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5月10日~16日 乱戦に至るまで
第14話 ヴィクトールとルガール①、無名とメイファ②
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【改造人間】
誘いに乗ってこないな。
俺は人の気配の消えたハイカラ通りなる商店街のど真ん中で立ち止まる。手にしていたコーヒーとサンドイッチの入った紙袋を脇に抱えて、コートの胸ポケットからゆっくりと葉巻を取り出す。
「おい、いい加減にしないか」
俺は路地裏に隠れている小心者に呼びかける。
「俺たちは今『月の影』に転送されているんだ。人っ子ひとり来やしない」
煙をふうと吐く。
「別に勝てないと判断して、尻尾を巻いて帰ってくれてもかまわんぞ。俺が我慢ならんのはな、へたくそな尾行のせいで食後のコーヒーをのんびりと楽しめない現状だ。かかってくるのか、怖気付いて逃げるのか、どちらかにしろ」
ややあって、路地のごみ箱裏から一匹の子犬が現われた。なんとみすぼらしい。一丁前に殺気をこちらに飛ばしてきている。
「まずは名乗れ。とにもかくにも話はそれからだ」
「名乗れだぁ?」
顔を思いっきりしかめている。子犬の割には表情が豊かだ。
「この俺に向かって随分な口の聞き方じゃねえか。いいだろう。聞いて驚け」
子犬は貧相な体を精いっぱい反らす。
「俺の名はルガール・ヴォルグマン! 『満月の銀狼』、『北欧のベルセルク』だ! 『厳冬の宵は彼の者のために』と讃えられ、恐れられた狼だ! その昔ヴァイキングどもと7つの海を渡り、騎士団とともに数え切れぬ山を越えた! 悪魔に利用されていた秘宝『セイレーンの雫』は、俺の指示で破壊された! 世界に名高い狼男伝説はすべて俺に通じていると言っても過言ではない!」
そこまで言い切った子犬は満足げに鼻を鳴らす。先ほどまでコソコソと隠れておきながらこの自信満々な様子は、余程強いか余程阿呆なのかのどちらかだ。そして十中八九この犬は後者だろう。
しかしこの子犬がルガールか。まったくそうは見えないが、目の前の小さな犬っころの正体は狼男らしい。
俺は狼男が嫌いた。好きな種族なんて存在しないのだが、とにかく狼男が嫌いだ。粗暴で、血の気が多く、向う見ずな奴ばかりで、落ち着いた交渉というものができた試しがない。おまけに気狂いの血が流れているから、一度狂化されると手が付けられない。
アルファから転送されてきた記録にルガールの記録も存在した。昔は北欧を中心に暴れまわっていたらしい。第一次世界大戦辺りからリリス・サリヴァンと交流があり、その後ろをチョロチョロ動きまわっていたようだ。大昔のことはしらないが、今は鏡会の犬であり、虎の威を借る狐というわけだ。
「さあ、次はお前さんが名乗る番だぜ? どれほど名が売れている奴なんだ?」
ルガールはこちらの素性を尋ねてきた。名乗られたら名乗り返すのが礼儀だろう。
「ルガール、お前はなぜ日本に来て、俺を尾行していたんだ?」
当然俺は礼儀を知らないので、名乗り返すことはしない。ルガールはイラついたようすで吐き捨てるように返答してきた。
「馬鹿か。てめぇに教えてやることなんざなにもねぇ」
「そうか。名乗れと言ったら名乗ったから、てっきり教えてくれるのかと思ってな。ほかの芸はどうだ? 『お手』といったらお手を返してくれるのか?」
