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第二章 承
夢のまた夢
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朝、私は会社に行く仕度を整え、玄関に立った。
今日の私のいでたちは、一等地味な紺のスーツだ。就職活動用に買ったやつを、八島さんに任せず、自分で数年ぶりに引っ張り出してきて着た。型も古くて野暮ったいし、色がいかにもリクルートだ。
髪はひとくくりにして、首のところで黒いゴムで縛ってある。化粧はしていない。目元には、夏に海に行くのに買って、危うく逆パンダになりそうになって以来使っていなかったサングラス。そしてきわめつけは、顔の下半分を覆う白いマスク。
変装は完璧だ。こんな風体の女を、美女と思う人はいないはずだ。
仕事中はさすがにサングラスは辛いから、大学の在学中に余興に使った、変なおじさんの鼻と髭を取った伊達眼鏡を用意してある。いつか使うかもと思ってとっておいてよかった。
鏡は見ていない。ちょっと覗いた鏡の中に、顔が眉間ぐらいしか見えていないのに美人オーラを撒き散らしている美女が見えた気がしないでもないけれど、きっと気のせいに違いないから再確認はしなかった。……顔が見えないのに美女だとわかってたまるか。
きりっとして八島さんを見据えると、鞄とお弁当を渡された。私の不機嫌などどこ吹く風で、いつもと変わらぬ表情と所作で、腰を折り、頭を下げる。
「お気をつけていってらっしゃいませ」
「いってきます」
慇懃な執事の挨拶を背に、私は部屋の外へ出たのだった。
「ふんっだっ」
駅まで歩いている途中で、無意識に悪態をついて、私は顔をしかめて立ち止まった。すると耳障りな音がなくなって、それで自分がずいぶんと勢いよくパンプスの踵を打ち鳴らして歩いていたことに気付く。どうやら余計な力が体に入っていたらしい。いけないいけない。型落ち三割引きで買ったせっかくの革靴が傷つく。
私は、ふん、と息をついて体の力を抜いて、また歩きはじめた。
実は昨夜からずっと苛々して、八島さんにツンケンとあたっているのだ。自分の態度がよろしくないことは充分わかっている。けど、なんかどうにもムカついて、考えるより先に、ツーンとやってしまうのだ。
「だって、あんなこと言うんだものっ」
仕事の一環で女主人の夜のお相手まで申し出るって、どういうこと!? 当然でなんでもないって顔してたよね。今までのご主人様にも、そんなことしてきたのかしら。
むかーっとする。そんなこと命じる女の人と一緒にされるなんて、すっごく不愉快。
「だいたい、愛を教えてくださいってなによっ。私だって、八島さんのことなんか、なんっとも思ってないもんねっ。永遠になんて、適当なこと言ってさっ」
他にご主人様見つけたらそっちに行っちゃって、いつまでも傍にいるつもりなんてないくせに。そうしたら永遠もなにもない。
……そんなの、ちゃんとわかってる。私なんか、本当は八島さんのご主人様にふさわしくない。
八島さんは、家の中の諸々はもちろん、下着や洋服の見立てから、エステまがいのマッサージ、それに食べる人を美人にしちゃうようなご飯も作れるんだもんね。その上、顔もいいし、スタイルだって完璧だし、声は素敵だし。こんな人、現実にいるもんなんだなあって、いっつも見惚れちゃうぐらいだ。
だから、本当のことを言うと、彼が来て以来の日々は、もしかしたらよくできた夢で、私はいまだにベッドの中で惰眠を貪っているんじゃないかという気がしている。
だって、あんなふうに声を掛けるの自体、いつもだったら絶対やらないことだったし、酔っぱらった勢いで執事と契約しちゃうなんて、いくらなんでも馬鹿すぎるし、生気の共有だって意味が分からないし、神饌で美人になるとかありえないし。
「こんなの夢だよねえ。……夢なら、いいかげんもう覚めちゃえばいいのに」
今ならまだ、イケメンが出てくるいい夢見たなぁで笑える。だけどこのままいくと、どんどんおぞましい事態になりそうで、怖い。また昨日みたいに男の人に囲まれたら、
「本気でトラウマになりそう……」
って、また私、独り言言ってるよ! はっと気づけば、立ち止まって、うなだれて、ぶつぶつ言っている。ただでさえ怪しい格好なのに、これは恥ずかしい。すっかり不審者だ。
私はそそくさと歩き出そうとして、危うく人にぶつかりそうになった。踏みとどまったけど、つんのめって上半身が前へと泳いでしまう。結局、その人の胸元に、とん、と軽く肩があたった。
「あぶない」
肩を抱くようにして体を支えられる。よく前を見てなかった私が悪い。私は慌てて謝った。
「すみません!」
すぐに体勢を立て直そうとしたけれど、相手の手に押しとどめられて、さらに体が前のめりになる。バッグを持っていない右手で相手を押し返そうとしたのに、どうしてなのか、びくともしなかった。それどころか、……なんか、どんどん、だ、抱きしめられているような?
