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5月10日~16日 乱戦に至るまで
第10話 潜入開始
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【ミツル】
「学校の七不思議ねぇ」
「最近ユノチューで噂になってんだよ。姉ちゃんがいたころもあった?」
夜。一家団欒の席でミツルは姉の有希に尋ねてみた。
ミツルたちの住む夕立市は四国有数の都市であり、湯ノ石温泉や夕立城、そして市の中心部を走る路面電車が古風な雰囲気を作り出している。観光業もバブル経済期に比べれば相当に落ち込んだらしいが、今でも浴衣を着た観光客が近くの商店街を浴衣姿で漫然と歩いているのをミツルはよく見かけていた。ミツルは八歳のときからこの町に住んでいる。
ミツルの通う湯ノ石中学校は、湯ノ石温泉の反対側、夕立市の東側に位置している。ユノチューというのは湯ノ石中学校の略称だ。有希も二年前までこの学校に通っていたので、噂について知っていることを期待しての質問だった。
有希は母親が運んできたシシャモに醤油をかけながら答える。
「記憶にないな。ユノチューって結構改築しちゃって小奇麗だったから、不気味なところとかなかったもん。火のないところになんとやらだよ。みっちゃん、ソース取って」
ミツルはソースを手渡す。有希は礼を言いながら醤油をこちらに渡してくる。ミツルは醤油を受け取りながら言う。
「それが最近できたらしいんだよ。七不思議」
「へー。どんなの?」
有希がテレビのチャンネルを変えながら聞いてくる。
「ちょっと変わっているんだよな。喋るチワワとか裏門の御札とか……全部で六つしか知らないけど」
有希はリモコンを置きながら少し笑った。
「ああ、七つ目を知ったら死ぬってやつね」
「なにそれ?」
「七不思議って七つ不思議があるだけじゃないやつがあるんだよ。六つしか知られていなくて七つ目を知ってしまったら死んでしまうとか、あるいは八つ目の不思議が隠されているだとか。懐かしいな~。昔テレビでよくやってたよ、そういう不思議系の特集。最近あんまり見ない気がするな~」
母親の陽子が餃子を盛り付けた大皿を机の中央に置きながら席につく。
「はい、おまたせ。お父さん遅いから先に食べようか」
ミツルたちは手を合わせていただきますを言ってから、各々箸を動かす。出窓に置かれている花瓶に活けられたカーネーションについての話題に移行したので、七不思議についてはいったん途切れてしまった。ミツルは二人の会話を聞きながら餃子を頬張る。
母と姉の会話はとにかく忙しい。花が綺麗という話題から、高校の音楽の先生が美人だという話題になり、そこから有希の好きな女性作家の新作の話題に飛び、いつの間にか陽子が地域の大きな用水路による歩道の狭さに憤慨していた。この目まぐるしい会話にミツルはいつもついていけず、このときも二人の会話を聞き流しながら、テレビに映るクイズ番組の問題を解いていた。
餃子の九個目を口に運んだところで話題が再び元に戻った。陽子が尋ねる。
「金次郎像といえばみっちゃん、大丈夫なの? 七不思議なんて」
「……うん?」
クイズの問題に思考を割いていて、反応が遅れた。いつのまにか二宮金次郎像の話になっていたらしい。
陽子が続ける。
「去年なんか妙な占いの類があったじゃない? またみっちゃんが貧乏くじ引かされるんじゃないだろうね?」
陽子も去年のこっくりさん騒動について知っている。知っているどころではない。ミツルがこういう経緯で僕まで責められて参ったよと軽い感じで話したら、予想を超えて陽子が激怒し、気がついたときには担任や学年主任へ電話で怒鳴りつけていた。云わば第二の加害者だ。モンスターはこうして生まれるのかとミツルは他人事のようにその様を眺めていた。
「なんかあったらすぐにいいなよ。前回みたいに大声あげたりしないから。穏便に、少々よろしいでしょうか? みたいな感じで言うから安心して」
まったく安心できない。前回も少々よろしいでしょうか、から始まり最後には教育委員会に報告しちゃると捲し立てていたのをミツルは覚えている。
ミツルの渋い顔に気付いてか、有希がさりげなく話題を変える。
