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第一章
32話 夜明けの滴
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水の滴る音が静かに響いていた。
薄く目を開けると、すぐそばにヴァルクの横顔があった。
安らかな寝顔に見えたが、よく見ると瞼は閉じられたまま、微かに呼吸の気配を感じる。
驚いて体を起こした瞬間、立ちくらみのように視界が揺れ、倒れそうになったところをヴァルクの腕が支えた。
「大丈夫か?」
「あ……はい、大丈夫、です」
ヴァルクは一瞬だけ目を細め、周囲を見回す。
「雨が止んで随分経つ。そろそろ日も昇る頃だろう。少し外を見回ってきたいのだが……ここで待っていられるか」
「ええ、平気よ…」
短く答えると、彼は首を傾げ、わずかに口元を緩めた。
「……ずいぶん大人しくなったな」
その一言に、アメリアの胸が一気に熱くなる。
昨夜のこと――自分のしたこと、そして受け入れてしまった瞬間が蘇る。
頬がみるみるうちに赤く染まり、視線を逸らした。
「そ、そんなことないです……」
ヴァルクは焚き火のそばに腰を下ろしたまま、静かに火を見つめていた。
小さな炎がまだパチパチと音を立てている。
彼は腰の袋から透明な液体の入った瓶と布を取り出すと、それを長めの木の枝に巻きつけ、液体を注いだ。
次の瞬間、火に近づけた枝の先が蒼い炎を上げた。
洞窟の壁が淡く照らされ、彼の影が長く伸びる。
「すぐ戻る」
短く告げ、ヴァルクはその蒼い光を手に、静かに洞窟の外へと向かった。
ヴァルクの背中が森の闇に消えると、途端に静寂が戻った。
ぽたり、ぽたりと水の滴る音だけが響く。
アメリアは火のそばに座り込み、膝を抱えた。
次の瞬間、昨夜の出来事が鮮明に蘇り、思わず頭を抱える。
――どうして、あんなことを。
シンシアの行動が呼び起こされて、あのとき胸の奥を突き上げた感情が、嫉妬だったと気づくのに時間はかからなかった。
せめてもの意地で、頬に軽く口づけするつもりだった。
けれど――。
彼の口付けは慰めだったのだろうか。私は他の人とは違うということを示してくれたのか。
一瞬、だけど優しく包み込まれるような温かさに、息ができなくなりそうだった。
まるで、自分の中にあった“初めて”の記憶を塗り替えられたようで――。
いや、もしかしたら“本物のアメリア”にとっても、あれが初めてだったのかもしれない。
そう思った瞬間、胸の奥がじんわりと痛くなった。
アメリアのために過去に舞い戻った。だけど、いつまで彼女の人生を生きれば良いのだろう。
ロキア王国が滅亡しないことが確定すれば、彼女はこの身体に舞い戻るのだろうか。
もしそうなら、これから私がアメリアとして生きるすべてを、いずれ彼女は背負うことになる。
このまま結婚すれば初夜を迎え、いつかはヴァルクとの子を身籠るかもしれない。
ヴァルクが言ったとおり、アメリアがもしずっと彼を軽蔑していたとしたら彼との子どもを愛せるだろうか。
彼しかロキアを救えないと思った。そしてアメリアを必ず守ってくれるのは彼だと思う。
それでもーーアメリアは、本物の王女は、彼を愛するだろうか。
(ーーーでも、私は彼のこと………)
唇にそっと触れた。
あの一瞬を刻めるくらい、心が惹かれているのがわかった。
出来ることならーー頭を掠めた欲望にゾッとして強く膝を抱える。
(考えてはダメ…やるべきことをするだけよ……)
――――
やがて、ヴァルクが戻ってきた。
外の冷たい空気をまといながら、蒼い光を岩壁に立てかける。
「狼煙が上がっていた。救助隊がすぐ近くまで来ている」
「本当ですか?」
アメリアが顔を上げると、ヴァルクはわずかに口角を上げた。
「うまくいけば、朝食に間に合いそうだ」
「……ふふ、もうお腹がぺこぺこです」
思わず笑いがこぼれる。
ふたりの間に漂う空気が、昨夜までとは少しだけ違っていた。
短い沈黙のあと、ヴァルクが立ち上がる。
「行こう」
洞窟を出ると、森はうっすらと朝の色に染まりはじめていた。
濡れた枝から光が滴り、遠くで鳥がさえずる。
ヴァルクの背を追いながら、アメリアはそっと振り返る。
静まり返った洞窟の奥に、昨夜の時間がまだ息づいている気がした。
ほんの少し胸が痛んだが、その痛みはどこか心地よかった。
