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第二章
35話 闇の中にあるもの
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その夜。
公爵邸の別館では、暗闇の中、一人の女がキャンドルの明かりだけを頼りに荒い息を殺しながら部屋を漁っていた。
薬品が整然と並んだ棚から、瓶や薬草、本までもをかき集め、部屋の中央へ積み上げる。
「これで……全部よね?」
小さな声で呟くと、震える手で胸ポケットに手を入れた。
その瞬間——
パチン
灯りがともり、闇が一気に払われた。
「……テティ、あなた何してるの?」
振り返ったテティの前には、アメリア、ヴァルク、シンシア、ジオ——
そしてマリアとフィリップまでもが立っていた。
「あ、アメリア様……どうして…
マリア様と……フィリップ様まで……」
ヴァルクが一歩前へ出る。
「男爵夫人が手を下せるのは侯爵だけだからな…アメリアに関わることは誰か協力者がいると思っていた。
証拠隠滅か……君は彼女の手下なのか?」
テティの顔が青ざめていく。
「ち、違います! 私は……あの方の手下なんかじゃ……!」
マリアが苦しげな声で問う。
「どうしてなの? テティ……どうしてお母様を庇うようなことを……」
その視線に耐えられず、テティは歪んだ表情でフィリップへ目を向けた。
「私は……フィリップ様のために……」
「えぇ? 僕を巻き込むの?」
フィリップは肩をすくめる。
「ちがっ……違います! 私は、ただ……フィリップ様が……」
「はぁ……君が僕に惚れてるのは知ってるけど、まさかここまで愚かだとは思わなかったよ」
彼の冷たい溜息に、テティはうつむき、唇を噛んだ。
アメリアは、過去にテティが話した過去の恋人との別れの話との話を思い出した。
きっとあれは、フィリップとのことだったのだろう。彼と恋人という関係だったかは定かではないが…それでも二人の関係が特別だったことは間違いない。
そう考えるとアメリアの怒りは目の前にいるテティよりも、自分は無関係だとでも言いたげな男に向いた。
「…いい加減にしなさいよ」
地の底から響くような低い声が部屋を震わせた。
誰も、それがアメリアの声だとは思わなかった。
アメリアは一歩詰め寄り、フィリップの胸ぐらを掴むと——
バチンッッ!
凄まじい音と共に、彼の頬を打ち抜いた。
「あなたの軽薄さが、こういうことを招いてるのよ!」
その怒声が響きわたった刹那——
テティは胸ポケットから何かを取り出し、部屋の中心に撒き散らした。
次いで、手にしたキャンドルを高く掲げた。
「——テティ!」
アメリアは咄嗟に飛び出し、彼女を庇うように抱き寄せる。
跳ね飛んだキャンドルが床へ落ち——
ボウッ!!
散らばった薬品に火が移り、二人と他の者たちとの間に炎の壁が立ち上がる。
「アメリア!」
ヴァルクの声も灰色の煙にかき消された。
アメリアはテティの手を引き、奥の部屋へ逃げ込んだ。
扉を閉めると、炎の轟音が少しだけ遠ざかる。
「ど、どうしよう……!
テティ、逃げ道はある?」
「……ありません。
この部屋は実験室なので…外へ通じているのは、いま入ってきた扉だけです」
アメリアは一瞬、言葉を失った。
扉の隙間から白い煙が漏れてきて、焦げた匂いが鼻を刺す。
アメリアは口元に布をあて、静かに問いかけた。
「ねえ、どうして……こんなことを?
