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後日編
番外編:ようこそトゥーリエント本邸へ(後)
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ひっそりした室内に軽快な足音が聞こえてきた。コンコンコーンと扉がノックされ、翠が「どうぞ」と言うと入ってきたのはファルマスだった。
「翠さーん、今ねミリアンが――、あっ、皆こっち来てたんだ。こんにちはぁ」
キャロンが手ぐしで髪を整え、滅多に見せない恥じらうような表情で挨拶を返している。キャロンがこういう反応を見せるのはファルマスに対してしか見たことがない。もしかして……と思っていたら、レオナルドの視線に気付いたキャロンに『これは恋愛感情でなく憧れですわ』と釘を刺されたことがある。女って難しい。普通の男なら勘違いすると思う。
「……そうだぁ。ねぇ翠さん、この子たちにはさ、翠さんが魔界に来て暮らすことになったお話聞かせてあげたら?」
「皆さん、そんなお話にご興味あるの?」
ファルマスの突然とも言える提案に、翠は心底不思議そうに小首を傾げた。
「「「じつは」」」
「えっ、皆気になってたの?」
三人がハモって言うので、一番驚いていたのはライラだった。聞かれたことなどなかったからだろう。
「まず人間が魔界に来ること自体珍しいじゃありませんか……」
「側室がある家って、少なからずどこかに影があるもんなのに、お前んとこの家めちゃくちゃ仲いいじゃん。子どもながらにずっと不思議だったよ」
「ライラが関わることであれば、ほんと言うとなんでも知りたい」
「あっ、そ、そうなんだ……」
「あらあらまぁまぁ。うふふ。じゃあ少しお話しようかしら」
「じゃあ俺テラス用意しとくから~。レオ君たちのお土産もひろげさせてもらうねぇ」
ひらひら手を振ってファルマスが出ていった。
「お兄ちゃんが用意してくれるみたいだから、のんびり行きましょうか」
先導する翠に一同はついていく。
○
庭の一角にあるテラス席は薔薇の花に囲まれていた。赤と白のふっくらした花弁が入り交じって咲いている。白いテーブルと椅子の周りに、甘い匂いが仄かに漂っていた。
ミリアンと呼ばれたメイドとファルマスが、レオナルドの持ってきたようかんと抹茶を持ってきてくれ、それに一番喜んでくれたのは翠だった。
「ああっ! これは、なんて美味しいようかん……! 絹のような滑らかな舌触り、ごろっとしてほろりと溶けていく粒あん、脳まで広がっていく多幸感……!」
「母様、落ち着いて」
「あっ、ごめんなさい。えーと、お話していくわね。つまんなかったら言ってちょうだいね?
伯爵様――グイード様に初めてお会いしたのは、十歳にもならないころだったの――」
グイード様はね、人間界の巡回をしていたの。そう、人間界に行って規律違反をしている魔族を取り締まるやつよ。今はファルマスのお兄ちゃんがよく手伝ってくれてるみたい。私はね、なかなかないことなのだけど、淫魔に襲われていたのね。なんだか人間のなかでも特別に美味しい精気を持つ部類なのですって。
陽が落ちた、うらさびれた公園で精気を吸われていた私をグイード様が助けてくれたの。私、あのころのことあまり覚えていないのだけれど、優しく抱き上げてくれたグイード様に必死にしがみついたことは覚えてる。『連れていって』ってお願いしたの。そこで力尽きたように気を失って……目が覚めたらこのお屋敷にいたわ。治療してくれていたのね。元々栄養状態もよくなくて、そこに精気をがっつり吸われたから、結構危なかったそうだわ。
