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5-潜入!魔法学校
46.少女、入学する。
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エルミナージュ。この大陸のほぼ中央に位置し、緑豊かな森に囲まれた『魔女・魔法使い養成学校』である。外から見ることは叶わず、許可されていないものが入り込もうとするといつの間にか森の入り口に戻されるという噂があるらしい。
「ここがそうなんだ……」
その入り口に立ったニチカは、自分の姿を見回して何度目になるかわからない点検を行った。どうにも不安そうな声で仲間たちに問いかける。
「ねぇ不自然じゃない? ちゃんとお嬢様っぽく見える?」
「可愛いよ~」
ウルフィから太鼓判を押してもらい少しだけ自信が湧いてくる。ニチカはロロ村でもらった赤いワンピースを再び着ていた。魔女道具で一時的に染めた紅茶色の髪の毛をハーフアップにしてリボンでまとめ、編み上げ紐のブーツのつま先をトントンと地面に打ちつける。清楚なお嬢様に見えなくもないだろう。こちらの点検が終わったのを確認したように、足元にいたオオカミが自慢げに胸を張った。
「みてみて、僕も蝶ネクタイつけてもらったー」
「人前でしゃべっちゃダメだからね」
ニチカは念押しをしながらウルフィの曲がっているネクタイを直してやった。ギリギリで大型犬に見えなくもないだろう。その時、二人の背後から妙に優しい落ち着いた声が聞こえてきた。
「それでは参りましょうか、お嬢様」
「……」
少女はうさんくさげにそちらを振り返る。視線の先にはどこからどう見ても完璧な執事が爽やかな笑みを浮かべて立っていた。サラサラの茶色い髪、パリッとしたシャツ、ウェストコートの上に黒いジャケット。シワひとつ付いていないスラックスに、極めつけは白手袋。なんとも言えない表情でいたニチカは、しばらくしてようやく問いかけた。
「あの」
「はい?」
「なんでそんな乗り気なの、オズワルド」
そう、この青年は少しだけ変装をしたオズワルドである。普段の彼はどこかひやりと冷たい感じのする美青年だが、この執事姿は驚くほど好青年に仕上がっている。こうも切り替えが出来るとは見事としか言いようがなかった。すっかり纏う雰囲気を変えた師匠は、にこやかな笑顔のまま忠告をした。
「お嬢様、私を呼ぶ際は『ウィル』でとお願いしたはずですが」
「だってさぁ!」
ニチカは戸惑って言葉を探す。まったくの別人と入れ替わってると言われても納得してしまいそうだ。……いや、案外そうなのでは無いだろうか?
実に洗練された動きで手を差し伸べた執事は、誰もが見惚れそうな完璧な笑みを惜しげもなく少女に向けた。
「さぁ、早く森を抜けてしまいましょう。お手をどうぞ」
「……」
普通の女子ならば喜んでその手に飛びつくのだろう。しかしニチカはこの爽やか執事の中身があの傲慢で俺様なオズワルドであることを知っている。ひくりと頬を引きつらせた少女は、差し出された手の横をぎこちない動きですり抜けていった。
***
アンジェリカ・ルーベンスと、その付き人ウィル(と、ペットのジョン)
許可証に書かれていたその情報と、目の前の二人と一匹を見比べた門番はウムと頷き入門の許可を出した。
「よし、許可証は本物のようだな。通っていいぞ」
「あ、ありがとうございます」
「入学おめでとうさん。頑張ってな」
転入生アンジェリカに化けたニチカは、内心ほーっと息をつきながら仲間と共に薄暗い門の通路をくぐり抜ける。やがて行く手に見えてきた光景に軽く目を見開いた。てっきり学校しかないと思っていたのに、賑やかな街並みがそこに広がっていたのだ。
正面に歴史を感じさせる城のような建物があり、そこに至るまでのゆるやかな坂道の両脇には、たくさんの店が軒を連ねている。往来の至るところに学生らしい少年少女たちが歩いているのだが、彼らは皆そろって黒いローブを着ていた。よく見てみるとそれぞれ裏地の色が違うようだ。テンションの上がったニチカは両手を握りしめながら目を輝かせる。
「すごい! 本で読んだ通りだ!」
「本?」
「昔読んだ児童書なんだけどね、こんな感じの魔法学校のおはなしなの。わー感動~」
すっかり興奮したニチカを道ゆく学生たちが物珍しそうな顔で見つめる。執事はその視線から避けるように主を誘導した。
「エルミナージュ魔法学校は、元々正面に見える城だけだったのですが、学生相手に商売しようと考えた地元の者たちが少しずつ集まり街を形成したと聞いています」
「へぇ、さすが卒業生。詳しい――っと」
うっかり口を滑らせたニチカは慌てて聞かれていないか周囲を確認する。幸い誰も気づいていないようだ。そろ~っと隣の執事を見上げるが、彼は少しも怒らず自然に話題を変えた。
「街が気になるのはわかりますが、まずは入学手続きを済ませてしまいましょう」
「あ、うん」
肩すかしをくらったような気になりながらもニチカはその後に続く。今日のオズワルドは優しい。執事という役割を演じているのだから当たり前なのだが、どうにも調子が狂ってしまう。
(いつもだったら、うっかり口を滑らせようものなら鬼の首でも取ったように罵倒してくるのに――って、それじゃ私が罵られたいみたいじゃない! 違う違う!!)