あなたがスーザンから毒を貰ってアレクサンダーを殺したの?」
テティの表情が、すっと陰に沈む。
「……私は……ただ、フィリップ様に愛されたかっただけなんです」
「……」
アメリアは胸の奥が痛んだ。
テティは続けた。
「スーザン様は……フィリップ様を王族にしたいそうです。
でも私は、そんな恐れ多いこと望んでません」
炎が反射して揺れる瞳には、恋する少女の面影が微かに残っていた。
「私はただ……フィリップ様が嫌いなヴァルク様を、失脚させたかっただけなんです」
アメリアは息を呑む。
「し、失脚……?」
「ええ。フィリップ様はヴァルク様が伯爵となられたことをとても疎んでおられました。なぜ、どこの誰かもわからない人間に爵位を渡すのかと…。
だから、国王の最愛の娘であるあなたを守れなければ……英雄ヴァルク・ストーンの名は地に落とせる。
そうすれば……フィリップ様は、私を見てくださるかもしれない」
アメリアの声が震える。
「そんなことを企んで……マリアの印章を利用したり、アレクサンダーを殺したの?」
テティは淡々と頷く。
「そうです。マリア様もダリオン様も優しすぎて、誰も疑わないので。
アレクサンダーは……ずいぶんお喋りな男でしたから。
こっそり毒を仕込みました。
侍女がどこにいようと王宮では誰も気にしませんから。」
淡々と、恐ろしいことを告げるその顔は、どこか壊れていた。
アメリアは深く息を吸い、静かに呟く。
「ねえ、テティ……
私の知ってるあなたは、愛らしくて……見習い騎士に恋してたわ。
あれは全部、嘘だったの?」
テティはふっと微笑んだ。
「嘘じゃないですよ。
リンク様を素敵だと思いました。恋したと本気で思ってました」
アメリアは一瞬だけ、胸が痛む。
「でも……無理だったんです」
テティは胸を押さえ、苦しげに続ける。
「幼い頃から……ずっとフィリップ様に魅せられてしまったから。
どれだけ忘れようとしても……この呪縛から逃れられなくて……
私がすべてを捧げたいのは……いつもフィリップ様なんです」
炎の明かりだけが照らす中、テティの横顔は——
悲しく、そして痛ましいほど歪んでいた。
アメリアはただ黙って彼女を見つめるしかなかった。
公爵邸の別館では、暗闇の中、一人の女がキャンドルの明かりだけを頼りに荒い息を殺しながら部屋を漁っていた。
薬品が整然と並んだ棚から、瓶や薬草、本までもをかき集め、部屋の中央へ積み上げる。
「これで……全部よね?」
小さな声で呟くと、震える手で胸ポケットに手を入れた。
その瞬間——
パチン
灯りがともり、闇が一気に払われた。
「……テティ、あなた何してるの?」
振り返ったテティの前には、アメリア、ヴァルク、シンシア、ジオ——
そしてマリアとフィリップまでもが立っていた。
「あ、アメリア様……どうして…
マリア様と……フィリップ様まで……」
ヴァルクが一歩前へ出る。
「男爵夫人が手を下せるのは侯爵だけだからな…アメリアに関わることは誰か協力者がいると思っていた。
証拠隠滅か……君は彼女の手下なのか?」
テティの顔が青ざめていく。
「ち、違います! 私は……あの方の手下なんかじゃ……!」
マリアが苦しげな声で問う。
「どうしてなの? テティ……どうしてお母様を庇うようなことを……」
その視線に耐えられず、テティは歪んだ表情でフィリップへ目を向けた。
「私は……フィリップ様のために……」
「えぇ? 僕を巻き込むの?」
フィリップは肩をすくめる。
「ちがっ……違います! 私は、ただ……フィリップ様が……」
「はぁ……君が僕に惚れてるのは知ってるけど、まさかここまで愚かだとは思わなかったよ」
彼の冷たい溜息に、テティはうつむき、唇を噛んだ。
アメリアは、過去にテティが話した過去の恋人との別れの話との話を思い出した。
きっとあれは、フィリップとのことだったのだろう。彼と恋人という関係だったかは定かではないが…それでも二人の関係が特別だったことは間違いない。
そう考えるとアメリアの怒りは目の前にいるテティよりも、自分は無関係だとでも言いたげな男に向いた。
「…いい加減にしなさいよ」
地の底から響くような低い声が部屋を震わせた。
誰も、それがアメリアの声だとは思わなかった。
アメリアは一歩詰め寄り、フィリップの胸ぐらを掴むと——
バチンッッ!
