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第3話「子どもたちについて」
3ー8「駅舎、暗躍する二人」
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その日最後の列車がとうに旅立ったマティルド駅構内の一室に入ると、室内ではがちがちと電鍵を叩く音が響いていた。
帝都に報告を送る彼女の背後の椅子に腰掛けてからしばらく、電信を打ち終えたフォンがこちらを振り返る。
「何か報告はありますか」
フランツが頷くと、フォンは再び机に向かう。『トーリア方面特派員ユイットより速報』と信号を送って手を止め、フランツの言葉を待つ。
「子ども二名の取材を実施。天才少女。今後も情報提供者の女を通じてやり取りする。詳細はのちほど」
フォンがちらりと肩越しに見てきたのに、頷く。記者の業務報告に偽装して打った電報にがちがちと通信終了のサインを加えると、彼女はこちらへ向き直った。
「それで一体、どんな幸運があってそんなことに?」
「嬢ちゃんが盗まれた荷物の服を妹の方が着てて、それでわかったんだそうだ」
「そんな偶然」
「あったんだから仕方ないな。別にありえないことでもない」
何はともあれ、それで兄妹からは浮浪児という識別が消えた。姉に見えるか母に見えるかは見た者次第だが、保護者と一緒にいたならフランツ達やごろつき達の目には映りづらくなる。そういう意味では、事前に知り合えていたのは運が良かったと言える。
「で、魔法の存在を確認した」
「! 成功体がいたということですか?」
ややこちらへ身を乗り出したフォンに頷き、説明する。実際、フランツもこの身で確認するまでは存在を予測していなかったので、彼女の反応もよくわかった。しかしその肝心の成果で言えば――
「確かに、魔法という括りで見ると既格外かもしれませんが……」
「軍事利用という意味ではそれほどのインパクトはない、か。俺も同意見だ」
他人から知られず情報を抜き取れるという利点があるにはあるが。特にルウィヒが他者から読み取る情報は思考や感情が前面に出てくるらしく、記憶までとなるとほんの少ししか参照できた試しがないという。しかも、直接的な接触が必要になる。そうなると、例えば他国の要人に対してベストな状況を用意することはなかなか難しそうに思われた。であれば尋問にでも使えるかという所だが、言ってしまえば「少々手間が減る」という範囲を出ない。
「人間以外の思考を読むことは可能なのでしょうか」
フォンのそれは、機関の研究者達も当然抱いた疑問だった。
「兄妹たちの証言を聞くに、何度かそういう実験もあったみたいだ。が、どうもぶっ倒れちまったらしい」
あまりにヒトから離れた規格の思考と交信するのは負担が大きい、ということだろう。加えて、倒れるばかりでなく直後の本人の精神にも影響が出た。せっかく現れた成功例をみすみす駄目にする勇気はなかったのだろう、ヒト以外を対象としたテストが続くことはなかった。
「なんというか、不便なものですね」
どういうわけか残念がったフォンの反応には可愛げがあったが、言えばおそらく機嫌を悪くするだろう。
「不便、ね。確かにそうだ」
聞けば誰もが欲しがりそうな能力なのに、その実態にはなかなかどうして制限がある。
フランツは、フォンの背後の机に置かれた電信機を眺める。同じく情報のやり取りをするものでも、その利用価値は雲泥の差である。ここを出入りする蒸気機関車にしても、そうだ。機械技術が経済的にも軍事的にも計り知れない影響をもたらす一方で、魔法というヒトに由来するその可能性はずいぶんとチャチだった。かつては奇跡を演出するためにも用いられ、その実用性のなさから廃れた秘術。引き出した可能性がこの程度でしかないのなら、軍から見放されるのも無理はない。
「しかし、それならハーヴェルが支援をする理由もないのでは?」
「さてな、いち担当者の見込み違いということもあるが」
というか、それが一番ありそうではあった。
「魔法自体ってより、その過程に注目しているんじゃないか」
「脳機能の制限、ですか」