ルガールの毛が逆立つのが見てとれた。おお、怖い怖い。俺はストローでコーヒーを吸い上げる。チープな味だが、葉巻でイカれた舌にはちょうどいい塩梅だ。
もう少しからかってやってもいいのだが、時は金なり。適当に痛めつけて体に聞いたほうが早い。
俺が歩みを進めると、ルガールがギラリと睨み、体勢を低くした。口元から唸り声が漏れている。
「そんな犬っころの姿じゃ怖くないぞ、ルガール」
「……今俺のことをなんつった?」
「犬っころと言ったんだ。別にマックスでもハチ公でも――」
ドクン。
ルガールを中心に振動が伝わる。
空間が歪む。
「俺のことを……犬っころだと?」
ドクン。ドクン。
一定間隔で響いてくる。鼓動だ。奴の心臓の鼓動が大きくなっている。
「犬っころだと言いやがったかァッ!?」
ルガールの体が跳ね上がった。顔面に向かってくる牙に怯み、バランスを崩して後ろによろめく。体勢を立て直し、顔を上げた目の前に、ルガールが爪を突き出していた。
子犬の姿ながら鋭い目。その瞳の奥に確かに飢えた狼の姿が見えた。
ルガールの爪が俺の左目を貫く。
「ッ!」
俺が目を押さえている隙に、首元、脇腹、アキレス腱と次々に鋭い爪を走らせていく。
なるほど、吠えるだけではないということか。そうこなくては張合いがない。
俺は目を押さえながら、筋繊維一本一本を収縮させる。
高くつくぞ。
肌にひびが入り、パラパラと崩れ落ちていくのを感じる。押さえこまれていた肉体が顕になる。肩が盛り上がり、胸板が跳ね上がる。額の傷や縫合痕が浮き上がり、より深く刻まれていく。体躯はすでにダンプカーを見下ろせるほど肥大していた。
戦闘体勢を整えた俺は、ルガールがいた方向を見る。
見当たらない。
見渡せば右の路地裏の遥か遠方に走っている子犬の姿があった。
逃げるとは。
数秒間呆けた後、追いかける。
どのみち無作為に歩いていてもこの地の警察機構と繰り返し戦いになるだけだ。どんな敵がいて、どんな情報を持っているのか知っておきたかった。
「失望したぞ、ルガール! 逃げたこと、そしてそれ以上に、この俺から逃げられると考えたお前の浅はかさにだ!」
俺は巨体を揺らして、奴の後を追いかけた。
【生ける死神】
唾を飲み込んだ。続いて息を大きく吐く。ゆっくりと息を吸い、また同じように息を吐く。
心臓の鼓動が大分落ち着いた。目を開けて、手に持っている拳銃を腰のホルダーに戻す。手を開いて、また閉じる。何度か繰り返してみる。支障なく動く。特に妙な攻撃は受けなかったようだ。
念のため山羊骨弾を持ってきておいてよかった。先ほど戦闘になった男は相当に徳を積んだようだ。でなければあそこまでの聖気をみなぎらせることはできないだろう。
少し考えが甘かったのかもしれない。初手に返り討ちにした警察機構の妖怪が大して強くなかったので、日本の幻魔は高が知れていると錯覚してしまったが、あのような者もいるのだ。もっと隠密行動に徹しなければいけない。
いや、徹していたはずだ。
「ジャック」
名前を呼ぶと彼が青白い炎に包まれながら姿を現した。いつものように男とも女ともつかない唸り声を喉の奥底から漏らしている。
私はそのかぼちゃ頭に死霊語で話しかける。
(なにを考えているの? あんな教室で暴れ出すなんて。私は件の少年の様子を見てこいと命令しただけよ? 私がいつビーカー類を片っ端から壊せと命令した?)
