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最終話・魔塔の主
しおりを挟む「アデル」
夕暮れの光が差し込む窓辺で、俺はそっと、息子の赤い髪を撫でた。
その柔らかさに触れるたび、いつも思う――この子は、やはり不思議な存在だと。
「お前は…本当に、不思議な子だな」
「そうかなぁ?」
アデルは、無邪気に笑った。
その赤い瞳が、まるで太陽を映す湖面のように澄んでいて、俺は一瞬、言葉を失いそうになった。
この小さな手が、どれほど大きな奇跡をもたらしてくれたのか。俺とエリスの、壊れかけた絆を、まるで夢のように繋ぎ直してくれた。
だからこそ、俺もまた――彼に魔法を贈ろうと思った。
「…ならば、俺も魔法をかけよう」
「え?」
アデルが首をかしげる。
小さな声に、俺は微笑んだ。
「夢のような魔法だ」
俺はゆっくりと、アデルの手を取る。
その指先に、自分の願いを込めるように。
「お前の未来に、たくさんの幸せがあるように。どんな道を選んでも、俺と……ママが、ずっと見守っている」
その言葉に、エリスがそっと隣に座り、アデルのもう片方の手を取った。彼女の瞳には、温かくて、どこまでも深い愛情が宿っていた。
「ええ。あなたが歩むすべての道が、どうかあなたらしくありますように。そして――あなたが、心から幸せでありますように」
言葉は、祈りだった。
祈りは、魔法だった。
この瞬間、この小さな手に宿る未来へ――
俺たちは、それぞれの愛と願いを、そっと結びつけた。
アデルは、少しだけ目を丸くしていたが、やがて、ふわりと微笑んだ。
「……ありがとう、パパ。ママ」
それだけで、胸がいっぱいになった。
この子に出会えたこと、家族として生きていること――
それが、何よりの奇跡だった。
――そして、時は流れた。
歴史書の一節に、その名は記されている。
アデル・フォン・エグランティア。
赤髪と赤い瞳を持ち、王国でも類を見ない魔力を操り、あらゆる派閥に属さず、ただひたすらに“魔法”の本質を追い求めた者。
彼は魔塔の主として、数多の魔術師の頂点に立ち、それでいて、どこまでも穏やかで、優しかった。
誰よりも信じ、誰よりも疑わず――
その在り方に、人々は“奇跡”の名を贈った。
だが、彼の内に秘められた強さは、決して偶然などではなかった。
――それは、かつて両親から贈られた“魔法”の力だった。
疑いに満ちた世界で、愛することを諦めなかった父と、信じることを捨てずに歩み続けた母が、小さな手に祈りを込めてかけた、たった一度の魔法。
それは、決して目に見えないけれど――
決して解けることのない、永遠の魔法だった。
彼の人生は、その魔法に導かれていた。
愛され、信じられ、望まれて生まれた命。
だからこそ、誰よりもまっすぐに世界を見据え、誰よりも穏やかに、未来を照らすことができたのだ。
その名は、今もなお、魔塔の記録に刻まれている。
――アデル・フォン・エグランティア。
世界にとっての奇跡であり、
家族にとっての、何よりも大切な宝物。
終わらぬ魔法の物語は、
この名とともに、永遠に語り継がれていく。
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