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3-炎の精霊
30.少女、お茶する。
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むかしむかし、この大陸は混沌の闇に包まれていました。
そこには何もなく、音も光も、過去も未来も、もちろん生き物も居ませんでした。
そんな中、神さまがまっくらな世界にあらわれ卵をひとつポンと置きになりました。
気の遠くなるような時間をかけ、卵は孵化します。
中から生まれた火の鳥は空に舞い上がると大地を暖かく照らしはじめました。
ひとこえ鳴くと音が生まれ、はばたくと大気が動き始め、時間が流れ始めたのです。
***
「創生の神話かな?」
ニチカはその辺りの段差に腰掛けながらページをめくっていった。静かな資料室に紙をめくる音だけが響く。
***
そして火の鳥フォエニクスは地上に降り立つと卵を産みました。
中から出てきたのは沢山のケモノたち。
つぎつぎと新しい生命が生み出され、そして最後にニンゲンがおそるおそる殻の影から出てきました。
それを見届けたフォエニクスは、うずくまると自らの炎で燃え尽きました。
そうしてできた灰から、火の精霊、水の精霊、風の精霊、土の精霊。そのほか沢山の精霊が生まれたのです。
世界は順調に育っていきました。
ケモノたちは数を増やし、精霊たちは世界がスムーズに動くように役割を担っていたのです。
ところが五百年ほど経ったころ、問題がおこりました。
賢くなりすぎたニンゲンが……その中でも一部の強欲な者たちが我がもの顔で世界を征服しようと動き出したのです。
彼らは魔の力を悪用し、ケモノたちを従えはじめました。
やがてその力は精霊にも及び、世界のバランスが崩れ始めてしまったのです。
ある所では凍てつくような吹雪が一年中つづき、またある所では灼熱の大地が緑をすっかり枯らしてしまいました。
それでもおろかなニンゲンはやめようとはしませんでした。
そんな時です。どこからか一人の少女があらわれました。
ユーナと名乗ったその少女は、ふしぎな力で悪者たちを成敗していきました。
彼女のまっすぐな瞳に見つめられるとどんな悪人でも逆らえないのです。
押し込めて忘れていた綺麗な心が蘇ってしまうのです。
とらわれていた精霊たちをすっかり解放したユーナは、精霊たちからお願いをされ彼らを統治する役目につくことになりました。
そうして精霊の長となった女神ユーナは、今もこの世界を見守り続けているのです。
***
「おぉ、ユーナさまカッコいい」
すごいヒロイックな神話だなと思いつつ、本をパタンと閉じる。すでにスラスラ読めていることなど意識もしていなかった。
「っと、そろそろ戻らなくちゃね。ウルフィーおきてー」
「ふにゃー?」
***
桜花国に滞在して数日、資料館から借り出した本を両手いっぱいに抱えニチカは走っていた。だが聞き覚えのある声に呼び止められて足を止める。
「あらぁ、ニチカさん。精が出ますのね」
「? 由良さま!」
赤い桟敷に腰かけてお茶を飲む姫は、あまりに様になりすぎて映画の撮影のようだと思う。美しかった黒髪は肩からバッサリ切り落とされていたが、それでも彼女の華やかさは少しも損なわれていなかった。駆けよった少女は元気にあいさつをする。
「こんにちは! え、えっと……ご機嫌うるわしゅう? ございます、うん?」
「ふふふ、そんなに畏まらなくても良いわ。わたくしも今日はオフですから気楽になさって」
お姫様にも休日があるのか。そんな思いが顔に出ていたのか由良姫がお茶をすすりながら答えてくれた。
「桜花国の『姫』とは軍事のトップに立つものを指す名称。わたくしも休日には団子屋の娘となんら代わりない一般市民なのよ」
「いやぁ、由良さまみたいな看板娘がいたら目を疑うと思うんですが」
というか、ちょっと見てみたい気もするぞ。由良姫の給仕姿……さぞかし艶やかで男性客が詰めかけるだろうな。
そんなことを考えていると由良姫は隣を軽く叩いて着席を促した。