「例えば兄妹の兄の方は痛覚を失ってる。狙って恐怖や痛覚の抹消ができるようになったらと思うのは、まあ不思議なことじゃない」
ふっ、と呆れたようにフォンが息をつく。
「いかにも、机の上でものを考える人間が思い付きそうなことですね」
皮肉げに言う。痛みも恐れも、彼女にしてみれば「克服してこそ」という感触なのだろうが、全ての軍人をフォンのように鍛え抜かれた戦士にできるわけではない。ノーリスクで恐怖を除去する措置が取れるのなら、統率する立場で見ればアリだ。
「支援っていや、そっちの調査は? 魔法技術の発展に意欲的なお金持ちはいたかい?」
質問には、あえなく首を振られる
「成果なしです。マティルド周辺と帝都のサロンに顔を出して探りましたが、関係者と思しき人物は見つかりません」
まともに資金提供を受けている線も並行して検証していたのだがそちらが鳴かず飛ばずとなるといよいよ、他国と繋がりがあるのだろうという疑いが濃くなる。
「子どもは独力で逃げて来たんでしょう? 所在地についての情報は」
「もちろん、あった。正確じゃあないがな」
だが、それでも以前よりは絞り込める。推測するに、イスタ国軍からの支援を打ち切られた後はどうも分散する形で施設の移転がなされたらしかった。そうなると一挙に制圧するのが厳しい反面、細かな情報の収集には都合が良い。
「つまり、今後の行動は」
「情報を収集しつつ資金源を探る」
変わらぬ方針を聞いて、肩をすくめるフォン。
「いっそ突き止めたら乗り込んでしまっても良いのでは?」
さて彼女がそう言いたくなる気持ちも、わかるにはわかるが。
「冴えた考えだな、やりたきゃ勝手にやれ。命令はしない」
「投げやりですね、作戦行動の責任は上官のものでしょうに」
「監督してない作戦の面倒は見れんさ。大体あんまり手荒にすると、お隣でドンパチしてる輩に口実を与えかねん。帝都の御父様だって、きっとそう言うぜ」
幾分あやす心地でそう言うと、フォンはわずかに眉をひそめ口を噤む。内実はフランツよりもずっと任務に従順なのだから、無意味にじゃれつくのはやめて欲しいところだった。
「……まあ、まだマシか。あの嬢ちゃんなら、こっちが止めなきゃならんところだ」
ため息交じりに呟く。
土地の履歴のことであれば何か手掛かりを見付けてくれるだろうかと、ふと考える。
その日最後の列車がとうに旅立ったマティルド駅構内の一室に入ると、室内ではがちがちと電鍵を叩く音が響いていた。
帝都に報告を送る彼女の背後の椅子に腰掛けてからしばらく、電信を打ち終えたフォンがこちらを振り返る。
「何か報告はありますか」
フランツが頷くと、フォンは再び机に向かう。『トーリア方面特派員ユイットより速報』と信号を送って手を止め、フランツの言葉を待つ。
「子ども二名の取材を実施。天才少女。今後も情報提供者の女を通じてやり取りする。詳細はのちほど」
フォンがちらりと肩越しに見てきたのに、頷く。記者の業務報告に偽装して打った電報にがちがちと通信終了のサインを加えると、彼女はこちらへ向き直った。
「それで一体、どんな幸運があってそんなことに?」
「嬢ちゃんが盗まれた荷物の服を妹の方が着てて、それでわかったんだそうだ」
「そんな偶然」
「あったんだから仕方ないな。別にありえないことでもない」
何はともあれ、それで兄妹からは浮浪児という識別が消えた。姉に見えるか母に見えるかは見た者次第だが、保護者と一緒にいたならフランツ達やごろつき達の目には映りづらくなる。そういう意味では、事前に知り合えていたのは運が良かったと言える。
「で、魔法の存在を確認した」
「! 成功体がいたということですか?」
ややこちらへ身を乗り出したフォンに頷き、説明する。実際、フランツもこの身で確認するまでは存在を予測していなかったので、彼女の反応もよくわかった。しかしその肝心の成果で言えば――
「確かに、魔法という括りで見ると既格外かもしれませんが……」
「軍事利用という意味ではそれほどのインパクトはない、か。俺も同意見だ」
