暁にもう一度

伊簑木サイ

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第十一章 解呪

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 ソランは謁見の間の重厚な扉を前にした時、なぜかものすごく遠くまで来た気になった。地理的には領地に近いはずなのに、不思議とキエラやバートリエよりも遠いと感じられた。

 今まで領主になるつもりではあったが、王宮で仕えるなど考えたこともなかった。ソランはずっと、領地内のことにしか興味がなかったのだ。
 それが、ここに立って、なんと浅はかだったのかと思い至った。領主位は子々孫々永代ではない。政変でもあれば、簡単に奪われる。
 ジェナスの血筋の者をあの地に残さなければならないのなら、あの中にいるだけでは駄目だった。祖父や母がそうしたように、外に出て体を張って守らなければ、叶うものではなかったのだ。

 扉は待ち受けていたとばかりに係によって開かれ、先触れが殿下の名を告げる声が響いた。止まることなく中へと進む。

 床面は青い石が敷き詰められており、一歩踏み出すごとに足元でカツカツと音を立てた。壁際には人いきれがするくらいぎっしりと人々が並んでいて、彼らの発する漣のようなざわめきに、室内は満たされていた。
 人々の視線が執拗に絡みつく。ソランは、このどこかに父や母もいるのだろうかと、ちらりと考えたが、とても彼らの顔を探す度胸はなかった。

 やがて殿下が立ち止まり、その後ろに続く全員が止まった。殿下は片膝を床について、胸に手を当て、礼の姿勢を取る。ソランも同じ姿勢を取り、声が掛かるのを待った。

「よく戻った、アティス」

 陛下の声は肉親の情にあふれた、あたたかいものだった。

「ただいま戻りました。ご指示のバートリエの件は、すべて事を収めてまいりました」

 対して俯いたままの殿下の声は硬く、王を敬う態度に終始していた。

「皆、立って顔を見せよ」

 殿下が言葉に従うのに合わせ、ソランも立ち上がる。それを待って陛下が言葉を紡いだ。

「アティス、よく無事で戻った。リングリッド将軍から詳しい報告を受けている。そなたの逸(いち)早(はや)い行動のおかげで国境が守られたと聞いた。よくやってくれた」
「運が良かったのでございます。領地にて親しき友人を招き、我が婚約者を紹介しようと用意しておりましたところ、ここにいるエーランディア殿がバートリエの知らせを運んできて、様々な便宜を図ってくれました。また、ジェナス殿も賢者の力を貸し与えてくれたのです」

 殿下が振り返り、立ったままでいた二人を示してみせると、二人は陛下に優雅な仕草で礼をとった。陛下は親しげに彼らに話しかけた。

「我が国の親しき盟友、ウィシュクレアのエーランディア殿、ウィシュミシアのジェナス殿、あなたたちのご助力に感謝する」
「常日頃のウィシュタリアの恩義に報いたまででございます」
「私も同じ気持ちでございます」

 ダニエルが先に答えると、ジェナスも妖艶な笑みとともに短く返事をした。

「お二方にはお礼方々、さらに親交を深めるべく、もてなしたく思う。ぜひ我が城に滞在してもらいたいが、いかがか」
「光栄にございます。お言葉に甘えさせていただきます」
「ありがとうございます。喜んでお受けいたします」

 ダニエルとジェナスのそれぞれの返答に、陛下は満足気に頷いた。続いてソランに視線が向けられる。

「ソラン嬢」

 優しくそう呼ばれた瞬間、ソランは深い礼の姿勢をとった。緊張していた。茶番の仕上げである。王に衆人の前で『功績』を認めてもらう。その時に、わずかでも人々に奢った印象を与えてはいけない。殿下が親子の情さえ排除して、ただただ恭順を示したのはそのためだった。

「それほど恐縮しないでおくれ。このたびのそなたの働きは、目覚しかったと聞いている。唯一人で千の敵を退けたとか」
「私一人の力で為したものではございません。私はただ、アティス殿下のご指示に従ったまででございます。また、バートリエにて、今も国境を守る兵たちの力あってのことにございます」

 ソランは俯きがちに、意識してゆっくりとした口調で説明した。早口でないことは、それだけで敵意を持ってないことを示すのに有効なはずだった。

「王妃が謹慎を申し付けた者どもか」

 その言い様に、ソランはもう少しで顔を上げてしまうところだった。彼らの真実の姿を、陛下に伝えたいという思いに駆られたのだ。
 はやる気持ちを抑え、内容以上の不敬を含まないように細心の注意を払って、質問に答える。王妃陛下が謹慎を命じた者たちを褒めるなど、それだけで不敬と言えば言えるからだ。

「はい。己の身の寄る辺も定まっていないにも関わらず、国の危難に身を捧げるのを厭わない、高潔な兵たちにございました」
「顔を上げよ」

 どこか冷やりとしたものを含むそれに、やはり言い過ぎたかと思いつつも、ソランは努めて冷静に体を起こして、姿勢を正した。陛下の足元あたりに視線を合わせる。
 陛下がソランを真っ直ぐに見据えているのを感じた。柔和ではあっても威厳に満ちた陛下の様子に、改めて冷や汗が滲み出た。
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