ひねくれ師匠と偽りの恋人

紗雪ロカ@失格聖女コミカライズ

文字の大きさ
63 / 156
6-フライアウェイ!

63.少女、悪夢を見る。

しおりを挟む
 あの時、霧の谷で眠りから覚めたランバールは、目の前に白いフードの少年がいる事に気づいた。彼は自分の事をファントムと名乗り、警戒するこちらに向かってこう言い放った。

 ――愛想のいいふりしているけど、ずいぶんドロドロとした感情をその仮面の下に飼っているね。どうしてわかるかって? 僕も同類だからさ

 妙な仲間意識を持たせたファントムはランバールの『両親を探し出したい』という願いをなぜか知っていた。そして言葉巧みに取引を持ち掛けてきたのである。胸元のアクセサリーをギュッと握り締めながら青年は思う。

(危険な賭けではあるけど、でもそれでも、オレは……)

 その様子を見ていたファントムは、フードから覗く口元をニタリと持ち上げ問いかけた。

「もう一度聞かせてよ、キミの願いはなに?」

 ランバールはスッと顔を上げる。その黄色い目は尋常ではない狂気と憎しみを孕んでいた。

「オレは両親を必ず探し出して、そして――ブッ殺すんだ」

 ニチカは勝手に感動的な再会をイメージしていたようだが、真意はまるで違う。本当は捨てられた時の記憶がおぼろげにあった。父親に殴られ、蹴られ、唾を吐き捨てられ、馬車から放り出された時の屈辱は今でも覚えている。手を伸ばした先で母は蔑むような目でこちらを見下ろしていた。絶望に駆られた幼い日のランバールは、その時誓った。

「オレの人生はあいつらに復讐してからようやく始まるんだ。風の精霊なんて知らない、すべてはオレが生き延びるためだけに利用しているだけだ」

 心地よい負の感情にファントムが身を震わせる。やはり情報通りこの男は使えそうだ。

「さぁ、キミの負の感情を、闇のマナに転換してごらん」

 甘いささやきと共に、取り出した握りこぶし大の魔水晶をランバールの手の甲に触れさせる。すると薄灰色だった鉱石が瞬く間に妖しい紫色に変化した。ファントムは満足そうに口の端を吊り上げる。

「『嫉妬』か。良い出来だね」

 少年の姿が背景に溶け込むように少しずつ消えていった。まだそこに居るのだろうか、鈴を転がすような声だけが居座る。

「それじゃあ後は手はず通りに。僕はこの魔水晶を仕込んでくるから、キミはゴール直前であの巫女を空から落とすこと」
「わかっている」
「じゃあね~」

 ようやく気配が完全に消えうせる。残された青年は一つ頭を振ると再び笑顔の仮面を顔に貼り付けた。明るく気さくな『ラン君』の声が工房に響く。

「さぁ~てと、オレも早いトコ調整終わらせて寝ないとね」

 だがその目だけは、決して笑っていなかった。

「でないと、両親に会えないもんな」

***

 ニチカは飛んでいた。風の里の上空をランバールお手製の特製ホウキで気持ちよく浮遊していた。

(なぁんだ、これだけ飛べるなら大丈夫そう)

 これならレースで恥を掻くこともなさそうだ。急上昇、急降下、くるっとターンして曲芸飛行もお手の物。鼻歌でも歌えそうな気分だったが、突然ミリミリっと嫌な音が響く。

「え?」

 不安を覚えた次の瞬間、乗っていたはずのホウキがパッと消えうせた。少女はまっさかさまに落ちていく。

「うそ、いや、なんで――!?」

 グングン迫る地面。ギュッと目をつむった次の瞬間――

 ドサッ

「ッ~~!!」

 背中に衝撃が走り目が覚める。窓から差し込む朝日、チュンチュンという鳥の鳴き声が現実を知らしめる。つまり落ちたのはホウキではなくベッドの上からだった。

「なんて不吉な夢なの……」

 よりによって今この夢を見ることはないだろうに。早鐘を打ち続ける心臓を押さえ、顔を洗ってシャンとする。階下に降りていくと客間のテーブルに突っ伏して眠る緑の頭が見えた。

(ラン君、何時まで頑張ってくれたんだろう)