「そんな心配することないって。それよりも心配するべきことがあるでしょ」
有希がリビングにおいてある段ボールに視線を送る。つられてミツルも身を乗り出す。
「そうよねえ」
陽子がため息混じりに呟く。
白色のカーペットの上に置かれた段ボールには、一匹の小さな犬がくあぁとあくびをしていた。
【犬っころ】
いや我ながら見事な作戦だったね。俺はタオルの敷き詰められた段ボールの中でのんびり寝そべりながら回想する。
俺が異変の香りの濃い方へ歩いていくと雨が降り出してきた。ぱらぱらと小粒なものだ。俺にとってはその程度の雨、慣れたものだったのでむしろ一時は天然のシャワーに感謝しさえした。しかしやはりぼろぼろの体に冷たい雨はきつかった。おまけに雨のせいで肝心の香りが薄らいできていた。踏んだり蹴ったりだ。
日本人を全滅させる方法を七通り考えたところでお目当てのモノと出会った。通学バッグを背負ったガキンチョが一人、マンションの下で立ち尽くしていた。そのガキは腕を組み、時折不満げに空を眺めていた。背丈は低く、体も相当華奢だ。柔らかそうな黒髪が耳を隠していた。一見すると女と間違えそうなひ弱な外見だ。
しかし、体からあふれる幻力はニンゲンのそれではなかった。不安定で垂れ流されている幻力は、まだ微弱で周囲に影響を与えるほどのものではない。それでも長年の勘がっていた。こいつが予言の中心だと。
さてどうするか。俺は近くの植木に隠れながら瞬時に頭を働かせた。今回の任務は潜入調査が第一だ。どうにかこいつの懐に潜り込みたい。ただ今の俺のしょぼくれた姿で自分を売り込みにすり寄ったところで軽くあしらわれるのが関の山だろう。
俺は近くにあった公衆電話脇の段ボールを一つ咥えると、マンション下の植木を越え、駐車場に駆け込んだ。しょぼくれた姿ならしょぼくれた姿なりの生き方というものがある。俺はそれを実践した。
俺はミカンの段ボールを引きずって、エントランス前で雨宿りしているガキに気付かれぬように近づいた。充分近づいたところで、段ボールに入った。コホンと喉の調子を整えてから、くう~んとか弱い声で鳴いた。
5回ほど鳴いたところでガキが覗き込んできた。その目に映ったのは哀れにも捨てられたやせっぽっちの子犬ってわけだ。
ガキは一瞬驚いてから、段ボールを抱えて屋根のあるエントランスへと運んだ。ゆっくりと床に置いてから、膝をついてこちらを覗き込む。
ガキは近くで見ても女のような顔つきをしていた。柔らかに弧を描いている眉に奥二重。大きな黒い瞳がうるんでいるように見えた。雨に打たれたせいで髪がぴったりと顔に張り付いていた。ぽかんと口を開け、こちらをじっと観察していた。きらりと八重歯が覗く。
作戦には自信があった。日本人は半官贔屓が多いと聞いたことがある。この際徹底的に憐れんでもらおう。このまま拾ってもらってしばらく飼い犬として暮らす。リリスのうちにいるよりはいい飯にありつけるだろう。
俺は追撃の鳴き声を出した。
「くぅ~ん」
このときの俺は、誇り高き狼としては屈辱的な行動を何度もとっていた。心の中では血の涙で赤い海を作り上げていたが、今回は大仕事なので我慢する。
ガキは口元の手をおそるおそるこちらに伸ばしてきた。俺はくんくんと鼻で嗅いでから舌でちろちろと舐めた。大仕事なので我慢する。
「可哀想に。捨てられたのか?」
ガキが話しかけてくる。俺は同意するようにくう~んと鳴く。
「こんな雨の中、寒かったろう?」
「くしゅ」
即興でくしゃみをしてみる。
「こんなに痩せてしまって。しばらく何も食ってないんじゃないか?」
「くう~ん」
毛という毛をしおれさせる。
「俺が連れて帰らなかったら、お前、死んじゃうかもな」
「きゃんきゃん」
いいぞ、その調子だ。
「まあそんなの俺の知ったこっちゃないか。そのうち誰かが見つけるだろ――」
「待ちやがれこのクソガキ」
おっといけない。つい言葉を発してしまった。立ち上がりかけていたガキは驚いてこちらを凝視した。俺は犬らしく体を震わせて水を飛ばし、またへっへと舌を出した。
結局ガキは声が幻聴だったと思いこんだようで事なきを得た。また俺の誇りを捨てた媚びへつらいの甲斐あってか、家まで運んでもらえることとなった。