ジャックがかぼちゃ頭を抱えながら横に振る。
私はため息が出そうになるのを押し殺す。
ジャックは時々意図の分からない行動をとる。私の背後霊となって久しいが、いまだに意思疎通がとれない。こちらの言うことは伝わっているのだが、向こうの訴えたいことは何時間考えても答えが出ないことがほとんどだ。
私はジャックに消えるように言ってから、壁に手をついて身を起こす。悔しいがジャックの力をほぼ無償で借りているのだからあまり大きなことは言えない。ひとまずお嬢様がおっしゃっていた少年の様子はわかった。後は頃合いを見て接触しよう。
ひらり。
私が歩きだそうとしたとき、足になにかが触れる感触があった。
足元を見ると、足首に白い紙が巻きついていた。
手に取って見る。紙幣程の大きさで紙の表に漢字――「倉……魂命」? 筆文字で読み取れない――が書かれている。少し聖気を纏っている。
日本の法理を調べていたときに見たことがあった。これは和製の御札というものだ。結界を作成したり、御守り代わりに使用したりする護符。
学校の通学路であろう場所に落ちているということはやはり監視の目がここにも行き届いているということか。
私は御札を放り捨てて足早に学校からさらに距離を取る。もうここには近づかないほうがいいだろう。さっきの男のような手練れにはできれば出会いたくはない。
ひらり。
またもや足首にはためく感触があった。
足元を見ると先ほどの御札がまたしても足に纏わりついている。
私は右手で摘まんでそれを放る。しかし、追い風が吹き投げたそばから手首に絡みついた。舌打ちしつつも引っ掴んで、細切れに破り捨てた。
小さくなった紙片が花びらのように舞っていく。それを見届けてから、私は再び歩きだす。
ひらり。
左手にはためく感触があった。
驚きつつ視線を落とすと、御札が腕に絡みついていた。
取ろうとした右手をかざすと、そちらに絡みつく。ひらりひらりと踊らされながらようやくその御札を握りしめる。
今度は念入りに、痛いほど握りつぶす。
握りこぶしを開いた。
御札が九枚、皺ひとつない状態で手のひらの上で風に揺れていた。
攻撃を受けているッ――!
私は腰口のホルダーから拳銃を取ろうとする。
しかし取ろうとした右腕に御札が絡みつく。もはや風にはためく様子はなく、肌にぴたりとひっつき、蛇のように締めあげてきた。腕の自由が利かない。
その間にも御札の数は増えていく。足元から這い上がり、宙を舞い、首や目もとを狙ってくる。右腕はもはや服の色が見えないほど巻きついていた。
「ジャックッ!」
ジャックが叫び声と共に現れ、青い炎を指先から出す。冷たい炎を体中に浴びながら歯を食いしばる。
御札の動きが鈍ったところで身を丸めて道路に転がる。大抵の御札は地面に落ち、もぞもぞと蠢いて攻撃対象を探している。ジャックを近くに呼びながら右腕にいくつか残った御札をむしり取った。
拳銃を取り出したとき、ジャックが声を上げながら腕を伸ばした。
即座にその方向に銃を突きつける。
「しょうもない。この程度の罠に引っかかりよる」
カランコロンと下駄が打ち鳴らされる音が近づいてくる。
「海向こうも大したことないわ」
サブマシンガンを連射する。相手もすぐさま体に巻いている布を操って銃弾を防いだ。
弾幕を張りながら、左手でグレーテルを取り出す。
「『ジャック。彼方へ』」
ジャックが黒いマントで私を包んだ。暗闇に放り出される感覚が襲ってくる。
マントがはらわれると、青白くほの暗い世界に変わっていた。
耳鳴りが頭に響く。自分の息遣いが反響している。
無事に世界は静止した。『青魂影《せいこんえい》』に入ることができたのだ。
私はマシンピストルをしまう。ジャックは空をゆらゆらと浮かんでいる。
青魂影はジャックがその昔彷徨っていた世界だ。この世とあの世の境界らしく、ジャックと契約を結んだ私だけがジャックの作る影からこの世界に入り込める。