 その横をそっとすりぬけ、となりの部屋に入らせてもらう。

***

 結局、明け方までホウキの調整をしていたランバールはただよってきた良い匂いに目を覚ました。ぼんやりとしながら上体を起こし猫のように伸びをする。隣のキッチンから出てきたニチカが軽く挨拶をした。

「おはよ、勝手だとは思ったけどお台所借りたよ」

 目の前のテーブルにコトン、と白い皿が置かれる。カリッと焼けたトーストの上には熱々の目玉焼きが乗せられ、黄身が絶妙な具合にトロけてぷるぷると揺れていた。向かいの席に同じ物を二セット用意した少女は少し首を傾けながら申し訳なさそうに言う。

「食材は後で買って戻しておくね」
「ん、いいよいいよ。オレとシルミアじゃ腐らせるだけだし」

 まともに朝食を取るなんていつぶりだろうと思いながらランバールはトーストを手に取る。この家にまだ使える食材があった事が驚きだ。あの風の精霊は料理をしない、というか食事を必要としないから。

「いただきまーす。んん~おいしいー! やっぱり出来立ては最高だね」

 ランバールは幸せそうに朝食を頬ばる少女を複雑な視線で見ていた。だが笑顔の仮面をかぶりなおすと、立てかけていたホウキを机越しに渡した。

「ほい、お待たせしました」
「わ、ありがとう。へぇ~昨日よりすごい軽くなってる」
「うん、今まで作ってきた中で最高の一本に仕上がったと思うよ」

 仕掛けの方も、と心の中で付け足す。そんなことには微塵も気づかない少女は、満面の笑みを浮かべて礼を言った。

「本当にありがとうラン君、もしかしたら優勝できるかもしれない!」

 その純粋な言葉に、ほんの少しだけ胸がちくりと痛む。自分にまだ良心が残っていたのかと驚く青年だったが、そんなことは少しもおくびにも出さずこう言った。

「センパイにも見せてきなよ。あの人夜中の三時に帰ってきてさー」
「そんな遅くに? 何してたのよ全く!」
「そりゃ色々じゃない? いやぁ~センパイも溜まってるんだなぁ」
「んなっ……!」

 ちょっと煽れば、予想通りに少女は飛び出していった。どこかホッとしながらもランバールは目玉焼きトーストをかじる。

 間違いなくおいしいはずなのに、心の内にはなぜか苦い味が広がっていた。

***

 リビングを飛び出し階段を駆け上った少女は、自分の向かいの部屋を勢いよく開ける。枠に手をかけながら乗り出し、まくし立てようとする。

「ちょっとオズワルド! あなたねっ……」

 夜遊びなんてやめろと言いかけたニチカは目を剥いた。理由は一言で説明できる。ベッドで眠りこける男の上半身が裸だったのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

死に物狂いで支えた公爵家から捨てられたので、回帰後は全財産を盗んで消えてあげます 〜今さら「戻れ」と言われても、私は隣国の皇太子妃ですので〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能、我が公爵家の恥だ!」 公爵家の長女エルゼは、放蕩者の父や無能な弟に代わり、寝る間も惜しんで領地経営と外交を支えてきた。しかし家族は彼女の功績を奪った挙句、政治犯の濡れ衣を着せて彼女を処刑した。 死の間際、エルゼは誓う。 「もし次があるのなら――二度と、あいつらのために働かない」 目覚めると、そこは処刑の二年前。 再び「仕事」を押し付けようとする厚顔無恥な家族に対し、エルゼは優雅に微笑んだ。 「ええ、承知いたしました。ただし、これからは**『代金』**をいただきますわ」 隠し金庫の鍵、領地の権利書、優秀な人材、そして莫大な隠し資産――。 エルゼは公爵家のすべてを自分名義に書き換え、着々と「もぬけの殻」にしていく。 そんな彼女の前に、隣国の冷徹な皇太子シオンが現れ、驚くべき提案を持ちかけてきて……? 「君のような恐ろしい女性を、独り占めしたくなった」 資産を奪い尽くして亡命した令嬢と、彼女を溺愛する皇太子。 一方、すべてを失った公爵家が泣きついてくるが、もう遅い。 あなたの家の金庫も、土地も、働く人間も――すべて私のものですから。

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

処理中です...