ暗な世界に僕を迎えに来て

僕はまだまだこの迷路を抜けられそうにないから…』

そんなに有名ではない歌手だがまるで僕の分身ではないかというぐらいにいつも僕は激しく彼の歌に共感させられる。

今日だってそうだ。

時計の針はもうとっくに12時を回りまた新しい日を迎えていた。

そんな時、突然窓の外に眩しい光が見えた。

僕は目をこすりながら思わず窓の外を見た。

そこには彼女がいた。

何故か懐中電灯を僕の部屋へ向けているまやさんが。

僕はもう一度目をこすった。

そうして夢中で暗闇の中に見えたその光に向かって駆け出した。

「なにしてるの?っていうかなんでここがわかるの?」

僕は心の底からの疑問をぶつけた。

「君を待ってた。名前もまだ知らない君を。」

それから彼女はこうも言った

「私はこれからずっと君のことを見ていたい。ずっとそばで見守っていたい。いい?」

彼女は少し不安そうに僕に尋ねた。

あのただでさえ魅力的な彼女が月の明かりに照らされて一段と輝いていた。

僕は予想もしていなかったこの告白に驚いた。

僕にとって初めての女の人からの告白が初恋のまやさんからだったから。

僕はその瞬間が何時間にも、何十年にも、いや何百年にも感じた。

嬉しすぎて言葉が出なかった。

身動きすら取れかなかった。

それでも僕は胸に手をあて大きく息を吸い、身体中の彼女への想いを全て吐き出すように、強くゆっくりと答えた。

「僕もまやさんあなたのそばにずっといたい。」

それから少し照れくさいから目を閉じて続けた

「僕は……まやさんのことが好きです。いや、意味がわからないぐらい大好きです。」

するとまさやんは微笑みながら僕の耳元でささやいた

「それなら私がずっと君のそばにいて、君を守ってあげるよ」

僕は彼女の年も、出身地も、好きなものも、何も知らない。

彼女に至っては僕の名前すら知らない。
そんな関係なのに僕たちはとっても深い約束をした。

「普通守るのは男の方だろ。」

とか思いながら僕は緊張のあまりさっきからつむっていた目をあけて彼女を探した。

しかしまた彼女はいなくなっていた。

あれ?