雨は止んでいなかったが、ガキは俺を腕に抱いて走り出した。ご丁寧に上に羽織っていた黒い学生服で俺をくるんで。抱かれながらガキの腕を見ると、ワイシャツが肌に張り付いていた。
五分と経たずにガキが足を止めた。ガキの家はよくある洋風の一軒家だった。二階建てで申し訳程度の庭がついている。そこそこ裕福な家庭らしい。
俺の件で母親とひと悶着あったらしいが、とりあえず一晩泊めてもらえるらしい。今後は帰宅する父親次第ということになった。
そして現在に至るってわけだ。
俺は段ボールをカリカリと掻きながら暇をつぶす。とりあえずいい子ちゃんにしている。できればこのまましばらく滞在したい。期待通り飯はドッグフードではなく骨付き肉を食わせてくれた。余りものでごめんね、とミツル(会話からわかった)に言われたが俺には最高の食事だった。
だがいいことばかりでもない。問題点が二つある。
まず第一にミツルの力。実際に触れてわかったが、秘められているものが所見よりも大きかった。コイツ自身が自覚しないうちにここまで成長してしまっていては、なにかアクションを起こした時に一気にエネルギーが爆発してしまう可能性がある。十中八九いい方向にはいかないだろう。とりあえずは様子見。思った以上に時間がかかるかもしれない。
まあ刺激を与えなければ自然と消滅する可能性だってある。俺に匹敵する化け物が五匹以上現われて、コイツの周辺でドンパチやるなんて、まさかそんなミラクルが起きないかぎりは、力がいきなり暴走するなんてことはないだろう。
物思いに耽っていたところで玄関の鍵が開けられる音がする。どうやら一家の大黒柱が帰ってきたらしい。ぱたぱたと母親が廊下を走る。続いてガキの走る音。玄関で何やら話している声が聞こえる。
俺は来るときのためにりりしくお座りをしていた。第一印象が悪くてはいけない。
と、辺りが少し薄暗くなった。振り返ってみるとおさげの女がこちらを覗き込んでいた。確かミツルの姉だったか。
おさげは俺の首元を掻きながら話しかけてきた。
「やっぱりそんなに可愛くはないね、君。名前はなんだっけ?」
問題点の二つ目。
「ああそうだ。チワワンコか」
このクソダサい名前だけはなんとかしなくちゃあいけねえ。
「学校の七不思議ねぇ」
「最近ユノチューで噂になってんだよ。姉ちゃんがいたころもあった?」
夜。一家団欒の席でミツルは姉の有希に尋ねてみた。
ミツルたちの住む夕立市は四国有数の都市であり、湯ノ石温泉や夕立城、そして市の中心部を走る路面電車が古風な雰囲気を作り出している。観光業もバブル経済期に比べれば相当に落ち込んだらしいが、今でも浴衣を着た観光客が近くの商店街を浴衣姿で漫然と歩いているのをミツルはよく見かけていた。ミツルは八歳のときからこの町に住んでいる。
ミツルの通う湯ノ石中学校は、湯ノ石温泉の反対側、夕立市の東側に位置している。ユノチューというのは湯ノ石中学校の略称だ。有希も二年前までこの学校に通っていたので、噂について知っていることを期待しての質問だった。
有希は母親が運んできたシシャモに醤油をかけながら答える。
「記憶にないな。ユノチューって結構改築しちゃって小奇麗だったから、不気味なところとかなかったもん。火のないところになんとやらだよ。みっちゃん、ソース取って」
ミツルはソースを手渡す。有希は礼を言いながら醤油をこちらに渡してくる。ミツルは醤油を受け取りながら言う。
「それが最近できたらしいんだよ。七不思議」
「へー。どんなの?」
有希がテレビのチャンネルを変えながら聞いてくる。
「ちょっと変わっているんだよな。喋るチワワとか裏門の御札とか……全部で六つしか知らないけど」
有希はリモコンを置きながら少し笑った。
「ああ、七つ目を知ったら死ぬってやつね」
「なにそれ?」
「七不思議って七つ不思議があるだけじゃないやつがあるんだよ。六つしか知られていなくて七つ目を知ってしまったら死んでしまうとか、あるいは八つ目の不思議が隠されているだとか。懐かしいな~。昔テレビでよくやってたよ、そういう不思議系の特集。最近あんまり見ない気がするな~」
母親の陽子が餃子を盛り付けた大皿を机の中央に置きながら席につく。
「はい、おまたせ。お父さん遅いから先に食べようか」