私は恐る恐る顔を上げた。もとから顔の形に合っていない安物のサングラスがずりおちて、濃い色のレンズの上から、相手が見える。
……なんか、薄ら笑い浮かべて、頬を染めて、鼻息が荒いその人が、首を傾げ、顔を近づけてくる。目の前で、口が、んちゅーって形になって……。
「いやーっ」
バチバチバチバチーッ!!!
私が叫んだのと同時に、すっごい静電気が起きた。その男の人は、うわっと叫んで手を離し、尻餅をついた。私は急いでその人から後退り、距離をとった。
やだやだやだやだ、変態っ。
心臓がばくばくいっている。
「ああ、待ってくれ」
縋りつくような瞳で手を伸ばしてくる男の人に、恐怖がMAXを超え、脱兎のごとく逃げ出した。
でも。
私はすぐに行き場がなくなって立ち止まった。いつの間にか私たちのまわりには人だかりができていて、前に進めなかったのだ。しかもその全員が老若関係なく男の人ばかりで、私だけを呆けたように、あるいはギラギラとした瞳で見つめて、じりじりと近づいてくる。
怖いっ。なにこれ。どうしてなの、ちゃんと変装しているのに。まさか昨日と同じ、美人オーラのせい? だって、顔が見えてないのに、なんで美女だってわかるの。なんなの、信じられない。それともやっぱり夢なの? 夢から覚めた夢を見たの? どこから夢なの? わかんない、わかんないよ。
足が竦んで動けなくなる。怖くてたまらなくて、声も出せないのに、涙だけがあふれて零れ落ちていく。
締まったような喉から、うえ、と嗚咽がもれた。ひっと息を吸い込み、やだあ、と、やっと小さな声が喉の奥から這い出てくる。それは、一度出てきてしまうと止まらなくなって。
「やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ……」
ずるずるととめどなく湧きあがってきてしまう。体の中で暴れ狂う恐怖そのままに。
「やだあ、こわい、こわいよう、や、八島、さん、八島さん、八島さん、助けて」
私はぐすぐすと鼻をすすりあげて、何もかも現実とは思えない中で、無意識に彼を求めて呼んだ。それ以外の何も頭の中に浮かんでこなかった。ただただ必死に、彼の名を呼んで。
叫んで。
……そうしたら、きっと。
「八島さぁん!」
「はい。千世様」
ほら、やっぱり。
うっとりするような美声が耳元で聞こえて、それだけで、心が安堵で満たされる。
そのとたん、世界がくらりとまわって、私は突然起きた眩暈に、強く目をつぶった。
我に返ると、八島さんの腕の中だった。頬に彼の上着の布地を感じる。ぴったりと隙間なく抱きしめられていて、体から力が抜けていき、私は震えた息を吐きながら、彼にもたれかかった。
「千世様、大丈夫ですか」
全然大丈夫じゃなかった。心臓がまだ全力疾走していた。涙が止まらない。すすってもすすっても鼻水も出てくるし、息がつまって苦しい。
もっと安心したくて、彼の存在を感じたくて、上着に頬をこすりつけた。
「八島、さん」
「はい、千世様」
甘い甘い甘い声がして、八島さんが少しだけ動いた。バッグ類が手から取られ、ベッドの上に置かれる。そうして彼はサングラスを抜き取って、ハンカチでそっと涙を拭ってくれた。
「こちらをどうぞ」
ハンカチがさし出される。八島さんはよくわかってくれている。私はそれを受け取って、マスクを取り、遠慮なく鼻の下にあてた。だってもう、限界だった。