青魂影は現実世界の映し鏡だ。人、微生物、建築物。全て現実世界と同じく存在しているが、全て静止している。生まれた赤ん坊は産声を上げた姿勢で固まり、発射されたミサイルは空気を裂いた状態で静止する。太陽光すら通さず、光源はこの世界にただよう青い炎だけなので、世界は青白く生気がない。
私とジャックが触れたと認識したものは動き出し、離れればまた活動を停止する。
男の目の前に立つ。
体に先ほどの御札と同じような文字が走り書きされた包帯を巻いている。腕に巻かれているその包帯を操っているようで、右腕から伸びる布が私の撃った銃弾をいなしていた。余裕の表れなのか、顔には巻かれていない。私はその顔を観察する。
切れ長の目をしている。くっきりとした眉を吊り上げ、かすかに微笑んでいる。細い顔立ち。中東で生まれたのだろうか。少なくとも日本にはあまりいない顔立ちだった。
私はその美しい顔にグレーテルを突きつける。撃鉄を起こし、引き金を引く。
破裂音と共に銃弾が発射される。銃弾は数十センチ空間を切り裂いてから空中に留まった。間髪をいれず撃鉄を起こして引き金を引く。二発。三発。四発。五発。
六発目を撃とうと引き金を引いたとき、カチリと音がする。弾がなくなったのだ。そういえばさっき撃っていたな。
「五発あれば足りるかしら」
この頭を吹っ飛ばすには。
私は彼に背を向ける。グレーテルをしまい、空にいるジャックを呼ぶ。
静寂に耳の奥が痛くなる。あまりこの世界に長居してはいけない。ここは本来生者が来てはならない場所だから。
「『ジャック。此方へ』」
再びジャックのマントに包まれる。
誘いに乗ってこないな。
俺は人の気配の消えたハイカラ通りなる商店街のど真ん中で立ち止まる。手にしていたコーヒーとサンドイッチの入った紙袋を脇に抱えて、コートの胸ポケットからゆっくりと葉巻を取り出す。
「おい、いい加減にしないか」
俺は路地裏に隠れている小心者に呼びかける。
「俺たちは今『月の影』に転送されているんだ。人っ子ひとり来やしない」
煙をふうと吐く。
「別に勝てないと判断して、尻尾を巻いて帰ってくれてもかまわんぞ。俺が我慢ならんのはな、へたくそな尾行のせいで食後のコーヒーをのんびりと楽しめない現状だ。かかってくるのか、怖気付いて逃げるのか、どちらかにしろ」
ややあって、路地のごみ箱裏から一匹の子犬が現われた。なんとみすぼらしい。一丁前に殺気をこちらに飛ばしてきている。
「まずは名乗れ。とにもかくにも話はそれからだ」
「名乗れだぁ?」
顔を思いっきりしかめている。子犬の割には表情が豊かだ。
「この俺に向かって随分な口の聞き方じゃねえか。いいだろう。聞いて驚け」
子犬は貧相な体を精いっぱい反らす。
「俺の名はルガール・ヴォルグマン! 『満月の銀狼』、『北欧のベルセルク』だ! 『厳冬の宵は彼の者のために』と讃えられ、恐れられた狼だ! その昔ヴァイキングどもと7つの海を渡り、騎士団とともに数え切れぬ山を越えた! 悪魔に利用されていた秘宝『セイレーンの雫』は、俺の指示で破壊された! 世界に名高い狼男伝説はすべて俺に通じていると言っても過言ではない!」
そこまで言い切った子犬は満足げに鼻を鳴らす。先ほどまでコソコソと隠れておきながらこの自信満々な様子は、余程強いか余程阿呆なのかのどちらかだ。そして十中八九この犬は後者だろう。
しかしこの子犬がルガールか。まったくそうは見えないが、目の前の小さな犬っころの正体は狼男らしい。
俺は狼男が嫌いた。好きな種族なんて存在しないのだが、とにかく狼男が嫌いだ。粗暴で、血の気が多く、向う見ずな奴ばかりで、落ち着いた交渉というものができた試しがない。おまけに気狂いの血が流れているから、一度狂化されると手が付けられない。
アルファから転送されてきた記録にルガールの記録も存在した。昔は北欧を中心に暴れまわっていたらしい。第一次世界大戦辺りからリリス・サリヴァンと交流があり、その後ろをチョロチョロ動きまわっていたようだ。大昔のことはしらないが、今は鏡会の犬であり、虎の威を借る狐というわけだ。
