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7-偽りの聖女
79.少女、ヒーローになる。
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集結したドドンガガは集団暴走を繰り返し、もはや村人たちでは手が着けられなくなっていた。事態を重くみたアンジェリカは、執事の腕を掴むと非常事態宣言を出す。
「逃げるわよ! ウィル」
「えっ、えええ!?」
目をむいたのはウィルだけではない、無意味に腕を振り回していた村長もギョッとしたように振り向いた。
「せせせ聖女様? 我々を見捨てるのですか? 冗談ではありませんぞー!!」
「無茶言わないでくださいまし! いくらわたくしでもあんな凶暴な群れには立ち向かえませんわ!」
「そうはいきませぬ! 迷い苦しむ民を救うのも聖女としての務めではありませんか!」
「ええいっ、とっとと離しやがれですのコンチクショー!」
「聖女さまぁぁ!!」
ぷちん、とキレたアンジェリカはついに言ってしまった。
「だーもう! 聖女聖女うるっせーですわ! わたくしは精霊の巫女じゃなっ――あ!?」
慌てて口を塞ぐがもう遅い、周りにいた村人たちも含めカミングアウトをバッチリ聞いてしまった。ドドドドとドドンガガの駆け回る音だけが響く。
「おほ、おほほほ、なんちゃってー……」
冷や汗をたらしながらアンジェリカはカニ歩きで逃げ始める。ため息をついた執事が全てを明かそうと顔を上げたその時だった。目を見開いた彼は鋭く叫ぶ。
「お嬢様!」
「え?」
アンジェリカは、ふと気配を感じて振り返る。坂道を猛烈な勢いで下るマモノの集団がこちらに向かってきていた。その理性を失った目はまっすぐこちらに向けられている。
「うわぁぁ逃げろぉ!」
村長以下村人たちが、クモの子を散らすように逃げていく。それでもアンジェリカは動かなかった。否、動けなかった。生まれて初めて死の恐怖に直面したからだ。屋敷での魔法レッスンの的にしていたわら人形とは違う。明確な殺意がびりびりと肌に突き刺さりへたりと座り込んでしまう。なんとか立ち上がろうとするがここに来て魔力枯渇の影響が出た。くらりとめまいがして立つ事も出来ない。
(あ、やだ、足、動かな……)
頭を抱えたアンジェリカは布を引き裂くような悲鳴をあげた。
「いやぁぁぁあああああ!!」
衝撃を覚悟した彼女を包み込んだのは、春の嵐のような突風だった。激しく髪を巻き上げる風に思わず目をつむると、凛とした声が響く。
『地表を翔ける大気の流れをここに、シルフィード!』
驚いて目を開けると、両手を水平に構えた少女が自分をかばうようにふわりと目の前に着地するところだった。昨日、牢獄にぶち込んだ姿にアンジェリカは目を見開く。
「あ、あなたは!」
「立って! 杖を早く構えてっ」
見れば一度は風に押し戻されたドドンガガたちが、隊列を組み再び突進してくる。ニチカに指示され、アンジェリカはようやく立ち上がり杖を構えた。だがその手は誰が見てもわかるほどに震えていた。彼女が悲鳴を上げて逃げ出そうとした寸前、震える手を上からそっと包み込まれる。
「大丈夫、一緒にやろう」
横を見れば、力強くうなずくニチカの目が澄んだ緑色に染まっている。その目を見ただけでアンジェリカは自分がなすべきことを悟った。
二人の少女はザッと足元を踏みしめ反動に備える。呼応する魔力が引き出され、魔導球の中で混ざり合った。
『吹き飛ばせ』
『焼き尽くせ』
二人で詠唱を始めた瞬間、アンジェリカの中で世界が開ける。経験したことのない爽快感と共に、彼女はその魔法を放った。
『『フレイム・トルネード!!』』
***
精霊の巫女と偽聖女の放った複合魔法は、すさまじい威力を発揮し見事ドドンガガたちを追い払う事に成功した。作戦に利用して少し悪いような気もしたが、普段から畑に悪さをしていたと言うので今回の事はいいお灸になっただろう。一件落着したところで、囚われていたウルフィが屋敷から飛び出してくる。