そうしてうつむいたら、自分の足の爪先が見えた。その下は畳だった。お気に入りのラグもすぐそばにあって、ここが自分の部屋なんだってわかる。
……なんで私、靴を履いてないんだろう。というか、どうやってここまで帰ってきたんだろう。
確か、昨日もそうだった。八島さんを呼んだら来てくれて、腕の中に囲って守ってくれて、気が付いたら自分の部屋にいた。靴を履いていなかった。八島さんに助けてもらってから家に帰ってくるまでの記憶がなかった。
それは、昨日はいろんなことがショックだったからと思ってた。でも。
ちーんと鼻をかみながら、横目で枕元の時計を見る。さっき家を出てから、十分とたっていない。
おかしい、よね。家を出てから、私は十分近く歩いていた。いくら八島さんだって、あの場所から意識のない私を抱えて、一、二分以内で帰ってこられるとは思えない。
呼べば、いつでもどんな所でも、その瞬間に駆け付けてくれて、助けてくれる。一瞬で一番安心できる自分の部屋に戻ってきている。
まさに、夢。夢以外のなにものでもない。
……本当に、夢だったの? 今までの全部? 酔っぱらって、落ち込んでいる彼に声をかけて、彼が執事になってくれて、朝には優しく起こしてくれて、美味しいご飯をつくってくれて、お弁当まで持たせてくれて、いってらっしゃいませって、お帰りなさいませって、毎日、毎日、送り迎えしてくれて。千世様って呼んで、いつも私のことばかり気にかけてくれていた。
この人が、夢なの?
私は現実としか思えない感触を伝える八島さんの胸元から顔を上げ、目が合って優しく笑う彼を、息が止まりそうな思いで見つめた。
今日の私のいでたちは、一等地味な紺のスーツだ。就職活動用に買ったやつを、八島さんに任せず、自分で数年ぶりに引っ張り出してきて着た。型も古くて野暮ったいし、色がいかにもリクルートだ。
髪はひとくくりにして、首のところで黒いゴムで縛ってある。化粧はしていない。目元には、夏に海に行くのに買って、危うく逆パンダになりそうになって以来使っていなかったサングラス。そしてきわめつけは、顔の下半分を覆う白いマスク。
変装は完璧だ。こんな風体の女を、美女と思う人はいないはずだ。
仕事中はさすがにサングラスは辛いから、大学の在学中に余興に使った、変なおじさんの鼻と髭を取った伊達眼鏡を用意してある。いつか使うかもと思ってとっておいてよかった。
鏡は見ていない。ちょっと覗いた鏡の中に、顔が眉間ぐらいしか見えていないのに美人オーラを撒き散らしている美女が見えた気がしないでもないけれど、きっと気のせいに違いないから再確認はしなかった。……顔が見えないのに美女だとわかってたまるか。
きりっとして八島さんを見据えると、鞄とお弁当を渡された。私の不機嫌などどこ吹く風で、いつもと変わらぬ表情と所作で、腰を折り、頭を下げる。
「お気をつけていってらっしゃいませ」
「いってきます」
慇懃な執事の挨拶を背に、私は部屋の外へ出たのだった。
「ふんっだっ」
駅まで歩いている途中で、無意識に悪態をついて、私は顔をしかめて立ち止まった。すると耳障りな音がなくなって、それで自分がずいぶんと勢いよくパンプスの踵を打ち鳴らして歩いていたことに気付く。どうやら余計な力が体に入っていたらしい。いけないいけない。型落ち三割引きで買ったせっかくの革靴が傷つく。
