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8-淫靡テーション
89.少女、邪推する。
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任務を終えて教会の前までやってきたウルフィは、ちょうど扉から出てきた師弟と鉢合わせた。ヨロヨロと出てきた二人は正面ポーチにドサリと崩れ落ち、脱力したように頭を垂れる。彼らに駆け寄ったオオカミは不思議そうに首を傾げた。
「ごしゅじーん! 言われた仕事やってきたよ! って、二人ともなんでそんな疲れてるの?」
「何なのよあの大きさ……」
「今までで一番手強かったな……」
開きっぱなしの扉から教会の中を覗いてみると、ドでかい水晶と思しきご神体が真ん中からポッキリ折れて色を失っている。どうやら破壊するのに相当手間取ったようだ。
「僕の方もちゃーんとやってきたよ」
そういってウルフィが見せてくれたのは、お香のようなものが入った袋だった。ニチカが鼻を近づけるとスーッと爽やかな香りがする。どこかで嗅いだ覚えがあるような気がするが……?
「これ何――あ、待って、当ててみる。もしかして桜花国で使った爆弾じゃない?」
少女の推察にオズワルドは少しだけ驚いたような顔をした。袋を受け取りながら珍しく褒めてくれる。
「よく分かったな。あの『萎え爆弾』の中身だけなんだが、焚くことで広範囲に薄く効果を出せるんだ。これで魔水晶の影響も抜けただろうし、この街も普通に戻るだろう」
良かったとニチカは胸をなで下ろす。そろそろ子供たちも起きてきたようで、街は賑わい始めていた。
「あーっ、お客さま居たのです!!」
突然、舌っ足らずな声が朝の通りに響き、そちらに振り返る。宿屋の小さな支配人が転びそうな勢いで駆けて来るところだった。その後ろから苦笑を浮かべる両親がついてくる。幼女はウルフィに抱き着きながら大真面目な顔をして言った。
「朝ごはんが冷めてしまうのです! それは、けやき亭の『ぽいしー』に反するのです!」
「あなた達、昨夜からうちに泊まって下さってる旅人さんでしょう?」
追いついた母親がすまなそうに問いかける。長い栗色の髪をヘアバンドで抑えた綺麗な人だ。
「悪かったなァ、ここ数日は臨時休業にしてたんだが、こいつが勝手に開けちまってたみたいで」
続けて縮れた黒髪の旦那が、娘の頭に手をやりわしゃわしゃと乱す。あからさまな子ども扱いをされ、小さな支配人は憤慨したように両手をあげた。
「あたしにだって出来るのです! 他の子たちが店番をしてるのにうちだけ開けないわけにもいかないのです!」
「それにしたって、お前はまだ五つじゃないか……」
「ごめんなさいね、宿代は返金させて貰いますから」
申しわけなさそうに言う奥さんに対して、ニチカは慌てて手を振った。
「いえ、いいんです。しっかり休ませて頂きましたし、可愛い支配人さんにおもてなししてもらいましたから」
その言葉に支配人は満面の笑みを浮かべて得意げな様子だった。
「朝ごはん、用意してありますのでどうぞ」
奥さんに導かれ宿へと歩き出したのだが、後ろで娘に話しかける父親の言葉にニチカはひくりと顔が引きつるのを感じた。
「なぁお前、もし……もしだぞ、家族が増えるとしたら弟と妹どっちがいい?」
***
「なんだかなぁ」
ユナスの街から旅立った途端、ニチカはため息をついていた。少し前を歩いていた師匠が不思議そうに振り返る。何がだ?との無言の問いかけに少女は低く答えた。
「あんなに爽やかに見える夫婦でも、やることやってるんだなって思ったらちょっと……」
一瞬きょとんとしたオズワルドは、声を立てて笑いだした。足元に居たウルフィがびっくりしたような顔でそれを見上げる。
「わ、めずらしい。ご主人が笑ってる」
「そりゃお前、子供が居る時点で……だろ」
「いや、そうなんだけど、何か生々しいというか」
ニチカは子供ゆえの潔癖さと言うのだろうか。あんな騒動があった後ではカップルを見るたびに邪推してしまうのだった。
「そ、それと、できれば昨日の事は早めに忘れて欲しいなー、と」