「うわぁぁぁーんごしゅじぃぃん!! きっと助けに来てくれるって信じ」
ゴンッ
「痛ぁーっ!!」
喜び勇んで主人に飛びかかろうとしたオオカミは、鉄拳制裁のカウンターを喰らい悲鳴を上げた。
「本っっ当にお前はバカだな! 食い物につられて見知らぬ奴にホイホイついていくやつがあるかっ」
ブチブチと小言を言いながらオズワルドは起爆用リモコンの裏にあるカバーを外す。動力になっている小さな魔力水晶を引きちぎると、途端にウルフィの首についていた黄色い輪がぷしゅーっと音を出しゴトンと外れた。感心したように横から執事ウィルが覗き込んでくる。
「おお、一目見ただけでわかるとはさすが魔女さんですね。そうすれば解除できたのですか」
「あ、あぁ、こういうのは大抵どれも同じような仕組みだから」
まさか自分で作った物だとも言えず、オズワルドは微妙に視線をそらしながら答えた。回路をねじ曲げて完全なガラクタにしてから捨てる。そのまま振り返った男は未だ騒がしいクレナ畑の珍事を眺める事にした。
「一体全体どういうことなのですか聖女さま……じゃなく、えーとえーと」
こんがりと焼けたクレナ畑を前にして嘆く村長だったが、彼が向ける怒りの矛は完全にスルーされていた。なぜかと言うと、当のアンジェリカはニチカにぴったりと寄り添い外野の声などまるで届いていなかったからである。とろけきった甘い声で彼女は自分を救ってくれたヒーローに語り掛ける。
「あぁニチカ様……颯爽と飛び込んできて下さったそのお姿、わたくしの脳裏にしっかりと焼きつきましたわ」
「えーと」
苦笑いで応えるニチカは戸惑っていた。やけに近い位置にあるお嬢様の目が熱っぽくこちらを見上げている。困惑するヒーローの様子などお構いなしに、アンジェリカは続けた。
「あの電流にも似た衝撃! わたくしのハートを掻っ攫っていきましたの、アンジェリカこんなの初めて……」
ポッと頬を染める彼女に向かって、無視されていい加減爆発しそうだった村長が掴みかかる。
「だからどうしてくれるんだっ! 結局きみは聖女じゃなかったんだろう!?」
「ええいお黙りなさい外野っ、わたくしとニチカ様の愛の語らいを邪魔しようなど無礼千万ですわよ! すっこんでなさいっ」
その悪びれもしない高慢な態度に、ついに村長がキレた。顔を真っ赤にしながらブンブンと腕を振り回す。
「村の畑をメチャクチャにしておいてなんて態度だ! もういい、なんとしてでも君のご両親を見つけて責任を取ってもらうからな!」
「えぇ、良いわよ」
パチンと指を鳴らしたアンジェリカの傍に、執事がサッと駆けつける。
「お呼びでしょうか」
「ウィル、お父様に連絡してこちらの村長さんのおっしゃる通りの金額を支払うように伝えてちょうだい。そのまま買い取るわ」
「はっ?」
ポカンとする村長をよそに、不敵な笑みを浮かべたお嬢様はこう続けた。
「この焼けた畑の跡地にうちの宿を建てたら中々いい利益になると思うの」
「は?」
もはや疑問符を発する機械になっている村長を置いて、アンジェリカはツラツラと『ブロニィ村・宿場町計画』を挙げていく。
「さいきん風の里が賑やかみたいだし、そこに向かう人たちの中継地点としてこの村はちょうどいい位置にあると目をつけていたのよね。従業員はこの村の者を雇えばいいし、宿ができれば旅人はお金を落としていくだろうから……うん、この村に特産品があればなお良いわね。そうだ村長さん、せっかく質の良いクレナの葉があるんですもの。葉をそのまま出荷するだけでなく、この場で染めて製品にしてはいかが?」
「だ、だがそう言った物には設備投資が――」
ここでパッと顔を明るくしたアンジェリカは、商売人の娘としてここぞとばかりに売り込んだ。
「ご心配なく。わたくしがお父様に取り次ぎ、我がルーベンス家が全面的にバックアップ致しますわ。まずは小さな染め物工場から始めましょう。評判が良いようなら拡大していけば良いわ」
「るっ、ルーベンスぅ!? まさかっ、あの大富豪の!?」
