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178.誤解を、解きに来た

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 カイベルクへの街道を私たちは疾走する。ピアジェのバブル魔法でレーテ川を越えたところで背後のダナエたちに合図するよう伝令する。目的は達成したわ、そっちもムリしないで!

「あきら」
「追いつかれる前に、このまま突っ切るわよ!」

 南の森の方から大きく迂回してきたグリたち飛行組が合流する。ワイバーン君たちが抱えてきた赤い毛玉が投下され、地にタシッと着地し伴走を始める。

「シュカ将軍より遣わされ参りました! 我らライカンスロープ族二十名も共に戦います」
「ありがとうっ」
「コウゲツ殿! ご指示をっ」
「だぁぁっ、その名前で呼ぶんじゃねぇよ!」

 クワッと口を開けたラスプが、チラッとこちらの隊の後方を確認する。遅れ気味になっている数人を把握すると迅速に指示を出した。

「あっちの後ろから五人、乗せて運んでやれ! 残りは列を両脇から護衛!」
「了解っ」

 散開した赤い狼たちの内、七匹が後ろに回り込む。最後尾をドテバタと走っていたドク先生の白衣を両脇から咥え、二匹が吊り下げるように運び始める。介添えするように隣を走っていたリカルドがカメラを背中側に回し足のコンパスを広げた。

「乗れッアキラ!」

 ラスプもボムッとケムリを出して四つ足の姿に戻る。頷いた私はその背に乗り、グンッとスピードが上がるのを感じた。

 走るスピードを上げた一行は、まるで大砲のように首都カイベルクを目指す。メカ手首ちゃん七号に乗ったライムが先陣を切っているのだけど、その行く手に黒い制服を着込んだ一団がやって来るのが見えた。首都からの騎士団だ!

「止まれーッッ」
「そこをどいてーっ!」

 私の叫びと共に、こちらの軍勢がノンストップで突っ込んでいく。すれ違いざまにすさまじい抗戦が始まった。

 白いローブを着込んだこちらの誰かが斬られ、その騎士に向かって赤い狼が飛びかかっていくのが見える。

 血が飛び交う。一滴も血が流れないなんてありえないと覚悟していたはずだったのに、私は周囲の気迫に押しつぶされそうになって目の前の毛皮にギュッとしがみ付いた。

 金属音がぶつかり合う硬質な音。誰かが倒れるドサッという音。ワァワァと悲鳴と斬撃があちこちから聞こえてくる。私は泣きそうになる気持ちを何とかこらえ、その衝動を全て前進する気力へと変えた。前へ、前へ――

「魔王様、ここは我らに任せて先へ!」
「お願いします!」

 みんなの想いを受け取り、私たちは数十人の精鋭を連れて突っ切る。ワイバーン君も少し遅れてついてくる。

 門が見えてきた。メルスランドの首都カイベルクを守る城壁の大きさは、いつだったか身分を隠してお忍びで来た時と少しも変わっていない。だけど今度は侵攻して来ようとする魔王軍を明確に排除しようとしている。十数メートルの高さの城壁の上にズラリと並んだ弓兵がこちらに狙いを定めて矢を引き絞っているのだ。

「行こうっ」

 指示を出さずともその一言を合図にして皆それぞれの方法で突入を開始した。グリは姿と気配を透過し、そのまま壁に突っ込んでいく。ライム率いる大多数は軍勢が待ち構えている門へと突撃を開始した。

 そして私はラスプから飛び降り、低い位置を滑空してやってきたワイバーン君の前足に半ば掴まれるようにして飛び乗る。小型ドラゴンはそのまま激突する勢いで壁に突っ込んでいった。

「うわっ、うわぁぁ!!」

 軽自動車ほどもある生き物がまっすぐ突っ込んでくる恐怖に耐えきれなかったのか、城壁のふもとにいた騎士たちが情けない声を上げて逃げ出す。

 あわやぶつかる! という寸前で、ワイバーン君は上に向かって直角にハンドルを切った。私の鼻先数センチのところで壁面を舐めるように上昇していく。少し遅れて赤い狼も地をタンッと蹴ったのが視界の端に見えた。あちこちのでっぱりを足掛かりに私たちの後を追いかけて来る。城壁をグングンと昇り――いきなり視界が開ける。

「ひぁぁぁ!?」
「討て、討てぇ!」

 狼狽したような弓兵たちがこちらに狙いを定めるのだけど、その前にラスプが駆け抜ける。次々と足元に噛みついて転ばせると「行け!」と、目線だけで合図した。ビュッとこちらに飛んできた矢を空中でジャンプしてかみ砕いてくれる。