「さあ、次はお前さんが名乗る番だぜ? どれほど名が売れている奴なんだ?」
ルガールはこちらの素性を尋ねてきた。名乗られたら名乗り返すのが礼儀だろう。
「ルガール、お前はなぜ日本に来て、俺を尾行していたんだ?」
当然俺は礼儀を知らないので、名乗り返すことはしない。ルガールはイラついたようすで吐き捨てるように返答してきた。
「馬鹿か。てめぇに教えてやることなんざなにもねぇ」
「そうか。名乗れと言ったら名乗ったから、てっきり教えてくれるのかと思ってな。ほかの芸はどうだ? 『お手』といったらお手を返してくれるのか?」
ルガールの毛が逆立つのが見てとれた。おお、怖い怖い。俺はストローでコーヒーを吸い上げる。チープな味だが、葉巻でイカれた舌にはちょうどいい塩梅だ。
もう少しからかってやってもいいのだが、時は金なり。適当に痛めつけて体に聞いたほうが早い。
俺が歩みを進めると、ルガールがギラリと睨み、体勢を低くした。口元から唸り声が漏れている。
「そんな犬っころの姿じゃ怖くないぞ、ルガール」
「……今俺のことをなんつった?」
「犬っころと言ったんだ。別にマックスでもハチ公でも――」
ドクン。
ルガールを中心に振動が伝わる。
空間が歪む。
「俺のことを……犬っころだと?」
ドクン。ドクン。
一定間隔で響いてくる。鼓動だ。奴の心臓の鼓動が大きくなっている。
「犬っころだと言いやがったかァッ!?」
ルガールの体が跳ね上がった。顔面に向かってくる牙に怯み、バランスを崩して後ろによろめく。体勢を立て直し、顔を上げた目の前に、ルガールが爪を突き出していた。
子犬の姿ながら鋭い目。その瞳の奥に確かに飢えた狼の姿が見えた。
ルガールの爪が俺の左目を貫く。
「ッ!」
俺が目を押さえている隙に、首元、脇腹、アキレス腱と次々に鋭い爪を走らせていく。
なるほど、吠えるだけではないということか。そうこなくては張合いがない。
俺は目を押さえながら、筋繊維一本一本を収縮させる。
高くつくぞ。
肌にひびが入り、パラパラと崩れ落ちていくのを感じる。押さえこまれていた肉体が顕になる。肩が盛り上がり、胸板が跳ね上がる。額の傷や縫合痕が浮き上がり、より深く刻まれていく。体躯はすでにダンプカーを見下ろせるほど肥大していた。
戦闘体勢を整えた俺は、ルガールがいた方向を見る。
見当たらない。
見渡せば右の路地裏の遥か遠方に走っている子犬の姿があった。
逃げるとは。
数秒間呆けた後、追いかける。
どのみち無作為に歩いていてもこの地の警察機構と繰り返し戦いになるだけだ。どんな敵がいて、どんな情報を持っているのか知っておきたかった。
「失望したぞ、ルガール! 逃げたこと、そしてそれ以上に、この俺から逃げられると考えたお前の浅はかさにだ!」
俺は巨体を揺らして、奴の後を追いかけた。
【生ける死神】
唾を飲み込んだ。続いて息を大きく吐く。ゆっくりと息を吸い、また同じように息を吐く。
心臓の鼓動が大分落ち着いた。目を開けて、手に持っている拳銃を腰のホルダーに戻す。手を開いて、また閉じる。何度か繰り返してみる。支障なく動く。特に妙な攻撃は受けなかったようだ。
念のため山羊骨弾を持ってきておいてよかった。先ほど戦闘になった男は相当に徳を積んだようだ。でなければあそこまでの聖気をみなぎらせることはできないだろう。
少し考えが甘かったのかもしれない。初手に返り討ちにした警察機構の妖怪が大して強くなかったので、日本の幻魔は高が知れていると錯覚してしまったが、あのような者もいるのだ。もっと隠密行動に徹しなければいけない。
いや、徹していたはずだ。
「ジャック」
名前を呼ぶと彼が青白い炎に包まれながら姿を現した。いつものように男とも女ともつかない唸り声を喉の奥底から漏らしている。
私はそのかぼちゃ頭に死霊語で話しかける。
(なにを考えているの? あんな教室で暴れ出すなんて。私は件の少年の様子を見てこいと命令しただけよ? 私がいつビーカー類を片っ端から壊せと命令した?)