ミツルたちは手を合わせていただきますを言ってから、各々箸を動かす。出窓に置かれている花瓶に活けられたカーネーションについての話題に移行したので、七不思議についてはいったん途切れてしまった。ミツルは二人の会話を聞きながら餃子を頬張る。
母と姉の会話はとにかく忙しい。花が綺麗という話題から、高校の音楽の先生が美人だという話題になり、そこから有希の好きな女性作家の新作の話題に飛び、いつの間にか陽子が地域の大きな用水路による歩道の狭さに憤慨していた。この目まぐるしい会話にミツルはいつもついていけず、このときも二人の会話を聞き流しながら、テレビに映るクイズ番組の問題を解いていた。
餃子の九個目を口に運んだところで話題が再び元に戻った。陽子が尋ねる。
「金次郎像といえばみっちゃん、大丈夫なの? 七不思議なんて」
「……うん?」
クイズの問題に思考を割いていて、反応が遅れた。いつのまにか二宮金次郎像の話になっていたらしい。
陽子が続ける。
「去年なんか妙な占いの類があったじゃない? またみっちゃんが貧乏くじ引かされるんじゃないだろうね?」
陽子も去年のこっくりさん騒動について知っている。知っているどころではない。ミツルがこういう経緯で僕まで責められて参ったよと軽い感じで話したら、予想を超えて陽子が激怒し、気がついたときには担任や学年主任へ電話で怒鳴りつけていた。云わば第二の加害者だ。モンスターはこうして生まれるのかとミツルは他人事のようにその様を眺めていた。
「なんかあったらすぐにいいなよ。前回みたいに大声あげたりしないから。穏便に、少々よろしいでしょうか? みたいな感じで言うから安心して」
まったく安心できない。前回も少々よろしいでしょうか、から始まり最後には教育委員会に報告しちゃると捲し立てていたのをミツルは覚えている。
ミツルの渋い顔に気付いてか、有希がさりげなく話題を変える。
「そんな心配することないって。それよりも心配するべきことがあるでしょ」
有希がリビングにおいてある段ボールに視線を送る。つられてミツルも身を乗り出す。
「そうよねえ」
陽子がため息混じりに呟く。
白色のカーペットの上に置かれた段ボールには、一匹の小さな犬がくあぁとあくびをしていた。
【犬っころ】
いや我ながら見事な作戦だったね。俺はタオルの敷き詰められた段ボールの中でのんびり寝そべりながら回想する。
俺が異変の香りの濃い方へ歩いていくと雨が降り出してきた。ぱらぱらと小粒なものだ。俺にとってはその程度の雨、慣れたものだったのでむしろ一時は天然のシャワーに感謝しさえした。しかしやはりぼろぼろの体に冷たい雨はきつかった。おまけに雨のせいで肝心の香りが薄らいできていた。踏んだり蹴ったりだ。
日本人を全滅させる方法を七通り考えたところでお目当てのモノと出会った。通学バッグを背負ったガキンチョが一人、マンションの下で立ち尽くしていた。そのガキは腕を組み、時折不満げに空を眺めていた。背丈は低く、体も相当華奢だ。柔らかそうな黒髪が耳を隠していた。一見すると女と間違えそうなひ弱な外見だ。
しかし、体からあふれる幻力はニンゲンのそれではなかった。不安定で垂れ流されている幻力は、まだ微弱で周囲に影響を与えるほどのものではない。それでも長年の勘がっていた。こいつが予言の中心だと。
さてどうするか。俺は近くの植木に隠れながら瞬時に頭を働かせた。今回の任務は潜入調査が第一だ。どうにかこいつの懐に潜り込みたい。ただ今の俺のしょぼくれた姿で自分を売り込みにすり寄ったところで軽くあしらわれるのが関の山だろう。
俺は近くにあった公衆電話脇の段ボールを一つ咥えると、マンション下の植木を越え、駐車場に駆け込んだ。しょぼくれた姿ならしょぼくれた姿なりの生き方というものがある。俺はそれを実践した。
俺はミカンの段ボールを引きずって、エントランス前で雨宿りしているガキに気付かれぬように近づいた。充分近づいたところで、段ボールに入った。コホンと喉の調子を整えてから、くう~んとか弱い声で鳴いた。
5回ほど鳴いたところでガキが覗き込んできた。その目に映ったのは哀れにも捨てられたやせっぽっちの子犬ってわけだ。