だが多少の物足りなさを感じるのも事実だ。すっかり毒されてるなぁと考えていた少女は、いつの間にか城の目前まで来ている事に気づいた。城は堀で囲まれており、入るには跳ね橋を渡らなくてはならない。なるべく谷底を見ないよう渡り切ると、玄関らしき大きな扉の前で一人の少女が待ち構えていた。歳はニチカと同じくらいで、少しだけふくよかな体型を黒いマントで包んでいる。彼女はこちらを認識するや否や緑の目をキュっと吊り上げてきつい声を出した。
「ちょっと、五分遅れよ!」
「えっ、あっ、すみません」
派手なピンクのクルクル髪をうっとおしげにかきあげた少女は、こちらの謝罪がまるで聞こえていないかのようにキンキンと声を張り上げた。
「まったくこれだから貴族の甘ったれなお嬢様はキライなのよ! さっさとついて来てっ、まったくもう……どうしてあたしがこんな仕事やらなきゃいけないわけ?」
一行を待とうともせず、少女はブチブチと文句を垂れながら中のエントランスホールに入り正面階段を上がっていく。慌てて後を追うと、おざなりにだいたいの方向を指し示しながら建物の名前を列挙してくれる……のだが、とにかく早口だ。
「中央棟は総合科と色んな施設、ここから行ける西棟は魔導師科、あっちから行ける東棟は魔女科。このまま正面に進めば総合科の寮にいけるわ、はい貴女の部屋のカギ」
「わっ」
適当に投げられたカギをなんとかキャッチする。見上げると階段の上の彼女はこちらに侮蔑の視線を向けていた。
「この変な時期に入ってきてそんな上等な部屋に入る。オマケに下男とペットまで連れちゃって……どうせ学歴目当てのお嬢様でしょうけど、この学校はそんなに甘くないわよ」
「えっ?」
「案内はしたから、じゃあ」
名前も知らない少女はプイッとそのまま行ってしまった。なぜか知らないが猛烈に嫌われているようだ。謂れの無い事に少なからずショックを受けていると、執事はトランクを持ち上げて言った。
「この学校は入学試験をパスした生徒と、裏金を積んで入ってきた貴族の子供たちの二種類が居るのです。待遇もまるで違うので妬んでいるのでしょう。お嬢様が気にすることではありませんよ」
「……いい加減その口調やめない?」
ニチカはむず痒さを感じて提案するのだが、執事を演じきっているオズワルドは間髪入れずに拒否をした。
「いえいえ、どこで誰が聞いているか分かりませんから」
この状況を楽しんでいないかと、よほど問い詰めたくなるいい笑顔だった。
***
渡されたカギの部屋は寮の最上階にあった。驚くべきことにワンフロア貸切のようだ。お城のような内装に少女は唖然とする。
「アンジェリカお嬢様の実家って一体……」
この待遇を蹴って遁走したというお嬢様。今頃はどこかの街道を従者と共に歩いているのだろうか。オズワルドは運んできた荷物を下ろしながらその疑問に答えた。
「『貴女の』ご実家ルーベンス家は、各地に宿を経営しています。今回はこちらに一年在籍する予定ですよ」
「そうなんだ?」
「ご実家のことぐらいは把握しておいて下さいね。誰に質問されるともわかりませんから」
うっ、と言葉に詰まる。どこでボロが出るかわかったものでは無い。視線を逸らしたニチカは言い訳をするように小さく呟き始めた。
「そりゃあ、あなたみたいに口先三寸で生きてるようなタイプにはこういう演技はお手の物だろうけどぉー」
聞こえないように言ったつもりだったが、優しい執事の目が一瞬だけ冷ややかなオズワルドのものに戻る。何か言われる前に少女は慌てて背筋をピンと伸ばした。
「は、はい、わかってます! 資料下さい、頭に叩き込みます!」
「よろしい」
次に執事は、室内をあちこち熱心に嗅ぎ回っていたウルフィに合わせて屈み込んだ。
「ジョンくん」
「……? あっ、僕のことか!」
「城の裏手に大きな建物があります。中に入って左から二番目の扉を開けると犬好きのおじさんが居ると思うので仲良くなってきて下さい」
「ともだち? ともだちだ! わーいっ」
ロロ村ですっかり友達づくりに自信をつけたウルフィは命令を聞くなり飛び出していった。弾丸のような茶色の毛玉が、入ってきた扉ではなく窓枠の向こうに消えていく。ニチカは思わず手を伸ばして小さな悲鳴を上げた。
「あぁっ!?」
