女王陛下、曰く。

伊簑木サイ

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後編

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 同僚に、今度は何をやったんだという目で見られながら、団長に背を押され、一人で入室した。
 どうして団長は一緒に入室しないのだろうか。嫌な予感は、陛下のご機嫌そうな声音で、確信に変わった。

「その装いは、おまえのチャーミングさをいっそうひきたたせるな、ユリウス」

 ほらー! やっぱりこの格好、駄目ではありませんか、団長ー!

「話がある。ここへ座れ」

 陛下は長椅子の自分の横を、ぺしぺしと叩いた。私は一瞬躊躇って、しかし即座に行動に移した。陛下は愚図が嫌いなのだ。たとえ陛下が妙齢のご婦人で、寝間着の上にガウンを一枚引っ掛けているだけのくつろぎきった姿だろうと、見て見ぬ振りで従うほうが、これ以上不興を買わないだろう。
 なるべく端に身を寄せて座った私を、陛下はいっそうにこやかに見て、口を開いた。

「おまえに見合いを用意した。結婚しろ」

 これが姿絵と書類だと、テーブルに載っているトレイを押しやってくる。
 私はぽかんとした。何を言ってるのだろう、この人は。彼女と書類を交互に見る。
 じわりと言われたことが頭に染み渡ってきて、意味がわかったとたん、かっと頭に血が上り、ぎりぎりと心臓がしめあげられるような心地になった。

「私は、結婚はしません! あなたの騎士として命を捧げたのですから!」

 私は叫んで立ち上がった。猛烈に腹が立っていた。なぜこの人に、そんな命令をされなければならないのか。父にならまだわかるが、……いや、命令なのか。
 すうっと熱が冷め、私は蒼白な顔で立ち尽くした。
 この人が、私の女王陛下が、私に結婚せよと命令している。それが必要なのだと、求めている。どこぞの女を口説き落とせと。

「……お言葉ながら、人選に難があるのではないかと。……私は心にもないことが言えません。陛下もそれはご存じと思っておりましたが」
「知っている。その上で、おまえ以外、考えられない」

 にこりと綺麗な笑顔で言われ、私はついに、猛烈に悲しくなってきた。
 わかっている。私はしょせん、彼女の子分だ。たくさん飼っているうちの、一人に過ぎない。
 けれど、私にとって、命を懸けたい人は、この人だけなのだ。

 愛されたいなどとは望まない。国王という地位にいる人だ。私以上に、その結婚はままならないものとなるだろう。そんな人に、気持ちを押しつけるなんてできない。私だって、それくらいの分別はある。

 今だってじゅうぶん、頭の悪い幼なじみを気に懸けてくれているのだ。それで、よかった。一生、この人の傍に居ることができるならば。彼女の重荷の一端でも、担うことができるのならば。頭の悪い私には、体を張って彼女を守るくらいのことしかできそうにないのだけど。だからこそ命懸けで果たそうと決めていた。そのために、騎士になった。
 ただ、彼女のために、生きたい、と。

「……どうしても、私でないとと考えておいでと」
「そうだ」

 明快な答えに、私は悄然と座った。私に彼女のためにできることがあるならば、わずかなことでも果たしたい。
 観念して、テーブルの上のトレイに手を伸ばす。右手に書類、左手にその下にあった姿絵を掴んで、息を呑んで目を瞠る。
 姿絵を見て、彼女を見て、また姿絵を見て、彼女を見、笑みが深くなったのを見て、また息を呑んで、書類の文字を追った。……私を、王配として、一代限りの公爵に叙する?

「う? え? え……?」

 言葉が出てこない。対する女王陛下は、うむ、と頷いて雄弁に語った。

「玉座について三年。たとえ女であろうとも、私に統治する能力があることを、頭の硬い奴らに認めさせた。おまえも、誰よりも手柄をあげ、最も腕の立つ騎士であることを示した。もう、私たちの結婚に口を挿む奴はいない。だからこれからは、入浴中も、ベッドの中でも、おまえが私を守ってくれ」
「は……!?」

 入浴中って!? ベッドの中って!?
 あんまりにも直接的な表現に、思わず赤くなった私に、彼女が意地悪な顔をして乗り出してくる。

「返事は、ユリウス?」

 ここで躊躇ったら駄目だ、と思った。そういう顔をしていた。答えようによっては、いじめてやるからな、と。

「お、仰せの、ままに、我が女王陛下」

 どもりながらも間髪入れずに答えた私に、彼女は、ふふ、と幼い頃みたいに無邪気に笑った。

「ユリウス、おまえは本当に、まぬけ面しててもチャーミングだな」

 とすんと胸元に、柔らかい体が転がり込んでくる。私は夢見心地で彼女の体を抱きしめた。

「愛の告白は、おまえからしてくれよ? プロポーズもだ。私が満足する、とびきりロマンティックなのを頼むぞ」
「う? え? え……」

 一転、現実を突きつけられて夢から醒めた私は、眦を下げて狼狽えた。

「言葉が苦手なら、態度でもいいぞ?」

 上目遣いで言った彼女が、ほんのりと頬を染めて目をつぶる。
 不肖ながら、このユリウス・アルティン、体を使うことで、どうにかできなかったことはない。
 私は彼女の唇に、自分の唇で、思いのままに愛を伝えた。
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