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第2章 勇者の選択
26 勇者の追憶
しおりを挟むそれは、俺にとってもはや遠い日の記憶だ。
王国歴666年6月──こちらの世界では西暦202×年。
魔王ヴィルガロードは復活した。
『勇者として魔王を討ってください、カナタ』
俺の前に現れた女神さまはそう言った。
そして、俺はその願いを受け入れ、異世界で勇者となった。
聖騎士ベルクや魔法使いフィーラ、武闘家ナダレ、僧侶のアリアンという四人の仲間とともに、魔王軍との戦いに身を投じた。
戦いは三年に及び、その旅路で俺たちは全員、大きな成長を遂げた。
レベル1からスタートした俺も、最終的にはレベル700オーバーとなり、他の仲間たちも軒並みレベル600から700に達していた。
さらに俺を含めた全員がEXジョブを複数習得し、史上最強と謳われるパーティとなった。
その力をもってしても、魔王は強敵だった。
苦戦に次ぐ苦戦の末、最後は俺の一撃がヴィルガロードにとどめを刺した。
俺たちは魔王殺しの英雄となった。
そして──俺は、迫害された。
その後のことはあまり思い出したくもない。
パーティの中で最強の力を持ち、なおかつ異邦人である俺は、異世界の人間にとっては『魔王の次の脅威になりかねない存在』として認識されたようだ。
さらに、俺は身に覚えのない冤罪を着せられた。
いわく、魔王軍の残党を組織して、自分が次代の魔王になろうとしている。
いわく、かつての仲間たちを懐柔し、世界征服戦争を起こそうとしている。
いわく、その強大な力を使い、いくつもの町を気まぐれに襲い、奪い、破壊している。
いわく──。
とにかく、ありとあらゆる悪い噂が飛び交った。
この世界からすれば異分子である俺が英雄になるのを望まない勢力があった、とも聞いている。
そいつらが噂を拡大させたんだろう。
ちなみに、その勢力の中心人物の一人は、親友と思っていたベルクだった。
どこまでも救われない話だ。
で、俺はかつての仲間たちや異世界のすべての人から追われ、かろうじて逃げ延びて──。
数十年の後、世を恨みながら老衰で死のうとしていた。
そのとき、女神さまが現れ、俺の願いをかなえてくれた。
その甲斐あって、俺はふたたび西暦202×年の世界で、高校生としてよみがえったわけだが──。
運命の皮肉なのか、ふたたび『一周目』の人生で仲間だった者たちと再会することになった。
聖騎士ベルク・イライザ。
そして今、俺の前に立っている女──。
魔法使い、フィーラ・ローゼンハイド。
「あなたがナツセ・カナタ──ね」
フィーラが俺をにらんだ。
長い紫の髪に、燃えるような紅の瞳。
身に着けているのは、キャミソールを思わせる黒い衣装。
大胆に露出した白い四肢が目にまぶしい。
「あたしの名はフィーラ・ローゼンハイド。話があるの。ついて来なさい」
傲岸そのものの口調だった。
まあ、場所を変えるのは望むところだ。
これ以上、巻き添えを出すわけにはいかない。
「俺、ちょっと行ってきます」
「お、おい、大丈夫なのか?」
「ええ、あいつは昔馴染みというか、知り合いというか……とにかく、俺がなんとかしますから」
「……何かあったらすぐ連絡しろよ」
顧問の先生が心配そうに言った。
部員たちも同じく、俺を気遣うような表情だ。
「ありがとうございます。じゃあ、行ってきます」
「何をのろのろしているの? やっぱり邪魔な連中を全員ぶっ飛ばして、二人っきりになったほうが早いかしら?」
「やめろ、すぐに行く」
いきなり物騒なことを言い出すフィーラに、俺は慌ててついていった。
俺たちは学校の近くにある、小さな公園にやってきた。
「目的はなんだ、フィーラ」
「そうね、最初から話しましょうか」
フィーラはあいかわらず俺をにらんでいる。
といっても、こいつの場合、地顔が怒ってるような表情なので、この態度がデフォだったりする。
「あたしがお前に会いに来た理由は──」
彼女は俺に用件を話した。
内容はベルクから聞いたものと、ほぼ同じだ。
異世界に魔王ヴィルガロードが現れたこと。
俺に勇者となり、魔王を討ってほしいこと。
「すでにベルクと会っていたのね。そして、あっさり説得に失敗して逃げ帰ってきた……と。まったく。あの男も存外、使えないわね」
彼女の舌鋒は俺だけじゃなく、誰に対しても容赦がない。
「で、お前が剣道部を襲った理由はなんだ?」
「すべては、お前を見つけるためよ。この辺りにいることは分かっていたけど、正確な座標まではつかめなかった。最初は適当な人間を操って、お前をおびき出そうとしたけど上手く察知できなかったのよね」
「適当な人間を……操る?」
「ええ、【傀儡】のスキルを使って──いえ、スキルのことをこの世界の人間は知らないのだったわね」
……あのコンビニ強盗か。
「回りくどいことしやがって」
「試すためでもあったのよ。お前の正義感を」
フィーラが俺を見据える。
冷たい瞳だった。
「勇者に足る正義感を持っていれば、いずれ必ずあぶり出される、と」
「それだけの理由のために無関係の人たちを襲ったのか?」
「大事の前の小事ね。あたしは世界を魔王の手から救うための人材を求めているの」
フィーラはまったく動じない。
自分の意志は決して曲げず、刃向う者があれば苛烈に立ち向かう。
そんな女だった。
……筋金入りの頑固者、ともいう。
「さあ、返答を聞かせなさい、カナタ」
「ベルクにも言ったけど、俺は勇者をやるつもりはない」
フィーラの問いかけに、俺は即答した。
「……勇者としての使命を放棄するというの?」
切れ長の瞳が細まり、眼光に怒気を増す。
いや、それはすでに殺気にかぎりなく近いレベルになっていた。
「あたしも、もう一度言うわ。必ず勇者を我が世界に連れて帰る、と」
フィーラは譲らない。
「断るなら、お前を殺してでも次の素質者を探す」
「殺す……?」
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それは知らなかった。
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「断る」
俺は即答した。
その次の、フィーラの反応を予測して身構える。
「なら、ここで殺すしかないわね」
なんの迷いもなく殺害予告をするフィーラ。
やっぱり『二周目』でも変わらないな。
ベルクも、お前も。
「やれるものなら、な」
俺は静かにフィーラを見据えた。
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