魅惑の出来ない淫魔令嬢

葛餅もち乃

文字の大きさ
11 / 42

#11 変化してゆく学園生活(4)

しおりを挟む
「――なぁ、ライラ・トゥーリエント」

 一人、ホールの端へと移動したライラの背に声がかかった。びく、と振り返るとレオナルドが怖い顔をして立っていた。

「レオナルド君。あの、さっきは、かばってくれてありがとう」

 レオナルドはかばったということを否定せず、ムスッとしている。ライラのことを嫌っているのに、助けてくれた事実が不思議だった。

「……その、か、体は」
「体?」
「あいつに、かけられてただろ、《魅惑》」

 その言葉には怒気と苛立ちが滲んでいた。魅惑の術自体は淫魔でなくとも扱える魔術だが、精度や効力において格段の――それこそ比べようにもならない程の違いがある。
 《魅惑》を嫌っているからこそ、自分を助けてくれたのだとライラは理解した。

「うん、大丈夫。……先生が《魅惑》かけてきてたの、よく分かったね」

 どうやら今は会話しても許してくれるようだ。ライラはレオナルドを真っ直ぐ見上げた。しっかりと目が合い、気まずげに目を逸らしたのはレオナルドだった。

「それぐらい分かる。聞きたいのは、底知れない魔力を持つデヴォンの《魅惑》に、どうしてお前はかからなかったんだ? 淫魔とはいえ、上位の存在の《魅惑》にはかかるもんだと思っていたが、そうじゃないのか?」

 レオナルドはライラが《魅惑》にかからなかったことが不思議で喋りかけてきたらしい。確かに不自然だろう。でも《魅惑》にかからない特異体質だと、これ以上異質さを知られるのは避けたい。父たちにも、他言しないように言われている。

「えーと。淫魔だって《魅惑》や《催淫》にかかるよ。ただ、今回はかからなかっただけで……運が良かったのかな」

 誤魔化すように笑ったが、レオナルドは懐疑的な目でライラを見ている。彼は思い切り息を吸い込むと、目を瞑って大きく息を吐いた。バチリと目を開け、ライラ見据える。

「なぁ、お前何なんだ?」
「え、なに……」

 そんなことを言われても意味が分からない。困惑したライラ以上に、困り果てて途方に暮れた目をしているのはレオナルドの方だ。
 レオナルドが一歩近づいてくる。
 ――逃げなければ。頭の中で思うのに、足はそこに縫い止められたように動かない。

(囚われてしまう)

 レオナルドが更に一歩近づき、手を伸ばした。首を絞められるのかと思ったのに、その手は頬に伸び――

「ライラー!」

 二人の間の緊張をぶち壊すように、キャロンがライラに抱きついてきた。

「先程は大丈夫でしたの!? あんなことが出来るなんてビックリしましたけど、本当に怪我してません? ああ、ほんと、ありがとうライラ。でもあんな危険なことしないでくださいね、可愛らしい貴方に何かあったら私……っ。……あら? そこにいるのはレオナルド・ウォーウルフ君ですか? 貴方にも、ありがとうと言っておきますわ。でもその手は何かしら」

 キャロンはとても礼を言っている口調ではなく、むしろレオナルドを睨んでいた。

「またライラを虐めていらっしゃるの?」
「違うよ、心配してくれてたんだよ」
(心配だけじゃないけれど)

 ライラはそう言ったがキャロンは納得しないまま、レオナルドを睨み付ける。レオナルドは興味を失くしたように二人の傍から離れて行った。

「ライラ? 本当に大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよキャロンちゃん。ありがとう。でも本当に何もなかったよ」
「あの方、以前ライラをなじっていたじゃありませんか。……ライラが、教室で微妙な立場になったのもあの方のせいでしょう。それに流された私たちも悪いのですけど」
「うん、まぁ、そうだね」
「ごめんなさい、ライラ」
「何で謝るの? 別に何かされた訳じゃないし、レオナルド君が淫魔を嫌いだっていうなら仕方ないんだと思う。レオナルド君が相当強い魔族だっていうのは、私でも分かるもん……クラスがあんな風になっちゃうのも無理ないよ。今は、こうしてキャロンちゃんといるんだし、それでいいの」
「でも……」
「それに、レオナルド君って悪い魔族じゃないと思う。さっきだって、嫌いな私を助けようとしてくれたし。根は優しいんだよ、きっと」
「ライラ、本気で言ってますの?」
「え? うん」
「貴方って……」

 キャロンは呆れたように呟き、優しく笑った。
 授業はまだ終わっていないが、レオナルドはホールの外へ出て行ったようだ。

(何故さっき囚われると思ったんだろう)

 レオナルドに見つめられると上手く体が動かない。胸にほんの少し熱が灯る。

(変なの)

 それは嫌われているからだろうか――と考えた。


       〇


 肝が冷えた。
 デヴォンとかいう似非教師が何かの手違いで上位の火焔を作った。レオナルドがかばいに行かなくても、奴が吸収魔術を発動させて大事には至らなかっただろう。驚いたのは、自分と同時に動いた奴がいたからだ。お世辞にも上手いと言えない魔術を披露したばかりのライラが、その火焔を殴り飛ばした。魔術は発動していなかった。素手で怪我無くあんな芸当が出来るのは、戦闘魔族の中でも上位である。防護は確かにしていなかった。
 それだけでも問題だったが、レオナルドが許せないのは次に起こったことだ。

(似非教師、あろうことか《魅惑》をかけてきやがった)

 他の生徒は気付いていないだろうが、デヴォンは強い出力で《魅惑》をかけていた。研究材料としてのライラが相当魅力的な素材だったのだろう。許せることではない。

 淫魔たちがどうなろうと、俺には関係ない――と自分に言い聞かせても、レオナルドの怒りは爆発しかねない領域まで膨れ上がり、体が勝手に動いていた。《魅惑》にかかっているだろうライラを引き離す。状態確認に振り返ると、当のライラはケロリとしていた。

 ――今の魅惑がかからないのか!?