うん、そう。あまりね、良い状態で育てられていなかったの。ご飯もろくに与えられていなくって痩せていたし、なにより……あんまり楽しい話じゃないから省略するわね。だから、私、ここにいさせて欲しいってお願いしたの。ずっとずっとお願いして、グイード様が折れてくれた。実は一目惚れでもあったの……ふふ。えっ、ライラちゃんも知らなかったって? あら。
ここに置いてもらって、人間界の通信教育で教育も受けさせてもらえて、私は無理矢理メイドの真似事をさせてもらって……そうやって無理矢理居座ってるようなものなのに、屋敷の皆さんは優しかったわぁ。グイード様のことが好きな私を受け入れて、応援してくれたりもした。子どもだったからかしら。
グイード様は優しかった。忙しいだろうに、度々私のことを気にかけてくれて、色んなお洋服やお菓子とか、玩具もよく買ってきてくれたわ。私ね、歯がぼろぼろだったの。人間って歯は新しく生えてこないのだけど、グイード様が苦心して新しい歯の状態に戻してくれた。
押しに弱い人だから、押して押して甘えて、最後には『仕方ないな翠は』って折れて、よく抱きしめてもらったりしていたの。
「情熱的ですわぁ~」
「ライラの押しに弱いところは父似なんだな」
私はグイード様のことが好きで好きで……でも精気を食べてはくれなかった。私が望むならいつだって人間界に帰そうと、その準備だって完了していたのよ。
私は何でもいいから近くにいたかった。一時の遊び相手でもいいからなりたかった。
私が二十歳を迎えるときね、グイード様が結婚したの。お兄ちゃんたちのお母さんね。美しくて気高く優しいフルーレ様……お似合いのお二人だった。私がグイード様のことを好きなのはフルーレ様だって知っていたけど、屋敷にいることを許してくださったわ。『私たちは政略婚の友情婚だから。敬愛はあっても愛じゃない。翠ちゃんは遠慮せずグイードを落として?』って言われたけれど、あのときは意味が分からなかった。それで……私はグイード様が好きなまま時が流れ、お兄ちゃんたちが二人生まれたわ。
「ウゥッ。ここからどうなりますの~?」
二人産んだフルーレ様はね、『これからは男をメインに生きるわ!』と言って、男体化したの。
「えっ……どういうことですか……?」
フルーレ様はねぇ、女の体も男の体も持つ特異体質なのよ。出生時が女だったから、生家の侯爵家では女として扱われたらしいのだけど、本人的には男の方が楽しいのですって。アルフォードのお兄ちゃんによく似てるのよ。
「むしろアル兄より美しい男だよ」
「あれ以上!?」
それでね……その……男になったフルーレ様にせまられ始めたの。『翠ちゃん、出会った時からめっちゃ好みなんだよね……あんな男やめて私にしない?』って。
「翠さん、母さんの話になると頬を染めるよねぇ」
「わっ、ファル兄いつの間に参加してたの。……まぁ、だってフルーレ様だもの」
私、圧倒的美しさにクラクラしちゃって、いつの間にかキスされてたのよねぇ。ぼんやりした頭でフワフワして、いつの間にか腰を引き寄せられてて、そしたらそこにグイード様がやって来たの……。
「しゅ、修羅場……? どういう修羅場?」
「こういうこと普通ないのか? お前も淫魔だろ」
「普通ねーよ」
フルーレ様はへろへろになった私を優しく離して、血相をかいて駆け寄ってくれたメイドの一人に預けてくれたわ。私は腰が砕けちゃって立てなかったの……。そこからは――グイード様とフルーレ様の喧嘩が勃発しました。
「あれはトゥーリエント家史に残る魔術戦大乱闘でしたわぁ」
「ミリアンも見ていたの」
「目を潤ませて腰砕けになっている翠様は、私も喰っちゃおうかと思いましたもの。うふ」
そこでね、フルーレ様に煽られて『翠は俺のものだ!』ってグイード様が言ってしまったから、有言実行させてもらいましたの。ふふ。
「「「ええええええ」」」
「ね? 楽しい家族でしょぉ~」
「フルーレ様、いまごろどこにいらっしゃるのかなー」
