異世界執事

伊簑木サイ

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第八章 そして二人はいつまでも幸せに暮らしましたとさ。(R18バージョン)

追い出して

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「千世さん!」

 渡り廊下を駆けてきたおうたさんは、私の手を両手で取って、ぎゅっと握ると、頭のてっぺんから足の先まで、さささっと目をはしらせた。

「元気そうでよかったあ! 女神様もおらも、それに閉じ込められて、好きなことを好きなだけ好きなようにされてるんじゃないかって心配してたんだあ!」

 彼女は、それ、のところで、私の背後――背中にぴったりくっつき、肩の上からおなかの前に腕をまわしている――にいる八島さんを、ちらっと見た。
 まさにそのとおりだった。が、まさかそうなんですと言うわけにもいかず、自分でもうっすら赤面しているのを自覚しつつも、慎ましく微笑んでみせる。
 その彼女も、後ろにぬっと差した大きな影に、いつものごとく、ひょいっと抱き上げられていった。

「なにすんだあっ、萌黄!」
「そこまでだ、詩」

 そう言った彼の視線も、私の背後に向けられている。ちょっと、いや、かなり険しい。八島さんたら、どんな顔してるんだろう、まさか威嚇してないよね、と首をねじって見上げてみたのだけど、ニコリと返されてよくわからなかった。
 とにかく、この笑顔の余韻があるうちにと、できるかぎり背筋を正して、ぺこりと頭を下げた。八島さんにつかえて腰を折る礼をとれない分、笑顔で最大限の愛想をふりまく。

「ようこそいらっしゃいました、女神様。お待たせして申し訳ありません」
「うむ。よい。つつがないか」
「はい、おかげさまで。ありがとうございます。……どうぞこちらへ」

 お客様を誘おうと手を横へ出しかけるが、とにかく身動きできない。八島さん、と小声で促したら、腰をつかまれ、ふわっと体が浮き上がった。縦抱きにされて、目の高さが同じになる。
 彼の眦が優しく細められ、唇が甘やかな弧を描いた。それだけなのに、心がきゅーっときて、くすぐられたみたいに軽やかに震える。とっとっとっと、と心臓が踊りだす。
 ……美人は三日で飽きるなんて嘘だ。毎日朝から晩まで見てるのに、目が離せない。

「案内してくれるのか、それとも帰った方がよいのかの」
「はっ、いぃぃぃっ、ただいまご案内いたします、こちらですぅうっ」

 わああっ、つい、また、御前で失態を!
 慌ててパタパタ八島さんの肩を叩き、あっち、あっちと急かしたら、くるりと女神様たちに背を向けて、ようやく歩きだしてくれたのだった。



 このお屋敷に、謁見室はあっても客間はない。幸い、お昼寝部屋は純和風で床の間もあるし、座卓で一堂に会せる。お客様をおもてなしするのに、少なくとも上座に私が座って、遠い下座の彼らと、八島さんを通してお話しすることになるより、よほどましだろう。……と思ったのだけど。
 今、私は八島さんの膝の上に座ってる。しかも横向きに座らされて、がっちり抱えこまれてるせいで、顔しかお客様に向けられない。
 首を90度捩じって、少々苦しい体勢で座卓の向こう側を見れば、お詩さんが私と同じことになっていた。視線が合った私たちは、思わず半笑いになった。『これが奴らの習性なんだ』『そうなんですね』と言葉もなくまなざしだけで語りあう。
 女神様も気にした様子はない。もしかしたらこれが異界の常識なのかもしれなかった。むしろそうであってほしい。神様の前で非常識を繰り広げたくない。

「萌黄」

 お詩さんが、肘で彼の脇腹を突っついた。彼が眉根を寄せる。

「萌黄、昨日も今朝も、お願いしたよな?」

 萌黄さんは、ますます嫌そうに顔をしかめて、それからお詩さんの頭に顔をうずめると、ぐりぐりと額を押し付け、すんすんと匂いを嗅いだ。

「も、え、ぎ?」

 今度は抉るような肘打ちが、ごすっごすっごすっとたて続けに叩き込まれた。仕方なさそうに嫌々、のそ、と顔を上げた萌黄さんは、無表情に言葉を吐いた。……八島さんに向かって。

「『  』同士、話がある」
ことわ
あるじについて。俺たちだけで」

 断りかけていた八島さんが黙った。

「萌黄には、人間の女がしてほしくないことを、百年以上も叩き込んできた。聞いておいて損はないと思うぞ」

 わあ! それはすごい!

「ぜひお話してくるといいですよ、八島さん!」

 それで、人間には普通の生活も大切だって、教えてもらってくるといい!
 そういうことですよね、とお詩さんにまなざしで語り掛けると、かすかな頷きが返ってきた。

「私たち、ここにいますから!」

 八島さんの腕を押しのけてみると、あっけないくらい簡単に外れて、いそいそと畳へと降り立つ。八島さんたら興味あるみたいなのに、ぐずぐず迷っているから、腕を引いてちょっと強引に立たせてみた。

「たまには男同士のお話もいいと思いますよ! さあ、遠慮なく行ってきてください!」

 座卓の向こう側で、同じように萌黄さんがお詩さんに背を押され、縁側へと押し出されていた。

「行ってらっしゃい、八島さん。どうぞごゆっくり!」

 私も彼を部屋から押し出し、笑顔で手を振りながら、すー、ぴしゃんと障子を閉めた。
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