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第八章 思い交わす時
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そんなわけで、三人がやってくる頃には、ソランは殿下から一番遠い椅子に腰掛けていた。つん、と横を向き、目を合わせない。対する殿下は、かまわず楽しそうにソランを観察していて、ソランは、マリーがイアルを邪険に扱う気持ちが、ものすごくよくわかったのだった。そうしていないと、とてもではないが、心臓がもたないのだ。
ただし、祖父や両親が来た時には、殿下の後ろに控えて、なんでもない顔をして優雅に礼をしてみせた。自分でも言葉にできない、ありとあらゆるものを悟られたくない一心だ。
殿下は三人に腰掛けるように勧め、自らは彼らの反対側にソランと並んで座った。お茶を用意させようとしたが、三人が断ったので、すぐに人払いをした。
祖父と母は優しい笑みを浮かべていた。それだけで承知しているのがわかり、ソランは心なし俯いた。父だけは、珍しくむっつりと不機嫌にしているのが気になったが、いたたまれなくて、もう、彼らの方(ほう)を見ることができなかった。
「私の気持ちは、あなたたちには伝えてあったが、昨日ようやく、ソランがそれを受け入れてくれた。まずは、あなたたちに礼を言いたい。彼女を生み育て、引き合わせてくれた。感謝申し上げる」
ソランは目を瞠り、殿下の下げられた頭を見た。心を打たれる。
なにを頑なになっていたのだろうと思った。この人を思い、思われるのは誇らしいことではないのか。
ゆっくりと起こされた顔には、穏やかな笑みがあった。父が苦々しげに言う。
「親として当たり前のこと。礼を言われる筋合いはありません」
「ああ。そうも思ったのだが、言わずにはいられなかった。気分を害したのなら、すまない」
「いいえ、そう仰ってくださって、どのくらいソランを大事に思ってくださっているか、わかりました。ありがとうございます」
母は父の膝をやんわりと叩いて言った。
「改めて、あなたたちにお願いしたい。どうか、ソランとの婚姻を認めてほしい」
「ソランはどう思っているんだね?」
祖父が初めて口を開き、尋ねた。
「殿下と同じ気持ちです」
三人を見まわし、はっきりと伝える。
「ならば、以前申し上げたとおり、私に異存はありません」
「私も」
母もにっこりと頷く。
「まだ十六だ。早すぎる」
父が横柄に理由にもならない理由を上げた。
「でも、そんなことを言っていると、外聞の悪いことになりかねないぞ」
そう言った母を、父が怪訝な顔で見る。
「あなたが認めないでいるうちに、孫の顔を先に見ることになるかもしれない」
「なっ、まさか、どうしてそんなことを!」
「だって、マリーがいなかった。今日出仕したはずのイアルも。あの子たちが理由もなくソランの傍を離れると思うか?」
みるみるうちに理解の色を示し、怒りを頬にのぼらせる。
「なんだと!? 私はそんなことを許した覚えはありませんぞ、殿下!!」
殿下は黙って肩をすくめた。それに、さらに怒りをつのらせた様子の父に、母が呆れたように言った。
「あなただって、私の両親に、そんなこと許しを得たりしなかっただろう」
「私は、あなたに押し倒されたんだ」
「へえ、そう、ふうん、そうだったんだ」
ひどく冷たい母の声に、父がはっと我に返った。
「いや、今のは言葉のアヤだ。私は君に一目惚れだった」
「そんなふうには見えなかったけれど」
「それはそうだろう。一目惚れした女性にいきなり迫られたら、夢なのか、かつがれているのか、どちらかだと思うものだろう」
「そう? なのに手を出したわけだ」
軽蔑の目で見る。
「リリア! 私の気持ちを疑わないでくれ」
父は母の両手を握り締めた。
「疑うに決まってる。あんまりわからず屋なことしか言わないんだから。そういう気持ちを知らないとしか思えない」
「まさか。痛いほどよくわかる。わかるからこそ、腹が立つんだ!」
急に殿下に向き直って、睨みつけた。ソランは思わず口を挿んだ。
「殿下はそんなことなさいません」
ぎょっとした空気が流れる。なにかまずいことを言ったのだろうかと思いながら、引っ込みがつかず、言葉を続ける。
「戦の前だから、と」
殿下が沈痛な面持ちで額に手をあてた。祖父が、ぶふっと噴き出し、横を向いて肩を震わせる。父はとたんに喜色満面となり、さすがは殿下、と、いきなり褒めた。
「よくわきまえていらっしゃる。素晴らしい心がけです」
「でも、マリーは?」
母が不思議そうに尋ねる。
「朝までいらっしゃったのを勘違いして」
「おや、朝まで一緒にいたの?」
祖父が激しく肩と腹を揺らし、ごまかすようにげほごほと咳き込んだ。
