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前日譚
仕返しされる
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ロドリックは、レオノーラに咎められて及び腰になりかけたが、ラウルが彼女をなだめている間に、隣の侍女からジョッキを渡されて――「ロドリック様、頑張って! これ、私の気持ちです!」――、いっきに呷った。
無精髭に付いた滴を手の甲で拭い取った時には、再び目が据わっており、ニヤッとして言い放った。
「よし。よく言ったな! へらへらしているが、おまえが腰抜けじゃないってことはわかっていたぞ! ……お嬢様、申しわけありませんが、男と男の話なので、少々すっこんでいていただけますか。……ラウル、俺がおまえに要求したいのは、一つだけだ。それが呑めるなら、俺は明日から侯爵閣下のご命令どおり、おまえの忠実な副官になってやる」
「はあ、わかりました。それで、何なんですか?」
「『どういたしまして』と言え」
「……どういたしまして」
「まだだ! 俺が話したら、返事にそれだけを言えって言ってるんだ!」
「あ、はい、わかりました」
わかってないな、こいつ、という目で見られて、ラウルは愛想笑いを浮かべた。完全にロドリックの論法は、酔っ払い特有の混沌を呈している。たぶん、もう一杯飲んだら、今度はめそめそ泣きだすに違いない。前回の、がっつり肩を抱かれて、そのうちのしかかられて、胸に取りすがられて泣かれた記憶がよみがえる。
ラウルが立ったのは、見下ろされない位置で対峙する目的もあったが、鞍擦れした尻で硬いベンチに座り続けるのが、辛くなってきたからだ。
もしもテーブルを乗り越えてやってきて、肩を押さえ込まれてのしかかられたら、二人分の体重を自分の尻の皮は支えられないだろうというのがわかっていた。ここでどうにかしなければ、まさに後がないのだった。
「まず、……そうだな。盗賊に襲われた際は、おまえのおかげで助かった。礼を言う」
「どういたしまして」
「いつも食材を工面するのはおまえだったな。調理も任せっきりだった。それに、おまえの飯はうまい。礼を言う」
「いえ、水や焚火の用意はあなたが……、はい。どういたしまして」
ラウルはむずむずしてきて、つい違うことを口にしかけ、ロドリックに、それみたことかという顔をされた。
盗賊は、商売を一緒にやったあげく、終いに「何様のつもりだ、出て行け」とラウルを追い出した男が、一味の頭目だった。ラウルが出て行った後に、商売に失敗して落ちぶれたらしい。たまたま彼を見つけて、また仲間に引き入れようとしたのだ。
どっちかというと危なかったのはロドリックの方で、一緒に捕まっていれば、ラウルに「誰も助けに来ない。仲間になるしかない。逆らえば同じ目にあう」と思わせるために、彼の目の前で惨殺されただろう。
盗賊の件は九割方、ラウルのとばっちりだったのだ。
食事の件だって、一人分だろうが二人分だろうが、たいして労力が変わるわけでもない。いざというときにはロドリックが体を張るのだから、普段は旅慣れたラウルが担当するので、釣り合いが取れていたはずだ。
つまり、どちらも言われる筋合いもなければ、たいしたことでもない。それに面と向かって礼を言われると、どうにも居心地が悪くてしかたなかった。
「あとはなんだ、そうだ、職人頭のクソ親父が、俺が碌な仕事ができないと罵って、力仕事ばかり割り振った時も、助け船を出してくれたな。恩に着る」
「私に付き合わせていたんですから……、ああ、はい。どういたしまして」
ラウルは職を転々としてきたから、似たような仕事を囓ったことがあったし、頑固で口の悪い職人との付き合いにも慣れている。むしろ、身分を偽って、したことのないことを黙ってやっていたロドリックの方が、見上げた根性と忠誠心だと思っていたのだ。
「それと、一度酔い潰れて、下宿先まで連れ帰ってくれたな。記憶がないから、ずいぶん俺は絡んだんじゃないか? 酒癖が悪いって、よく人に言われるんだが」
「……どういたしまして」
「それはすまなかったな」
「どういたしまして」
ニヤニヤと礼と謝罪を繰り出していたロドリックが、とうとう、ぶはっと噴き出した。
「ああ、いい気味だ! ようやくおまえに、自分のしたことを認めさせた! 人の礼と謝罪くらい、素直に受け取れよ。それを受け取ってもらえないのも、嫌な気分なんだからな。だから、こんなふうに仕返しされるハメになるんだぞ。同じことしやがったら、これからもまた、公開処刑にしてやるからな。わかったか!」