他人から知られず情報を抜き取れるという利点があるにはあるが。特にルウィヒが他者から読み取る情報は思考や感情が前面に出てくるらしく、記憶までとなるとほんの少ししか参照できた試しがないという。しかも、直接的な接触が必要になる。そうなると、例えば他国の要人に対してベストな状況を用意することはなかなか難しそうに思われた。であれば尋問にでも使えるかという所だが、言ってしまえば「少々手間が減る」という範囲を出ない。
「人間以外の思考を読むことは可能なのでしょうか」
フォンのそれは、機関の研究者達も当然抱いた疑問だった。
「兄妹たちの証言を聞くに、何度かそういう実験もあったみたいだ。が、どうもぶっ倒れちまったらしい」
あまりにヒトから離れた規格の思考と交信するのは負担が大きい、ということだろう。加えて、倒れるばかりでなく直後の本人の精神にも影響が出た。せっかく現れた成功例をみすみす駄目にする勇気はなかったのだろう、ヒト以外を対象としたテストが続くことはなかった。
「なんというか、不便なものですね」
どういうわけか残念がったフォンの反応には可愛げがあったが、言えばおそらく機嫌を悪くするだろう。
「不便、ね。確かにそうだ」
聞けば誰もが欲しがりそうな能力なのに、その実態にはなかなかどうして制限がある。
フランツは、フォンの背後の机に置かれた電信機を眺める。同じく情報のやり取りをするものでも、その利用価値は雲泥の差である。ここを出入りする蒸気機関車にしても、そうだ。機械技術が経済的にも軍事的にも計り知れない影響をもたらす一方で、魔法というヒトに由来するその可能性はずいぶんとチャチだった。かつては奇跡を演出するためにも用いられ、その実用性のなさから廃れた秘術。引き出した可能性がこの程度でしかないのなら、軍から見放されるのも無理はない。
「しかし、それならハーヴェルが支援をする理由もないのでは?」
「さてな、いち担当者の見込み違いということもあるが」
というか、それが一番ありそうではあった。
「魔法自体ってより、その過程に注目しているんじゃないか」
「脳機能の制限、ですか」
「例えば兄妹の兄の方は痛覚を失ってる。狙って恐怖や痛覚の抹消ができるようになったらと思うのは、まあ不思議なことじゃない」
ふっ、と呆れたようにフォンが息をつく。
「いかにも、机の上でものを考える人間が思い付きそうなことですね」
皮肉げに言う。痛みも恐れも、彼女にしてみれば「克服してこそ」という感触なのだろうが、全ての軍人をフォンのように鍛え抜かれた戦士にできるわけではない。ノーリスクで恐怖を除去する措置が取れるのなら、統率する立場で見ればアリだ。
「支援っていや、そっちの調査は? 魔法技術の発展に意欲的なお金持ちはいたかい?」
質問には、あえなく首を振られる
「成果なしです。マティルド周辺と帝都のサロンに顔を出して探りましたが、関係者と思しき人物は見つかりません」
まともに資金提供を受けている線も並行して検証していたのだがそちらが鳴かず飛ばずとなるといよいよ、他国と繋がりがあるのだろうという疑いが濃くなる。
「子どもは独力で逃げて来たんでしょう? 所在地についての情報は」
「もちろん、あった。正確じゃあないがな」
だが、それでも以前よりは絞り込める。推測するに、イスタ国軍からの支援を打ち切られた後はどうも分散する形で施設の移転がなされたらしかった。そうなると一挙に制圧するのが厳しい反面、細かな情報の収集には都合が良い。
「つまり、今後の行動は」
「情報を収集しつつ資金源を探る」
変わらぬ方針を聞いて、肩をすくめるフォン。
「いっそ突き止めたら乗り込んでしまっても良いのでは?」
さて彼女がそう言いたくなる気持ちも、わかるにはわかるが。
「冴えた考えだな、やりたきゃ勝手にやれ。命令はしない」
「投げやりですね、作戦行動の責任は上官のものでしょうに」
「監督してない作戦の面倒は見れんさ。大体あんまり手荒にすると、お隣でドンパチしてる輩に口実を与えかねん。帝都の御父様だって、きっとそう言うぜ」
幾分あやす心地でそう言うと、フォンはわずかに眉をひそめ口を噤む。内実はフランツよりもずっと任務に従順なのだから、無意味にじゃれつくのはやめて欲しいところだった。
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