顔を赤くしながらぼそぼそと言う弟子に、オズワルドは悶絶するまで言葉攻めしてやろうかと考えた。が、口を開きかけたところで気が変わる。本気でわからない、というような顔をしてとぼけて見せた。
「……何の話だ?」
「へっ?」
「熱がひどくて、お前を抱えて二階に上がった辺りから記憶がないんだが、何かあったのか?」
「……」
これだ。これが見たかったのだ。少女は目まぐるしく顔色を……それはもう器用に赤くしたり青くしたりしてみせた。仕舞いには頭を抱えて振りたくったり、頭髪を掻き毟って叫びをこらえる様子など、実に見物だった。
「ど、どうしたのニチカ?」
あまりの奇行にウルフィが恐る恐る尋ねる。すると、真っ赤な顔で涙を浮かべながら半笑いという、壮絶な顔でニチカが振り返った。
「なんっっっでもないの!! ホントなんでもないから!!」
オズワルドは内心爆笑しつつポーカーフェイスを崩さない。あの時は自分もどうかしてたし、忘れたふりをした方がお互いの為だろう。
「ああああああもうっ!! ここにも精霊は居なかったわね!! 土と水の精霊様はどこにいるのかなってもんよチクショー!」
話題を変えるためかニチカは叫ぶように言う。多少キャラが変わっているのは気のせいか。
「魔水晶を撃破できたし、上出来だろう。こいつも手に入れられたしな」
オズワルドはそう言ってディザイアを取り出す。残念なことに、正気に戻った街の人たちからはこれの情報を大して得られなかった。今夜腰を落ち着けられる場所を見つけたら分解して調べてみよう。
道は少しずつ森に近づき、右手の茂みに沿って歩くようなルートに入った。このまま道なりにいけばユナスと同程度の街があったはずだ。ウルフィが辺りの様子に鼻を鳴らしながら嬉しそうに聞いてくる。
「この森、なーんとなく懐かしい気がするなぁ。お家がある森に雰囲気が似てない? ご主人」
尋ねられ、オズワルドはちらりと視線を向けるがどこにでもありそうな森だ。緑の紗の隙間から木漏れ日が落ち、ゆるやかに吹く風に合わせて微妙に揺れ動いている。
「さぁ? 忘れたな」
その時、彼は手にしていた銃の側面に何かの魔法陣が掘られていることに気づいた。安定の六芒星とは反する逆五芒星だ。思わず立ち止まりそこに込められた意味を読もうとした――その時だった
「!?」
ふいに脇の茂みから白い何かが飛び出してくる。とっさに身を引いたから良かったものの、腕を喰いちぎられる寸前だった。ザッと前に立ちはだかる獣に顔をしかめる。実に見事な被毛の白いオオカミだった。かすめた時にひっかけたのか、ディザイアが牙に引っかかっている。少し先を行っていたニチカが慌てたように引き返してきた。
「大丈夫!?」
「平気だ、それより取り返すぞ」
慌てて杖を構えた少女だったが、様子がおかしいことに気づく。緑の目をまん丸に開いたそのオオカミが、くわえていた銃をぽとりと落としたのだ。その視線を辿るとウルフィがまったく同じような顔をしていた。白いオオカミの口から流暢な言葉が流れ出す。
「そんな、まさか……ロロトか!?」
「フルル?」
フルルと呼ばれた白オオカミは、ハッとしたかのように落ちていたディザイアをくわえなおした。そのまま見事な軌道を描き森の中へと逃げ去ってしまう。
「あっ! 待って、それ返してーっ!!」
ニチカは慌てて後を追おうとするがさすがに追いつけない。オズワルドが拘束しろと指示を出そうとしたその時、耐えかねたウルフィが行く手をふさいだ。
「待ってーっ!! 彼女を攻撃しちゃダメなんだーっ!!」
「ごしゅじーん! 言われた仕事やってきたよ! って、二人ともなんでそんな疲れてるの?」
「何なのよあの大きさ……」
「今までで一番手強かったな……」
開きっぱなしの扉から教会の中を覗いてみると、ドでかい水晶と思しきご神体が真ん中からポッキリ折れて色を失っている。どうやら破壊するのに相当手間取ったようだ。
「僕の方もちゃーんとやってきたよ」
そういってウルフィが見せてくれたのは、お香のようなものが入った袋だった。ニチカが鼻を近づけるとスーッと爽やかな香りがする。どこかで嗅いだ覚えがあるような気がするが……?
