暁にもう一度

伊簑木サイ

文字の大きさ
116 / 272
第八章 思い交わす時

4-1

しおりを挟む
 翌日から、ソランは軍務に復帰した。
 王妃が陰謀を企んだ者たちを処分し終わり、ペイヴァーが王女派を掌握して、王宮内の危険度が下がったためだが、一番大きかったのは、殿下が珍しく深く反省したからだった。

 それまで、殿下はなんとかソランを婚約者の座に追いこもうと、彼女の意思は考えず、強引に外堀を埋めようとしていたのだ。彼女の警護を厳重にし、『イリス』への寵愛を示す一方、逃す不安から、極端にその行動を制限していた。
 それが、ソランの見せた涙に、さすがの殿下も己の非を悟らざるを得なかったのだ。もちろん、婚約が成って安心したというのもある。

 二度と同じ轍は踏まないとソランに誓い、「これからどうしたい?」と彼女に尋ねた。
 ソランは、これまでと同じに、と望んだ。彼の盾であり剣でありたいと。



「ご婚約お喜び申し上げます。ソラン様は軍へ復帰なさるのですね。奇遇でございます。ちょうど、このようなものをご提案したいと思って、持って参ったのです。こちらはいかがでしょうか」

 その日、朝早く、ゲルダ衣裳店のチェイニー婦人が、出来上がったドレスとともに、局の軍服と同じ意匠で、女性らしいカッティングを施したものを持ってきた。
 侍女たちに急かされて、さっそく身につけると、部屋中に黄色い悲鳴が響き渡った。

「きゃーっ。ソラン様、すてきーっ」

 そのあまりの騒ぎに、扉の外に控えていた護衛が、何事かとあわてて踏み込んできたくらいだ。
 抜刀して扉を突き破らんばかりにして現れたイアルに、先程とは違う悲鳴が上がる。マリーが彼女たちの前に出て、彼を怒鳴りつけた。

「断りもなく女性の寝室に踏み込むとは、失礼な!」

 彼は、ソランの許へ一直線に向かおうとしていた。その間にいる侍女たちも、邪魔だと認識すれば、斬り殺しただろう。明らかな不審者がいなければ、誰が敵かわからないからだ。疑わしきは斬り捨て、ソランの安全を確保する。それが彼の仕事だ。マリーがいなければ、確実にそうなったはずだった。

「すまない。ふざけすぎた」

 ソランが両手を開いて肩をすくめ、何でもないのだと身振りで示す。彼はそれでようやく警戒を解き、剣を納めた。

「ソラン様が謝ることはありません。そこの慮外者がいけないのです」

 イアルは己の職務をまっとうしただけだ。マリーがことさらきつく当たるのはどうしてだろうと、ソランは首を傾げた。彼女に歩み寄り、首元に手をやって熱を診る。

「熱はないみたいだけど、どこか具合悪いの?」
「そ、そんなことないわ。ど、どうしてそんなふうに思うのかしら?」

 マリーは畏まった口調を忘れて、素の言葉遣いで、その上、なぜかどもる。ああ、何かあったのだなと察してイアルに視線を送ると、心配そうにマリーを見ていた。

「具合が悪いなら、もう一日休んでも」
「まさか! 平気です!」

 語気荒く言い張る。

「そう? そこまで言うなら好きにしていいけど、無理はしないでね」
「ええ。ありがとうございます」

 マリーはそそくさと皆に向き直ると、「さあ、仕事を始めましょう!」と手を叩いた。一斉に動きだした女性たちの間をぬって、ソランはイアルに近付いた。

「何かあった?」
「べつに」

 何でもなさそうに答える。つまり、ソランは首を突っ込むなということらしい。
 ちぇ、と思う。幼馴染同士がくっつくと、つまらないものだ。急に二人の間に秘密ができて、ソランの居場所がなくなったりするのだから。

 ソランはイアルに付いてくるように指で指示して、先に立って居間へと向かった。

「ここは出入り口が一つしかないから、守るにはいいが、万が一の場合は、間に合わないかも知れんな。さっきは、かなり焦った」
「うん。それは私も気になっていた。だけど、実は入り口は一つではないよ。寝室の奥の衣裳部屋に、殿下の寝室とつながる扉がある。鍵がないと開けられないけれど」
「その鍵は持っているんだろうな?」
「いただいた。万が一の時は使えと」
「使えよ」

 使うことはないと思っていたのを見透かされ、釘を刺される。殿下が確実にいないとわかっていれば使うかもしれないが、そうでないなら、彼を危険には巻き込めない。その時は排水口に捨ててしまえれば良し、それすらできなければ、鍵は飲み込んでしまうつもりだった。
 ソランは答えずに、別の可能性も指摘した。

「一番気掛かりなのは、食事のワゴンや風呂の湯を運び上げるエレベータだ。私やイアルでは無理だけど、マリー程度の小柄な女性なら乗ることができる」

 そして、マリーほどの腕があれば、もしかしたら暗殺に成功するかもしれない。

「まあ、一度に一人しか入り込めないし、あそこには常時見張りを置いてはいるけどね。それと、煙突、トイレ、風呂の排水口。あと、図面と建物の構造が同じか調べないと。殿下も知らない隠し通路があったら、洒落にならない。手配してくれる?」
「いいけど、殿下に許可を貰ってくれ。あと、今後の俺の身分はどうなっている? 殿下には、挨拶はいいから、おまえの護衛に行けと追い返されたんだが」
「そうだった。イアルは私の副官扱いになる」
「軍医の副官?」

 イアルが苦笑する。

「今はね。いずれは王太子妃、の副官になるんだよ」

 ソランは自分で言ったことが未だ飲み込めず、軽く息を吐いた。

「嫌ならいつでも破談にしてやるが」

 それに声をあげて笑う。

「我が片腕として、いい心がけだ。でも、頼みようがないな。それは私が死ぬ時だもの」

 イアルは、やれやれという顔で肩をすくめた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

追放令嬢、辺境王国で無双して王宮を揺るがす

遊鷹太
ファンタジー
王国随一の名門ハーランド公爵家の令嬢エリシアは、第一王子の婚約者でありながら、王宮の陰謀により突然追放される。濡れ衣を着せられ、全てを奪われた彼女は極寒の辺境国家ノルディアへと流される。しかしエリシアには秘密があった――前世の記憶と現代日本の経営知識を持つ転生者だったのだ。荒廃した辺境で、彼女は持ち前の戦略眼と人心掌握術で奇跡の復興を成し遂げる。やがて彼女の手腕は王国全土を震撼させ、自らを追放した者たちに復讐の刃を向ける。だが辺境王ルシアンとの運命的な出会いが、彼女の心に新たな感情を芽生えさせていく。これは、理不尽に奪われた女性が、知略と情熱で世界を変える物語――。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

処理中です...