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第3章 転覆
月夜に
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飛行船から救ってから目を覚ました少女は、当初はおびえた態度をとっていたが、時におちゃらけるのがうまい剛成と、凛とした空気を漂わせながらも、一切の悪意が感じられない八雲、そして言葉は少ないながらもにじみ出る優しさがある涼音に心を開いていき、やがては打ち解けるようになっていった。名は羽漣ということだ。なぜあの時飛行船に監禁されていたのか――おそらく救助に行った剛成と涼音は知っていたのだろうが、俺は知らない。かと言って俺が知る必要もないし、今体力を消耗している彼女に問い詰める理由は全くなかった。
とりあえず羽漣は涼音の部屋で休むことになり、各人の部屋へ別れた。
予想はしていたが、その晩は眠れなかった。
さっきから雲が薄くかかっていた月はより一層雲が厚くなっていた。目の前にはかすかにではあるが揺れる草原が闇夜に光る。
ふと横を見ると、人影があった。羽漣だった。
淡い月明かりが彼女の姿をぼんやりと浮かび上がらせる。長い髪が風になびき、肩をすくめる仕草がどこか弱々しい。彼女は俺に気づいているのかいないのか、じっと夜空を見上げていた。
俺は声をかけるべきか迷ったが、そっと近づいてみた。草原を踏む足音に羽漣がわずかに振り向く。
「……眠れないのか?」
俺が静かに尋ねると、彼女は小さくうなずいた。
「……うん。でも、それはきっとあなたも同じだよね。」
彼女はかすかに笑みを浮かべた。その笑顔はどこか影があるようにも見えた。
「まあ、そうだな。頭の中がいろいろぐちゃぐちゃでさ。」
そう答えると、羽漣はふっとため息をついた。
「私も……。いろんなことがあったから、まだ整理がつかなくて……。でも、ここにいると不思議と少しだけ落ち着くの。」
彼女が視線を落とす先には揺れる草原と、闇夜に微かに輝く星々が広がっていた。
「ここって?」
「……自由、かな。」
羽漣はそっと胸に手を当てるようにしてつぶやいた。その言葉には深い意味が込められている気がしたが、俺にはそれを掘り下げる資格がないように思えた。
沈黙がしばらく続く。風が二人の間を通り抜け、草の香りを運んでくる。その時、彼女が突然ぽつりとつぶやいた。
「……ありがとう。」
「え?」
俺は思わず聞き返した。羽漣はほんの少しだけ顔を上げ、俺の方を向いた。
「私、飛行船に捕まっていた時、もう外になんて出られないと思ってた。でも、あなたたちが来てくれた……。それがどれだけすごいことか、今でも信じられないくらい。」
彼女の声は震えていたが、その中には確かな感謝と安堵がにじんでいた。
「俺たちがやるべきことをしただけさ。」
俺は肩をすくめながら答えたが、内心では彼女の言葉が胸にしみこんでいた。
羽漣は小さく笑い、また夜空を見上げた。その横顔は、少しだけ穏やかに見えた。俺も彼女の隣に座り、しばらく一緒に静かな夜を眺めていた。
月が雲の合間から顔を覗かせ、草原の闇に淡い光を落とす。羽漣の姿がその光に包まれると、まるで夜の中で小さな希望が芽生えたように思えた。
「明日は、もっといい日になるといいな。」
羽漣がそうつぶやいた。その言葉にはどこか決意のようなものが込められていた。
「そうだな。」
俺はその言葉に答えるしかなかった。今はそれで十分だと思った。
宿から抜け出して草原を見つめた。今日の月はさっきから雲がかかっていたが、より一層その雲は厚い。満月であるはずだが、その光の恩恵はほとんどなかった。
薄暗い闇夜の風に揺れる草原がかすかに見えた。
飛行船から救ってから目を覚ました少女は、当初はおびえた態度をとっていたが、時におちゃらけるのがうまい剛成と、凛とした空気を漂わせながらも、一切の悪意が感じられない八雲、そして言葉は少ないながらもにじみ出る優しさがある涼音に心を開いていき、やがては打ち解けるようになっていった。名は羽漣ということだ。なぜあの時飛行船に監禁されていたのか――おそらく救助に行った剛成と涼音は知っていたのだろうが、俺は知らない。かと言って俺が知る必要もないし、今体力を消耗している彼女に問い詰める理由は全くなかった。
とりあえず羽漣は涼音の部屋で休むことになり、各人の部屋へ別れた。
予想はしていたが、その晩は眠れなかった。
さっきから雲が薄くかかっていた月はより一層雲が厚くなっていた。目の前にはかすかにではあるが揺れる草原が闇夜に光る。
ふと横を見ると、人影があった。羽漣だった。
淡い月明かりが彼女の姿をぼんやりと浮かび上がらせる。長い髪が風になびき、肩をすくめる仕草がどこか弱々しい。彼女は俺に気づいているのかいないのか、じっと夜空を見上げていた。
俺は声をかけるべきか迷ったが、そっと近づいてみた。草原を踏む足音に羽漣がわずかに振り向く。
「……眠れないのか?」
俺が静かに尋ねると、彼女は小さくうなずいた。
「……うん。でも、それはきっとあなたも同じだよね。」
彼女はかすかに笑みを浮かべた。その笑顔はどこか影があるようにも見えた。
「まあ、そうだな。頭の中がいろいろぐちゃぐちゃでさ。」
そう答えると、羽漣はふっとため息をついた。
「私も……。いろんなことがあったから、まだ整理がつかなくて……。でも、ここにいると不思議と少しだけ落ち着くの。」
彼女が視線を落とす先には揺れる草原と、闇夜に微かに輝く星々が広がっていた。
「ここって?」
「……自由、かな。」
羽漣はそっと胸に手を当てるようにしてつぶやいた。その言葉には深い意味が込められている気がしたが、俺にはそれを掘り下げる資格がないように思えた。
沈黙がしばらく続く。風が二人の間を通り抜け、草の香りを運んでくる。その時、彼女が突然ぽつりとつぶやいた。
「……ありがとう。」
「え?」
俺は思わず聞き返した。羽漣はほんの少しだけ顔を上げ、俺の方を向いた。
「私、飛行船に捕まっていた時、もう外になんて出られないと思ってた。でも、あなたたちが来てくれた……。それがどれだけすごいことか、今でも信じられないくらい。」
彼女の声は震えていたが、その中には確かな感謝と安堵がにじんでいた。
「俺たちがやるべきことをしただけさ。」
俺は肩をすくめながら答えたが、内心では彼女の言葉が胸にしみこんでいた。
羽漣は小さく笑い、また夜空を見上げた。その横顔は、少しだけ穏やかに見えた。俺も彼女の隣に座り、しばらく一緒に静かな夜を眺めていた。
月が雲の合間から顔を覗かせ、草原の闇に淡い光を落とす。羽漣の姿がその光に包まれると、まるで夜の中で小さな希望が芽生えたように思えた。
「明日は、もっといい日になるといいな。」
羽漣がそうつぶやいた。その言葉にはどこか決意のようなものが込められていた。
「そうだな。」
俺はその言葉に答えるしかなかった。今はそれで十分だと思った。
宿から抜け出して草原を見つめた。今日の月はさっきから雲がかかっていたが、より一層その雲は厚い。満月であるはずだが、その光の恩恵はほとんどなかった。
薄暗い闇夜の風に揺れる草原がかすかに見えた。
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