魅惑の出来ない淫魔令嬢

葛餅もち乃

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#9 変化してゆく学園生活(2)

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「お嬢様~何だかまた面倒なのがやって来たんですけど、会います? 追い返しちゃっていいです?」
「ええと、とりあえず誰が来たの?」

 屋敷での昼下がり。ライラは侍女のミリアンが用意してくれた紅茶を飲みながら、履修表を眺めていた。五日間の学校生活を終えると、二日間は休みとなる。今日はその一日目だ。

「忌々しいバーナード家の次男ですわ」
「何の用だろ? ミリアンはエリックのこと嫌いだよねぇ」
「お嬢様に近づく男なんて、全て敵です」
「わ、わーお。心配してくれて嬉しいけど、もう苛められてないよ?」

 昔に意地悪されていたことを気にしてくれているのかと思ったが、ミリアンの表情を見るに違うらしい。悩まし気に溜め息をついている。

「そう言えばね、エリックってすごいモテるみたいなんだよ。びっくりした」
「……え」
「教科書借りにエリックがやって来たんだけど、そのときのクラスメイトの反応がすごくって。吸い込まれそうな美しさ、だそうだよ」
「えーと、お嬢様はどう思っていたんです?」
「え? どうって……」
「ほら、綺麗だとか、格好いいだとか、好ましいなぁとか、色々あるじゃないですか」

 ミリアンがテーブルに両手を突き、豊満な胸を突き出すようにしてライラに迫る。どことなく必死である。ライラはエリックについて改めて考えてみた。

「容姿については……アル兄の方が綺麗だし、ファル兄の方が男前だし、ヨハンの方が格好いいと思うな」
「うふふふふふ。そうですか。じゃあ、お嬢様が好きなタイプってどんなのです?」
「好きなタイプ?」

 ライラは考えてみる。アル兄もファル兄もヨハンもすごく好きだが、なんだか違う。
 脳裏によぎったのは、嫌悪感を隠そうともしないクラスメイトの顔だった。

(何で?)

 美しく荒々しいレオナルドの顔が浮かび、そして彼から向けられる敵意を思い出して、ぶるりと体を震わせる。
 少し、胸が痛んだ。

「お嬢様?」
「えっと、まだタイプとか分かんないみたい」
「そうですの?」
「ほら、私のまわりの皆、綺麗過ぎるでしょ。ミリアンだってすごく綺麗だし」
「やあん! お嬢様ってほんとに可愛らしくいらっしゃる~!」

 ミリアンに抱きつかれ、どさくさに紛れて耳を舐められ、精気を少し吸われた。背筋をゾワゾワさせられたライラはミリアンを軽く小突く。兄ならば殴っている。

「もお! 精気ならいくらでも食べていいから、変なことしないで」
「お嬢様ったら、精気はいくら頑張っても絞り尽くせないほど無尽蔵にありますよねぇ。でも淫魔としての耐性が無さすぎますから、こうやって鍛えて差し上げてるのですわ」
「ミリアンが楽しんでやってるの知ってるから」
「やあん。少しは本心もありますのよ」
「そりゃ、淫魔として出来損ないだけど……」

 ライラが言うと、ミリアンは目の色を変えた。

「お嬢様、そんなことはないのですよ! いいのですお嬢様はそのままで! そのままのお嬢様がいいのです!」
「う、うん。ありがとう」
「いいですか、エリックとかよそのガキに、こういう事されたら全力で殴り飛ばすのですよ。変にその気を持たせたら、つけ上がりますからね!」
「はい……」

 エリックとのことは黙っていようと思ったライラだった。
 屋敷の門前に放置していたエリックを中に招き、応接室で待ってもらう。ミリアンに彼の分の紅茶を用意してもらい、ライラはクッキーなどのお菓子を持って先に向かった。部屋に入ると、エリックは窓辺のチェアに座り、持参したらしい本を読んでいた。窓から入る木漏れ日が彼に降り注ぎ、より一層美しく見せている。
 しみじみと観察していると、エリックがライラに気付いた。

