異世界執事

伊簑木サイ

文字の大きさ
7 / 87
第二章 承

暗中模索

しおりを挟む
「さて、ではどういたしましょうか」

 足元のおぼつかない私を抱えたまま、すっかり憂いのなくなった爽やか微笑みで八島さんは言った。

「ど、どう……?」

 私はぼーっとして、どもって鸚鵡返しすらできずに聞き返した。

「はい。お仕事に行かれたいのですよね。しかし、今のままでは、先ほどと同じことが起こるでしょう」

 言われた内容に、一瞬にして体がこわばる。それを察してくれたのだろう。八島さんは頬に添えていた手も私の背中にまわして、そっと囲い込むように抱きしめてくれた。
 ああ、こうされると、本当に安心する。この人の腕の中はとても心地いい。
 ずっとここでこうしていたい。会社なんて、行きたくない。外に出たくない。男の人のいる所に行くのが怖い。
 ……でも、しがない一般庶民は、そんなことしていたら生きていけない。
 私は細く溜息をついて八島さんを押し戻し、腕の中から抜けて、尋ねた。

「どうしたら美人じゃなくなりますか。八島さんの作ったご飯を食べなければ、どのくらいで元の私に戻りますか?」
「さて、どのくらいになるのでしょうか。千二百年前の羽衣を隠された天女の話では、四人の子を産んだとなっています。少なくとも、四年以上の歳月を此岸の物を食べて過ごしても、天女としての属性は失われなかったようです」

 四年!?

「だけどそれは、はじめから天女だった人のことでしょう? 私は元々人間だから、もっと短いんじゃ」
「それは関係ありません。千世様も天仙となられたのですから」
「じゃあ、八島さんのご飯を食べなくても、美女のままってことですか!?」
「はい」
「そんな」

 それじゃ、この部屋から一歩も出られないってこと!? ショックのあまり思考が停止する。
 そんな私に、八島さんは、大丈夫でございますよ、と優しく声を掛けてくれた。藁にもすがる思いで彼を見ると、力強く頷いてくれた。

「千世様に害意のある者は、身に着けておられる下着に施したしゅによって、触れることも近づくこともできません。また、千世様が本気で拒否されれば、それらを退けることもできます。先ほど体験されたはずです」
「バチバチって、あれ?」
「はい」

 確かにあれで、あの変な人は離れていった。それに、それ以外の人たちも、囲みはしても、それ以上近づいてはこなかった。
 だけど、

「みんなの注目をそらすことはできないの?」

 そうでないと、会社のおじさんたちも、私にふらふらと近づいてきて、仕事にならなくなるかもしれない。

「そういった術を扱える仙女もいるようですが、修行によって身につけるには何百年もかかるようです」

 何百年……。今日明日にでも解決したい問題なのに、そんなに悠長に待っていられない。

「姿を偽る宝貝パオペイを仙人からまきあげてきてもよろしゅうございますが、外見を覆い隠しても、その本質までは隠せません。また、存在自体を隠ぺいしてしまいますと、此岸の者たちでは、千世様をまったく認識できなくなるかと思われます。
「ぱおぺい?」

 聞きなれない言葉が出てきて、思わず聞き返す。

「仙人の力の込められた道具です」

 仙人?
 私はしばらく考えてからまた聞いた。

「仙人のお知り合いがいるんですか?」
「はい。仙界は我が支配地の一つですので」

 仙界? 支配地?
 とうとう私は首を傾げた。八島さんの言っていることが、よくわからない。
 そういえば、下着にバチバチってなる、えーと、なんて言ってたっけ、えーと、

「しゅ」

 って音だったような。髪に付けるシュシュを思い浮かべたから、それに似た何かを、どうかしたとかなんとか。

「呪でございますか。……なるほど。担当者に命じてみましょうか。八百万もいれば、どれか一柱ぐらい千世様の望みを叶えるモノがいるかもしれません。お時間をいただかねばなりませんが」
「それって、どのくらいかかりそうですか」
「そうでございますね。うまくいけば、こちらの時間にして数か月というところでございましょうか」
「うまくいかなかったら?」
「どのくらいになるか、お答えするのが難しゅうございます。ですが、何千年でも何万年でも、出来上がるまで必ずやらせますので、そこはご安心いただいてけっこうです」

 いえ、むしろ安心できないです! 何千年!? 何万年!? そんな先まで私生きて……るつもりで、この人お話してる!?