「屋根伝いに行けるでしょう。ご心配なく」
「にしたって、誰かに見られたらどうするの……」
少女の問いには答えず、壁の時計をチラリとみた執事は尋ねて来た。
「総合科は午後から一コマ授業がありますね、出席なさいますか?」
「? そりゃ出るけど」
そうでなければ一体なんのために入学したというのか。当然のように答えたニチカに対して、オズワルドはなぜか含みのある返しをしてきた。
「……まぁ、身を持って知るのもいいでしょう」
どういうことかと多少引っかかりはしたものの、それ以上にニチカは心踊らせていた。幼いころ夢中になって読んだ魔法学校の場面が思い浮かぶ。
(魔法の授業かぁ! いったいどんなことを教えてくれるんだろう。やっぱりきちんと理解してから魔法を使った方が良いよね)
これまで感覚だけで戦って来たなど、よく考えれば危険極まりなかった。いい機会だし色々吸収しよう。
***
「え」
ところが少女のそんなもくろみは教室に一歩入ったところでいきなりつまづいた。
教室とは言うものの、そこは現代の学校とはまるで違い、すりばち状に底がへこんだ薄暗いホールのような形をしていた。だが少女が驚いたのはそこではない。扉を開けて中に入るなり、目の前に光の文字列が浮かび上がったのだ。
“ここはパーティー会場ではありませんよ”
そんなこと見ればわかる……が?
「わっ」
その意味を考えている間にも、新たな文字がニチカの周りにペペペペと貼り付けられていく。
“部屋で優雅にお茶でも飲んでれば?”
“ここは魔法使いの勉強の場。場違い”
“いくら裏金払ったの? お小遣いちょーだい!”
「!!」
悪意のある内容に、さきほどのオズワルドの言葉が蘇る。
――この学校は入学試験をパスした生徒と、裏金を積んで入ってきた貴族の子供たちの二種類が居るのです。待遇もまるで違うので妬んでいるのでしょう。
なるほど、これのことか。理由はわかったが、増え続ける『貼り言葉』にニチカは腕を振り回す。
「あーもうっ、やめてよっ!!」
クスクスとあちこちから笑う声が聞こえてカッとなる。拳を握りしめ腹の底から声を出した。
「私、真剣に授業を聞きに来たんだから!」
「ここがそうなんだ……」
その入り口に立ったニチカは、自分の姿を見回して何度目になるかわからない点検を行った。どうにも不安そうな声で仲間たちに問いかける。
「ねぇ不自然じゃない? ちゃんとお嬢様っぽく見える?」
「可愛いよ~」
ウルフィから太鼓判を押してもらい少しだけ自信が湧いてくる。ニチカはロロ村でもらった赤いワンピースを再び着ていた。魔女道具で一時的に染めた紅茶色の髪の毛をハーフアップにしてリボンでまとめ、編み上げ紐のブーツのつま先をトントンと地面に打ちつける。清楚なお嬢様に見えなくもないだろう。こちらの点検が終わったのを確認したように、足元にいたオオカミが自慢げに胸を張った。
「みてみて、僕も蝶ネクタイつけてもらったー」
「人前でしゃべっちゃダメだからね」
ニチカは念押しをしながらウルフィの曲がっているネクタイを直してやった。ギリギリで大型犬に見えなくもないだろう。その時、二人の背後から妙に優しい落ち着いた声が聞こえてきた。
「それでは参りましょうか、お嬢様」
「……」
少女はうさんくさげにそちらを振り返る。視線の先にはどこからどう見ても完璧な執事が爽やかな笑みを浮かべて立っていた。サラサラの茶色い髪、パリッとしたシャツ、ウェストコートの上に黒いジャケット。シワひとつ付いていないスラックスに、極めつけは白手袋。なんとも言えない表情でいたニチカは、しばらくしてようやく問いかけた。
「あの」
「はい?」
「なんでそんな乗り気なの、オズワルド」
そう、この青年は少しだけ変装をしたオズワルドである。普段の彼はどこかひやりと冷たい感じのする美青年だが、この執事姿は驚くほど好青年に仕上がっている。こうも切り替えが出来るとは見事としか言いようがなかった。すっかり纏う雰囲気を変えた師匠は、にこやかな笑顔のまま忠告をした。
「お嬢様、私を呼ぶ際は『ウィル』でとお願いしたはずですが」
「だってさぁ!」
ニチカは戸惑って言葉を探す。まったくの別人と入れ替わってると言われても納得してしまいそうだ。……いや、案外そうなのでは無いだろうか?
