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閑話集 こぼれ話
ディーの休暇3
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領地は中部にあり、馬車で三日かかる。海まで続く大河サランの支流のうちで、王都に最も近い場所を押さえる要衝の地だ。ここより以北の船の進入は禁止されている。王都の北から攻め込まれるのを警戒してのことだ。どちらにしてもここより先は山がちで荷を積み上げるのに適当な場所もないし、船で遡るのにも向いた流れでもなかった。
故に水運で王都に運ばれる品は、必ず領地を通ることになる。土地は異状に水捌けが良く、石がちで農作には向いていないが、その代わり運輸の中継地として莫大な利が上がる。
物も集まるが、人も集まり易い。彼女には、王都で覇権を狙うようなギスギスした連中ではなく、こういったところで広く世間を見ている、まっとうな男を見つけてほしいと思っていた。
「どう? 少しは気になる男は見つかった?」
あまりの沈黙に耐えられなくなり、気軽さを装って尋ねてみる。ここのところずっと気掛かりだったことでもあった。
ソラン様を見ているとシリンを思い出すことがある。キエラで海賊が姫君の許へ通うために崖に階段を刻んだという伝説を、ソラン様が杜撰だと評したのを聞いた時には大笑いしたものだが、恐らくシリンもそう言うだろうと思った。
彼女は普通の男が相手をするには、聡明すぎるのだ。だからエフィルナン家を預けるのになんの心配もないが、その彼女を包み込み守ってくれるような器の大きい男が、なかなか見つからないのだった。
何事もソツのない彼女だから、多少小物でもうまく飼い慣らすとは思うが、それでは幸せとは程遠い関係になるだろう。
俺の問い掛けに、前の壁ばかりを見ていた彼女が、こちらに顔を向けた。そこには特に何の表情も浮かんでいなかった。
「気にしてくださってありがとうございます。残念ながら、ずっとお母様につきっきりでしたので、ディーの望むような結果は得られていませんが」
皮肉のようだが、けっしてそうではない。彼女は皮肉を言うくらいなら、真正面からばっさり切りつけるタイプだ。単に事実を簡潔に説明してくれたのだ。だが、それに深い罪悪感を覚える。
「ああ。そうですよね。すみません。本当に」
頭を下げた。下げたまま上げられなかった。彼女は私より年上だ。このままでは嫁ぎ遅れてしまう。もう遅いと言えば遅く、放っておけば、俺と結婚するしかなくなる。
このままではいけない。これ以上、彼女の人生を無駄に費やさせてはいけない。ずっとそれについては時が解決してくれるだろうと逃げていたが、ここが潮時なのかもしれない。いいかげん、俺が自分の手で幕を引かなければいけないのだろう。それが、朴念仁のはずの殿下にさえわかることだったのだと気付き、更に苦い気持ちになった。
「戻ったら、父と相談し、必ず事態を変えます。約束します」
頭を下げたままさらに一度深く下げ、それから顔を上げ、誠意を込めて彼女を見た。彼女は小さく頷いた。
「あなたはやると言ったらやる人ですもの」
そう言うと、目を伏せる。その表情が、どきりとするほど憂いを秘めて見えた。
「私は疑ってなどおりません」
そしてまた前を向いてしまった。話は終わりということなのだろう。俺が申し訳ないと思えば思うほど、彼女はそんな必要はないと拒絶する。冷たい態度だが、優しい人なのだ。
俺も前を向いた。忙しく頭を働かす。もう、窓の外を気まずく覗いて時間を潰している暇はなくなっていた。
故に水運で王都に運ばれる品は、必ず領地を通ることになる。土地は異状に水捌けが良く、石がちで農作には向いていないが、その代わり運輸の中継地として莫大な利が上がる。
物も集まるが、人も集まり易い。彼女には、王都で覇権を狙うようなギスギスした連中ではなく、こういったところで広く世間を見ている、まっとうな男を見つけてほしいと思っていた。
「どう? 少しは気になる男は見つかった?」
あまりの沈黙に耐えられなくなり、気軽さを装って尋ねてみる。ここのところずっと気掛かりだったことでもあった。
ソラン様を見ているとシリンを思い出すことがある。キエラで海賊が姫君の許へ通うために崖に階段を刻んだという伝説を、ソラン様が杜撰だと評したのを聞いた時には大笑いしたものだが、恐らくシリンもそう言うだろうと思った。
彼女は普通の男が相手をするには、聡明すぎるのだ。だからエフィルナン家を預けるのになんの心配もないが、その彼女を包み込み守ってくれるような器の大きい男が、なかなか見つからないのだった。
何事もソツのない彼女だから、多少小物でもうまく飼い慣らすとは思うが、それでは幸せとは程遠い関係になるだろう。
俺の問い掛けに、前の壁ばかりを見ていた彼女が、こちらに顔を向けた。そこには特に何の表情も浮かんでいなかった。
「気にしてくださってありがとうございます。残念ながら、ずっとお母様につきっきりでしたので、ディーの望むような結果は得られていませんが」
皮肉のようだが、けっしてそうではない。彼女は皮肉を言うくらいなら、真正面からばっさり切りつけるタイプだ。単に事実を簡潔に説明してくれたのだ。だが、それに深い罪悪感を覚える。
「ああ。そうですよね。すみません。本当に」
頭を下げた。下げたまま上げられなかった。彼女は私より年上だ。このままでは嫁ぎ遅れてしまう。もう遅いと言えば遅く、放っておけば、俺と結婚するしかなくなる。
このままではいけない。これ以上、彼女の人生を無駄に費やさせてはいけない。ずっとそれについては時が解決してくれるだろうと逃げていたが、ここが潮時なのかもしれない。いいかげん、俺が自分の手で幕を引かなければいけないのだろう。それが、朴念仁のはずの殿下にさえわかることだったのだと気付き、更に苦い気持ちになった。
「戻ったら、父と相談し、必ず事態を変えます。約束します」
頭を下げたままさらに一度深く下げ、それから顔を上げ、誠意を込めて彼女を見た。彼女は小さく頷いた。
「あなたはやると言ったらやる人ですもの」
そう言うと、目を伏せる。その表情が、どきりとするほど憂いを秘めて見えた。
「私は疑ってなどおりません」
そしてまた前を向いてしまった。話は終わりということなのだろう。俺が申し訳ないと思えば思うほど、彼女はそんな必要はないと拒絶する。冷たい態度だが、優しい人なのだ。
俺も前を向いた。忙しく頭を働かす。もう、窓の外を気まずく覗いて時間を潰している暇はなくなっていた。
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