ジャックがかぼちゃ頭を抱えながら横に振る。
私はため息が出そうになるのを押し殺す。
ジャックは時々意図の分からない行動をとる。私の背後霊となって久しいが、いまだに意思疎通がとれない。こちらの言うことは伝わっているのだが、向こうの訴えたいことは何時間考えても答えが出ないことがほとんどだ。
私はジャックに消えるように言ってから、壁に手をついて身を起こす。悔しいがジャックの力をほぼ無償で借りているのだからあまり大きなことは言えない。ひとまずお嬢様がおっしゃっていた少年の様子はわかった。後は頃合いを見て接触しよう。
ひらり。
私が歩きだそうとしたとき、足になにかが触れる感触があった。
足元を見ると、足首に白い紙が巻きついていた。
手に取って見る。紙幣程の大きさで紙の表に漢字――「倉……魂命」? 筆文字で読み取れない――が書かれている。少し聖気を纏っている。
日本の法理を調べていたときに見たことがあった。これは和製の御札というものだ。結界を作成したり、御守り代わりに使用したりする護符。
学校の通学路であろう場所に落ちているということはやはり監視の目がここにも行き届いているということか。
私は御札を放り捨てて足早に学校からさらに距離を取る。もうここには近づかないほうがいいだろう。さっきの男のような手練れにはできれば出会いたくはない。
ひらり。
またもや足首にはためく感触があった。
足元を見ると先ほどの御札がまたしても足に纏わりついている。
私は右手で摘まんでそれを放る。しかし、追い風が吹き投げたそばから手首に絡みついた。舌打ちしつつも引っ掴んで、細切れに破り捨てた。
小さくなった紙片が花びらのように舞っていく。それを見届けてから、私は再び歩きだす。
ひらり。
左手にはためく感触があった。
驚きつつ視線を落とすと、御札が腕に絡みついていた。
取ろうとした右手をかざすと、そちらに絡みつく。ひらりひらりと踊らされながらようやくその御札を握りしめる。
今度は念入りに、痛いほど握りつぶす。
握りこぶしを開いた。
御札が九枚、皺ひとつない状態で手のひらの上で風に揺れていた。
攻撃を受けているッ――!