ふたりきりの時間の終わりを惜しみながらも、
アメリアは新しい光の差す方へ、静かに歩き出した。
薄く目を開けると、すぐそばにヴァルクの横顔があった。
安らかな寝顔に見えたが、よく見ると瞼は閉じられたまま、微かに呼吸の気配を感じる。
驚いて体を起こした瞬間、立ちくらみのように視界が揺れ、倒れそうになったところをヴァルクの腕が支えた。
「大丈夫か?」
「あ……はい、大丈夫、です」
ヴァルクは一瞬だけ目を細め、周囲を見回す。
「雨が止んで随分経つ。そろそろ日も昇る頃だろう。少し外を見回ってきたいのだが……ここで待っていられるか」
「ええ、平気よ…」
短く答えると、彼は首を傾げ、わずかに口元を緩めた。
「……ずいぶん大人しくなったな」
その一言に、アメリアの胸が一気に熱くなる。
昨夜のこと――自分のしたこと、そして受け入れてしまった瞬間が蘇る。
頬がみるみるうちに赤く染まり、視線を逸らした。
「そ、そんなことないです……」
ヴァルクは焚き火のそばに腰を下ろしたまま、静かに火を見つめていた。
小さな炎がまだパチパチと音を立てている。
彼は腰の袋から透明な液体の入った瓶と布を取り出すと、それを長めの木の枝に巻きつけ、液体を注いだ。
次の瞬間、火に近づけた枝の先が蒼い炎を上げた。
洞窟の壁が淡く照らされ、彼の影が長く伸びる。
「すぐ戻る」
短く告げ、ヴァルクはその蒼い光を手に、静かに洞窟の外へと向かった。
ヴァルクの背中が森の闇に消えると、途端に静寂が戻った。
ぽたり、ぽたりと水の滴る音だけが響く。
アメリアは火のそばに座り込み、膝を抱えた。
次の瞬間、昨夜の出来事が鮮明に蘇り、思わず頭を抱える。
――どうして、あんなことを。
シンシアの行動が呼び起こされて、あのとき胸の奥を突き上げた感情が、嫉妬だったと気づくのに時間はかからなかった。
せめてもの意地で、頬に軽く口づけするつもりだった。
けれど――。
彼の口付けは慰めだったのだろうか。私は他の人とは違うということを示してくれたのか。
一瞬、だけど優しく包み込まれるような温かさに、息ができなくなりそうだった。
まるで、自分の中にあった“初めて”の記憶を塗り替えられたようで――。
いや、もしかしたら“本物のアメリア”にとっても、あれが初めてだったのかもしれない。
そう思った瞬間、胸の奥がじんわりと痛くなった。
アメリアのために過去に舞い戻った。だけど、いつまで彼女の人生を生きれば良いのだろう。
ロキア王国が滅亡しないことが確定すれば、彼女はこの身体に舞い戻るのだろうか。
もしそうなら、これから私がアメリアとして生きるすべてを、いずれ彼女は背負うことになる。
このまま結婚すれば初夜を迎え、いつかはヴァルクとの子を身籠るかもしれない。
ヴァルクが言ったとおり、アメリアがもしずっと彼を軽蔑していたとしたら彼との子どもを愛せるだろうか。
彼しかロキアを救えないと思った。そしてアメリアを必ず守ってくれるのは彼だと思う。
それでもーーアメリアは、本物の王女は、彼を愛するだろうか。
(ーーーでも、私は彼のこと………)
唇にそっと触れた。
あの一瞬を刻めるくらい、心が惹かれているのがわかった。
出来ることならーー頭を掠めた欲望にゾッとして強く膝を抱える。
(考えてはダメ…やるべきことをするだけよ……)
――――
やがて、ヴァルクが戻ってきた。
外の冷たい空気をまといながら、蒼い光を岩壁に立てかける。
「狼煙が上がっていた。救助隊がすぐ近くまで来ている」
「本当ですか?」
アメリアが顔を上げると、ヴァルクはわずかに口角を上げた。
「うまくいけば、朝食に間に合いそうだ」
「……ふふ、もうお腹がぺこぺこです」
思わず笑いがこぼれる。
ふたりの間に漂う空気が、昨夜までとは少しだけ違っていた。
短い沈黙のあと、ヴァルクが立ち上がる。
「行こう」
洞窟を出ると、森はうっすらと朝の色に染まりはじめていた。
濡れた枝から光が滴り、遠くで鳥がさえずる。
ヴァルクの背を追いながら、アメリアはそっと振り返る。
静まり返った洞窟の奥に、昨夜の時間がまだ息づいている気がした。
ほんの少し胸が痛んだが、その痛みはどこか心地よかった。
ふたりきりの時間の終わりを惜しみながらも、
アメリアは新しい光の差す方へ、静かに歩き出した。
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