ひねくれ師匠と偽りの恋人

紗雪ロカ@失格聖女コミカライズ

文字の大きさ
93 / 156
9-みみとしっぽの大冒険

93.少女、ご奉仕する。

しおりを挟む
 いかにも『ボス』と言った風格のそのネコは、大きく膨れ上がったお腹を見せてフカフカのクッションに埋もれるようにしてふんぞり返っている。両脇を固めていた黒ブチと茶トラの二匹がジロリとにらみつけてくるので自然と背筋が伸びた。

(こういう場面どこかで……そうだヤクザだ、任侠の親分)

 とは言え、周りのネコ達は丸まって実に平和そうにしている。和めばいいのか緊張すればいいのか分からなくなる光景だ。

「よし、今日はその娘にしようではないか」
「はっ!」
「おい娘、何をしている。早くこちらに来てグーグー様にご奉仕するんだ」

 グーグー様。意外とかわいい名前……ではなく

「ごっ、ご奉仕って!?」

 思わず後ずさるニチカの後ろに回り込み、用心棒(?)二匹が爪をジャッと出す。

「貴様! 名誉あるお役目だぞ、なんだその態度は!」
「不満でもあるのか!」
「いえっ、滅相もございません!」

 引っかかれては堪らない。慌てて進み出た少女はボス猫の前に膝立ちする格好になる。

「さぁ、その手で愛撫して差し上げるんだ」
(愛撫……?)

 少し考えたニチカはそっと手を伸ばして、グーグー様のアゴの下を撫で始める。すぐに遠い雷のようなゴロゴロと言う音が辺りに鳴り響いた。

「ぬ、ぬふ、なかなかの、テクニシャン……」
(合ってた……)

 グーグー様が喉を鳴らし始めると、他のネコ達も一斉にゴロゴロし始める。平和な屋根の上は大合唱がいつまでも鳴り響いていた。


 しばらく『ご奉仕』しているとすっかり機嫌が良くなったのか、グーグー様は顔を綻ばせながら顔を上げた。

「よい腕じゃ、このワシにここまで唸らせたのだ。誇ってよいぞ」
「はぁ、どうも」

 何とも気の抜けた返事をすると、グーグー様は片方つぶれた眼差しを向けてきた。

「時に娘、何か聞きたいことがあるそうじゃの」
「どうしてそれを?」

 そう聞くとグーグー様は視線を屋根の端に向けた。ここに登ってくるきっかけになった白サバ柄のネコが丁寧に顔を洗っていたが、こちらの視線に気づくとパチンとウィンクをしてみせた。

「ネコ族の情報網を甘く見るでないぞ。奉仕の礼じゃ、分かることなら何でも教えて進ぜよう」

 これはありがたい。密かに協力してくれた白サバネコに感謝しつつ、ニチカは居住まいを正した。

「あの、グラグラ様って何なんですか?」

 直球すぎる気もしたがニンゲン素直が一番だ。考えるのが苦手というわけではない。ないったらない。
 ふぅむと唸ったグーグー様はピンと伸びたヒゲを引っ張って見せた。

「下で近頃イヌ族が騒いでいるようじゃが、やはりそうか」
「やはり?」

 どっこいしょと立ち上がったボスは、ゆったりとした動きでニチカを山の頂が見える方へと導く。そのつぶれた鼻先で中腹あたりを指すと話し出した。

「グラグラ様というのは、イヌ族の間で語り継がれる伝説の守り神での。このテイル村を作った土地神だと言われておる」
「この村を……ですか?」

 それがなぜイケニエ騒動なんてことに。そんな考えが顔に出ていたのか、グーグー様はニマリと笑って見せた。

「イヌ族は端的に言うとアホでの。あぁいや、素直と言っておこうか」
「アホ……」
「思い込みが激しい一族でもあるのだ」

 傍で毛づくろいをしていた雉ネコがいきなり面白そうな声を出す。

「『地面が大きく揺れた、もしかしたら山の神であるグラグラ様が怒っているのかもしれない』」
「『おい聞いたか、どうやらグラグラ様が怒っているらしい、と、誰それから聞いた』」

 その隣の足だけ白い黒猫が引き継ぎ、そのまた向こうの白ネコが伝言ゲームのように伝えていく。

「『グラグラ様がお怒りだ。アイツから聞いたんだから間違いない。怒りを鎮めるためにはどうしたらいいだろう?』」
「『イケニエを捧げればいいのかもしれない』」
「『イケニエを捧げなければテイル村は全滅するそうだ』」
「『テイル村を救うには子供をイケニエにしなければ!!』」
「『イケニエを捧げなければ! だって、みんなが言ってるんだもの、本当に違いない!』」

 一周回って返ってきた伝言を受け取った少女は、グーグー様に引きつった笑いを向ける。

「つまり、思い込みだけで、当のグラグラ様は全然要求もしてないのにイヌ族が勝手にイケニエを捧げてるってこと?」
「そういうことじゃ。地震が起きるたびにイヌ族はそういうことを繰り返しているが、まぁネコ族には関わりがないことじゃのう」

 そういうところはさすが気まぐれなネコである。
 その時、ネコたちがピククッと耳を立てる。すぐにグラリと村全体が揺さぶられた。

「ここ数年収まっていた地震がまた頻発してきおった。イヌ族が新たな犠牲者を山に放り込むのも当然の流れじゃろうて」
「それじゃ、グラグラ様っていうのも本当は居ないんですね?」

 話の流れからしてそうだろうと聞くが、ネコ族のボスは神妙な顔つきをしてみせた。

「いや、それがそうとも言い切れんでな……それらしい影を山で見たという情報は確かにあるのじゃ、しかしその正体を確かめた者は誰もいない。イケニエに捧げられた子と言うのも消えている」

