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第四章 王宮の主たち
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殿下は三時近くにどこからか現れて、不機嫌に侍従と言葉を交わすと、許可を出した。
「行ってまいります」
「ああ。気をつけてな」
不機嫌なままの殿下に挨拶をし、侍従の後に続いた。建物を出ると、赤い制服に身を包んだ近衛兵が四人控えており、イアルと二人、前後左右を囲まれた。
護衛というより、どうしても気分は連行である。栄誉に胸が躍るのではなく、ただただ気が重い。
だいたい自分は、国王陛下がわざわざ時間を空けてまで会うほどの人物ではない、としかソランには思えない。
――殿下も言っていたではないか、道を歩いていたら犬に噛まれたようなものだと。あの剣を抜くのは、実はその程度のことでしかないはずだ。だって、自分すらできてしまったのだから。運が良いのではなく、おそらく悪いのだ。ということは、運の悪さでは、恐れ多くも殿下と一、二を争うということになるのだろうが、自分には他に特筆できる取り柄はない。
剣の腕は母に及ばず、医術についてもまだ師匠に師事しており、領主代行業務もギルバートに補佐してもらい、今だとてイアルに助けてもらっている。美貌では祖母、賢さでは弟、面の皮の厚さでは父、可愛らしさと家事全般ではマリーにどうにもかなわない。そして、祖父には掌の上で踊らされている有様だ。……それに殿下。
思い上がろうにも、ソランのまわりには秀でた者が多すぎた。
それでもソランが卑屈とは縁遠くいられたのは、彼らに愛され、大事にされてきたからだろう。彼女には、彼らに愛される自分が卑下するべき対象とは思えなかった。
人間にはできることもあれば、できないこともある。お互いに足りないものを補い合って繋がっているのだ。愛する彼らが尊いように、自分が自分であることが尊いと、ソランにはわかっていた。
軍の敷地を出、回廊に入る。実用一辺倒の造りだ。だが、導かれ、角を曲がり、奥に踏み入ったある時点から、柔らかで華やかな趣が加わっていった。
かなり歩いたところで回廊をはずれ、庭に出た。今度は敷石に沿って歩く。黄や赤に彩られた木々と冬を迎える前に咲く最後の花々が、そこかしこで揺れ、小川や池、瀟洒な東屋が配されていた。手入れは行き届いていたが、技巧めいた感じはなかった。素朴さがあり、また古びた荘厳さがあった。
やがて敷石は、赤茶けた暖かい色調の石で造られた建物へと近付いていった。そこをぐるりとまわりこみ、建物の角を曲がると、内庭になるのだろう、日当たりの良い場所にテーブルが設えられ、お茶の用意がされていた。
そこに華麗な衣装を纏った一組の男女がいた。男性はごくごく平凡な容姿であり、女性も美しくはあったが、それはただ垢抜けているせいだろうと思われた。
殿下の容貌とは、どちらも似ていなかった。髪の色さえも。だが、人を圧する雰囲気に、陛下夫妻であろうと知れた。
ソランはかなり離れた場所で止まり、礼の姿勢をとったまま声がかかるのを待った。
陛下は人払いをし、イアルも近衛と共に下げられてしまった。
「よく来た、ソラン殿」
「拝謁の栄誉に与り恐悦至極にございます」
ソランは膝をつき、さらに深々と腰を折った。
「畏まらないでおくれ。今日は古くからの友人たちの娘であり、孫娘でもあるそなたを招いたのだ。さあ、頭をあげて。こちらへ来て、ここへお掛けなさい」
娘や孫娘と言われてギクリとした。とっさに、女だとバレたと思ったためだ。が、陛下が知らないわけがないと思い返した。元々ソランは、陛下の要請によって来たのだ。第二王子を王太子につくように説得せよと。――それを忘れていたなんてどうかしている。
ソランは立ちあがり、姿勢を正した。
「さあ、こちらへどうぞ」