私は腰口のホルダーから拳銃を取ろうとする。
しかし取ろうとした右腕に御札が絡みつく。もはや風にはためく様子はなく、肌にぴたりとひっつき、蛇のように締めあげてきた。腕の自由が利かない。
その間にも御札の数は増えていく。足元から這い上がり、宙を舞い、首や目もとを狙ってくる。右腕はもはや服の色が見えないほど巻きついていた。
「ジャックッ!」
ジャックが叫び声と共に現れ、青い炎を指先から出す。冷たい炎を体中に浴びながら歯を食いしばる。
御札の動きが鈍ったところで身を丸めて道路に転がる。大抵の御札は地面に落ち、もぞもぞと蠢いて攻撃対象を探している。ジャックを近くに呼びながら右腕にいくつか残った御札をむしり取った。
拳銃を取り出したとき、ジャックが声を上げながら腕を伸ばした。
即座にその方向に銃を突きつける。
「しょうもない。この程度の罠に引っかかりよる」
カランコロンと下駄が打ち鳴らされる音が近づいてくる。
「海向こうも大したことないわ」
サブマシンガンを連射する。相手もすぐさま体に巻いている布を操って銃弾を防いだ。
弾幕を張りながら、左手でグレーテルを取り出す。
「『ジャック。彼方へ』」
ジャックが黒いマントで私を包んだ。暗闇に放り出される感覚が襲ってくる。
マントがはらわれると、青白くほの暗い世界に変わっていた。
耳鳴りが頭に響く。自分の息遣いが反響している。
無事に世界は静止した。『青魂影《せいこんえい》』に入ることができたのだ。
私はマシンピストルをしまう。ジャックは空をゆらゆらと浮かんでいる。
青魂影はジャックがその昔彷徨っていた世界だ。この世とあの世の境界らしく、ジャックと契約を結んだ私だけがジャックの作る影からこの世界に入り込める。
青魂影は現実世界の映し鏡だ。人、微生物、建築物。全て現実世界と同じく存在しているが、全て静止している。生まれた赤ん坊は産声を上げた姿勢で固まり、発射されたミサイルは空気を裂いた状態で静止する。太陽光すら通さず、光源はこの世界にただよう青い炎だけなので、世界は青白く生気がない。
私とジャックが触れたと認識したものは動き出し、離れればまた活動を停止する。
男の目の前に立つ。
体に先ほどの御札と同じような文字が走り書きされた包帯を巻いている。腕に巻かれているその包帯を操っているようで、右腕から伸びる布が私の撃った銃弾をいなしていた。余裕の表れなのか、顔には巻かれていない。私はその顔を観察する。
切れ長の目をしている。くっきりとした眉を吊り上げ、かすかに微笑んでいる。細い顔立ち。中東で生まれたのだろうか。少なくとも日本にはあまりいない顔立ちだった。
私はその美しい顔にグレーテルを突きつける。撃鉄を起こし、引き金を引く。
破裂音と共に銃弾が発射される。銃弾は数十センチ空間を切り裂いてから空中に留まった。間髪をいれず撃鉄を起こして引き金を引く。二発。三発。四発。五発。
六発目を撃とうと引き金を引いたとき、カチリと音がする。弾がなくなったのだ。そういえばさっき撃っていたな。
「五発あれば足りるかしら」
この頭を吹っ飛ばすには。
私は彼に背を向ける。グレーテルをしまい、空にいるジャックを呼ぶ。
静寂に耳の奥が痛くなる。あまりこの世界に長居してはいけない。ここは本来生者が来てはならない場所だから。
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「魔王を倒して元の世界に帰ろう!」
正義の言葉に3人は頷いたが、俺は正義に言った。
「魔王を倒すという志は立派だが、まずは魔物と戦って勝利をしてから言え!」
「僕達には素晴らしい加護の恩恵があるから…」
「肩書きがどんなに立派でも、魔物を前にしたら思う様には動けないんだ。現実を知れ!」
「何よ偉そうに…アンタだったら出来るというの?」
「良いか…殴り合いの喧嘩もしたことがない奴が、いきなり魔物に勝てる訳が無いんだ。お前達は、ゲーム感覚でいるみたいだが現実はそんなに甘く無いぞ!」
「ずいぶん知ったような口を聞くね。不知火は経験があるのか?」
「あるよ、異世界召喚は今回が初めてでは無いからな…」
俺は右手を上げると、頭上から光に照らされて黄金の甲冑と二振の聖剣を手にした。
「その…鎧と剣は?」
「これが証拠だ。この鎧と剣は、今迄の世界を救った報酬として貰った。」
「今迄って…今回が2回目では無いのか?」
「今回で7回目だ!マジでいい加減にして欲しいよ。」
俺はうんざりしながら答えた。
そう…今回の異世界召喚で7回目なのだ。
いずれの世界も救って来た。
そして今度の世界は…?
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昼過ぎには3位になっていました.°(ಗдಗ。)°.
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最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
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ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
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