 ためらわず飛び出した私とワイバーン君は、城壁を越えた街中に降り立った。閉じられた正面門から中央広場へと伸びるメインストリートはかつてルカとラスプと並んで歩いた道だ。あの時は平穏だった通りは、今は何の騒ぎかと不安そうな顔をした住人たちで埋め尽くされている。

 着地の衝撃で膝をついていた私はすっくと立ちあがり、その住民たちに取り囲まれるようにして立った。右隣に上空から降ってきたラスプがタッと着地し、左からグリがスッと姿を現してそれを見た群衆から小さな悲鳴が上がった。すぅと息を吸い込んだ私は今回の訪問の目的を端的に告げる事にした。

「誤解を、解きに来たわ!」

 誰も動かない。ピリリと肌の表面が粟立つような緊張感が場を満たす。恐怖と困惑の入り混じった視線が私に突き刺さる。

「騒がせてしまってごめんなさい。でも私たちハーツイーズは決して攻めにきたわけではないわ。話し合いに来ただけ。そちらのお偉いさんが聞く耳も持たずに全力で拒否したからちょっと強引に押しかけちゃったけど……敵意はないの。あなたたち一般市民を傷つけるつもりは全くないことを明言しておくわ」

 この言葉がどれだけ届くだろう。どれだけ信用して貰えるだろう。民衆の顔色を窺っている時間も惜しい、私は矢継ぎ早に言葉を次いで訴えた。

「私が伝えたいのはわが国ハーツイーズと魔族に着せられた濡れ衣を暴くこと。冷静になって考えてもみて、私たちは平穏な生活を手に入れようと半年間も頑張っていたのに、それを台無しにして勇者エリックを殺すメリットがどこにあるっていうの? とんだ悪手でしかないわ、私がそんな事をするかどうかを、この半年を踏まえて判断して!」

 うぬぼれかもしれないけれど、私の魔王としての評判はこちらの国でも決して悪い物ではなかったはずだ。それを思い出させるように語り掛ける。お願い、表面だけの情報に騙されないで。

 けれども、リカルドとトゥルース社を追い出したメルスランドの情報操作は、だいぶ偏った物になっていたようだ。人垣の最前列にいる男性がこん棒を構えながら震える声で言う。

「じゃあ、いったい誰がエリック様を殺したんだ? 言ってみろよ!」

 勇者をあえて後方に残してきたのは、ニセモノだと疑われる手間を省くためだ。一度凝り固まってしまった思考のところに生きている彼を見せては逆効果になってしまう。今はその情報を明かすタイミングではない。

「勇者暗殺は全て黒幕による仕業だったのよ、ハーツイーズもあなた達メルスランドもそいつの罠にはめられて手のひらで転がされているの。今この瞬間もね」
「だ、誰なんだその黒幕ってのは……?」

「サイード。サイード・フォルセ・メルス!」

 言い切った私の言葉が通りに反響して消えていく。ポカンとしていた市民たちは近くに居た同士で視線を合わせるとザワザワとざわめきだした。

「あの?」
「そんな人いたっけ?」
「ほら、山の方の領地を治めてらっしゃる……」
「今はボリス王の補佐を務めていなかった?」

 本当に認知度が低いようで、誰もピンと来ていないようだ。先ほども口火を切った男性がしびれを切らしたようにこちらに怒鳴る。

「仮にサイード殿がそうだったとして、どうやってそれを証明するんだ! 信用できねぇ!」

 その声の大きさに引きずられるように、群衆たちもそうだそうだとやじを飛ばす。今にも飛びかかってきそうな雰囲気にラスプが庇うように前に出ようとした。だけど私はそれを手で制して一歩進み出る。

「わかった、覚悟を見せましょう」
「アキラ!」

 何かを察したらしいラスプが鋭く名前を呼ぶ。それを無視して私は目の前の人垣をぐるりと見渡した。

「誠意をみせるため、私が今から一人でそちらの広場まで歩きます。私を信じられない、許せないと思う人は途中で捕まえるなり殴りかかればいいわ。私は無抵抗を貫くから」

 視界の端のグリがぎょっとしたように目を見開く。当然だ、こんなこと計画に無かったし裏も何もないのだから。

「あなたたちも武器を置いて、下がっていて」

 護衛の二人に指示する。グリは諦めた様にためいきをついて両手を上げた。ラスプは最後まで渋るようにしていたけど、じっと見つめることでそれに続いてくれる。

「歩み寄るにはこちらから信じることが第一歩。私は、あなた方を『信じています』」

 正面に向き直った私は、軽く息を吸ってから一歩目を踏み出した。
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