最後の言葉と一緒に腕が振られ、ラウルはビシッと指を突きつけられた。
「……どういたしまして」
ラウルは溜息をついて、負け惜しみみたいな嫌味で答えたのだった。
無精髭に付いた滴を手の甲で拭い取った時には、再び目が据わっており、ニヤッとして言い放った。
「よし。よく言ったな! へらへらしているが、おまえが腰抜けじゃないってことはわかっていたぞ! ……お嬢様、申しわけありませんが、男と男の話なので、少々すっこんでいていただけますか。……ラウル、俺がおまえに要求したいのは、一つだけだ。それが呑めるなら、俺は明日から侯爵閣下のご命令どおり、おまえの忠実な副官になってやる」
「はあ、わかりました。それで、何なんですか?」
「『どういたしまして』と言え」
「……どういたしまして」
「まだだ! 俺が話したら、返事にそれだけを言えって言ってるんだ!」
「あ、はい、わかりました」
わかってないな、こいつ、という目で見られて、ラウルは愛想笑いを浮かべた。完全にロドリックの論法は、酔っ払い特有の混沌を呈している。たぶん、もう一杯飲んだら、今度はめそめそ泣きだすに違いない。前回の、がっつり肩を抱かれて、そのうちのしかかられて、胸に取りすがられて泣かれた記憶がよみがえる。
ラウルが立ったのは、見下ろされない位置で対峙する目的もあったが、鞍擦れした尻で硬いベンチに座り続けるのが、辛くなってきたからだ。
もしもテーブルを乗り越えてやってきて、肩を押さえ込まれてのしかかられたら、二人分の体重を自分の尻の皮は支えられないだろうというのがわかっていた。ここでどうにかしなければ、まさに後がないのだった。
「まず、……そうだな。盗賊に襲われた際は、おまえのおかげで助かった。礼を言う」
「どういたしまして」
「いつも食材を工面するのはおまえだったな。調理も任せっきりだった。それに、おまえの飯はうまい。礼を言う」
「いえ、水や焚火の用意はあなたが……、はい。どういたしまして」
ラウルはむずむずしてきて、つい違うことを口にしかけ、ロドリックに、それみたことかという顔をされた。
盗賊は、商売を一緒にやったあげく、終いに「何様のつもりだ、出て行け」とラウルを追い出した男が、一味の頭目だった。ラウルが出て行った後に、商売に失敗して落ちぶれたらしい。たまたま彼を見つけて、また仲間に引き入れようとしたのだ。
どっちかというと危なかったのはロドリックの方で、一緒に捕まっていれば、ラウルに「誰も助けに来ない。仲間になるしかない。逆らえば同じ目にあう」と思わせるために、彼の目の前で惨殺されただろう。
盗賊の件は九割方、ラウルのとばっちりだったのだ。
食事の件だって、一人分だろうが二人分だろうが、たいして労力が変わるわけでもない。いざというときにはロドリックが体を張るのだから、普段は旅慣れたラウルが担当するので、釣り合いが取れていたはずだ。
つまり、どちらも言われる筋合いもなければ、たいしたことでもない。それに面と向かって礼を言われると、どうにも居心地が悪くてしかたなかった。
「あとはなんだ、そうだ、職人頭のクソ親父が、俺が碌な仕事ができないと罵って、力仕事ばかり割り振った時も、助け船を出してくれたな。恩に着る」
「私に付き合わせていたんですから……、ああ、はい。どういたしまして」
ラウルは職を転々としてきたから、似たような仕事を囓ったことがあったし、頑固で口の悪い職人との付き合いにも慣れている。むしろ、身分を偽って、したことのないことを黙ってやっていたロドリックの方が、見上げた根性と忠誠心だと思っていたのだ。
「それと、一度酔い潰れて、下宿先まで連れ帰ってくれたな。記憶がないから、ずいぶん俺は絡んだんじゃないか? 酒癖が悪いって、よく人に言われるんだが」
「……どういたしまして」
「それはすまなかったな」
「どういたしまして」
ニヤニヤと礼と謝罪を繰り出していたロドリックが、とうとう、ぶはっと噴き出した。
「ああ、いい気味だ! ようやくおまえに、自分のしたことを認めさせた! 人の礼と謝罪くらい、素直に受け取れよ。それを受け取ってもらえないのも、嫌な気分なんだからな。だから、こんなふうに仕返しされるハメになるんだぞ。同じことしやがったら、これからもまた、公開処刑にしてやるからな。わかったか!」
最後の言葉と一緒に腕が振られ、ラウルはビシッと指を突きつけられた。
「……どういたしまして」
ラウルは溜息をついて、負け惜しみみたいな嫌味で答えたのだった。
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