「よもぎ? きなこ? わたくしのオススメはみたらしよ」
「あっ、みたらし大好きですっ」
「ばあや、みたらし二本――いえ、わたくしの分も追加で」
「はいよぉ由良ちゃん!」
威勢の良い声を出して、恰幅のいいおかみさんがのれんの奥に引っ込む。 ニチカの本をちらりとみた姫は穏やかに尋ねてきた。
「祠では本当に世話になったわね、調べ物は順調?」
「はい、なんとか。あっ、そうだ。資料館へ入る許可をくださってありがとうございます」
普段、駆け引きを常に強いられている姫はその素直さに面食らってクスリと笑いを漏らした。
「恥ずかしいわ、うちの国は歴史がまだ浅いから専門的な本が少ないでしょう?」
「そんなことないです、オズ――っとと、師匠も褒めてましたよ。桜花国の医療知識は他国にも引けをとらないって」
その言葉に姫は穏やかに微笑んで空を見上げた。彼女にならって視線を上げると、空の青さと咲き誇る桜の対比が実に鮮やかに目に焼き付く。日本に居た頃はよく見た景色だ。もっとも空の青さはこちらの方が断然濃いのだが。
「ニチカさんはこの国ができた背景を知ってる?」
「ええと……いえ」
「桜花国はもともと他の街から逃げてきた娼婦たちが寄り集まってできた国なのよ、娼婦は自分の体調管理は自分でしなきゃいけないから必然的に医療の知識を心得ている者が多いの。医療方面に明るいのはそのせいかもね」
「へぇぇ」
意外な話を聞き目を丸くする。だが由良姫は眉を寄せていきなり謝りだした。
「ごめんなさい、いきなり変な話を聞かせてしまったわ」
「そんなことないです! だってこの街は娼婦さんたちの駆け込み寺ってことでしょ? そういう希望があるだけでもたくさんの人の支えになってるんじゃないかって思います!」
もしオズワルドに弟子入りが叶わなければ、自分もそのような立場になっていたかもしれないのだ。とても他人事とは思えない。
拳を握り力説していたニチカはハッとしたように動きを止めた。そのまま恥じ入ったように小さくなる。
「……ごめんなさい、私みたいな世間知らずがエラソーなこと言っちゃって」
「ふふ、本当に面白い人ですのね。魔女様が手元に置くのもなんとなくわかるわ」
「え?」
そこには何もなく、音も光も、過去も未来も、もちろん生き物も居ませんでした。
そんな中、神さまがまっくらな世界にあらわれ卵をひとつポンと置きになりました。
気の遠くなるような時間をかけ、卵は孵化します。
中から生まれた火の鳥は空に舞い上がると大地を暖かく照らしはじめました。
ひとこえ鳴くと音が生まれ、はばたくと大気が動き始め、時間が流れ始めたのです。
***
「創生の神話かな?」
ニチカはその辺りの段差に腰掛けながらページをめくっていった。静かな資料室に紙をめくる音だけが響く。
***
そして火の鳥フォエニクスは地上に降り立つと卵を産みました。
中から出てきたのは沢山のケモノたち。
つぎつぎと新しい生命が生み出され、そして最後にニンゲンがおそるおそる殻の影から出てきました。
それを見届けたフォエニクスは、うずくまると自らの炎で燃え尽きました。
そうしてできた灰から、火の精霊、水の精霊、風の精霊、土の精霊。そのほか沢山の精霊が生まれたのです。
世界は順調に育っていきました。
ケモノたちは数を増やし、精霊たちは世界がスムーズに動くように役割を担っていたのです。
ところが五百年ほど経ったころ、問題がおこりました。
賢くなりすぎたニンゲンが……その中でも一部の強欲な者たちが我がもの顔で世界を征服しようと動き出したのです。
彼らは魔の力を悪用し、ケモノたちを従えはじめました。
やがてその力は精霊にも及び、世界のバランスが崩れ始めてしまったのです。
ある所では凍てつくような吹雪が一年中つづき、またある所では灼熱の大地が緑をすっかり枯らしてしまいました。
それでもおろかなニンゲンはやめようとはしませんでした。
そんな時です。どこからか一人の少女があらわれました。
ユーナと名乗ったその少女は、ふしぎな力で悪者たちを成敗していきました。
彼女のまっすぐな瞳に見つめられるとどんな悪人でも逆らえないのです。