凄まじい音と共に、彼の頬を打ち抜いた。
「あなたの軽薄さが、こういうことを招いてるのよ!」
その怒声が響きわたった刹那——
テティは胸ポケットから何かを取り出し、部屋の中心に撒き散らした。
次いで、手にしたキャンドルを高く掲げた。
「——テティ!」
アメリアは咄嗟に飛び出し、彼女を庇うように抱き寄せる。
跳ね飛んだキャンドルが床へ落ち——
ボウッ!!
散らばった薬品に火が移り、二人と他の者たちとの間に炎の壁が立ち上がる。
「アメリア!」
ヴァルクの声も灰色の煙にかき消された。
アメリアはテティの手を引き、奥の部屋へ逃げ込んだ。
扉を閉めると、炎の轟音が少しだけ遠ざかる。
「ど、どうしよう……!
テティ、逃げ道はある?」
「……ありません。
この部屋は実験室なので…外へ通じているのは、いま入ってきた扉だけです」
アメリアは一瞬、言葉を失った。
扉の隙間から白い煙が漏れてきて、焦げた匂いが鼻を刺す。
アメリアは口元に布をあて、静かに問いかけた。
「ねえ、どうして……こんなことを?
あなたがスーザンから毒を貰ってアレクサンダーを殺したの?」
テティの表情が、すっと陰に沈む。
「……私は……ただ、フィリップ様に愛されたかっただけなんです」
「……」
アメリアは胸の奥が痛んだ。
テティは続けた。
「スーザン様は……フィリップ様を王族にしたいそうです。
でも私は、そんな恐れ多いこと望んでません」
炎が反射して揺れる瞳には、恋する少女の面影が微かに残っていた。
「私はただ……フィリップ様が嫌いなヴァルク様を、失脚させたかっただけなんです」
アメリアは息を呑む。
「し、失脚……?」
「ええ。フィリップ様はヴァルク様が伯爵となられたことをとても疎んでおられました。なぜ、どこの誰かもわからない人間に爵位を渡すのかと…。
だから、国王の最愛の娘であるあなたを守れなければ……英雄ヴァルク・ストーンの名は地に落とせる。
そうすれば……フィリップ様は、私を見てくださるかもしれない」
アメリアの声が震える。
「そんなことを企んで……マリアの印章を利用したり、アレクサンダーを殺したの?」
テティは淡々と頷く。
「そうです。マリア様もダリオン様も優しすぎて、誰も疑わないので。
アレクサンダーは……ずいぶんお喋りな男でしたから。
こっそり毒を仕込みました。
侍女がどこにいようと王宮では誰も気にしませんから。」
淡々と、恐ろしいことを告げるその顔は、どこか壊れていた。
アメリアは深く息を吸い、静かに呟く。
「ねえ、テティ……
私の知ってるあなたは、愛らしくて……見習い騎士に恋してたわ。
あれは全部、嘘だったの?」
テティはふっと微笑んだ。
「嘘じゃないですよ。
リンク様を素敵だと思いました。恋したと本気で思ってました」
アメリアは一瞬だけ、胸が痛む。
「でも……無理だったんです」
テティは胸を押さえ、苦しげに続ける。
「幼い頃から……ずっとフィリップ様に魅せられてしまったから。
どれだけ忘れようとしても……この呪縛から逃れられなくて……
私がすべてを捧げたいのは……いつもフィリップ様なんです」
炎の明かりだけが照らす中、テティの横顔は——
悲しく、そして痛ましいほど歪んでいた。
アメリアはただ黙って彼女を見つめるしかなかった。
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