答えようとしたソランの顔の前に、すっと手をかざし、殿下は陰鬱に懇願した。
「頼む。それ以上何も言ってくれるな」
それがとどめだったようだ。ソランにはわからない理由で、祖父は涙を流してゲラゲラと笑いだしたのだった。
ただし、祖父や両親が来た時には、殿下の後ろに控えて、なんでもない顔をして優雅に礼をしてみせた。自分でも言葉にできない、ありとあらゆるものを悟られたくない一心だ。
殿下は三人に腰掛けるように勧め、自らは彼らの反対側にソランと並んで座った。お茶を用意させようとしたが、三人が断ったので、すぐに人払いをした。
祖父と母は優しい笑みを浮かべていた。それだけで承知しているのがわかり、ソランは心なし俯いた。父だけは、珍しくむっつりと不機嫌にしているのが気になったが、いたたまれなくて、もう、彼らの方(ほう)を見ることができなかった。
「私の気持ちは、あなたたちには伝えてあったが、昨日ようやく、ソランがそれを受け入れてくれた。まずは、あなたたちに礼を言いたい。彼女を生み育て、引き合わせてくれた。感謝申し上げる」
ソランは目を瞠り、殿下の下げられた頭を見た。心を打たれる。
なにを頑なになっていたのだろうと思った。この人を思い、思われるのは誇らしいことではないのか。
ゆっくりと起こされた顔には、穏やかな笑みがあった。父が苦々しげに言う。
「親として当たり前のこと。礼を言われる筋合いはありません」
「ああ。そうも思ったのだが、言わずにはいられなかった。気分を害したのなら、すまない」
「いいえ、そう仰ってくださって、どのくらいソランを大事に思ってくださっているか、わかりました。ありがとうございます」
母は父の膝をやんわりと叩いて言った。
「改めて、あなたたちにお願いしたい。どうか、ソランとの婚姻を認めてほしい」
「ソランはどう思っているんだね?」
祖父が初めて口を開き、尋ねた。
「殿下と同じ気持ちです」
三人を見まわし、はっきりと伝える。
「ならば、以前申し上げたとおり、私に異存はありません」
「私も」
母もにっこりと頷く。
「まだ十六だ。早すぎる」
父が横柄に理由にもならない理由を上げた。
「でも、そんなことを言っていると、外聞の悪いことになりかねないぞ」
そう言った母を、父が怪訝な顔で見る。
「あなたが認めないでいるうちに、孫の顔を先に見ることになるかもしれない」
「なっ、まさか、どうしてそんなことを!」
「だって、マリーがいなかった。今日出仕したはずのイアルも。あの子たちが理由もなくソランの傍を離れると思うか?」
みるみるうちに理解の色を示し、怒りを頬にのぼらせる。
「なんだと!? 私はそんなことを許した覚えはありませんぞ、殿下!!」
殿下は黙って肩をすくめた。それに、さらに怒りをつのらせた様子の父に、母が呆れたように言った。
「あなただって、私の両親に、そんなこと許しを得たりしなかっただろう」
「私は、あなたに押し倒されたんだ」
「へえ、そう、ふうん、そうだったんだ」
ひどく冷たい母の声に、父がはっと我に返った。
「いや、今のは言葉のアヤだ。私は君に一目惚れだった」
「そんなふうには見えなかったけれど」
「それはそうだろう。一目惚れした女性にいきなり迫られたら、夢なのか、かつがれているのか、どちらかだと思うものだろう」
「そう? なのに手を出したわけだ」
軽蔑の目で見る。
「リリア! 私の気持ちを疑わないでくれ」
父は母の両手を握り締めた。
「疑うに決まってる。あんまりわからず屋なことしか言わないんだから。そういう気持ちを知らないとしか思えない」
「まさか。痛いほどよくわかる。わかるからこそ、腹が立つんだ!」
急に殿下に向き直って、睨みつけた。ソランは思わず口を挿んだ。
「殿下はそんなことなさいません」
ぎょっとした空気が流れる。なにかまずいことを言ったのだろうかと思いながら、引っ込みがつかず、言葉を続ける。
「戦の前だから、と」
殿下が沈痛な面持ちで額に手をあてた。祖父が、ぶふっと噴き出し、横を向いて肩を震わせる。父はとたんに喜色満面となり、さすがは殿下、と、いきなり褒めた。
「よくわきまえていらっしゃる。素晴らしい心がけです」
「でも、マリーは?」
母が不思議そうに尋ねる。
「朝までいらっしゃったのを勘違いして」
「おや、朝まで一緒にいたの?」
祖父が激しく肩と腹を揺らし、ごまかすようにげほごほと咳き込んだ。
答えようとしたソランの顔の前に、すっと手をかざし、殿下は陰鬱に懇願した。
「頼む。それ以上何も言ってくれるな」
それがとどめだったようだ。ソランにはわからない理由で、祖父は涙を流してゲラゲラと笑いだしたのだった。
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