暁にもう一度

伊簑木サイ

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第二章 水の都 王都アティアナ

3-2

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「昨日は迷子だったんだって? どう、王都には慣れそう?」
「ええ、はい。慣れようと思っています」

 できるかできないかではなく、そうするつもりだというソランに、ディーは振り返ってその表情を確かめた。気負った風でもなく、自信に溢れているわけでもない。ごく普通の様子を。

「何か?」
「方向が捉えにくく造られているのに?」
「船頭たちは都中を渡れるそうですから。できないことではないでしょう」
「どうしてそう造られていると思ったの?」
「三つの塔です。一つは軍本部のものだったのですね」

 王都の中央と思われる方向に三つの塔が見え、それを目印にしようとすると、余計に位置が分からなくなっていく。

「あれは正三角形に並んでいるのではないですか?」
「そうだよ」
「右や左にくねりながら、少しずつ水路は巧妙に方向を変えています。だから、よほどあれを注視していないかぎり、乗っている人間は反対方向に向かっていてもわからなくなっていくでしょう。さっき見た塔と今見ている塔の位置が入れ替わっていても、そっくりで見分けがつかないですから」
「なのに、君は位置が変わっているとわかったんだ?」
「目印のない場所で育ったので」

 ディーは数秒ソランを見て考え込み、イアルに目を向けた。言葉の足りないソランの代わりに説明を求めたのだ。

「私たちの領地は、辺境地にありますので。広い台地か鬱蒼とした山しかないとなると、目印が非常に乏しいのです。家から離れたら最後、自分の方向感覚だけが頼りとなります」
「では、ここにいても屋敷の位置がわかると?」
「はい。でも道はわかりません。ですから昨日、迷子と申し上げたのです」

 驚いた、と言ったきり、ディーはしばらく言葉を失っているようだった。ついでに足も止まっていた。

「もしかして、昨日入ってきた王都の門の位置も? とすれば、領地の位置もわかるの?」
「ええ」
「すごい特技だ」
「うちでは普通です」
「ああ。でないと生き残れないんだね?」
「そうです」
「すごい領民だね」
「ええ」

 ソランが頷く。柔らかく愛情に満ちた美しい微笑で。
 ディーは目を瞠った。かと思うと跪き、ソランの右手を取り、唖然として無反応なのをいいことに、手の甲に口付けた。

「美しい方、どうか私の愛をお受け取りください!」
「は?」
「美の女神リエンナより美しく、豊穣の女神フェルトより慈悲深い。その上、知の神エセベトの申し子であり、何より変わっている! 私の理想の人です!」

 ソランもなんとなく、愛の告白を受けていることに気付きはじめた。それで遅ればせながら青ざめる。
 ――もう、女だとバレたのか?

 昨夜、殿下は並み居る貴族の姫君たちに猛アタックを受け、その凄まじさにすっかり女嫌いになってしまったのだと聞いた。女とバレたら敷居を跨がせて貰えないだろうと。
 おまえの価値を理解してもらうまで、男として振舞っておきなさい。嘘をつけば後で面倒だから、断言はしないように。幸い、おまえはどこからどうみても男性だ。まず心配ないから。そう言われていたのに。

 だが、次の言葉で違うらしいとわかった。

「あなたのためなら、次期領主の身分を捨ててもいい。跡継ぎがいると仰るなら、その間は我慢もしましょう。どうか、この手を私だけが取ることをお許しください」

 決定的に彼とは嗜好が違うようだった。この国では珍しいことでもなかった。他国では同性同士を忌み嫌う地が多いが、この国では、こと愛に関しての垣根は低い。同性だろうが歳の差だろうが不倫だろうが、それが真実の愛であるならば、すべて許されるのだ。
 ただしそれは建前で、領主となれば跡継ぎはいるし、となれば同性では子供はできない。また、不倫でも血筋に問題が出る。背負っているものが大きいと、利益にも関わるから、別れられない場合も多い。
 そんなわけで、同性でも異性でも、子供ができた後はお互い愛人を囲うなどという話も多いのだが、ソランは身近な人たちを見ていて、平凡でもあたたかい家庭が欲しかった。

 そしてそれ以上に、そんな事情には関係なく、ディーの言葉はソランの逆鱗に触れていた。

「断る」

 ぱん、と手を払いのけ、ソランは彼を睥睨して低い声で言い放った。

「次期領主の身分を捨てていい? だったら今すぐ捨てて来い。中途半端な決心は領民に迷惑だ!」

 雷のごとき苛烈さだった。ディーはまたもやそれに見惚れた。そして今度はあろうことか、素早くソランの腰に抱きついた。
 ソランはとっさに避けようとしたが、さすが殿下の副官、体術は優れていた。まんまとすがりつかれる。

「素晴らしい! 俺はもう、君の愛の奴隷だ!」
「いっ、いるかっ、放せっ」

 イアルが助けに入ろうとするが、上官をどうやって止めたらいいのかわからない。三人でおしくら饅頭のようになる。ソランは我慢の限界に近付き、拳を固めて振り上げた。

「……だから、聞き流せと言っただろう」

 呆れた声が聞こえたと思ったら、黒いものが振り下ろされ、ディーの後頭部に当たった。両手を離し、頭を押さえて蹲る。
 殿下が三人の騎士を従え、愛剣を鞘ごと右手に持ち、立っていた。
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