 姿を誰も見たことは無いが、確かにそこには何かが『居る』のだ。
 ぞっとして山を見上げる。少女の背筋を冷たい物が走った。

***

 湖は凪いでいた。その淵に座り込み、ボロボロ泣き続けるウルフィはしゃくりあげながら背後の人物に謝った。

「ごめんなさいご主人、僕、本当はすごく悪い子なんです」

 木の陰から現れたオズワルドは、無言でその隣に立った。澄んだ美しい湖を見つめたまま、オオカミの独白を聞く。

「二年前のイケニエは僕だった……」





 テイル村では時おり、外へ出ていた村人が赤ん坊を連れて帰ってくる時がある。外の世界でニンゲンに不当に捕まっている長耳族を、隙を見て回収してくるのだ。
 ウルフィもそんな『回収組』の一匹だった。ただしそれは赤子の時の話で本人にそれ以前の記憶はなかったし、素直で聞き分けのよいウルフィは村人たちの間で暖かく育てられた。

 しかし子供というのは残酷で、グララとザルルにはよくいじめられた。お前は親なしだ、村のごくつぶしだと。
 そんな時、決まって助けに来てくれる子が居た。白く美しい毛並みをなびかせた彼女は、悪ガキ二人を追っ払うと決まってウルフィの頬も引っぱたいた。そんな弱虫でどうすると。

 凛とした白オオカミのフルルとその弟のポポカもまた、孤児であった。

 ウルフィとは違い、ある程度成長してから保護された彼女は妙に大人びて見えたものだ。村の大人たちと一線を置き、なんとか自立しようと頑張ってはいるが、結局は村の支援に頼らざるを得ない状況を歯がゆく思っているようで、時おり遠い目をしながら語る横顔を覚えている。

「ここは外よりは何万倍もマシだ。だけど……ぬるま湯だ」
「ぬるま湯?」
「アンタももう少しシャキッとしなよ。ふぬけたツラしてないで」
「ふぬけ、かなぁ?」
「まったく……」


 村に異変が起こったのは、フルル達が来て一年が経とうかと言う頃だった。頻繁に地面が揺れ、その頻度は日を追うごとに増していき生活に支障が出てきた。簡素に組み上げただけの家はあちこちが壊れ、眠れないほど微振動が続く夜もあった。

「イケニエだ。古い書には山の神グラグラ様に無垢な子供を捧げれれば怒りを鎮められると書いてある」

 イヌ族の長老が重々しく宣言した時、子を持つ親たちは戦慄した。

「ついては二日後の晩に、公正なくじ引きを行ないイケニエを決定する」

 親たちはそれを聞き、目くばせをしたかと思うと秘密裏に動き出した。


「例のイケニエ、たぶん孤児達の中から選ばれるよ。たぶんアタシか……ポポカのどっちかだろうね」

 いつものように湖のほとりで遊んでいると、フルルは何でもないことのように言った。魚とりに興じていたグララとザルルが驚いたように振り返る。

「なんでそんなこと分かるんだぁ?」
「考えてもみなよ。どこの親が自分の子をすすんでイケニエに差し出そうなんて考えるんだ? それにくじ引き係はあの食いしん坊のバクク。買収なんて簡単にできそうじゃないか」

 白いワンピース姿に麦藁帽という、少女の姿になって野草取りをしていたフルルは冷静に続けた。

「村はずれに住んでいる愛想のない姉弟なら、居なくなっても大したダメージはない。アタシが大人だったとしても多分そうする」

 淡々と言っているように聞こえるが、ポポカの枕になっていたウルフィだけはその手が微かに震えていることに気が付いた。気丈に振舞っていても、フルルだって幼い子供なのだ。怖いに決まっている。
 けれども、振り返ったその顔はにこやかな物だった。とても自然な笑顔だ、顔色さえ悪くなければ。

「でもまぁ今まで曲がりなりにも世話になった礼だと思って受け入れるよ。借りを作ったまんまなのは癪だしね。それにまだ決まったわけじゃない」
「そっ、そうだよな! 他にも子供たちはいっぱいいるんだ。グラグラ様の機嫌が治るってこともあるかもしれないし!」
「グララアニキ冴えてるな!」

 その言葉を、ウルフィだけは黙って聞いていた。ある決意を秘めたまま。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

死に物狂いで支えた公爵家から捨てられたので、回帰後は全財産を盗んで消えてあげます 〜今さら「戻れ」と言われても、私は隣国の皇太子妃ですので〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能、我が公爵家の恥だ!」 公爵家の長女エルゼは、放蕩者の父や無能な弟に代わり、寝る間も惜しんで領地経営と外交を支えてきた。しかし家族は彼女の功績を奪った挙句、政治犯の濡れ衣を着せて彼女を処刑した。 死の間際、エルゼは誓う。 「もし次があるのなら――二度と、あいつらのために働かない」 目覚めると、そこは処刑の二年前。 再び「仕事」を押し付けようとする厚顔無恥な家族に対し、エルゼは優雅に微笑んだ。 「ええ、承知いたしました。ただし、これからは**『代金』**をいただきますわ」 隠し金庫の鍵、領地の権利書、優秀な人材、そして莫大な隠し資産――。 エルゼは公爵家のすべてを自分名義に書き換え、着々と「もぬけの殻」にしていく。 そんな彼女の前に、隣国の冷徹な皇太子シオンが現れ、驚くべき提案を持ちかけてきて……? 「君のような恐ろしい女性を、独り占めしたくなった」 資産を奪い尽くして亡命した令嬢と、彼女を溺愛する皇太子。 一方、すべてを失った公爵家が泣きついてくるが、もう遅い。 あなたの家の金庫も、土地も、働く人間も――すべて私のものですから。

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

処理中です...