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第2話「インクの告げる邂逅」
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――お前は、何度言えばわかるんだっ!
玄関まで聞こえてきたがなり声に、アンリエッタとルウィヒは目を合わせる。
荷物の回収を兼ね、さっき対面した井戸で少女に水浴びをさせ、戻ってきたところだった。アンリエッタはぶかぶかの服を着せたルウィヒを背中に置き、診療所の奥へと踏み入る。
「勝手に入ったのも処置をしたのも、緊急であったなら目をつむる。だがその薬はなんだ?」
診察室に入ると響いていたのは、そんなジョゼフの怒鳴り声である。アンリエッタと話す時には温厚に振る舞っていた初老の医師は、強く青年のことを咎めているらしかった。
オッテンバールは瞳を明後日の方に向けて、とぼけた顔付きをしてみせる。
「また思い付きで調合した薬か。必要のない、安全かどうかもわからないものをいきなり患者に使う奴があるかっ」
オッテンバールは応えた様子もなく、そうは言ってもねと、受けた叱咤を鼻で笑う。
「僕は別に医者じゃないんだ、あんたの言う倫理とか主義に従うつもりはないよ」
「名乗らないのなら尚更だろうが。責任もなく生き死にに関わって、殺人と何の違いがある?」
「いいね。そんなら、イスタ中の認定医を人殺しにできる!」
せせら笑う。認定医と言えば博士号のない開業医のことだが、そう皮肉る程に技術に劣る者は昨今は減ったと聞く。
唇の片方を軽薄に持ち上げて、オッテンバールは肩をすくめた。
「あんたの心配は無用だよ。こいつは東洋でよく使われてる煎じ薬を真似たものだ。何度か使ったこともある。今度の用事はこれの営業だったんだけど、ま、また改めてよろしく」
部屋を出て行こうとした青年は入り口に立つアンリエッタに気が付き、やあおかえりと声を掛けた。
「良かったね、ベッドは使って良いとのことだ。世の健康と病院の不景気に感謝しよう!」
性根の良くない冗談を言って、彼は廊下を歩いていく。レームがいる病室の扉を開けると、玄関で佇んでいたルウィヒがそこに駆け寄った。やあせっけんの匂いがするぜ、ちゃんと洗ってもらったみたいだ。離れた所で、そんな声が響いた。
「すまないなアンリエッタさん、子どももいるのに騒いじまった」
口調をいつもの穏やかさに戻したものの、ジョゼフの声には疲れた響きがあった。「いえ」とアンリエッタは首を振る。
「オッテンバールさんは、お医者様ではないんですか?」
質問にジョゼフは頷く。
「薬とか、医療器具販売の仲介業をしている男だ。若いが知識も才もある。本人は発明家だの名乗っているがね」
言いながら廊下の方を眺めた。
「昔からここに出入りしてるんでよく知っていてね、ちょっと他にいないくらい物覚えが良い。能力だけで言えば前途は明るいが、しかしあの通りの性格だ、危なっかしい所が多くてな。今日は先走って怒鳴り付けちまった」
初老の医師はわずかな後悔を滲ませて声を落とすと、こちらの方へ視線を戻す。
「あの坊主、アンリエッタさんが背負って来たんだってな。肩は大丈夫かい?」
「なんとか。背負ってきた時にはちょっと痛みましたけど、今は特に」
そのように話していると、ふと扉の音がした。廊下を見ればオッテンバールが玄関に向かっていて、それをルウィヒが追いかける。アンリエッタもまた同様に戸口へ向かって、ドアベルを鳴らして外に出れば、少女はちょうど青年に追い着いた所のようだった。
通りを行き始めていたオッテンバールは手を少女に触れられてはたと立ち止まり、一歩遅れてルウィヒのことを見下ろす。
「なんだか、君は、妙な声をしてるんだな。……まあ良いや、どういたしまして」
それからこちらと目が合う。軒先に立つアンリエッタは胸の前で両手を組んで、彼に言う。
「今日は、本当にありがとう。助かりました」
感謝を告げると、青年はまあまあ気分良さそうに唇と首を傾け、肩を竦めた。