実に洗練された動きで手を差し伸べた執事は、誰もが見惚れそうな完璧な笑みを惜しげもなく少女に向けた。
「さぁ、早く森を抜けてしまいましょう。お手をどうぞ」
「……」
普通の女子ならば喜んでその手に飛びつくのだろう。しかしニチカはこの爽やか執事の中身があの傲慢で俺様なオズワルドであることを知っている。ひくりと頬を引きつらせた少女は、差し出された手の横をぎこちない動きですり抜けていった。
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アンジェリカ・ルーベンスと、その付き人ウィル(と、ペットのジョン)
許可証に書かれていたその情報と、目の前の二人と一匹を見比べた門番はウムと頷き入門の許可を出した。
「よし、許可証は本物のようだな。通っていいぞ」
「あ、ありがとうございます」
「入学おめでとうさん。頑張ってな」
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「すごい! 本で読んだ通りだ!」
「本?」
「昔読んだ児童書なんだけどね、こんな感じの魔法学校のおはなしなの。わー感動~」
すっかり興奮したニチカを道ゆく学生たちが物珍しそうな顔で見つめる。執事はその視線から避けるように主を誘導した。
「エルミナージュ魔法学校は、元々正面に見える城だけだったのですが、学生相手に商売しようと考えた地元の者たちが少しずつ集まり街を形成したと聞いています」
「へぇ、さすが卒業生。詳しい――っと」
うっかり口を滑らせたニチカは慌てて聞かれていないか周囲を確認する。幸い誰も気づいていないようだ。そろ~っと隣の執事を見上げるが、彼は少しも怒らず自然に話題を変えた。
「街が気になるのはわかりますが、まずは入学手続きを済ませてしまいましょう」
「あ、うん」
肩すかしをくらったような気になりながらもニチカはその後に続く。今日のオズワルドは優しい。執事という役割を演じているのだから当たり前なのだが、どうにも調子が狂ってしまう。
(いつもだったら、うっかり口を滑らせようものなら鬼の首でも取ったように罵倒してくるのに――って、それじゃ私が罵られたいみたいじゃない! 違う違う!!)