「遅い。門前でどれだけ待たすんだよ」
「ごめんねー。ほら、お菓子持って来たから」

 ライラはエリックの向かいのチェアに座り、持って来たお菓子をテーブルに置く。

「で、どうしたの今日は」
「どうしてるかなって。ライラ、学園とか慣れなさそうだし。この前教室行ったとき思ったけど、クラスで孤立してない?」
「……学園、始まったばっかだし」
「ほお」
「それよりこの前。何でキッ……あんなことしたの、教室で! 皆の視線がすごく痛かったんだからね……! 今度学園であんなことしたら殴る、のはやめとくけど、兄様たちに言うからね」
「えー? 俺がモテるのは仕方なくない? ……あと、お前の兄貴たちに言うのは本当にやめてください」
「そういやエリックが本当にモテててびっくりした。すごいね」

 ライラは純粋に感心した様子でエリックを褒めた。対してエリックはあまり嬉しそうではない。褒めたのに。
 部屋のドアが開き、紅茶をワゴンに載せたミリアンが入って来た。

「何だか不穏なお話をしていた気がするのですが、私の気のせいかしら?」
「「気のせいだと思う(よ)」」

 ライラとエリックは素知らぬフリをした。

「それで、エリック坊ちゃまはどうしてお越しくださったのかしら?」
「来ちゃあ駄目なのかよ」
「いいえ? 私の仕事が少し増えるくらいで、別に文句などありませんけど」
「おいライラ、お前の侍女の態度何とかしろよ」
「え、何を?」
「……」

 ミリアンが誇らしげに笑みを作った。


       〇


 エリックは帰り際、ミリアンに手招きされた。嫌な予感しかない。

「ねぇ私、知ってますのよ。お嬢様の魔術を特訓してくれたことに免じて、お嬢様には内緒にしていますけど、貴方がうちの侍女仲間の誘いにのってしまったこと」

 エリックはぎょっとしてミリアンを見る。

「淫魔として魔族として、何も責めるところはありませんわ。当の本人は楽しそうにしておりましたから、言わばあなたは喰われたのです」
「おま、いつ、それを……」
「でも、お嬢様からするとどうなのでしょうね? 責めはしないでしょうけど、それだけですわ。貴方の望みはきっと更に険しくなる」

 エリックは顔をしかめた。暑くもない室内で、汗をかいている。

「でもそれが、本来の淫魔の性というもの。お嬢様を傷つけない限り、私たちは他言しませんわ。安心なさって?」

 ミリアンは上機嫌に、投げキッスを飛ばして去った。残されたエリックは青い顔をしている。そう、淫魔としても、魔族としても、何も間違ったことはしていない。だがライラには知られたくない、絶対に。


       〇


 エリックが帰った後、ライラは自室で過ごしていた。

「ラーイーラーちゃーん、今いーい?」
「どーうーぞー」

 部屋に入ったファルマスは、机で教科書を読んでいるライラの背後に立つ。後ろから首に腕を回し、顎をライラの頭に置いて本を覗き込む。

「予習?」
「そう。来週から魔術基礎課程が始まるから……」
「ああ、ライラちゃんの苦手なやつだねぇ。予習とか偉い偉い。どうだ、兄ちゃんがみてやろうではないか」

 初めの演習は簡単な防御術をする予定だ。おそらく、生徒の大半は既に問題なくできる。

「自分でも、よく学園に入れたと思うよ……」
「魔術の出来具合はあまり関係ないからね、実は」
「えっ! そうだったの?」
「そりゃそうだろー。魔術よりも、本人の魔力が安定しているかどうかが問題だ。それさえクリアしておけば、何とかなる。だいたい魔術ができないからって学園に入れなかったら教育どうすんだって感じだろ?」
「確かにその通りだね」
「とは言え、赤点も取りたくないよな。何でライラちゃんは魔術が苦手なんだろうな……俺たちは結構得意なのに」
「ま、魔力が少ないから?」
「うーん、確かに魔力は少ないけど、だからと言って魔術が苦手にはならないんだよねぇ。少ないながらも魔術は扱えるはずだし。不器用なのかな? それとも、その身体能力が原因なのかな」
「身体能力?」
「僕らが《怪力》って言ってるソレだけど、淫魔として聞いたこともないし、魔族の中でもすごく異質だよ。これまで言わなかったけど、ライラちゃんも学園に入ったことだし、いつか分かると思って今言っちゃうけど」
「い、異質?」
「悪い意味じゃないからね。特別ってこと。淫魔ってそもそも戦闘系魔族じゃないのは分かるよね。ただライラちゃんの体はどう見ても戦闘系なんだよ。兄貴とも相談してたんだけどさ――まぁ、俺らができるのは、ライラちゃんのその特性を伸ばすことだな、って」

