93 / 117
第三章
12話 回顧録 ー 落ちる
しおりを挟む
「……断れって……。私は、今日、あなたと結婚すると父の前で宣言したのですよ」
ヴァルク・ストーンにとって、国王への誓いはそんなに軽いものだったのか。
父が右腕にと言ったほどの人なのだから、よく知れば、もっと何か惹かれるものもあるかもしれない――そう思ったのが間違いだった。
「あなたが私を選んだのは、他に選択肢がなかったからでしょう。それは分かっています。
だから、無理をして結婚する必要はありません」
「無理してって……そんな簡単な話じゃ……」
「フィリップの女癖の悪さは、騎士団でも有名な話です。
ユーラシアの王子は外交には長けていますが、あの国の王子です。腹の内は読めない。
この中で私を選ぶ以外なかった――それも分かっています。王は、婚約者を決定したら最低でも三年は婚約期間を設けると言っていましたし、その間に、あなたは自分に相応しい相手を探せばいい」
淡々と語られた内容の中で、結局、頭に残ったのはフィリップのことだった。
みんな、フィリップの周りにいる女性の存在を知っていたのだろうか……。
いまだに頭の中を占めるのはフィリップ・モリスのことだというのに、相応しい相手など、探して見つかるはずがない。
そして最後は、婚約を破棄したいと思っているこの男に、頼み込んで結婚しなければならない。
その未来を想像すると、返答する気力さえ湧かなかった。
「……少し、考えさせてください」
小さな声を振り絞るように告げると、ストーン伯爵は頷き、
「あなたには、もっと相応しい相手がおります」と言い添えた。
今さらそんなことを言われたところで。
それは、価値のない女だと言われたような気がした。
彼が少しでも自分に興味を示していたらもっと心は救われたかもしれない。
だけど、そんな結果にはならなかった。
初恋を失い、父の期待を背負い、好かれてもいない男に結婚して貰うように動かなければいけない。
それは、考えるだけでも生活すべてを投げ出したくなるほどの衝撃だった。
それからの生活は王女として生きて来た十八年とは別物だった。
人目を避け、宮殿に引き篭るようになった。
そうして一年が過ぎようとしたとき、望まぬ訪問者によって、踏み込んではいけない領域へと落ちていくことになる。
「やあ、アメリア! 久しぶりだね」
「フィリップ……どうやって、この宮殿に入ったの?!」
「どうって……いつもどおり、面会の手続きを取っただけだよ」
何事もなかったかのように微笑むと、フィリップはローラに目配せをした。
彼女は一礼し、静かに席を外す。
「……ローラね。余計なことを」
「もうすぐ婚約の儀が行われるそうだね。なのに、この一年、君は宮殿に閉じ篭り…アメリア王女は神隠しにでもあったのかと皆噂しているよ」
「よくも、ぬけぬけとそんなことが言えるわよね……元はと言えば、あなたのせいなのに」
「僕? 何かしたっけ?」
「…あなたが、いろんな人と関係があるから…だから私は……」
そこまで言って、涙と嗚咽が込み上げ、歯を食いしばった。
いまだにフィリップを見ると胸が高鳴る――その現実が苦しかった。
「ふーん…だから、僕を選んでくれなかったんだね」
「当たり前よ……真面目に生きていたら、今頃あなたは私の夫になれたのにね」
強がってそれだけ言い、視線を逸らす。
すると、フィリップの長い指が、そっと頬に触れ、わかりたくないのに胸がときめくのを感じた。
「君と婚約したら、誰とも遊ぶつもりなんてなかったよ」
「嘘! この耳で聞いたもの!
