ひねくれ師匠と偽りの恋人

紗雪ロカ@失格聖女コミカライズ

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11-リビングデッド・ハート

118.少女、透ける。

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 恐る恐る目を開ける。いつの間にか光は収まり、本は単なる紙の塊と化して床に落ちていた。それを見つめながら少女は少しだけ落胆する。

「失敗かぁ、まぁそうだよね」

 即席で作ったにしては上手くいったと思ったのだが、結果は見ての通りだ。この場に師匠が居なくて良かったとニチカは密かに胸を撫で下ろした。

「っと、そろそろ戻らないと本当に危ないか」

 結局水の精霊は見失ってしまったが、居るのが分かっただけでも良しとしよう。
 本を元あった位置に戻すため立ち上がろうとする。そこでふと違和感を覚えた。

「?」

 なんだろう、上手く言えないのだが先ほどまでとは何かが違う気がする。それは本当に些細なもので、間違い探しの中に放り込まれたような、そんな……

 もやもやしたものを抱えたまま、少女は来た道を引き返した。そして本棚の角を曲がったところでギクリとする。

「……」

 先ほど羊皮紙を拝借した机に誰かが座っていた。
 ランプの明かりを受けて輝く銀髪を振り乱し、一心不乱に何かを作っている。仕立ての良い半ズボンをサスペンダーで吊った……男の子だろうか?
 少しだけ見えた横顔だけでもものすごい美少年なのが分かる。この家の者は総じて美形揃いなのだが、それでも飛びぬけて可愛らしい。大きな青い瞳。キリッと上がった眉。いかにも利発そうな顔立ち。大人になればさぞかし美青年になるだろう。

「出来た! 天華すぺしゃるだ!」

 逃げるかためらっている内に元気な声が響く。椅子から飛び降りた少年はキラキラした目を輝かせながらこちらに向かって駆けて来た。焦ったニチカは慌てたように口を開く。

「あ、あのっ、てんか君? ごめんね、私は怪しいものじゃなくて――」

 驚いて一歩下がった瞬間、少年が身体の中をスルッと通り抜けた。

「!?」

 反射的に振り返るが、天華は意に介した様子もなくそのまま扉を開けて階段を駆け上がっていく。まるでこちらが見えていないかのような態度だ。

「ゆゆゆユーレイ!? だってあんな可愛い子がまさかそんな……っ」

 冷静になろうとしたニチカはようやく気づいた。足元にある本のタワーに自分の足が突っ込んでいる。恐るおそる引っこ抜き、再度その部分に足を差し込む。何の抵抗もなく透過した。

「私がユーレイだぁぁぁ!?」

 パニックになり頭を抱えて思わず叫ぶ。どういうことだ、心当たりは――ある、イヤというほどある。あの本と魔法陣だ。

「まずいまずいまずい! こんな効果なんて聞いてないよぉっ」

 半泣きになりながらそちらに戻ろうとすると、ふよっと浮かんだ。ますます幽霊めいた自分の動きにめまいがする。
 まるで水の中をもがくような動きで引き返すと、床に転がったままの本が見えてきた。そこでハッと気が付き駆け寄る。広げられたページからは魔法陣が綺麗さっぱり消えていた。それどころか自分が継ぎ足した羊皮紙もない。

「なんで!?」

 どこも破れていないページをめくろうとするが空しく手がすり抜けてしまう。何度試しても結果は同じで少女は青ざめた。

「どっ、どーしよう、今度こそホントにどうしよう!!」

 とにかく師匠に相談しようとふわっと浮き上がる。また勝手な事をしてとどやされるだろうが、それでもいい。なんとかして下さい。お願いします。
 いや待てよ、そもそもこの姿で認識して貰えるのだろうか? さっきの少年には見えていなかったようだし不安だ。しかしここで考え込んでいても仕方ないので移動を始める。

 扉の前まで来たニチカはジッと取っ手を見つめる。掴もうとするがやはりすり抜けてしまう。しばらく悩んでいたが覚悟を決めたように両手を前に突き出し、ぞわぞわとしたものを感じながらゆっくりと扉をすり抜けていった。そして無事に通過できたところでホーっと息を吐く。

「幽体離脱とか、絶対縁のない話だと思ってたのに……」

 しかしまぁ、自分の姿が見えないのは好都合かもしれない。安心して行動できる。むしろチャンスか?そんなことを考えながら階段を曲がったニチカは、そこに先ほどの少年が立っていることに気づいた。
 しばらくここに居たのだろう。扉を前にすぅはぁと息を整えている。その頬は紅潮し、期待と不安が入り混じったような雰囲気がにじみ出ていた。
 意を決したようにパッと目を開いた天華は、明るい声と共に部屋に飛び込んだ。

「母さま!」

 その後ろに付いて入った少女は、先ほどまでの部屋との違いに立ち尽くす。青く沈んでいたはずの死の部屋は、とても居心地のよいリビングへと変貌を遂げていた。
 クモの巣などどこにもなく、柔らかい光が窓から差し込み、穏やかな風にレースのカーテンが揺れている。ボロボロだったラグは毛足の良いものに取り替えられ床はピカピカに磨き上げられまるで鏡のように反射している。
 一体いつの間にとか、そもそも夜では無かっただろうかとか、様々な疑問が浮かんだが、正面に座っている人物に目を奪われそれらが全て吹っ飛んでしまった。