 魔力の低いライラが、デヴォンのあの魅惑に打ち勝てる訳がない。何故だ。
後で問うてみると「運が良かったかな」などと言った。運などでどうにかなる問題じゃない。そして入学式以降、人型では初めて見る笑顔を見せた。ただ、狼姿のときに見せる笑顔とは違ってよそよそしい。それが至極じれったかった。自分のせいだとは分かっている。
 花のような、蜜のような、形容しがたい天上の匂いがする。間違いなく目の前の女の香り。大きく息を吸い込んだ。狼のときと同じく、くらくらと酩酊しそうになった。
 
 ――お前は何だ。
 自分を吹き飛ばしかねない甘美な誘い。これが《魅惑》でなくて何なのだろう。この状況下でも《魅惑》をかけてくるのか。しかし目の前のライラは、意図的にそうやってないことぐらいは分かってきた。
 ――無意識にしているのか? 俺がここまでまいっているのに、クラスの奴らが引っかからないのはおかしい。俺だけに向けている? 何故?
 ライラはレオナルドを見て困った顔をしていた。当惑しているのはレオナルドの方だというのに。
 ――誘いに、乗ってやったら、こいつの思う壺なんだろうか。……もし、そんな気がなかったのなら、驚くのだろうか。傷つくんだろうか。
 一歩、彼女に近づく。
 ――トゥーリエント家の淫魔だ。……傷つく筈ない。おそらく。
 もう一歩、近づいて彼女に触れようとした。向こうは呆然としてこちらを見ている。

 あと少しのところで邪魔が入った。フォレスト家の女だ。魔力が高い訳でもないのに、何となく苦手なタイプだと認識している。そいつがレオナルドを責める言葉を吐いた後、それをかばったのは驚くことにライラだった。
 ――どうして俺をかばう? 俺がお前を嫌いだというのは知ってるだろうに。
 入学式のあの日、初対面のライラにぶつけた言葉と嫌悪を忘れているはずはない。
 レオナルドは耳がいい。遠く離れた場所にいても、聞こうとさえ思えば声を拾える。だから、ライラがレオナルドのことを「根は優しい」と言ったことも聞こえていた。

 ――そうか、馬鹿なのか。

 ちりりと胸を焦がす痛みは気のせいだ。


 キャロンという友達もできたようだし、今日は来ないんじゃないか、と思っていたが違った。昼休みになるとライラはすぐ教室を出た。今日も学園の外れに行くつもりなのだ。
 レオナルドは急いで昼食を食べ、屋上へと上がり、狼となって会いに行く。
 水色の狼を見たライラは嬉しそうに顔を綻ばせる。天真爛漫で、レオナルドには絶対見せない笑みだ。多分クラスの奴も知らない――けれど、それも時間の問題だろう。今日の出来事で、ライラに対する見方は変わった筈だ。

(それに、可愛……いやいや)

 水色の狼この姿に対してライラは無防備だ。近寄って、彼女の体を囲むように座っても動じない。むしろ嬉しそうに身を預けてくる。所有欲の表れだと言って良かった。
 上半身を狼の体に預けたライラは、うっとりとした心地で美しい毛並みを撫でていた。

「狼さん、さっきの授業でびっくりしたことが起きたよ」
『ふうん』
「前に、私のこと嫌いって言った人のこと覚えてる? その人がね、私のこと助けようとしてくれたの。びっくりしたー」
『……本当は嫌いじゃないんじゃないか?』
「えーそれはどうだろう? 多分ねぇ、よっぽど淫魔とか淫魔の魅惑が嫌いなんだろうね。だから許せなかったんだと思う、先生を」
『お、おう』
「嫌いなはずの私まで助けようとするんだもん。たぶん、優しい魔族だよね。それが分かって、良かったかなぁ」
『……本当に嫌いだったら、助けないと、思うが』
「そう思うでしょ? だから、律儀な性分なんだろうね」
『……』

 ライラはのほほんと笑っている。レオナルドは二の句が継げなかった。

「狼さんはなんだか納得いってない?」

 ライラの言葉に、勢いよく首を縦に振る。

「私ね、世間知らずだけど、自分に向けられる嫌悪が分からないほど鈍感でもないんだよ。あ、でも、今日はいつもみたいな敵意は無かったかも。何でだろう?」

 きょとんとするライラからは、変わらず甘美な匂いがする。狼の自分はそれがうっとりとして心地よかった。

 ――正体を明かすなら、いつかバレるかもしれないのなら、傷が浅いうちに、今言った方がいいんじゃないか? そして謝罪と、ライラの無自覚かもしれない《魅惑》について問い質す。狼のときは笑うくせに、レオナルドのときは目も合わせようとしないのが腹立つ、と言うか、寂しいのだ。普段からその笑顔を俺に――

「ライラ、こんなところにいましたの?」

 また邪魔が入った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...