ようやくこの高慢ちきが聖女などではなく……いやある意味では聖女よりも重要人物だと気づいた村長は腰を抜かした。だが疑わしい目を向けると人差し指を向ける。
「まさか、またワシをだますつもりじゃあ?」
「失礼ですわねっ」
「逃げるわよ! ウィル」
「えっ、えええ!?」
目をむいたのはウィルだけではない、無意味に腕を振り回していた村長もギョッとしたように振り向いた。
「せせせ聖女様? 我々を見捨てるのですか? 冗談ではありませんぞー!!」
「無茶言わないでくださいまし! いくらわたくしでもあんな凶暴な群れには立ち向かえませんわ!」
「そうはいきませぬ! 迷い苦しむ民を救うのも聖女としての務めではありませんか!」
「ええいっ、とっとと離しやがれですのコンチクショー!」
「聖女さまぁぁ!!」
ぷちん、とキレたアンジェリカはついに言ってしまった。
「だーもう! 聖女聖女うるっせーですわ! わたくしは精霊の巫女じゃなっ――あ!?」
慌てて口を塞ぐがもう遅い、周りにいた村人たちも含めカミングアウトをバッチリ聞いてしまった。ドドドドとドドンガガの駆け回る音だけが響く。
「おほ、おほほほ、なんちゃってー……」
冷や汗をたらしながらアンジェリカはカニ歩きで逃げ始める。ため息をついた執事が全てを明かそうと顔を上げたその時だった。目を見開いた彼は鋭く叫ぶ。
「お嬢様!」
「え?」
アンジェリカは、ふと気配を感じて振り返る。坂道を猛烈な勢いで下るマモノの集団がこちらに向かってきていた。その理性を失った目はまっすぐこちらに向けられている。
「うわぁぁ逃げろぉ!」
村長以下村人たちが、クモの子を散らすように逃げていく。それでもアンジェリカは動かなかった。否、動けなかった。生まれて初めて死の恐怖に直面したからだ。屋敷での魔法レッスンの的にしていたわら人形とは違う。明確な殺意がびりびりと肌に突き刺さりへたりと座り込んでしまう。なんとか立ち上がろうとするがここに来て魔力枯渇の影響が出た。くらりとめまいがして立つ事も出来ない。
(あ、やだ、足、動かな……)
頭を抱えたアンジェリカは布を引き裂くような悲鳴をあげた。
「いやぁぁぁあああああ!!」
衝撃を覚悟した彼女を包み込んだのは、春の嵐のような突風だった。激しく髪を巻き上げる風に思わず目をつむると、凛とした声が響く。
『地表を翔ける大気の流れをここに、シルフィード!』
驚いて目を開けると、両手を水平に構えた少女が自分をかばうようにふわりと目の前に着地するところだった。昨日、牢獄にぶち込んだ姿にアンジェリカは目を見開く。
「あ、あなたは!」
「立って! 杖を早く構えてっ」
見れば一度は風に押し戻されたドドンガガたちが、隊列を組み再び突進してくる。ニチカに指示され、アンジェリカはようやく立ち上がり杖を構えた。だがその手は誰が見てもわかるほどに震えていた。彼女が悲鳴を上げて逃げ出そうとした寸前、震える手を上からそっと包み込まれる。
「大丈夫、一緒にやろう」
横を見れば、力強くうなずくニチカの目が澄んだ緑色に染まっている。その目を見ただけでアンジェリカは自分がなすべきことを悟った。
二人の少女はザッと足元を踏みしめ反動に備える。呼応する魔力が引き出され、魔導球の中で混ざり合った。
『吹き飛ばせ』
『焼き尽くせ』
二人で詠唱を始めた瞬間、アンジェリカの中で世界が開ける。経験したことのない爽快感と共に、彼女はその魔法を放った。
『『フレイム・トルネード!!』』
***
精霊の巫女と偽聖女の放った複合魔法は、すさまじい威力を発揮し見事ドドンガガたちを追い払う事に成功した。作戦に利用して少し悪いような気もしたが、普段から畑に悪さをしていたと言うので今回の事はいいお灸になっただろう。一件落着したところで、囚われていたウルフィが屋敷から飛び出してくる。
「うわぁぁぁーんごしゅじぃぃん!! きっと助けに来てくれるって信じ」
ゴンッ
「痛ぁーっ!!」
喜び勇んで主人に飛びかかろうとしたオオカミは、鉄拳制裁のカウンターを喰らい悲鳴を上げた。