私は、ふん、と息をついて体の力を抜いて、また歩きはじめた。
実は昨夜からずっと苛々して、八島さんにツンケンとあたっているのだ。自分の態度がよろしくないことは充分わかっている。けど、なんかどうにもムカついて、考えるより先に、ツーンとやってしまうのだ。
「だって、あんなこと言うんだものっ」
仕事の一環で女主人の夜のお相手まで申し出るって、どういうこと!? 当然でなんでもないって顔してたよね。今までのご主人様にも、そんなことしてきたのかしら。
むかーっとする。そんなこと命じる女の人と一緒にされるなんて、すっごく不愉快。
「だいたい、愛を教えてくださいってなによっ。私だって、八島さんのことなんか、なんっとも思ってないもんねっ。永遠になんて、適当なこと言ってさっ」
他にご主人様見つけたらそっちに行っちゃって、いつまでも傍にいるつもりなんてないくせに。そうしたら永遠もなにもない。
……そんなの、ちゃんとわかってる。私なんか、本当は八島さんのご主人様にふさわしくない。
八島さんは、家の中の諸々はもちろん、下着や洋服の見立てから、エステまがいのマッサージ、それに食べる人を美人にしちゃうようなご飯も作れるんだもんね。その上、顔もいいし、スタイルだって完璧だし、声は素敵だし。こんな人、現実にいるもんなんだなあって、いっつも見惚れちゃうぐらいだ。
だから、本当のことを言うと、彼が来て以来の日々は、もしかしたらよくできた夢で、私はいまだにベッドの中で惰眠を貪っているんじゃないかという気がしている。
だって、あんなふうに声を掛けるの自体、いつもだったら絶対やらないことだったし、酔っぱらった勢いで執事と契約しちゃうなんて、いくらなんでも馬鹿すぎるし、生気の共有だって意味が分からないし、神饌で美人になるとかありえないし。
「こんなの夢だよねえ。……夢なら、いいかげんもう覚めちゃえばいいのに」
今ならまだ、イケメンが出てくるいい夢見たなぁで笑える。だけどこのままいくと、どんどんおぞましい事態になりそうで、怖い。また昨日みたいに男の人に囲まれたら、
「本気でトラウマになりそう……」
って、また私、独り言言ってるよ! はっと気づけば、立ち止まって、うなだれて、ぶつぶつ言っている。ただでさえ怪しい格好なのに、これは恥ずかしい。すっかり不審者だ。
私はそそくさと歩き出そうとして、危うく人にぶつかりそうになった。踏みとどまったけど、つんのめって上半身が前へと泳いでしまう。結局、その人の胸元に、とん、と軽く肩があたった。
「あぶない」
肩を抱くようにして体を支えられる。よく前を見てなかった私が悪い。私は慌てて謝った。
「すみません!」
すぐに体勢を立て直そうとしたけれど、相手の手に押しとどめられて、さらに体が前のめりになる。バッグを持っていない右手で相手を押し返そうとしたのに、どうしてなのか、びくともしなかった。それどころか、……なんか、どんどん、だ、抱きしめられているような?
私は恐る恐る顔を上げた。もとから顔の形に合っていない安物のサングラスがずりおちて、濃い色のレンズの上から、相手が見える。
……なんか、薄ら笑い浮かべて、頬を染めて、鼻息が荒いその人が、首を傾げ、顔を近づけてくる。目の前で、口が、んちゅーって形になって……。
「いやーっ」
バチバチバチバチーッ!!!