「どうしたの? 天華」

 ソファに座っているその人は、窓からの光を取り込み光り輝いていた。
 青みがかったプラチナブロンドの髪を優雅なシニョンに結い上げ、優し気な青いまなざしを少しだけ細めている。風花とはまた違ったタイプの美人だ。
 母さまと呼んでいた事からこの女性が天華の母親なのだろう。彼女は手にしていたカップをソーサーに戻すと見る者を包み込むような笑顔を浮かべた。

「あの、その」

 急にもじもじし始めた天華はさきほど作っていた何かを後ろ手に隠し持った。
 ニチカの位置から見えたそれは、不格好な白い花の形をしていた。紐がついていて首にかけられるようになっている。

「こっちにおいで」

 手招きされて少しずつ近づいていった少年は、そのペンダントを勢いよく差し出した。

「あげる!」
「あら、なあに?」
「あのね、本を見て作ったんだ! これ母さまを守ってくれるんだって」

 その言葉に母は驚いたように目を開き、息子を引き寄せて頭を撫でた。

「本当に天華は優しい子ね」
「ふふ」

 母の膝に頭を乗せ撫でられている様子は、そこだけ一枚の絵のようだった。幸せの光景に胸が締め付けられるようにキュウっとなる。

(あ……れ?)

 心の内に渦巻く感情に一瞬だけ戸惑ったものの、目の前の会話は続いていく。ニチカは立ち去ることができずに親子を見続けていた。

「このペンダントも素敵だけど、明日の準備は大丈夫?」
「明日?」
「まぁ忘れたの? 明日はあなたの『精煉の儀』じゃない」

 あどけない表情で首を傾げる息子の頬に手をやり、母は安心させるように穏やかな声をかけた。

「でも大丈夫よ、あなたは白魔様と私の子ですもの。きっと上手くいくわ」

 離れた位置にいたニチカは見てしまった。天華はその期待に満ちた言葉に少しだけ困惑したように眉を寄せたのだ。

「ぼく……」

 そこで急激に視界が暗くなっていく。戸惑っている内に辺りは完全に闇の世界になり攫われるような眠気に襲われる。たまらず座り込んだニチカは重たいまぶたに逆らうことが出来ずゆっくりと意識が……

***

「何かの間違いよ!」

 引き裂くような悲鳴にパッと目を開ける。いつの間にか場面は変わり、少女は玉座の間に座り込んでいた。
 ついこの間、当主と謁見した時はがらんどうだった部屋に今は大衆が押し込まれている。正面の王座にはあの時と同じように白魔が居て、寄り添うように風花が立っている。
 その当主が見下ろす先には青ざめた顔で立ち尽くす天華と、わなわなと震える母が居た。天華の前には鈍くぼんやりと光る青い球が転がり、両脇に並んでいた観衆からさざめく様な囁き声が上がり始めた。

……この程度……魔導師としての適性は絶望……
 ……白魔様の子種を頂いておいて……所詮は妾の子……

 観衆の驚きは次第に嘲笑するような物に変わり、蔑むような視線が母と子に注がれる。重たい溜息をついた白魔は冷たく見下ろすと彼女の名を呼んだ。

青女せいじょ
「は、白魔、さま」

 目を見開き汗をにじませた青女は、無理やり笑顔を浮かべて弁解するように手振りを始めた。

「お待ちください、きっと今日は調子が悪かったのですわ。えぇそうです、昨日からこの子は少し熱がありまして――」
「もういい」

 スッと立ち上がった当主は絶望に染まった親子に目もくれず一言だけ捨て吐いた。

「期待外れだ」

***

 バシッという強烈な音が響く。真っ赤になった頬を抑えた天華は呆然と母を見上げた。あんなに優しくて綺麗だった母が、鬼のような形相で肩で息をしている。髪を振り乱しフーッフーッとまるで獣のようだ。
 驚きすぎて涙も出ないのか、尻もちをついた状態の息子の髪を掴み青女はまたも叩いた。

「なんでよ! どうしてよ!! これであの女に勝てると思ったのに!!!」
「か、母さま、痛いよ、やめて……!」
「私と白魔様の子なのに!! どうして魔導師の適性がゼロなの!?」

 何度も何度も、繰り返し振るわれる暴力に、何もできないニチカはギュッと目を瞑り耳をふさぐ。それでも幼い少年の叫び声は指のすき間から鼓膜に届いた。

「うわぁぁぁぁぁん!!!」

 ひとしきり叩き終った母は、息子を突き飛ばす。そして首から下げていた不格好な花のペンダントをむしると床に叩きつけた。何度も踏みつけ、その度に花はひしゃげていく。

「こんなもの! 作っているから!!」
「……」

 その花は少年の心そのものだった。泣き腫らした目でそれを見つめる天華から表情が消えていく。

***

「ねぇ、アンタでしょ。精煉の儀に失敗した妾の子って」

 また場面が移り、斜陽の差し込む通路で天華は一人の少女に呼び止められていた。ゆるやかにウェーブした銀髪に緑のまなざしがキラリと光る。
 少女は少しだけ眉を寄せ、心底不思議そうな顔で残酷な提案をした。

「マナと交信するチカラがすごく弱いんだって? なんでまだこの城に残ってるの? 居てもお互いのためにならないでしょ。母親と早く出て行った方が良いんじゃない?」
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