ガキは一瞬驚いてから、段ボールを抱えて屋根のあるエントランスへと運んだ。ゆっくりと床に置いてから、膝をついてこちらを覗き込む。
ガキは近くで見ても女のような顔つきをしていた。柔らかに弧を描いている眉に奥二重。大きな黒い瞳がうるんでいるように見えた。雨に打たれたせいで髪がぴったりと顔に張り付いていた。ぽかんと口を開け、こちらをじっと観察していた。きらりと八重歯が覗く。
作戦には自信があった。日本人は半官贔屓が多いと聞いたことがある。この際徹底的に憐れんでもらおう。このまま拾ってもらってしばらく飼い犬として暮らす。リリスのうちにいるよりはいい飯にありつけるだろう。
俺は追撃の鳴き声を出した。
「くぅ~ん」
このときの俺は、誇り高き狼としては屈辱的な行動を何度もとっていた。心の中では血の涙で赤い海を作り上げていたが、今回は大仕事なので我慢する。
ガキは口元の手をおそるおそるこちらに伸ばしてきた。俺はくんくんと鼻で嗅いでから舌でちろちろと舐めた。大仕事なので我慢する。
「可哀想に。捨てられたのか?」
ガキが話しかけてくる。俺は同意するようにくう~んと鳴く。
「こんな雨の中、寒かったろう?」
「くしゅ」
即興でくしゃみをしてみる。
「こんなに痩せてしまって。しばらく何も食ってないんじゃないか?」
「くう~ん」
毛という毛をしおれさせる。
「俺が連れて帰らなかったら、お前、死んじゃうかもな」
「きゃんきゃん」
いいぞ、その調子だ。
「まあそんなの俺の知ったこっちゃないか。そのうち誰かが見つけるだろ――」
「待ちやがれこのクソガキ」
おっといけない。つい言葉を発してしまった。立ち上がりかけていたガキは驚いてこちらを凝視した。俺は犬らしく体を震わせて水を飛ばし、またへっへと舌を出した。
結局ガキは声が幻聴だったと思いこんだようで事なきを得た。また俺の誇りを捨てた媚びへつらいの甲斐あってか、家まで運んでもらえることとなった。
雨は止んでいなかったが、ガキは俺を腕に抱いて走り出した。ご丁寧に上に羽織っていた黒い学生服で俺をくるんで。抱かれながらガキの腕を見ると、ワイシャツが肌に張り付いていた。
五分と経たずにガキが足を止めた。ガキの家はよくある洋風の一軒家だった。二階建てで申し訳程度の庭がついている。そこそこ裕福な家庭らしい。
俺の件で母親とひと悶着あったらしいが、とりあえず一晩泊めてもらえるらしい。今後は帰宅する父親次第ということになった。
そして現在に至るってわけだ。
俺は段ボールをカリカリと掻きながら暇をつぶす。とりあえずいい子ちゃんにしている。できればこのまましばらく滞在したい。期待通り飯はドッグフードではなく骨付き肉を食わせてくれた。余りものでごめんね、とミツル(会話からわかった)に言われたが俺には最高の食事だった。
だがいいことばかりでもない。問題点が二つある。
まず第一にミツルの力。実際に触れてわかったが、秘められているものが所見よりも大きかった。コイツ自身が自覚しないうちにここまで成長してしまっていては、なにかアクションを起こした時に一気にエネルギーが爆発してしまう可能性がある。十中八九いい方向にはいかないだろう。とりあえずは様子見。思った以上に時間がかかるかもしれない。
まあ刺激を与えなければ自然と消滅する可能性だってある。俺に匹敵する化け物が五匹以上現われて、コイツの周辺でドンパチやるなんて、まさかそんなミラクルが起きないかぎりは、力がいきなり暴走するなんてことはないだろう。
物思いに耽っていたところで玄関の鍵が開けられる音がする。どうやら一家の大黒柱が帰ってきたらしい。ぱたぱたと母親が廊下を走る。続いてガキの走る音。玄関で何やら話している声が聞こえる。
俺は来るときのためにりりしくお座りをしていた。第一印象が悪くてはいけない。
と、辺りが少し薄暗くなった。振り返ってみるとおさげの女がこちらを覗き込んでいた。確かミツルの姉だったか。
おさげは俺の首元を掻きながら話しかけてきた。
「やっぱりそんなに可愛くはないね、君。名前はなんだっけ?」
問題点の二つ目。
「ああそうだ。チワワンコか」
このクソダサい名前だけはなんとかしなくちゃあいけねえ。
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