私が叫んだのと同時に、すっごい静電気が起きた。その男の人は、うわっと叫んで手を離し、尻餅をついた。私は急いでその人から後退り、距離をとった。
やだやだやだやだ、変態っ。
心臓がばくばくいっている。
「ああ、待ってくれ」
縋りつくような瞳で手を伸ばしてくる男の人に、恐怖がMAXを超え、脱兎のごとく逃げ出した。
でも。
私はすぐに行き場がなくなって立ち止まった。いつの間にか私たちのまわりには人だかりができていて、前に進めなかったのだ。しかもその全員が老若関係なく男の人ばかりで、私だけを呆けたように、あるいはギラギラとした瞳で見つめて、じりじりと近づいてくる。
怖いっ。なにこれ。どうしてなの、ちゃんと変装しているのに。まさか昨日と同じ、美人オーラのせい? だって、顔が見えてないのに、なんで美女だってわかるの。なんなの、信じられない。それともやっぱり夢なの? 夢から覚めた夢を見たの? どこから夢なの? わかんない、わかんないよ。
足が竦んで動けなくなる。怖くてたまらなくて、声も出せないのに、涙だけがあふれて零れ落ちていく。
締まったような喉から、うえ、と嗚咽がもれた。ひっと息を吸い込み、やだあ、と、やっと小さな声が喉の奥から這い出てくる。それは、一度出てきてしまうと止まらなくなって。
「やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ……」
ずるずるととめどなく湧きあがってきてしまう。体の中で暴れ狂う恐怖そのままに。
「やだあ、こわい、こわいよう、や、八島、さん、八島さん、八島さん、助けて」
私はぐすぐすと鼻をすすりあげて、何もかも現実とは思えない中で、無意識に彼を求めて呼んだ。それ以外の何も頭の中に浮かんでこなかった。ただただ必死に、彼の名を呼んで。
叫んで。
……そうしたら、きっと。
「八島さぁん!」
「はい。千世様」
ほら、やっぱり。
うっとりするような美声が耳元で聞こえて、それだけで、心が安堵で満たされる。
そのとたん、世界がくらりとまわって、私は突然起きた眩暈に、強く目をつぶった。
我に返ると、八島さんの腕の中だった。頬に彼の上着の布地を感じる。ぴったりと隙間なく抱きしめられていて、体から力が抜けていき、私は震えた息を吐きながら、彼にもたれかかった。
「千世様、大丈夫ですか」
全然大丈夫じゃなかった。心臓がまだ全力疾走していた。涙が止まらない。すすってもすすっても鼻水も出てくるし、息がつまって苦しい。
もっと安心したくて、彼の存在を感じたくて、上着に頬をこすりつけた。
「八島、さん」
「はい、千世様」
甘い甘い甘い声がして、八島さんが少しだけ動いた。バッグ類が手から取られ、ベッドの上に置かれる。そうして彼はサングラスを抜き取って、ハンカチでそっと涙を拭ってくれた。
「こちらをどうぞ」
ハンカチがさし出される。八島さんはよくわかってくれている。私はそれを受け取って、マスクを取り、遠慮なく鼻の下にあてた。だってもう、限界だった。
そうしてうつむいたら、自分の足の爪先が見えた。その下は畳だった。お気に入りのラグもすぐそばにあって、ここが自分の部屋なんだってわかる。
……なんで私、靴を履いてないんだろう。というか、どうやってここまで帰ってきたんだろう。
確か、昨日もそうだった。八島さんを呼んだら来てくれて、腕の中に囲って守ってくれて、気が付いたら自分の部屋にいた。靴を履いていなかった。八島さんに助けてもらってから家に帰ってくるまでの記憶がなかった。
それは、昨日はいろんなことがショックだったからと思ってた。でも。
ちーんと鼻をかみながら、横目で枕元の時計を見る。さっき家を出てから、十分とたっていない。
おかしい、よね。家を出てから、私は十分近く歩いていた。いくら八島さんだって、あの場所から意識のない私を抱えて、一、二分以内で帰ってこられるとは思えない。
呼べば、いつでもどんな所でも、その瞬間に駆け付けてくれて、助けてくれる。一瞬で一番安心できる自分の部屋に戻ってきている。
まさに、夢。夢以外のなにものでもない。
……本当に、夢だったの? 今までの全部? 酔っぱらって、落ち込んでいる彼に声をかけて、彼が執事になってくれて、朝には優しく起こしてくれて、美味しいご飯をつくってくれて、お弁当まで持たせてくれて、いってらっしゃいませって、お帰りなさいませって、毎日、毎日、送り迎えしてくれて。千世様って呼んで、いつも私のことばかり気にかけてくれていた。
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