「本っっ当にお前はバカだな! 食い物につられて見知らぬ奴にホイホイついていくやつがあるかっ」
ブチブチと小言を言いながらオズワルドは起爆用リモコンの裏にあるカバーを外す。動力になっている小さな魔力水晶を引きちぎると、途端にウルフィの首についていた黄色い輪がぷしゅーっと音を出しゴトンと外れた。感心したように横から執事ウィルが覗き込んでくる。
「おお、一目見ただけでわかるとはさすが魔女さんですね。そうすれば解除できたのですか」
「あ、あぁ、こういうのは大抵どれも同じような仕組みだから」
まさか自分で作った物だとも言えず、オズワルドは微妙に視線をそらしながら答えた。回路をねじ曲げて完全なガラクタにしてから捨てる。そのまま振り返った男は未だ騒がしいクレナ畑の珍事を眺める事にした。
「一体全体どういうことなのですか聖女さま……じゃなく、えーとえーと」
こんがりと焼けたクレナ畑を前にして嘆く村長だったが、彼が向ける怒りの矛は完全にスルーされていた。なぜかと言うと、当のアンジェリカはニチカにぴったりと寄り添い外野の声などまるで届いていなかったからである。とろけきった甘い声で彼女は自分を救ってくれたヒーローに語り掛ける。
「あぁニチカ様……颯爽と飛び込んできて下さったそのお姿、わたくしの脳裏にしっかりと焼きつきましたわ」
「えーと」
苦笑いで応えるニチカは戸惑っていた。やけに近い位置にあるお嬢様の目が熱っぽくこちらを見上げている。困惑するヒーローの様子などお構いなしに、アンジェリカは続けた。
「あの電流にも似た衝撃! わたくしのハートを掻っ攫っていきましたの、アンジェリカこんなの初めて……」
ポッと頬を染める彼女に向かって、無視されていい加減爆発しそうだった村長が掴みかかる。
「だからどうしてくれるんだっ! 結局きみは聖女じゃなかったんだろう!?」
「ええいお黙りなさい外野っ、わたくしとニチカ様の愛の語らいを邪魔しようなど無礼千万ですわよ! すっこんでなさいっ」
その悪びれもしない高慢な態度に、ついに村長がキレた。顔を真っ赤にしながらブンブンと腕を振り回す。
「村の畑をメチャクチャにしておいてなんて態度だ! もういい、なんとしてでも君のご両親を見つけて責任を取ってもらうからな!」
「えぇ、良いわよ」
パチンと指を鳴らしたアンジェリカの傍に、執事がサッと駆けつける。
「お呼びでしょうか」
「ウィル、お父様に連絡してこちらの村長さんのおっしゃる通りの金額を支払うように伝えてちょうだい。そのまま買い取るわ」
「はっ?」
ポカンとする村長をよそに、不敵な笑みを浮かべたお嬢様はこう続けた。
「この焼けた畑の跡地にうちの宿を建てたら中々いい利益になると思うの」
「は?」
もはや疑問符を発する機械になっている村長を置いて、アンジェリカはツラツラと『ブロニィ村・宿場町計画』を挙げていく。
「さいきん風の里が賑やかみたいだし、そこに向かう人たちの中継地点としてこの村はちょうどいい位置にあると目をつけていたのよね。従業員はこの村の者を雇えばいいし、宿ができれば旅人はお金を落としていくだろうから……うん、この村に特産品があればなお良いわね。そうだ村長さん、せっかく質の良いクレナの葉があるんですもの。葉をそのまま出荷するだけでなく、この場で染めて製品にしてはいかが?」
「だ、だがそう言った物には設備投資が――」
ここでパッと顔を明るくしたアンジェリカは、商売人の娘としてここぞとばかりに売り込んだ。
「ご心配なく。わたくしがお父様に取り次ぎ、我がルーベンス家が全面的にバックアップ致しますわ。まずは小さな染め物工場から始めましょう。評判が良いようなら拡大していけば良いわ」
「るっ、ルーベンスぅ!? まさかっ、あの大富豪の!?」
ようやくこの高慢ちきが聖女などではなく……いやある意味では聖女よりも重要人物だと気づいた村長は腰を抜かした。だが疑わしい目を向けると人差し指を向ける。
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