暁にもう一度

伊簑木サイ

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第四章 王宮の主たち

2-3

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「ミルフェ、入っていらっしゃい」

 しばらくの談笑の後、王妃が建物に向かって声をかけた。開け放たれていた扉から、おちついたピンク色のドレスを着た少女が現れる。

「紹介するわ。娘のミルフェです」

 ソランはすぐさま立ちあがり、片膝をついた。姫はスカートを上品に摘みあげ、優雅に挨拶をした。

「ミルフェ・ウイシュタリア・エレ・ダレルでございます」
「ソラン・ファレノ・ド・ジェナシスでございます。お目にかかれて光栄です」

 王妃に似ているが、まとう空気が全然違う。朗らかな少女の明るさに満ちている。

「どうぞ立ってちょうだいな。今朝の噂を聞いて、ソラン殿にお会いできるのをとても楽しみにしていたのですよ」
「母上」

 王女はあわてた。頬を赤らめる様子は、とても微笑ましい。

「エルファリアのことは知っていますか?」
「第一王子殿下でいらっしゃいますね?」
「そうです。あれもあなたに会いたがっていますの。ただ、とこを離れられなくて。会っていってやってくれますか?」
「承知いたしました」
「では、ミルフェに案内させます。ミルフェ、頼みましたよ」
「はい。ソラン殿、こちらです」

 にっこりと建物の方を示した。ソランはそれに頷いて見せてから、両陛下に挨拶をし、王女の後に続いた。




「ソラン殿の御領地はどんな所なのですか?」

 王女は廊下を先に立って歩きながら、少し振り返って尋ねてきた。

「北方の辺境地でございます。山や森や草原ばかりの、長閑な所でございます」
「まあ、それで」

 足を止め、向き直る。その顔には感嘆の表情が浮かんでいた。

「それで精霊王のような方なのですね」

 精霊王とは、草木に宿る精霊や動物たちを束ねる精霊族の王を言う。動植物の種類ごとにいるとも、すべてを束ねる王がいるとも言われている。大地の女神であったマイラの眷属であるが、同じ眷属の巨人族や小人族が醜い容姿として語られるのに比べ、神々に勝るとも劣らない美貌として伝えられている。

 王女は突拍子もないことを言う。ソランは苦笑した。殿下は我が妹は幼児かと言っていたが、夢見がちであることは確かだ。

「お戯れを」
「そんなことありませんわ。そのお歳で医術の腕を見込まれて兄に仕えておられるのでしょう? 医術の始まりは、精霊たちが教えてくれたというのですもの。だから、そのように思ったのです」
「いいえ、私などまだまだ学ぶことの多い未熟者にございます」
「ご謙遜を。剣の腕もたつと聞きました。兄は厳しい方ですもの。気に入らなければ、傍に近付けもしませんわ」
「殿下方のご期待を裏切らぬよう、精進してまいりたいと思います」

 ソランは軽く礼をしたまま俯いて話をさえぎった。夢物語のような褒め言葉など、現実離れしていて少し苦痛だった。

 王女はやっと自分の役目を思い出したのか、再び歩きはじめた。歩きながらも話しどおしであった。庭に目をやり、ここの庭は美しいでしょう、から始まり、第一王子の療養のための離宮であること、あまり出歩けない殿下のために特に庭が美しいここが選ばれたこと、体の調子の良いときは散歩すること、本当に優しくて賢くて貴公子の鑑のような方であること、対してアティス殿下はもちろん尊敬しているし大好きだけれど、女性への態度が悪くて大減点であること、殿下が婚約してくれないと自分も結婚が遠のくこと、だからお友達を紹介しているのに取りつく島もないこと、第一王子殿下の爪の垢を飲ませようとして王子の婚約者のミアーハ嬢に止められたこと、ミアーハ嬢は将軍の娘でとても強く、王子の護衛も兼ねていること、強くて美しくて優しくて素敵な方で憧れていること、などなどなど。それは箱庭の中の美しい御伽噺を聞いているようだった。

 ソランは、アティス殿下に敵対する者の中に王女派があると聞いていたから、どんな方なのだろうと思っていたのだが、これでは政敵にはなり得ないだろうと感じた。王女の夫となる者が、その役を担いたいのだろう。

 相槌に疲れ果てた頃、上階の一部屋に辿り着いた。衛兵に取り次ぎを求める。待たされることなく、すぐに中に通された。

 応接セットのある居間には、凛とした雰囲気の女性がいた。
 今話を聞いたばかりのミアーハ・リングリッドだと名乗った。

「どうぞ、お一人で寝室へいらしてください」

 ソランは奥の扉の前に立ち、ノックをした。「どうぞ」という応えがあり、彼女は躊躇せず中に踏み入った。
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