「これ何――あ、待って、当ててみる。もしかして桜花国で使った爆弾じゃない?」
少女の推察にオズワルドは少しだけ驚いたような顔をした。袋を受け取りながら珍しく褒めてくれる。
「よく分かったな。あの『萎え爆弾』の中身だけなんだが、焚くことで広範囲に薄く効果を出せるんだ。これで魔水晶の影響も抜けただろうし、この街も普通に戻るだろう」
良かったとニチカは胸をなで下ろす。そろそろ子供たちも起きてきたようで、街は賑わい始めていた。
「あーっ、お客さま居たのです!!」
突然、舌っ足らずな声が朝の通りに響き、そちらに振り返る。宿屋の小さな支配人が転びそうな勢いで駆けて来るところだった。その後ろから苦笑を浮かべる両親がついてくる。幼女はウルフィに抱き着きながら大真面目な顔をして言った。
「朝ごはんが冷めてしまうのです! それは、けやき亭の『ぽいしー』に反するのです!」
「あなた達、昨夜からうちに泊まって下さってる旅人さんでしょう?」
追いついた母親がすまなそうに問いかける。長い栗色の髪をヘアバンドで抑えた綺麗な人だ。
「悪かったなァ、ここ数日は臨時休業にしてたんだが、こいつが勝手に開けちまってたみたいで」
続けて縮れた黒髪の旦那が、娘の頭に手をやりわしゃわしゃと乱す。あからさまな子ども扱いをされ、小さな支配人は憤慨したように両手をあげた。
「あたしにだって出来るのです! 他の子たちが店番をしてるのにうちだけ開けないわけにもいかないのです!」
「それにしたって、お前はまだ五つじゃないか……」
「ごめんなさいね、宿代は返金させて貰いますから」
申しわけなさそうに言う奥さんに対して、ニチカは慌てて手を振った。
「いえ、いいんです。しっかり休ませて頂きましたし、可愛い支配人さんにおもてなししてもらいましたから」
その言葉に支配人は満面の笑みを浮かべて得意げな様子だった。
「朝ごはん、用意してありますのでどうぞ」
奥さんに導かれ宿へと歩き出したのだが、後ろで娘に話しかける父親の言葉にニチカはひくりと顔が引きつるのを感じた。
「なぁお前、もし……もしだぞ、家族が増えるとしたら弟と妹どっちがいい?」
***
「なんだかなぁ」
ユナスの街から旅立った途端、ニチカはため息をついていた。少し前を歩いていた師匠が不思議そうに振り返る。何がだ?との無言の問いかけに少女は低く答えた。
「あんなに爽やかに見える夫婦でも、やることやってるんだなって思ったらちょっと……」
一瞬きょとんとしたオズワルドは、声を立てて笑いだした。足元に居たウルフィがびっくりしたような顔でそれを見上げる。
「わ、めずらしい。ご主人が笑ってる」
「そりゃお前、子供が居る時点で……だろ」
「いや、そうなんだけど、何か生々しいというか」
ニチカは子供ゆえの潔癖さと言うのだろうか。あんな騒動があった後ではカップルを見るたびに邪推してしまうのだった。
「そ、それと、できれば昨日の事は早めに忘れて欲しいなー、と」
顔を赤くしながらぼそぼそと言う弟子に、オズワルドは悶絶するまで言葉攻めしてやろうかと考えた。が、口を開きかけたところで気が変わる。本気でわからない、というような顔をしてとぼけて見せた。
「……何の話だ?」
「へっ?」
「熱がひどくて、お前を抱えて二階に上がった辺りから記憶がないんだが、何かあったのか?」
