王の寝室に侍る娘

伊簑木サイ

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彼がシスターを口説かなければならなくなった理由(わけ)7

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「シスター・シアー!!!」

 突然、幼い声が響き渡った。同時に、鼓膜を引き裂きかねない甲高い声も続く。
 王は何事かと、そちらへ目をやった。
 野菜の植わった畑の奥、建物のある方に、数人の子供と、幼児を抱いた尼僧が立っていた。そのうちの子供たちが、一目散に、こちらめがけて走り出した。
 口々に、シスター、シアー、と叫んでいる。中には、奇声を発している者もいる。
 王は、何が始まるのかわからない奇矯な雰囲気に押されて、その場で立ち止まった。

 子供というのは、鞠が転げるように走る。ぽんぽんと飛び跳ねて、非常に危なっかしい。そのうち転ぶのではないかと、はらはらと見守っていると、案の定、一人が豪快につんのめった。
 あっというまの出来事だった。その子に躓き、後続の二人も転がる。妙な具合に体がぐにゃりと曲がってもんどりうち、途端に、ぎゃーっ、と泣き出した。
 あの小さな体のどこから出ているのかわからない、すさまじい音量の声だ。それがいくつも重なり、わずか数十秒の内に、阿鼻叫喚の騒ぎとなっていた。

 彼女は王の手を振り払うと、子供たちに向かって駆けだした。王も洗濯物をその場に下ろし、遅まきながらその後を追う。

「大丈夫か!? どこが痛い?」

 彼女は子供たちの傍に跪いた。

「シスター・シアー」

 子供たちはわあわあと泣きながら起き上がり、体を投げ出すようにして、四方八方から彼女に抱きついた。
 王はその様子に、ほっとした。どの子もすぐに動けるのだ、たいしたことはないのだろう。
 いや、それにしてもびっくりした、と息をつく。あれと同じように大人が転んだら、骨の一本や二本、折れているに違いない。

「どこが痛いんだ? 泣いていてはわからない。ああ、お願いだから、教えてくれ。どうしたらいいんだ?」

 彼女は両手いっぱいに子供たちを抱き締めて撫でさすりながら、おろおろとしていた。心配でたまらないという顔をして、目には涙までためて、泣きそうになっている。
 王は近付いて、一番大きい男の子の両脇に手を入れて、後ろからひょいと持ち上げた。いきなりごぼう抜きにされたされた子は、吃驚眼びっくりまなこで泣き止んだ。上から覗き込んで様子がおかしいところがないか顔色を観察する。

「ほら、すりむいているだけだ。心配ない」

 王は彼女に教えてやった。
 と、子供は驚きが過ぎ去ったのか、今度は見る間に恐怖に顔をひきつらせた。うあーと大泣きしそうに口を開けたところで、王は急いでその子を彼女の横に戻した。また泣き出されてはたまらない。
 他の子供たちも、彼を警戒して大声で泣くのはやめ、彼女にしがみついて小さくなっている。
 彼女だけが、すがりつくような目で彼を見ていた。それに、安心しろと頷いてやる。

「転んで驚いただけだろう。すりむいた所を洗って清潔な布で覆ってやれば、それで大丈夫だ」

 少なくとも、彼が幼い頃は、そうされてきた。

「ああ。そうか。そうだな。よかった。ああ、神様」

 彼女は子供たちに目を戻し、涙に濡れた顔をぬぐってやりながら、神様、感謝いたします、と何度も呟く。
 そうしている彼女は慈愛にあふれた聖女そのもので、その優しい心ごと彼女を守ってやりたいと、王は胸を熱くしたのだった。
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