魅惑の出来ない淫魔令嬢

葛餅もち乃

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#4 前途多難な学園生活(4)

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 教室でのオリエンテーションが終わった。自己紹介もあったため、淫魔嫌いの彼の名前も分かった。レオナルド・ウォーウルフ。名前が出たときの少しざわついた反応から、有名なのだろうと思った。貴族名鑑や実力者名鑑はちゃんと覚えるべきである。
 そのレオナルドは誰よりも早く教室を出て行った。誰とも慣れ合う気はないという意思のような、むしろ、ライラのいる場所にいたくないから、とも思われた。
レオナルド以外の生徒は教室に残り、それぞれ親交を深めようとお喋りしたり、履修について相談し合っていたが、ライラは疎外感を感じていた。先程の、レオナルドとの一件だろう。危うきものには近寄らず――レオナルドに敵意を持たれている者に、わざわざ近づこうとはしない。それ程までにレオナルドからは強者の気配がした。仕方がない。

 ライラはそっとため息をつき、教室を出た。ライラの後ろ姿を心配そうに見る者もいたが、近づこうとする者はいなかった。
 ライラはその足で、敷地の外れ、狼と出会った森へ向かう。辺りには誰もおらず、さわさわと木々が揺れる音だけがする。森の奥に目を凝らしながら、呼んでみる。

「狼さーん!」

 森は静かなままだ。ライラはそれから数度呼んでみたが、狼は現れなかった。
 それでもライラは名残惜しく、木の根っこに座って鞄の中身を広げた。オリエンテーションで説明のあった履修表だ。一回生は必修教科が多く組まれているが、選択教科も存在する。兄やエリックにも相談しようと思いながら、渡された冊子を読む。

(クラスメイトの誰かと喋ってもみたかったけど……あの雰囲気じゃ無理だよね)

 当面、レオナルドの不興を買いそうな行動は慎むだろう。いきなり一人ぼっちだ。
 ライラは不安に胸がぎゅっと苦しくなったが、目を固く瞑ってやり過ごす。半魔であることを理由にとやかく言われるのではないかと覚悟はしていたが、淫魔だからという理由で敵意を持たれるとは思っていなかった。

(あれは、純粋な嫌悪だった。存在自体が許しがたいというような)

 レオナルドが、淫魔を嫌いという理由でライラを嫌悪するのなら、それは仕方ないのだと思う。ただ、ぶつけられた嫌悪に傷ついた。ライラはぎゅっと身を小さくする。脚を山折りにして両手で膝を抱え、顔を俯ける。
 ライラが暫くそうしていると、森の方からガサリと音がした。顔を上げると、昼間に会った水色の狼が佇んでいる。

「あっ、狼さん」

 ライラはほっと笑ったが、狼はその場で立ち尽くしている。ライラは立ち上がり、狼に近寄ったが、狼は数歩後ずさりした。

「……? お昼に会った狼さんだよね?」
 ライラは立ち止まる。狼は静かな金色の瞳でライラを見返すだけだ。
「もしかして、私のこと忘れた?」
 狼は苛立ったように前足を踏み鳴らした。馬鹿にするなとでも言いたげだ。
「だよね? じゃあ、何で……」
 はた、とライラはレオナルドから受けた嫌悪を思い出した。そして、世間知らずのライラが知らない領分で、この狼もライラを嫌うことにしたのではないか――と考えがよぎる。
 ライラは一歩後ずさる。くしゃりと顔が歪んだ。

「もうここに来るなっていうのなら、そうする」

 狼は目を瞠ったようだった。
 ライラが更にもう一歩後ずさったとき、狼が突進してきた。真正面からぶつかり、ライラはバランスを崩して尻餅をつく。そのライラに覆いかぶさるように、狼は鼻先を首元に近づけてきた。そのまま頬をすり寄せるような動作をする。
 ふわふわとした温かい心地に、ライラの頬が緩んだ。

(拒絶された、訳じゃない)

 ライラは狼を撫でた。狼はされるがままを許している。ぎゅっと抱きつくと、お日様のいい匂いがした。

「柄にもなく、落ち込んでたみたい」

 ポツリと呟き、狼を強く抱きしめた。尻尾はへたりと垂れ、じっとしてくれている。
 しばらくして、ライラは狼から身を離した。

「ありがとう。元気出た」

 ライラが微笑むと、狼は嬉しそうに尻尾を振った。鼻先を近づけて頬ずりをされる。
「狼さんはいい匂いがするね」
 ライラはひとしきり狼とじゃれあって満足すると、元気よく立ち上がる。
「そろそろ家に帰るね。ありがとう。またね」

 頷いた狼は森の向こうへ去って行った。
 学園敷地内は転移術を封じられているため、帰宅するには外に出なければならない。ライラは談笑する生徒の間を通り過ぎ、校門の外へ出た。深呼吸し、人差し指を前方に突き出してくるりと一回転する。青白い光がライラを包んだ。


       〇


「あっ、ライラ!」

 校門の近くに、ライラを待っていたエリックがいた。友人に囲まれていたため気付かれず、エリックもすぐ見つけられなかった。
 中途半端に腕を伸ばしたエリックを、同級生たちが訝しむ。

「ライラ? さっきの子、知り合いなのか?」
「幼馴染みたいなもん」
「もしかして、あの《箱入りお嬢》か? 全くと言っていいほど社交界に出てこなかったトゥーリエント家の娘」「黒髪だったよな? 淫魔で黒髪ってあり得るか?」「だから今まで社交界に出てこなかったんだろ。あれじゃあ淫魔としての力も知れているだろうし」

 ライラについて口々に話し出す同級生たちの横で、エリックの表情はどんどん冷めていった。目が剣呑なものになっていることに、誰も気が付いていない。
 エリックは何も言わず輪を抜け、校門へと歩き出した。

「あれエリック、まだ聞きたいことが――」
「帰るわ」

 エリックは背を向けたまま右手を挙げ、青白い光に包まれて消えた。
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