だが多少の物足りなさを感じるのも事実だ。すっかり毒されてるなぁと考えていた少女は、いつの間にか城の目前まで来ている事に気づいた。城は堀で囲まれており、入るには跳ね橋を渡らなくてはならない。なるべく谷底を見ないよう渡り切ると、玄関らしき大きな扉の前で一人の少女が待ち構えていた。歳はニチカと同じくらいで、少しだけふくよかな体型を黒いマントで包んでいる。彼女はこちらを認識するや否や緑の目をキュっと吊り上げてきつい声を出した。
「ちょっと、五分遅れよ!」
「えっ、あっ、すみません」
派手なピンクのクルクル髪をうっとおしげにかきあげた少女は、こちらの謝罪がまるで聞こえていないかのようにキンキンと声を張り上げた。
「まったくこれだから貴族の甘ったれなお嬢様はキライなのよ! さっさとついて来てっ、まったくもう……どうしてあたしがこんな仕事やらなきゃいけないわけ?」
一行を待とうともせず、少女はブチブチと文句を垂れながら中のエントランスホールに入り正面階段を上がっていく。慌てて後を追うと、おざなりにだいたいの方向を指し示しながら建物の名前を列挙してくれる……のだが、とにかく早口だ。
「中央棟は総合科と色んな施設、ここから行ける西棟は魔導師科、あっちから行ける東棟は魔女科。このまま正面に進めば総合科の寮にいけるわ、はい貴女の部屋のカギ」
「わっ」
適当に投げられたカギをなんとかキャッチする。見上げると階段の上の彼女はこちらに侮蔑の視線を向けていた。
「この変な時期に入ってきてそんな上等な部屋に入る。オマケに下男とペットまで連れちゃって……どうせ学歴目当てのお嬢様でしょうけど、この学校はそんなに甘くないわよ」
「えっ?」
「案内はしたから、じゃあ」
名前も知らない少女はプイッとそのまま行ってしまった。なぜか知らないが猛烈に嫌われているようだ。謂れの無い事に少なからずショックを受けていると、執事はトランクを持ち上げて言った。
「この学校は入学試験をパスした生徒と、裏金を積んで入ってきた貴族の子供たちの二種類が居るのです。待遇もまるで違うので妬んでいるのでしょう。お嬢様が気にすることではありませんよ」
「……いい加減その口調やめない?」
ニチカはむず痒さを感じて提案するのだが、執事を演じきっているオズワルドは間髪入れずに拒否をした。
「いえいえ、どこで誰が聞いているか分かりませんから」
この状況を楽しんでいないかと、よほど問い詰めたくなるいい笑顔だった。
***
渡されたカギの部屋は寮の最上階にあった。驚くべきことにワンフロア貸切のようだ。お城のような内装に少女は唖然とする。
「アンジェリカお嬢様の実家って一体……」
この待遇を蹴って遁走したというお嬢様。今頃はどこかの街道を従者と共に歩いているのだろうか。オズワルドは運んできた荷物を下ろしながらその疑問に答えた。
「『貴女の』ご実家ルーベンス家は、各地に宿を経営しています。今回はこちらに一年在籍する予定ですよ」
「そうなんだ?」
「ご実家のことぐらいは把握しておいて下さいね。誰に質問されるともわかりませんから」
うっ、と言葉に詰まる。どこでボロが出るかわかったものでは無い。視線を逸らしたニチカは言い訳をするように小さく呟き始めた。
「そりゃあ、あなたみたいに口先三寸で生きてるようなタイプにはこういう演技はお手の物だろうけどぉー」
聞こえないように言ったつもりだったが、優しい執事の目が一瞬だけ冷ややかなオズワルドのものに戻る。何か言われる前に少女は慌てて背筋をピンと伸ばした。
「は、はい、わかってます! 資料下さい、頭に叩き込みます!」
「よろしい」
次に執事は、室内をあちこち熱心に嗅ぎ回っていたウルフィに合わせて屈み込んだ。
「ジョンくん」
「……? あっ、僕のことか!」
「城の裏手に大きな建物があります。中に入って左から二番目の扉を開けると犬好きのおじさんが居ると思うので仲良くなってきて下さい」
「ともだち? ともだちだ! わーいっ」
ロロ村ですっかり友達づくりに自信をつけたウルフィは命令を聞くなり飛び出していった。弾丸のような茶色の毛玉が、入ってきた扉ではなく窓枠の向こうに消えていく。ニチカは思わず手を伸ばして小さな悲鳴を上げた。
「あぁっ!?」
「屋根伝いに行けるでしょう。ご心配なく」
「にしたって、誰かに見られたらどうするの……」
少女の問いには答えず、壁の時計をチラリとみた執事は尋ねて来た。
「総合科は午後から一コマ授業がありますね、出席なさいますか?」
「? そりゃ出るけど」
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これまで感覚だけで戦って来たなど、よく考えれば危険極まりなかった。いい機会だし色々吸収しよう。
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「え」
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“ここはパーティー会場ではありませんよ”
そんなこと見ればわかる……が?
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“ここは魔法使いの勉強の場。場違い”
“いくら裏金払ったの? お小遣いちょーだい!”
「!!」
悪意のある内容に、さきほどのオズワルドの言葉が蘇る。
――この学校は入学試験をパスした生徒と、裏金を積んで入ってきた貴族の子供たちの二種類が居るのです。待遇もまるで違うので妬んでいるのでしょう。
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