アンリエッタは、再び歩き出したオッテンバールの背中をじっと見送っている、ルウィヒの隣に立つ。
「お礼を言ったの?」
訊ねる。こちらを見上げた少女は頷いて、アンリエッタの手に触れた。
あなたも、ありがとう。
灯って消えたインクの光の跡を見つめたアンリエッタは、軽い嘆息と共に目を細める。
心配が一つ消え、代わりに懸念が増えた。
ルウィヒとレーム。この、ものを喋らぬ不思議な少女とその兄をどうしてやるべきか、アンリエッタはまだわからずにいる。
玄関まで聞こえてきたがなり声に、アンリエッタとルウィヒは目を合わせる。
荷物の回収を兼ね、さっき対面した井戸で少女に水浴びをさせ、戻ってきたところだった。アンリエッタはぶかぶかの服を着せたルウィヒを背中に置き、診療所の奥へと踏み入る。
「勝手に入ったのも処置をしたのも、緊急であったなら目をつむる。だがその薬はなんだ?」
診察室に入ると響いていたのは、そんなジョゼフの怒鳴り声である。アンリエッタと話す時には温厚に振る舞っていた初老の医師は、強く青年のことを咎めているらしかった。
オッテンバールは瞳を明後日の方に向けて、とぼけた顔付きをしてみせる。
「また思い付きで調合した薬か。必要のない、安全かどうかもわからないものをいきなり患者に使う奴があるかっ」
オッテンバールは応えた様子もなく、そうは言ってもねと、受けた叱咤を鼻で笑う。
「僕は別に医者じゃないんだ、あんたの言う倫理とか主義に従うつもりはないよ」
「名乗らないのなら尚更だろうが。責任もなく生き死にに関わって、殺人と何の違いがある?」
「いいね。そんなら、イスタ中の認定医を人殺しにできる!」
せせら笑う。認定医と言えば博士号のない開業医のことだが、そう皮肉る程に技術に劣る者は昨今は減ったと聞く。
唇の片方を軽薄に持ち上げて、オッテンバールは肩をすくめた。
「あんたの心配は無用だよ。こいつは東洋でよく使われてる煎じ薬を真似たものだ。何度か使ったこともある。今度の用事はこれの営業だったんだけど、ま、また改めてよろしく」
部屋を出て行こうとした青年は入り口に立つアンリエッタに気が付き、やあおかえりと声を掛けた。
「良かったね、ベッドは使って良いとのことだ。世の健康と病院の不景気に感謝しよう!」
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「すまないなアンリエッタさん、子どももいるのに騒いじまった」
口調をいつもの穏やかさに戻したものの、ジョゼフの声には疲れた響きがあった。「いえ」とアンリエッタは首を振る。
「オッテンバールさんは、お医者様ではないんですか?」
質問にジョゼフは頷く。
「薬とか、医療器具販売の仲介業をしている男だ。若いが知識も才もある。本人は発明家だの名乗っているがね」
言いながら廊下の方を眺めた。
「昔からここに出入りしてるんでよく知っていてね、ちょっと他にいないくらい物覚えが良い。能力だけで言えば前途は明るいが、しかしあの通りの性格だ、危なっかしい所が多くてな。今日は先走って怒鳴り付けちまった」
初老の医師はわずかな後悔を滲ませて声を落とすと、こちらの方へ視線を戻す。
「あの坊主、アンリエッタさんが背負って来たんだってな。肩は大丈夫かい?」
「なんとか。背負ってきた時にはちょっと痛みましたけど、今は特に」
そのように話していると、ふと扉の音がした。廊下を見ればオッテンバールが玄関に向かっていて、それをルウィヒが追いかける。アンリエッタもまた同様に戸口へ向かって、ドアベルを鳴らして外に出れば、少女はちょうど青年に追い着いた所のようだった。
通りを行き始めていたオッテンバールは手を少女に触れられてはたと立ち止まり、一歩遅れてルウィヒのことを見下ろす。
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「今日は、本当にありがとう。助かりました」
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