あっ、この抹茶もすごく美味しい……! グイード様が帰ったら一緒に飲ませていただくわね。
「翠さーん、今ねミリアンが――、あっ、皆こっち来てたんだ。こんにちはぁ」
キャロンが手ぐしで髪を整え、滅多に見せない恥じらうような表情で挨拶を返している。キャロンがこういう反応を見せるのはファルマスに対してしか見たことがない。もしかして……と思っていたら、レオナルドの視線に気付いたキャロンに『これは恋愛感情でなく憧れですわ』と釘を刺されたことがある。女って難しい。普通の男なら勘違いすると思う。
「……そうだぁ。ねぇ翠さん、この子たちにはさ、翠さんが魔界に来て暮らすことになったお話聞かせてあげたら?」
「皆さん、そんなお話にご興味あるの?」
ファルマスの突然とも言える提案に、翠は心底不思議そうに小首を傾げた。
「「「じつは」」」
「えっ、皆気になってたの?」
三人がハモって言うので、一番驚いていたのはライラだった。聞かれたことなどなかったからだろう。
「まず人間が魔界に来ること自体珍しいじゃありませんか……」
「側室がある家って、少なからずどこかに影があるもんなのに、お前んとこの家めちゃくちゃ仲いいじゃん。子どもながらにずっと不思議だったよ」
「ライラが関わることであれば、ほんと言うとなんでも知りたい」
「あっ、そ、そうなんだ……」
「あらあらまぁまぁ。うふふ。じゃあ少しお話しようかしら」
「じゃあ俺テラス用意しとくから~。レオ君たちのお土産もひろげさせてもらうねぇ」
ひらひら手を振ってファルマスが出ていった。
「お兄ちゃんが用意してくれるみたいだから、のんびり行きましょうか」
先導する翠に一同はついていく。
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庭の一角にあるテラス席は薔薇の花に囲まれていた。赤と白のふっくらした花弁が入り交じって咲いている。白いテーブルと椅子の周りに、甘い匂いが仄かに漂っていた。
ミリアンと呼ばれたメイドとファルマスが、レオナルドの持ってきたようかんと抹茶を持ってきてくれ、それに一番喜んでくれたのは翠だった。
「ああっ! これは、なんて美味しいようかん……! 絹のような滑らかな舌触り、ごろっとしてほろりと溶けていく粒あん、脳まで広がっていく多幸感……!」
「母様、落ち着いて」
「あっ、ごめんなさい。えーと、お話していくわね。つまんなかったら言ってちょうだいね?
伯爵様――グイード様に初めてお会いしたのは、十歳にもならないころだったの――」
グイード様はね、人間界の巡回をしていたの。そう、人間界に行って規律違反をしている魔族を取り締まるやつよ。今はファルマスのお兄ちゃんがよく手伝ってくれてるみたい。私はね、なかなかないことなのだけど、淫魔に襲われていたのね。なんだか人間のなかでも特別に美味しい精気を持つ部類なのですって。
陽が落ちた、うらさびれた公園で精気を吸われていた私をグイード様が助けてくれたの。私、あのころのことあまり覚えていないのだけれど、優しく抱き上げてくれたグイード様に必死にしがみついたことは覚えてる。『連れていって』ってお願いしたの。そこで力尽きたように気を失って……目が覚めたらこのお屋敷にいたわ。治療してくれていたのね。元々栄養状態もよくなくて、そこに精気をがっつり吸われたから、結構危なかったそうだわ。
うん、そう。あまりね、良い状態で育てられていなかったの。ご飯もろくに与えられていなくって痩せていたし、なにより……あんまり楽しい話じゃないから省略するわね。だから、私、ここにいさせて欲しいってお願いしたの。ずっとずっとお願いして、グイード様が折れてくれた。実は一目惚れでもあったの……ふふ。えっ、ライラちゃんも知らなかったって? あら。
