暁にもう一度

伊簑木サイ

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第八章 思い交わす時

3-6

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 その日は一日、王都に来てから三回目の挨拶まわりとなった。

 祖父や両親を送り出していると、王の侍従のエニシダが訪れ、両陛下との面会が取り付けられたことを、殿下に告げた。
 すぐさま二人で赴き、殿下は婚約の許可を願い出た。両陛下とも大変な喜びようで、ソランの両の頬に、熱烈な歓迎の口付けをくれようとしたのだった。
 王妃はまだしも、王もしようとしたので、殿下は途中でソランを手元へ囲い込み、それを見た王妃の高笑いが止まらなくなるというアクシデントがあった。

 その後、エルファリア殿下の許へ顔を出し、宰相に引き合わされ、将軍にも話を通した。そうやって歩いている間にも、声を掛けられれば、誰彼かまわず、殿下は婚約したことを告げる。

 ソランにとっては、やはりどうしても恥ずかしく、その度に頬を染めながら微笑むだけで精一杯であった。その姿は、本人の思惑とは別に、非常に可憐で、二人の噂は凄まじい勢いで王宮と軍部を駆け巡ることとなったのだった。




 館の執務室に戻って外界から遮断されると、ソランはとても疲れていたことに気が付いた。顔が笑みの形に引き攣っている気がする。彼女は自分の頬に両手を添え、ぐいぐいと揉みほぐした。

 局内については、ディーが通達してくれることになったのは、ありがたかった。どんな顔をして皆の前に出ればよいのか、想像もつかなかったのだ。

「やっとですね。長かったです。あまりにやきもきしすぎて、悶え死ぬところでした。実は、わかってないのはお互いだけという、すごく恥ずかしい構図だったんですが。そう言っても、やっぱりピンと来ないみたいですね。その鈍さは、羨ましいかぎりです」

 殿下とソランは、そろって不得要領な顔で、立っているディーを見上げた。

「まあ、なんにしても、お相手が女性でよろしゅうございました。皆覚悟していましたからねえ。伴侶が男という、前代未聞の王にお仕えすることになるのかもと」
「申し訳ありませんでした」

 ソランは頭を下げた。本意ではなかったが、皆を騙していたことになる。合わせる顔がなかった。

「誰もあなたを責めませんよ。むしろ同情されてましたから」

 ディーは思わせぶりに言った。案の定、首を傾げたソランに、面白がっている瞳で、沈痛な面持ちを装い、教えてくれる。

「局内では、どう見ても本命はソラン殿で、イリス殿は当て馬だろうと噂されていたんです。かわいそうに、長続きはしない上に、近い将来は弟と争うという、とんでもない修羅場になるだろうと。ちなみに、ソラン殿も同情されてましたよ。あれだけ仲のいい可愛い恋人がいるのに、殿下からは逃げられないだろうと」
「黙れ。さも親切そうに、ソランにいらんことを吹き込むな。からかいたいなら、私だけにしろ」

 ディーは破顔一笑した。

「あはは。変われば変わるもんですね。殿下が女性を庇うとは。いやいや、怒らないでください。本当に、後ろめたく思うことはないと伝えたかったんです。絶対、皆喜びますよ」

 そう言って、おもむろに彼はソランの前に跪くと、右手を取って額に押し戴いた。

「皆を代表して感謝申し上げます。あなたは殿下を救ってくださった。この国の未来も。誠心誠意お守りし、お仕えすることを誓います」
「ディー殿。私は、とてもそんな者では」

 あわててしどろもどろになったソランに、殿下は穏やかに諭した。

「受けておけ。それの誓いは信頼に足る」

 ディーはそれに驚いた顔をし、すぐに表情を引き締め、ソランの手をそっと膝の上に戻すと、右手を心臓に、左拳を床についた。

「必ずや、身命を惜しまずお仕えいたします」
「よし。しかと受けた。こき使ってやるからな、喜べ」
「はい。いくらでも働かせていただきます」

 珍しく嬉しそうに請け合う。殿下は眉間に皺を刻んだ。

「なんだ、気味が悪いな」
「なんでそこで不機嫌になるんですか。天邪鬼ですねえ」

 ディーはとぼけてみせた。それからも会話は横道にそれ続け、ぽんぽんとどうでもいい言い合いを重ねていく。
 どうやら二人とも照れているらしい。微笑ましいその光景を、ソランは黙って見守った。
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