「ええ!? 昨日言っていた永遠って、比喩でも例えでもなんでもなく、本当に本気で永遠なんですか!? その、文字通り、っていうか、そのまんまっていうか」

 一晩たって、あれは言葉の綾かなあと思いはじめていたのに。

「もちろんでございます。千世様が我が主でいてくださるかぎり、永遠をお約束いたします」

 私は目を見開いて、改めて八島さんを見た。
 テレビやスクリーンの中でもなかなかお目にかかれないほどのイケメン。背が高くて、手足が長くて、体はよく引き締まってて、それでいてしなやか。形のいい唇から発せられる声は、高すぎず低すぎずとにかく素敵で耳に心地いい。家事は完璧。お料理の腕も超人級。仙人の知り合いがいて、魔法みたいな下着を作る知り合いが八百万もいて、それで、えーと。
 ……ああ、そうだった。私の生気を、力の源にしている、って。

 ふっと、突然、八島さんが得体の知れないものに見えた。ぞっとする何かが背筋を駆け抜け、私は思わず一歩、二歩と、後ろに足を引いた。けれど、三歩目でベッドにぶつかり、ぼすん、と布団の上に倒れ込む。
 八島さんがどこから来て、どこで何をしてきた人なのか、それどころか、『八島』っていう名字しか知らない。あんなに毎日お世話になって、何日も暮らしてきたのに、私、何も知らない。ううん、知ろうとしてこなかった。

 ……うわあ、恥ずかしい! 会社から帰ってくれば、あれが大変だったの、これが嫌だったの、同僚たちからこんな話聞いたの、通勤路でこんなもの見たの、そんな話ばっかり、自分のことばかりしゃべって。
 ダメにもほどがあるご主人様っぷりだ! 得体が知れないって、私がそういう扱いを八島さんにしていたからだ。ごめんなさい。ごめんなさい。でも、興味がなかったとかじゃなくて、居るのがあまりにも自然だったから、疑問にも思わなかったんですぅぅぅぅ。
 大いに反省した私は急いで改善に努めることにした。

「八島さん、あの、いまさらで申し訳ないんですが、下の名前、なんていうんですか、教えてくださいませんか」
「下の名前、でございますか?」

 八島さんはやや戸惑いがちに言った。

「はい」
「特にございませんが」
「え?」
「必要ならば、今、千世様が『ヤシマ』と呼んでくださるように、お好きに付けてください」

 なんか会話が噛みあってない気がして、考え考え、疑問点を尋ねる。

「八島さんの名前は『八島』なんですよね? そう名乗ってくださったと思ってたんですが」
「そうでございますね。『     』と確かに名乗りました」
「え? なんて?」

 なぜだろう。八島さんの声が何重にも聞こえた気がして、とっさに聞き返す。
 『八島』、『八つの島の支配者』、『八つのシマを支配する執事種』、それから、

「『八つの神域を支配する主に仕えるべきモノ』?」

 おや、と八島さんは驚いた色を浮かべて、次いで嬉しそうに笑った。

「さすが千世様でいらっしゃいますね。もう神語を操られるようになるとは」
「神語?」

 またなにやらわけのわからないものが出てきて、私は食傷気味に呟いた。

「神々が話す言葉でございます」

 とうとう神様まで出てきちゃったよ。

「八島さんって、陰陽師かなんかなんですか?」

 私は困惑して尋ねた。そういうのに詳しくないから、他に例があげられないのだけれど。

「いいえ、私は千世様の『   』でございます」

 八島さんの言葉が、また何重にも重なって聞こえる。
 『執事』、『契約者』、『しもべ』、『力の代行者』。
 うううううううう~ん? 聞けば聞くほど、教えてくれるはしから理解できない。頭の中がいっぱいいっぱいで、学生時代のテスト前夜のようになってくる。
 私は最早聞き返す気力もなくして、情けない顔で黙りこんだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

女公爵になるはずが、なぜこうなった?

薄荷ニキ
恋愛
「ご挨拶申し上げます。わたくしフェルマー公爵の長女、アメリアと申します」 男性優位が常識のラッセル王国で、女でありながら次期当主になる為に日々頑張るアメリア。 最近は可愛い妹カトレアを思い、彼女と王太子の仲を取り持とうと奮闘するが…… あれ? 夢に見た恋愛ゲームと何か違う? ーーーーーーーーーーーーーー ※主人公は転生者ではありません。

メイウッド家の双子の姉妹

柴咲もも
恋愛
シャノンは双子の姉ヴァイオレットと共にこの春社交界にデビューした。美しい姉と違って地味で目立たないシャノンは結婚するつもりなどなかった。それなのに、ある夜、訪れた夜会で見知らぬ男にキスされてしまって…? ※19世紀英国風の世界が舞台のヒストリカル風ロマンス小説(のつもり)です。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

【魔法少女の性事情・1】恥ずかしがり屋の魔法少女16歳が肉欲に溺れる話

TEKKON
恋愛
きっとルンルンに怒られちゃうけど、頑張って大幹部を倒したんだもん。今日は変身したままHしても、良いよね?

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

泡風呂を楽しんでいただけなのに、空中から落ちてきた異世界騎士が「離れられないし目も瞑りたくない」とガン見してきた時の私の対応。

待鳥園子
恋愛
半年に一度仕事を頑張ったご褒美に一人で高級ラグジョアリーホテルの泡風呂を楽しんでたら、いきなり異世界騎士が落ちてきてあれこれ言い訳しつつ泡に隠れた体をジロジロ見てくる話。

処理中です...