押し込めて忘れていた綺麗な心が蘇ってしまうのです。
とらわれていた精霊たちをすっかり解放したユーナは、精霊たちからお願いをされ彼らを統治する役目につくことになりました。
そうして精霊の長となった女神ユーナは、今もこの世界を見守り続けているのです。
***
「おぉ、ユーナさまカッコいい」
すごいヒロイックな神話だなと思いつつ、本をパタンと閉じる。すでにスラスラ読めていることなど意識もしていなかった。
「っと、そろそろ戻らなくちゃね。ウルフィーおきてー」
「ふにゃー?」
***
桜花国に滞在して数日、資料館から借り出した本を両手いっぱいに抱えニチカは走っていた。だが聞き覚えのある声に呼び止められて足を止める。
「あらぁ、ニチカさん。精が出ますのね」
「? 由良さま!」
赤い桟敷に腰かけてお茶を飲む姫は、あまりに様になりすぎて映画の撮影のようだと思う。美しかった黒髪は肩からバッサリ切り落とされていたが、それでも彼女の華やかさは少しも損なわれていなかった。駆けよった少女は元気にあいさつをする。
「こんにちは! え、えっと……ご機嫌うるわしゅう? ございます、うん?」
「ふふふ、そんなに畏まらなくても良いわ。わたくしも今日はオフですから気楽になさって」
お姫様にも休日があるのか。そんな思いが顔に出ていたのか由良姫がお茶をすすりながら答えてくれた。
「桜花国の『姫』とは軍事のトップに立つものを指す名称。わたくしも休日には団子屋の娘となんら代わりない一般市民なのよ」
「いやぁ、由良さまみたいな看板娘がいたら目を疑うと思うんですが」
というか、ちょっと見てみたい気もするぞ。由良姫の給仕姿……さぞかし艶やかで男性客が詰めかけるだろうな。
そんなことを考えていると由良姫は隣を軽く叩いて着席を促した。
「よもぎ? きなこ? わたくしのオススメはみたらしよ」
「あっ、みたらし大好きですっ」
「ばあや、みたらし二本――いえ、わたくしの分も追加で」
「はいよぉ由良ちゃん!」
威勢の良い声を出して、恰幅のいいおかみさんがのれんの奥に引っ込む。 ニチカの本をちらりとみた姫は穏やかに尋ねてきた。
「祠では本当に世話になったわね、調べ物は順調?」
「はい、なんとか。あっ、そうだ。資料館へ入る許可をくださってありがとうございます」
普段、駆け引きを常に強いられている姫はその素直さに面食らってクスリと笑いを漏らした。
「恥ずかしいわ、うちの国は歴史がまだ浅いから専門的な本が少ないでしょう?」
「そんなことないです、オズ――っとと、師匠も褒めてましたよ。桜花国の医療知識は他国にも引けをとらないって」
その言葉に姫は穏やかに微笑んで空を見上げた。彼女にならって視線を上げると、空の青さと咲き誇る桜の対比が実に鮮やかに目に焼き付く。日本に居た頃はよく見た景色だ。もっとも空の青さはこちらの方が断然濃いのだが。
「ニチカさんはこの国ができた背景を知ってる?」
「ええと……いえ」
「桜花国はもともと他の街から逃げてきた娼婦たちが寄り集まってできた国なのよ、娼婦は自分の体調管理は自分でしなきゃいけないから必然的に医療の知識を心得ている者が多いの。医療方面に明るいのはそのせいかもね」
「へぇぇ」
意外な話を聞き目を丸くする。だが由良姫は眉を寄せていきなり謝りだした。
「ごめんなさい、いきなり変な話を聞かせてしまったわ」
「そんなことないです! だってこの街は娼婦さんたちの駆け込み寺ってことでしょ? そういう希望があるだけでもたくさんの人の支えになってるんじゃないかって思います!」
もしオズワルドに弟子入りが叶わなければ、自分もそのような立場になっていたかもしれないのだ。とても他人事とは思えない。
拳を握り力説していたニチカはハッとしたように動きを止めた。そのまま恥じ入ったように小さくなる。
「……ごめんなさい、私みたいな世間知らずがエラソーなこと言っちゃって」
「ふふ、本当に面白い人ですのね。魔女様が手元に置くのもなんとなくわかるわ」
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