出張万屋やくも奇譚

あしたてレナ

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依頼1

1 あるものの交換

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 店にかかってきた電話はたいへん喜ばしいことに仕事の依頼であった。安曇あずみが店をに変えたのも束の間、再び「やくも」には「close」の札が下げられた。
 しかし肝心の依頼内容はというと……安曇にはわからない。威勢よく電話を受けたものの相手方の訛りがひどく、ほとんど聞き取れなかったのだ。狼狽する様子を見て八雲やくもがすぐに受話器を受け取った。電話を切るや否や、「これからY県に向かうよ。まあ一泊二日の荷物でいいかな……!」と告げられた。
 最後が決め顔だったのは言うまでもない。

 ♦︎♦︎♦︎

 安曇はきっかり四十分で指定された駅に着いた。先ほどから行き交う人の波間に八雲の姿を探しているのだが、その長身はなかなか姿を現さない。すでに二十分遅刻している。
 ……だらしない。
 はあーと大きなため息を漏らすと、後頭部になにかがコツンとぶつかった。
「お待たせ、真夜まやくん」
 振り向くと、大きめのボストンバッグを携えた八雲が缶コーヒーを二本持っていた。頭の発芽玄米ねぐせがなくなっている。直したようだ。
「社長……遅いですよー……人には四十分で支度しろとか言っておきながら」
「えっ!? まさか本当に四十分以内にここに着いたの!? 一旦帰って準備して駅に!?」
 わざとらしく驚きの表情をつくる八雲に、安曇はじとっとした視線を向けた。しばし流れる沈黙の時間。
「ごめんごめん、時間を守るのは社会人としての常識だ。はい、これ」
 安曇は、すみませんでした、と捧げられる缶コーヒーをちらりと見やると「わたし、ブラックは飲めません」と言いながらそれを受け取った。

 新幹線の座席に着き、それぞれに荷物を置いたり背もたれを調整したり、八雲はさっそくスマートフォンを充電しながらアプリを起動したり。
「あの、今回の依頼ってなんなんですか? わたし、結局なにも知らないんですが……」
「んー?」
 ソシャゲを始めた八雲はまたも生返事である。コツコツと缶コーヒーを指でつつくと、「まあ、これ、交換」とだけ言った。まるでクイズである。この回答にこれ以上追求したところで、納得できる返事は得られないだろう。そう心得た安曇は別の質問をした。
「Y県の、どこに行くんですか?」
「えーと、H市」指で液晶をついついとなぞりながら「の、山間やまあいの集落だね」と続けた。
 ひと段落ついたのか安曇のほうへ顔を向けると、八雲はさらに説明する。
「依頼者が最寄駅に迎えに来てくれるそうなんだけど、着く頃には十六時を過ぎてしまうから今夜は宿を用意してくれているらしいよ。仕事は明日だね」
 それから思い出したように付け加えた。
「ああ、一度乗り換えがあるから、昼食はそのときに摂ろうか。真夜くんが腹ペコになってしまうだろうからね、真夜くんが」
「わたしのことを強調しないでください」
 安曇が不機嫌な表情をつくるのとは反対に、八雲は柔らかな眼差しを彼女へ向ける。
「そんなに硬くならなくても大丈夫だよ。今回の依頼はそこまで難しくないから」
 そう言ってふふ、と笑うとボストンバッグからアイマスクを取り出した。
「じゃあ、ぼくはちょっと精神統一するから」
「精神統一って……単なる昼寝では」
「いや、さっきハイスコアを更新できなかったからね……もう少し集中力を高めないと」
「そうですか」
 ぴしゃりと話を切り上げると、八雲もそれ以上なにも言わなかった。どうやら精神統一を始めたらしい。

 八雲には安曇の緊張が伝わっていたようだ。『出張万屋やくも』に勤めてから初めての依頼で、しかも場所は県外。どんな仕事なのかもいまいちわからない。内容については全面的に八雲の説明不足ではあるが。
 缶コーヒーも、からかうような言動も、きっと彼なりに和ませようとしてのことなのだろう。多分、きっと。
 安曇はブラックの缶コーヒーに手を伸ばすと、プルタブを起こした。ほんの少しだけ飲んでみる。
「…………にが」
 ブラックはやっぱり好きになれそうにないなと顔を顰めた。

 ♦︎♦︎♦︎

 最寄駅へ降り立つと、冷たい秋風が頬をくすぐった。安曇はぶるりと身体を震わせる。
「結構寒いですね」
「そうだね」
 自身の腕をさする安曇に対して、いつの間にかジャケットを着ている八雲。安曇もリュックから上着を引っ張り出した。
「でもほら、見てごらん。おかげで紅葉が美しいよ」
 Y県は県域の大半を山地が占める。右を見ても左を見ても、赤や黄の色彩豊かな山々が二人の目を楽しませた。
「おおい! 八雲さぁん!」
 一言で訛りがわかる、朗らかな声。小柄だが体格のいい男性が一人、安曇と八雲へ手を振りながらやってきた。年齢は六十代か七十代といったところか。
「ああ、山田さん。お電話ありがとうございました」
「いやあ遠ぐがら悪いねえ。疲れだでしょう」
 握手を求めるように八雲に差し出した手はごつごつとしてして、指紋に入り込んだ野菜の灰汁あくで指先が黒みを帯びている。長年、農業に携わってきたことがわかる手だ。
「こぢらのお嬢さんは? もう一人来るどは聞いでだげど、八雲さんの娘さん?」
「むっ、娘っ!?」
 山田の言葉に驚きと憤慨をあらわにする安曇に対して、よほどおかしいのか八雲は声を出して笑った。
「いえ、彼女は安曇真夜。うちのスタッフです」
「よろしくお願いします……そんなに幼く見えるでしょうか……」
「違う違う! 若ぐ見えだの! えらぐめんこいお嬢さんだなやって」
「若く……ありがとうございます……」
 安曇の声のトーンが低い。雰囲気を切り替えるように、山田が声を張り上げた。
「ほれ! こんなどごで立ち話もなんだがら、温泉さ案内すっから」
「今夜の宿は旅館ですか! いやあ楽しみです。ありがとうございます」
 八雲もわざとらしく明るい声音を出し、二人はやけに楽しげに歩き出す。安曇はふう、と弱々しくため息をつくと、そのあとをついていった。

 ♦︎♦︎♦︎

 陽が傾き始めた県道を山田の軽ワンボックスカーが走る。流れゆく紅葉を車窓から楽しみつつ、一行は宿のある温泉街へと向かった。
 H市はY県の東部、県境に位置する果樹の栽培が盛んな豪雪地帯。三人の向かっている温泉街は駅からもほど近く、市内の観光名所となっている。
「ちょっと古いどごだけどね、いい温泉だがら。露天風呂もあっからね」
「ありがとうございます。ご依頼いただいた仕事は明日中に完了いたしますので。現在はどのような状況ですか?」
なんねぇね」
 山田はこれまでと一転、くぐもった声を出した。
「畑は荒らされるし、あちこちで犬猫がいなぐなってんだ」
 八雲は動じた様子もなく「そうですか」とだけ言ったが、安曇は現状を語る山田の雰囲気にごくりと喉を鳴らした。
 自身にとっては『出張万屋やくも』での初仕事。なんらかの交換であること、難しい依頼ではないことは八雲から聞いているが、山田の口振りにはなにか不穏なものが窺える。手の平がじっとりと汗ばみ、これから取り組む依頼への緊張が増していくのを感じた――。
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