王妃が微笑みながら手招きする。
「お言葉に甘えて、失礼させていただきます」
ソランは指し示された席に着いた。
「行ってまいります」
「ああ。気をつけてな」
不機嫌なままの殿下に挨拶をし、侍従の後に続いた。建物を出ると、赤い制服に身を包んだ近衛兵が四人控えており、イアルと二人、前後左右を囲まれた。
護衛というより、どうしても気分は連行である。栄誉に胸が躍るのではなく、ただただ気が重い。
だいたい自分は、国王陛下がわざわざ時間を空けてまで会うほどの人物ではない、としかソランには思えない。
――殿下も言っていたではないか、道を歩いていたら犬に噛まれたようなものだと。あの剣を抜くのは、実はその程度のことでしかないはずだ。だって、自分すらできてしまったのだから。運が良いのではなく、おそらく悪いのだ。ということは、運の悪さでは、恐れ多くも殿下と一、二を争うということになるのだろうが、自分には他に特筆できる取り柄はない。
剣の腕は母に及ばず、医術についてもまだ師匠に師事しており、領主代行業務もギルバートに補佐してもらい、今だとてイアルに助けてもらっている。美貌では祖母、賢さでは弟、面の皮の厚さでは父、可愛らしさと家事全般ではマリーにどうにもかなわない。そして、祖父には掌の上で踊らされている有様だ。……それに殿下。
思い上がろうにも、ソランのまわりには秀でた者が多すぎた。
それでもソランが卑屈とは縁遠くいられたのは、彼らに愛され、大事にされてきたからだろう。彼女には、彼らに愛される自分が卑下するべき対象とは思えなかった。
人間にはできることもあれば、できないこともある。お互いに足りないものを補い合って繋がっているのだ。愛する彼らが尊いように、自分が自分であることが尊いと、ソランにはわかっていた。
軍の敷地を出、回廊に入る。実用一辺倒の造りだ。だが、導かれ、角を曲がり、奥に踏み入ったある時点から、柔らかで華やかな趣が加わっていった。
かなり歩いたところで回廊をはずれ、庭に出た。今度は敷石に沿って歩く。黄や赤に彩られた木々と冬を迎える前に咲く最後の花々が、そこかしこで揺れ、小川や池、瀟洒な東屋が配されていた。手入れは行き届いていたが、技巧めいた感じはなかった。素朴さがあり、また古びた荘厳さがあった。
やがて敷石は、赤茶けた暖かい色調の石で造られた建物へと近付いていった。そこをぐるりとまわりこみ、建物の角を曲がると、内庭になるのだろう、日当たりの良い場所にテーブルが設えられ、お茶の用意がされていた。
そこに華麗な衣装を纏った一組の男女がいた。男性はごくごく平凡な容姿であり、女性も美しくはあったが、それはただ垢抜けているせいだろうと思われた。
殿下の容貌とは、どちらも似ていなかった。髪の色さえも。だが、人を圧する雰囲気に、陛下夫妻であろうと知れた。
ソランはかなり離れた場所で止まり、礼の姿勢をとったまま声がかかるのを待った。
陛下は人払いをし、イアルも近衛と共に下げられてしまった。
「よく来た、ソラン殿」
「拝謁の栄誉に与り恐悦至極にございます」
ソランは膝をつき、さらに深々と腰を折った。
「畏まらないでおくれ。今日は古くからの友人たちの娘であり、孫娘でもあるそなたを招いたのだ。さあ、頭をあげて。こちらへ来て、ここへお掛けなさい」
娘や孫娘と言われてギクリとした。とっさに、女だとバレたと思ったためだ。が、陛下が知らないわけがないと思い返した。元々ソランは、陛下の要請によって来たのだ。第二王子を王太子につくように説得せよと。――それを忘れていたなんてどうかしている。
ソランは立ちあがり、姿勢を正した。
「さあ、こちらへどうぞ」
王妃が微笑みながら手招きする。
「お言葉に甘えて、失礼させていただきます」
ソランは指し示された席に着いた。
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