“アメリアは王宮から出ないから、公爵領に来ればいい”って!」
「そんなの、適当に言っただけさ。
僕にとって、大事なもの以外は全部どうでもいいんだから」
フィリップは妖艶に笑った。
その美しさが、まやかしだとなぜ気づかなかったのか。
そう思っても、彼の瞳に見つめられると、何でも頷いてしまいそうになる。
「それはそうと、ストーン伯爵のことで、面白い話を聞いたんだ」
「面白いって……どんな?」
「一緒に見に行かないか。ちょうど今日、その現場を押さえられそうなんだ」
楽しそうに笑いながら、迷いなく手を差し出してくる。
この一年、彼への怒りはずっと募っていた。
一度も会いたいと連絡すら寄こさなかった――そう思っても、いつの間にか、その手を取っていた。
ふわりと体が浮き上がるような感覚で、久しぶりに宮殿の外へ出た。
ずっと真っ暗だった世界が、フィリップが隣にいるだけで色づいていく。
どうして、こんなにも彼がいいのだろう。
不思議だった。
再び隣を歩ける日が来るなんて。
彼と他の女性との関係など、すっかりどうでもよくなっていた。
よく考えれば、この国で彼に相応しい人間は、私しかいないはずなのに。
なぜ、あれほど絶望してしまったのだろう。
フィリップが、この一年の寂しさを物語のように語るだけで、怒りはするすると溶けていった。
そして、導かれるままに訪れた先で、その光景を目にする。
ヴァルク・ストーン伯爵もまた、人を裏切る男だという事実を。
ヴァルク・ストーンにとって、国王への誓いはそんなに軽いものだったのか。
父が右腕にと言ったほどの人なのだから、よく知れば、もっと何か惹かれるものもあるかもしれない――そう思ったのが間違いだった。
「あなたが私を選んだのは、他に選択肢がなかったからでしょう。それは分かっています。
だから、無理をして結婚する必要はありません」
「無理してって……そんな簡単な話じゃ……」
「フィリップの女癖の悪さは、騎士団でも有名な話です。
ユーラシアの王子は外交には長けていますが、あの国の王子です。腹の内は読めない。
この中で私を選ぶ以外なかった――それも分かっています。王は、婚約者を決定したら最低でも三年は婚約期間を設けると言っていましたし、その間に、あなたは自分に相応しい相手を探せばいい」
淡々と語られた内容の中で、結局、頭に残ったのはフィリップのことだった。
みんな、フィリップの周りにいる女性の存在を知っていたのだろうか……。
いまだに頭の中を占めるのはフィリップ・モリスのことだというのに、相応しい相手など、探して見つかるはずがない。
そして最後は、婚約を破棄したいと思っているこの男に、頼み込んで結婚しなければならない。
その未来を想像すると、返答する気力さえ湧かなかった。
「……少し、考えさせてください」
小さな声を振り絞るように告げると、ストーン伯爵は頷き、
「あなたには、もっと相応しい相手がおります」と言い添えた。
今さらそんなことを言われたところで。
それは、価値のない女だと言われたような気がした。
彼が少しでも自分に興味を示していたらもっと心は救われたかもしれない。
だけど、そんな結果にはならなかった。
初恋を失い、父の期待を背負い、好かれてもいない男に結婚して貰うように動かなければいけない。
それは、考えるだけでも生活すべてを投げ出したくなるほどの衝撃だった。
それからの生活は王女として生きて来た十八年とは別物だった。
人目を避け、宮殿に引き篭るようになった。
そうして一年が過ぎようとしたとき、望まぬ訪問者によって、踏み込んではいけない領域へと落ちていくことになる。
「やあ、アメリア! 久しぶりだね」
「フィリップ……どうやって、この宮殿に入ったの?!」
「どうって……いつもどおり、面会の手続きを取っただけだよ」
何事もなかったかのように微笑むと、フィリップはローラに目配せをした。
彼女は一礼し、静かに席を外す。
「……ローラね。余計なことを」
「もうすぐ婚約の儀が行われるそうだね。なのに、この一年、君は宮殿に閉じ篭り…アメリア王女は神隠しにでもあったのかと皆噂しているよ」
「よくも、ぬけぬけとそんなことが言えるわよね……元はと言えば、あなたのせいなのに」
「僕? 何かしたっけ?」
「…あなたが、いろんな人と関係があるから…だから私は……」
そこまで言って、涙と嗚咽が込み上げ、歯を食いしばった。
いまだにフィリップを見ると胸が高鳴る――その現実が苦しかった。
「ふーん…だから、僕を選んでくれなかったんだね」
「当たり前よ……真面目に生きていたら、今頃あなたは私の夫になれたのにね」
強がってそれだけ言い、視線を逸らす。
すると、フィリップの長い指が、そっと頬に触れ、わかりたくないのに胸がときめくのを感じた。
「君と婚約したら、誰とも遊ぶつもりなんてなかったよ」
「嘘! この耳で聞いたもの!