 兄たちがそんなことを考えてくれていたとは。

「だいたい魔術を素手で壊せるのがおかしい。ライラちゃんの魔力がすべて身体強化と防護に使われていて、他の魔術が編めないのかな? とも仮説は立つけど――」
「へ、へぇぇ」
「まあ、これは俺たちの勝手な予想だから、正しくはないかもよ。ライラちゃんは自分の長所を伸ばしたらいいと思うよって話」
「はぁい。ありがとう、ファル兄」
「とまぁ、必修課程は必須だから、予習しようか。今度は何するの?」
「防御魔術の、これ」

 教科書のページを指す。初期に習う防御術の、簡単な魔法陣が描かれている。二重の円の中に古語で《我を守れ》と記す、初歩魔術だ。

「……この魔法陣が覚えられないの?」
「馬鹿にしてるの。違うよ。魔術が、発動しないの」
「やってみて」

 ライラはファルマスの言う通り、手を前方に突き出して掌を開き、魔法陣を出現させる。編み出した魔法陣は、青白い光を発して一瞬現れたが、すぐ霧散して消えた。

「こんな感じになるの」
「ううーん。魔法陣自体は間違ってないのにな。何でだろう?」

 ファルマスは不思議そうに首を捻った。

「魔法陣は出現して、一度発動しかけるのにな。不自然に消えていく……集中力って話でもなさそうだし。こう、体から魔力が出ていくのを嫌がっているような」
「魔力が少ないから本能が自衛でそうしているのかな」
「いや、ライラちゃんくらいの魔力量の魔族も、普通に魔術使ってるよ。体質、かな」
「え、じゃあ救いようがなくない?」
「……」
「黙んないでよファル兄――!!」

 魔術にも長けている兄に匙を投げられたら希望なんてない。

「帰還の転移術はできるのだから、これぐらいの魔術は出来る筈……。やっぱり練習あるのみなんだろうな。転移術にはかなり時間かかったけど、まぁ、今回はあれ程の時間はかからないだろ、たぶん」

 ライラが転移術を出来るようになるまでかかったのは二日や三日そこらじゃない。予習している防御術と比べて難易度は高いものだが、こうも毎回予習にかなり時間を、日数をかけることになれば、いつか限界がくる。

「もしかして、単位取れないかも?」
「基礎課程は出席と態度重視だし、追試とかの救済措置もあるし、単位取れないことはないよ。もう最悪、得意の《怪力》でゴリ押ししてもいいんじゃない?」
「あだ名が能筋女になりそうだね」

 おそらく中等以上の魔術を扱えるようになることは諦めた方がいい。兄の言うように、特異な部分である《怪力》を伸ばした方がいい気がする。

「ねぇ、じゃあ戦闘系の講義や演習を取った方がいいのかな」
「ライラちゃんはそうしたい?」

 授業として、特に戦いたいという気持ちはない。体を動かすのは楽しいが、学園で開催されるという戦闘(バトル)トーナメントに出たいとも思わない。
 ふっと微笑んだファルマスが、ライラの頭を撫でた。

「選択科目でやりたくないことをしなくていいよ。ライラちゃんが将来何になりたいか決まったとき、必要ならそのとき考えよう。それまでは俺たちが鍛えてあげるから」
「鍛えてもらってると言うか、襲撃に反撃してるだけなんだけど」
「はははっ」

 笑って誤魔化したファルマスに予習を付き合ってもらい、なんとかその日一日で習得したのだった。
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