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第1話「いつかペンと制度の力で」
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「遅い」
「やり直し」
「いやすまない、一度読めば理解すると思っていた」
「君には紙もインクも時間も惜しんで欲しいのだがね」
「この際どうだ。その裏紙で、製紙工場に謝罪文でも書いてみては」
「がっかりする気持ちもわかるが、私もまた君以上に絶望している」
「うむ。つまり、全て書き直しだ」
もう何度目か突き返された書類に指で皺を作りつつ、すごすごと机へ戻る。途中、事務員アニーと目が合った。
情がある、というのは?
口の動きだけで問い掛ければ、アニーはにやつき、声には出さずに「ファイト」と返してくる。二つの拳でファイティングポーズを作った彼女にため息をついて、アンリエッタは部屋の隅、書棚前のデスクの椅子に手をかけた。
ロランがじっと、こちらに目を向けている。
見られていると思っていなかったアンリエッタはびくりと椅子を引く動作を止めたが、といって眼差しの意図は図りかねたので、きょろきょろと辺りへ視線を配った。
「ええっと。あ、何か必要な資料が」
「そういうのは自分でやる」
「はあ。では何か他に御用が?」
「別にない」
であればなんだと言うのだろう。訝しんで彼のことを眺めるが、すぐに答えは出てこない。この二日で、書類を検める眼力と罵倒にまつわる表現力の確かさについては身に染みているアンリエッタだから、即座に要件を出してこないのがなんとも意外に感じた。
彼の口が、緩慢に動くのを見る。
「その、打ち解けたようだ、と――」
アンリエッタのこめかみは続く小言に警戒して強張ったが、言いたいのはそれだけだったらしく、ロランは視線を注いだまま口を噤む。どうやら会話は終わっていないらしい。
「私と、アニーさんのことですか」
「ん」
打って変わって言葉少なで、ほとほと職人気質な人物なのだと思うアンリエッタだった。
アニーの方を見ると、彼女はしたり顔で頬杖を付いている。
「まあ、奢って貰っちゃったからねー。仲良くしないと」
それは、普通思っていても口にしないことではなかろうかと思う。
「奢るというか、かつあげというか」
軽く苦言を呈すと、「わ、冷たい!」とアニーはわざとらしく両手を上げ、目と口を丸く開く。二日足らずですっかり同僚とみなしてくれたらしく、彼女の言動は先のサボタージュと同様に奔放になっていた。
「じゃ、もう一緒にランチはなし?」
「そういうわけじゃないですけど。ご馳走はできませんよ」
えー、と不満げに声を上げたのには軽くひと睨みを送ったが、アニーはちっとも気にした様子がない。ため息をついてアンリエッタが視線を戻せば、厳しく眉を寄せる一等公書士の顔が見えた。
「借りた金で見栄を張るのは、感心せんな」
などと言う。
私から誘ったんじゃないのに!
喉から出かかる言葉を飲み込んで、アンリエッタはようやく席に着く。
「やり直し」
「いやすまない、一度読めば理解すると思っていた」
「君には紙もインクも時間も惜しんで欲しいのだがね」
「この際どうだ。その裏紙で、製紙工場に謝罪文でも書いてみては」
「がっかりする気持ちもわかるが、私もまた君以上に絶望している」
「うむ。つまり、全て書き直しだ」
もう何度目か突き返された書類に指で皺を作りつつ、すごすごと机へ戻る。途中、事務員アニーと目が合った。
情がある、というのは?
口の動きだけで問い掛ければ、アニーはにやつき、声には出さずに「ファイト」と返してくる。二つの拳でファイティングポーズを作った彼女にため息をついて、アンリエッタは部屋の隅、書棚前のデスクの椅子に手をかけた。
ロランがじっと、こちらに目を向けている。
見られていると思っていなかったアンリエッタはびくりと椅子を引く動作を止めたが、といって眼差しの意図は図りかねたので、きょろきょろと辺りへ視線を配った。
「ええっと。あ、何か必要な資料が」
「そういうのは自分でやる」
「はあ。では何か他に御用が?」
「別にない」
であればなんだと言うのだろう。訝しんで彼のことを眺めるが、すぐに答えは出てこない。この二日で、書類を検める眼力と罵倒にまつわる表現力の確かさについては身に染みているアンリエッタだから、即座に要件を出してこないのがなんとも意外に感じた。
彼の口が、緩慢に動くのを見る。
「その、打ち解けたようだ、と――」
アンリエッタのこめかみは続く小言に警戒して強張ったが、言いたいのはそれだけだったらしく、ロランは視線を注いだまま口を噤む。どうやら会話は終わっていないらしい。
「私と、アニーさんのことですか」
「ん」
打って変わって言葉少なで、ほとほと職人気質な人物なのだと思うアンリエッタだった。
アニーの方を見ると、彼女はしたり顔で頬杖を付いている。
「まあ、奢って貰っちゃったからねー。仲良くしないと」
それは、普通思っていても口にしないことではなかろうかと思う。
「奢るというか、かつあげというか」
軽く苦言を呈すと、「わ、冷たい!」とアニーはわざとらしく両手を上げ、目と口を丸く開く。二日足らずですっかり同僚とみなしてくれたらしく、彼女の言動は先のサボタージュと同様に奔放になっていた。
「じゃ、もう一緒にランチはなし?」
「そういうわけじゃないですけど。ご馳走はできませんよ」
えー、と不満げに声を上げたのには軽くひと睨みを送ったが、アニーはちっとも気にした様子がない。ため息をついてアンリエッタが視線を戻せば、厳しく眉を寄せる一等公書士の顔が見えた。
「借りた金で見栄を張るのは、感心せんな」
などと言う。
私から誘ったんじゃないのに!
喉から出かかる言葉を飲み込んで、アンリエッタはようやく席に着く。
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