“アメリアは王宮から出ないから、公爵領に来ればいい”って!」
「そんなの、適当に言っただけさ。
僕にとって、大事なもの以外は全部どうでもいいんだから」
フィリップは妖艶に笑った。
その美しさが、まやかしだとなぜ気づかなかったのか。
そう思っても、彼の瞳に見つめられると、何でも頷いてしまいそうになる。
「それはそうと、ストーン伯爵のことで、面白い話を聞いたんだ」
「面白いって……どんな?」
「一緒に見に行かないか。ちょうど今日、その現場を押さえられそうなんだ」
楽しそうに笑いながら、迷いなく手を差し出してくる。
この一年、彼への怒りはずっと募っていた。
一度も会いたいと連絡すら寄こさなかった――そう思っても、いつの間にか、その手を取っていた。
ふわりと体が浮き上がるような感覚で、久しぶりに宮殿の外へ出た。
ずっと真っ暗だった世界が、フィリップが隣にいるだけで色づいていく。
どうして、こんなにも彼がいいのだろう。
不思議だった。
再び隣を歩ける日が来るなんて。
彼と他の女性との関係など、すっかりどうでもよくなっていた。
よく考えれば、この国で彼に相応しい人間は、私しかいないはずなのに。
なぜ、あれほど絶望してしまったのだろう。
フィリップが、この一年の寂しさを物語のように語るだけで、怒りはするすると溶けていった。
そして、導かれるままに訪れた先で、その光景を目にする。
ヴァルク・ストーン伯爵もまた、人を裏切る男だという事実を。
20
あなたにおすすめの小説
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜
青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ
孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。
そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。
これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。
小説家になろう様からの転載です!
追放令嬢、辺境王国で無双して王宮を揺るがす
遊鷹太
ファンタジー
王国随一の名門ハーランド公爵家の令嬢エリシアは、第一王子の婚約者でありながら、王宮の陰謀により突然追放される。濡れ衣を着せられ、全てを奪われた彼女は極寒の辺境国家ノルディアへと流される。しかしエリシアには秘密があった――前世の記憶と現代日本の経営知識を持つ転生者だったのだ。荒廃した辺境で、彼女は持ち前の戦略眼と人心掌握術で奇跡の復興を成し遂げる。やがて彼女の手腕は王国全土を震撼させ、自らを追放した者たちに復讐の刃を向ける。だが辺境王ルシアンとの運命的な出会いが、彼女の心に新たな感情を芽生えさせていく。これは、理不尽に奪われた女性が、知略と情熱で世界を変える物語――。
【完結】男爵令嬢は冒険者生活を満喫する
影清
ファンタジー
英雄の両親を持つ男爵令嬢のサラは、十歳の頃から冒険者として活動している。優秀な両親、優秀な兄に恥じない娘であろうと努力するサラの前に、たくさんのメイドや護衛に囲まれた侯爵令嬢が現れた。「卒業イベントまでに、立派な冒険者になっておきたいの」。一人でも生きていけるようにだとか、追放なんてごめんだわなど、意味の分からぬことを言う令嬢と関わりたくないサラだが、同じ学園に入学することになって――。
※残酷な描写は予告なく出てきます。
※小説家になろう、アルファポリス、カクヨムに掲載中です。
※106話完結。
規格外で転生した私の誤魔化しライフ 〜旅行マニアの異世界無双旅〜
ケイソウ
ファンタジー
チビで陰キャラでモブ子の桜井紅子は、楽しみにしていたバス旅行へ向かう途中、突然の事故で命を絶たれた。
死後の世界で女神に異世界へ転生されたが、女神の趣向で変装する羽目になり、渡されたアイテムと備わったスキルをもとに、異世界を満喫しようと冒険者の資格を取る。生活にも慣れて各地を巡る旅を計画するも、国の要請で冒険者が遠征に駆り出される事態に……。
無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから――
※ 他サイトでも投稿中
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~
深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。
ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。
それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?!
(追記.2018.06.24)
物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。
もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。
(追記2018.07.02)
お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。
どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。
(追記2018.07.24)
お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。
今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。
ちなみに不審者は通り越しました。
(追記2018.07.26)
完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。
お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる