異世界執事

伊簑木サイ

文字の大きさ
78 / 87
小話 異世界執事 in 彼岸

齧りたい1

しおりを挟む
(第三章 転 『思い内にあれば色外に現る』あたりの八島視点)


 手を、のばす。
 我が主の背に向かって。しかし、気付かれる前に指を握りこみ、手を下ろす。
 齧りたい。食いたい。……取り入れたい。
 人はうまいことを言うものだと思う。喉から手が出るとはまさにこのこと。主を食いたくてたまらない。
 もちろん、わかっている。そんなことはしない。食ってしまったら、千世様はいなくなってしまう。そんなことはできない。この方のいない世界など、最早考えられない。
 あれほど主などいらないと考えていたのに、今ではそう考えていた自分が理解できなかった。
 常にひたひたとした生気が注ぎ込まれ、それが我が存在を揺らし、自我を内から炙る。その感覚に、それを追うことしか考えられなくなる。
 ああ、もっと、もっと、もっと。
 けっして満たされるはずがないというのに、求めずにはいられない。
 主が神でなければどうであるか、わかっていた。人の貧弱な気では体を満たすことはできないと。そのために、わざわざ神ではないものを主としたのだ。
 満たされてしまえば、あの剣のように、あるいは人形たちのように、自我を失い、主の道具に成り果てる。そんなのは真っ平だった。
 だが。
 千世様を得て、知った。
 あの剣は、今も恍惚の中にあるのだろう。そして人形たちも、満たされた中で存在を失っていった。
 それを愚かと思いながら、羨望する自分がいる。
 主の傍に自ら侍ることもできず、永遠を共にすることもできない。そんなのは御免だと冷静に考えるのに、満たされたならば、それはどれほどの恍惚かと焦がれずにはいられない。
 それでも、普段は我慢できるのだ。
 体の中でひたひたと流れる生気の流れを感じているのは、ひどく心地よいことであるから。本来、荒魂である本性は主の生気に慰撫され、むしろ鎮まる。
 しかし、主の心が乱れると、そのうねりはそのまま我が中で反響し、我という存在を揺さぶる。
 特に、主の心の中が、我がことでいっぱいになり、その瞳に我しか映っていないとなれば。
 もっと、もっと、もっと、と思う。もっと我でいっぱいになり、我以外見てくれるな、と。そうして、もっと我を満たしてくれ、と。
 ないはずの食欲が現れ、飢餓感に苛まれる。
 齧って食って、この身に主を取り込んでしまったところで、満たされはしないとわかっているのに。そうしたくてたまらなくなる。
 なぜそうなるのかと千世様は聞かれたが、それは私にもわからない。ただ、そう感じてしまうのだとしか、答えられない。
 ああ、また我が主が心を揺らす。今度は何をお悩みなのか。
 高まってくる飢えに、その心地よさに、自然と唇の端が上に吊り上がる。
「千世様」
 声を掛ければ、それだけで生気がうねる。主が振り返る。我が姿を目にして、うねりが大きくなる。
 不思議そうに、けれど瞳を輝かせて、はい、と答えてくださる。
 お可愛らしいと、齧りたいという気持ちで、いっぱいになる。
 ……千世様。我が唯一無二の主よ。永劫の時をあなたと。お許しくださった約束のままに。
「なんですか、八島さん」
 小首を傾げた主に、今度こそ私は手を差し伸べた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

女公爵になるはずが、なぜこうなった?

薄荷ニキ
恋愛
「ご挨拶申し上げます。わたくしフェルマー公爵の長女、アメリアと申します」 男性優位が常識のラッセル王国で、女でありながら次期当主になる為に日々頑張るアメリア。 最近は可愛い妹カトレアを思い、彼女と王太子の仲を取り持とうと奮闘するが…… あれ? 夢に見た恋愛ゲームと何か違う? ーーーーーーーーーーーーーー ※主人公は転生者ではありません。

メイウッド家の双子の姉妹

柴咲もも
恋愛
シャノンは双子の姉ヴァイオレットと共にこの春社交界にデビューした。美しい姉と違って地味で目立たないシャノンは結婚するつもりなどなかった。それなのに、ある夜、訪れた夜会で見知らぬ男にキスされてしまって…? ※19世紀英国風の世界が舞台のヒストリカル風ロマンス小説(のつもり)です。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

兄様達の愛が止まりません!

恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。 そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。 屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。 やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。 無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。 叔父の家には二人の兄がいた。 そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

泡風呂を楽しんでいただけなのに、空中から落ちてきた異世界騎士が「離れられないし目も瞑りたくない」とガン見してきた時の私の対応。

待鳥園子
恋愛
半年に一度仕事を頑張ったご褒美に一人で高級ラグジョアリーホテルの泡風呂を楽しんでたら、いきなり異世界騎士が落ちてきてあれこれ言い訳しつつ泡に隠れた体をジロジロ見てくる話。

処理中です...