僕は思ったがきっとまやさんは恥ずかしくなってしまったんだなと自分を納得させた。

そういうところまで可愛い。

そんなところさえ好きだ。

どうやら僕は病的に彼女が大好きだ。
いつだって彼女のことを想っている。

それから僕は急いであの小説の続きを書いた。

砂漠のように枯れ果てていた僕の日々に初めて現れたオアシスをしみじみと感じながら。



~~~~~~~~~~~~~~~~~
「雨上がっちゃいましたね。もう傘は必要ないですね。」

彼女に渡したビニール傘を再び受け取り部屋に帰ろうと伸ばした手を彼女は強く握ってこう言った。

「いかないで。」

この短い言葉だけで僕には彼女の悲しみが全て伝わってきた気がしていた。

でもちょっと気まずくなって、空にかかった虹を二人で無言で眺めた。

しばらくして彼女は僕に言った。

「私と付き合って下さい。」

僕はあまりにも唐突だったので思わず

「はっ?」

と聞き返した。

すると彼女はこう続けた

「この空に架かる虹をあなたがくぐり抜けることができたら私は諦める。」

そんなのは無理な話だ。

なんてわがままな子なんだ。

でもそもそも断る理由がない。

それでも少し強がって僕は彼女にこう言った。

「それなら君と付き合うしかないな。」

こうして僕らは付き合い始めた。

それから二人で虹色とは程遠い錆びきったゲートをくぐり僕の部屋へ戻った。

それから僕らは二人の過去について話し合った。

どちらから話し始めたというわけでもない。

ただ毎日地球に太陽が昇るように、僕ら二人が合わさると悲しい過去の傷を舐めあってしまうようだ。

心から笑ったことがない僕。

心から信じられる人がいない僕。

家族でさえ安心できない僕。

誰も心から愛したことがない僕。

そんな僕の少年時代から初めてできた彼女に愛想つかされて逃げられたが、なんとも思わず、むしろホッとしたという一か月前までの話。

そしてそこからのなにもなかった日々について話した。

すると彼女は僕の目をしっかりと見つめ、僕の両手を強く握りしめて

「でも、そんな日々はもう終わりだよ。今の君には私がいる。」

とまっすぐに語りかけてきた。

彼女とこの部屋に来てからすでに時計の針達は1周半も追いかけっこをしていたようだ。

出会ったばかりの彼女にここまで話してしまうなんて…

僕は少し恥ずかしくなったがなんだか嬉しかった。

僕と彼女の心が繋がったようで。

それから僕は彼女の話を聞いた。

とても深い深い話を。

驚くぐらいに悲しい話を。

今日初めて会った相手に普通なら離さないような話を。

たくさんの話を聞いた。

その時間は僕は一瞬のようにも永遠のようにも感じた。

彼女の口から放たれる言葉はどんなに悲しい言葉でも、綺麗な歌のように僕には聞こえてしまうから。

それでも、その歌の歌詞は重すぎて僕一人だったらきっと抱えきれないものだったから。

ただ一つ事実として言えることは彼女が話し始めた頃に落ちていった夕日は、また真っ赤な太陽となり僕らの世界に現れたということ。

それだけの間彼女は僕に自分の全てを話してくれていたのだ。

月明かりに照らされて輝く彼女の話を聞いた。

その反対側のなににも照らされない、青い影の中から。

(最初は彼女のとっても明るい幼少期の話から始まった。

それはまるで流行りのアイドルグループの元気な歌のように僕の心を満たした。

もちろん彼女の笑顔がそのスピードをどんどん速くしていった。

それから彼女は母親が心臓の病気で亡くなってしまって、父親と二人で生活するようになったという、高校時代の話をしてくれた。

それはまるで一発屋のシンガーソングライターが生み出した奇跡に近い失恋ソングのように重く僕にのしかかった。

次にそれでも父親の助けがあって教師を目指して大学に通えるようになった日々を話してくれた。

家に帰ってからは二人で模擬授業なんかをやったりして盛り上がったそうだ。
いい歳した親子が。

でもその絆を切り裂くかのようにまた父親を遠くへ追いやってしまった病のことを話してくれた。

そして、今、自分もその病気になりかけていると。

だから私の最後の時間を君と過ごしたいと。

『君を初めて見かけたあの場所で

再び君を見つけられるなんて私は運命を感じたの

君は少し不機嫌そうに傘もささず雨の中を歩いてきたけど

私にはそんなことさえどうでもよかった
勇気を持って声をかけたけど君は何にもなかったかのように無視をしたね

私はとっても悲しかったんだよ

それでも君は再び私の前に現れてくれた
その時には

すでに雨は上がっていたのに傘なんて持っちゃって

その時二人の頭上に架かった虹も

私たちを祝福してくれていたのかな

まぁそんなことはどうでもいいんだ

私はとりあえず君と一生一緒にいたいんだ

それは無理だとわかっているけど

私は君じゃなきゃダメなんだ

君はどう思っているかわからないけど

私がどこかへ飛び立ってしまう時には引き止めなくていいから君に見守っていてほしい

それだけで私は安心して飛び立てるよ

だからせめてそれまでは 優しく私を抱きしめて』

彼女の言葉やっぱり美しい。

それはまるで弱々しいけど芯は強い悲しいけどちょっとだけ前向きなラブソングに聞こえた。

僕らのためだけのラブソングに。)

それから僕達は部屋のカーテンをしめて小さな一つのベッドで重なり合った。

もちろん僕は彼女を強く抱きしめた。

もう二度と彼女を離さない。

仮に天使が雨をたよりに彼女を天国へ連れさそろうとやって来たとしても僕は決してこの手を体を彼女を離さない。

そう誓ってもう一度強く彼女を抱きしめた。

「痛いよ…」

そう呟く彼女がとても愛おしかった。

もう彼女をどこへも行かせない。

僕から離さない。

そう思いながら僕は彼女と夢の世界へと飛び立って行った。

~~~~~~~~~~~~~~~~~



心からの恋愛経験もなければ小説も初めて書く、そんな人が作る恋愛小説はどうなるのだろう?

もしかしたら簡単にできるんじゃないか?

そんな期待を持って書き始めたが、なにぶん恋愛経験が少ないので続きを想像して書くことが難しすぎる。

彼女との本当にあった出来事から妄想して書くことしかできない。

でも実際は全く違う物語のようになっているが。

この物語が完成するのはきっとすごい後になるんだろうなんて考えながら、誰もいない部屋でベッドに横になり目を閉じた。

閉じられた青色のカーテンの先から漏れる光は僕を優しい青色に包み込んだ。
このまま死んでしまったらきっととっても美しい。

このまま死んでしまうならこの愛に満ちたハートは永遠に残るのだろうか。

そんなことを思うぐらい静かで気持ちの良い夜だった。

でも今の僕にはまやさんがいる。

だから僕には明日が待ち遠しく感じるんだ。

太陽のように真っ赤に輝く彼女が決して光の当たらなかった青い僕にも勇気をくれるから。

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