「……」
これだ。これが見たかったのだ。少女は目まぐるしく顔色を……それはもう器用に赤くしたり青くしたりしてみせた。仕舞いには頭を抱えて振りたくったり、頭髪を掻き毟って叫びをこらえる様子など、実に見物だった。
「ど、どうしたのニチカ?」
あまりの奇行にウルフィが恐る恐る尋ねる。すると、真っ赤な顔で涙を浮かべながら半笑いという、壮絶な顔でニチカが振り返った。
「なんっっっでもないの!! ホントなんでもないから!!」
オズワルドは内心爆笑しつつポーカーフェイスを崩さない。あの時は自分もどうかしてたし、忘れたふりをした方がお互いの為だろう。
「ああああああもうっ!! ここにも精霊は居なかったわね!! 土と水の精霊様はどこにいるのかなってもんよチクショー!」
話題を変えるためかニチカは叫ぶように言う。多少キャラが変わっているのは気のせいか。
「魔水晶を撃破できたし、上出来だろう。こいつも手に入れられたしな」
オズワルドはそう言ってディザイアを取り出す。残念なことに、正気に戻った街の人たちからはこれの情報を大して得られなかった。今夜腰を落ち着けられる場所を見つけたら分解して調べてみよう。
道は少しずつ森に近づき、右手の茂みに沿って歩くようなルートに入った。このまま道なりにいけばユナスと同程度の街があったはずだ。ウルフィが辺りの様子に鼻を鳴らしながら嬉しそうに聞いてくる。
「この森、なーんとなく懐かしい気がするなぁ。お家がある森に雰囲気が似てない? ご主人」
尋ねられ、オズワルドはちらりと視線を向けるがどこにでもありそうな森だ。緑の紗の隙間から木漏れ日が落ち、ゆるやかに吹く風に合わせて微妙に揺れ動いている。
「さぁ? 忘れたな」
その時、彼は手にしていた銃の側面に何かの魔法陣が掘られていることに気づいた。安定の六芒星とは反する逆五芒星だ。思わず立ち止まりそこに込められた意味を読もうとした――その時だった
「!?」
ふいに脇の茂みから白い何かが飛び出してくる。とっさに身を引いたから良かったものの、腕を喰いちぎられる寸前だった。ザッと前に立ちはだかる獣に顔をしかめる。実に見事な被毛の白いオオカミだった。かすめた時にひっかけたのか、ディザイアが牙に引っかかっている。少し先を行っていたニチカが慌てたように引き返してきた。
「大丈夫!?」
「平気だ、それより取り返すぞ」
慌てて杖を構えた少女だったが、様子がおかしいことに気づく。緑の目をまん丸に開いたそのオオカミが、くわえていた銃をぽとりと落としたのだ。その視線を辿るとウルフィがまったく同じような顔をしていた。白いオオカミの口から流暢な言葉が流れ出す。
「そんな、まさか……ロロトか!?」
「フルル?」
フルルと呼ばれた白オオカミは、ハッとしたかのように落ちていたディザイアをくわえなおした。そのまま見事な軌道を描き森の中へと逃げ去ってしまう。
「あっ! 待って、それ返してーっ!!」
ニチカは慌てて後を追おうとするがさすがに追いつけない。オズワルドが拘束しろと指示を出そうとしたその時、耐えかねたウルフィが行く手をふさいだ。
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