ここに置いてもらって、人間界の通信教育で教育も受けさせてもらえて、私は無理矢理メイドの真似事をさせてもらって……そうやって無理矢理居座ってるようなものなのに、屋敷の皆さんは優しかったわぁ。グイード様のことが好きな私を受け入れて、応援してくれたりもした。子どもだったからかしら。
グイード様は優しかった。忙しいだろうに、度々私のことを気にかけてくれて、色んなお洋服やお菓子とか、玩具もよく買ってきてくれたわ。私ね、歯がぼろぼろだったの。人間って歯は新しく生えてこないのだけど、グイード様が苦心して新しい歯の状態に戻してくれた。
押しに弱い人だから、押して押して甘えて、最後には『仕方ないな翠は』って折れて、よく抱きしめてもらったりしていたの。
「情熱的ですわぁ~」
「ライラの押しに弱いところは父似なんだな」
私はグイード様のことが好きで好きで……でも精気を食べてはくれなかった。私が望むならいつだって人間界に帰そうと、その準備だって完了していたのよ。
私は何でもいいから近くにいたかった。一時の遊び相手でもいいからなりたかった。
私が二十歳を迎えるときね、グイード様が結婚したの。お兄ちゃんたちのお母さんね。美しくて気高く優しいフルーレ様……お似合いのお二人だった。私がグイード様のことを好きなのはフルーレ様だって知っていたけど、屋敷にいることを許してくださったわ。『私たちは政略婚の友情婚だから。敬愛はあっても愛じゃない。翠ちゃんは遠慮せずグイードを落として?』って言われたけれど、あのときは意味が分からなかった。それで……私はグイード様が好きなまま時が流れ、お兄ちゃんたちが二人生まれたわ。
「ウゥッ。ここからどうなりますの~?」
二人産んだフルーレ様はね、『これからは男をメインに生きるわ!』と言って、男体化したの。
「えっ……どういうことですか……?」
フルーレ様はねぇ、女の体も男の体も持つ特異体質なのよ。出生時が女だったから、生家の侯爵家では女として扱われたらしいのだけど、本人的には男の方が楽しいのですって。アルフォードのお兄ちゃんによく似てるのよ。
「むしろアル兄より美しい男だよ」
「あれ以上!?」
それでね……その……男になったフルーレ様にせまられ始めたの。『翠ちゃん、出会った時からめっちゃ好みなんだよね……あんな男やめて私にしない?』って。
「翠さん、母さんの話になると頬を染めるよねぇ」
「わっ、ファル兄いつの間に参加してたの。……まぁ、だってフルーレ様だもの」
私、圧倒的美しさにクラクラしちゃって、いつの間にかキスされてたのよねぇ。ぼんやりした頭でフワフワして、いつの間にか腰を引き寄せられてて、そしたらそこにグイード様がやって来たの……。
「しゅ、修羅場……? どういう修羅場?」
「こういうこと普通ないのか? お前も淫魔だろ」
「普通ねーよ」
フルーレ様はへろへろになった私を優しく離して、血相をかいて駆け寄ってくれたメイドの一人に預けてくれたわ。私は腰が砕けちゃって立てなかったの……。そこからは――グイード様とフルーレ様の喧嘩が勃発しました。
「あれはトゥーリエント家史に残る魔術戦大乱闘でしたわぁ」
「ミリアンも見ていたの」
「目を潤ませて腰砕けになっている翠様は、私も喰っちゃおうかと思いましたもの。うふ」
そこでね、フルーレ様に煽られて『翠は俺のものだ!』ってグイード様が言ってしまったから、有言実行させてもらいましたの。ふふ。
「「「ええええええ」」」
「ね? 楽しい家族でしょぉ~」
「フルーレ様、いまごろどこにいらっしゃるのかなー」
あっ、この抹茶もすごく美味しい……! グイード様が帰ったら一緒に飲ませていただくわね。
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