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後日編
はじめての長期休暇(8)
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しばらくもしないうちに、ボックス席の通路から新しい足音が聞こえた。誰かが休憩しに来たのかなと思っていたら、ライラたちのカーテンの向こうで足音が止まる。
「ライラちゃん、レオ君、失礼するよー」
返事をする前にシャーッとカーテンを開けられる。そこには先ほどまで階下で踊っていたファルマスと、輪切りのレモンが入ったグラスを持つメルヴィアがいた。メルヴィアは遠慮がちにライラに小さく手を振ってくれる。
「イチャついてたらどーしてくれたんですか、ライラのおにぃさん」
来ていることは分かっていたのか、レオナルドは特に驚いていない。本当にイチャついていたので、ライラの内心はヒヤッとしたのだが。
「そういう気配は分かるから大丈夫。キャロンさんたちから伝言があるんだけど、『私たちはラストワルツが流れる時間まで色々やってますから、そちらはイチャつくなり帰るなりご自由にしてくださいな』だってさー」
「あー……伝言ありがとうございます」
「ちゃんとイチャついた?」
ファルマスは真面目くさった顔で聞いてきた。ライラは先程のことを思い出して言葉に詰まり、レオナルドは半目で見返している。
「ふぁ、ファルマスくん! そーゆーこと聞かない方がいいよ、こういうところで!」
「そーだね無粋だった。言わずもがなイチャつきスポットだもんね。ごめんね、この子たち可愛くってさぁ」
「じゃあね。ライラちゃんと、ウォーウルフ君」
メルヴィアがファルマスの背を押し、ライラのボックス席から出ていく。ファルマスがメルヴィアを見つめる瞳といったら口から砂糖が出そうだった。
「じゃあメルヴィアさん、俺たちもいちゃいちゃしていこーか」
カーテンを閉じていないと通路の声がよく聞こえる。
「えっ!?」
「皆いっぱいいる場所、あんまり好きじゃないでしょ。俺といちゃいちゃするの好きだよね? だいじょーぶ、服が乱れるようなことはしないから~」
「えっ、まって、ファルマスく」
シャーッとカーテンが閉まる音がした。そこから先は声が聞こえなくなったので、このボックス席には消音の類の魔術式がかかっているのかもしれない。良かった。ファルマスがこれからどんな甘いことを囁くのか、聞いてなんかいられない。
ライラとレオナルドは顔を見合わせ、神妙に頷いた。
「ファル兄、めーっちゃ楽しそう」
「すげぇ生き生きしてたな。俺らはどうする?」
「えっ……、い、いちゃいちゃ?」
ライラが少し頬を染めながら小さく言うと――レオナルドは目をつぶって天を仰ぎ、大きく溜め息を吐いてからまた顔を戻した。
「……そりゃ、したいけど。今聞いたのは、これからどうするって話。ラストワルツまでいるか、帰るか」
「アッ……そうだね……すごく楽しいし、キャロンちゃんもエリックも最後までいるんなら、ラストワルツまでいたいかも。レオは?」
「こういう夜会は滅多に来ないし、今日は楽しいし――俺はライラと一緒にいられればそれでいい」
レオナルドはこうやって、少しずつ毒を盛るようにライラに愛を囁いてくれる。すでに致死性の量になって、ライラの心臓を満たしているのに彼は気付いてないのかもしれない。
「私だって、最後までいたいのは、レオと一緒だからだよ」
「……。あんまりそーゆーコト言われると、ぐっちゃぐちゃになるほどキスしてやりたくなるから今はやめてくれる?」
レオがそういうこと言う!? と思ったが、レオナルドは至極真顔で言うのでライラは黙って頷いた。
そのあとは、ボックス席から階下を眺めたり音楽を聴いてゆっくりしたり、レオナルドが一度料理と飲み物を調達してくれて小腹を満たしたりした。
ラストワルツは少々特別な意味合いを持つらしく、恋人同士や婚約者同士が踊ることが多い。『今一番、胸を占めている相手です』と表明しているようなもので、ファルマスとメルヴィアは踊り、キャロンとエリックは踊らなかった。
ライラとレオナルドは――
「ライラさ、ラストワルツを踊る意味、分かってる?」
「分かってる。兄様たちにもキャロンちゃんにも聞かされてるもの」
「ふーん?」
仲良くステップを踏んでいた。誘ったのはレオナルドで、ライラは笑顔でその手を取ったのだ。彼は少し遠回りに思案していたが、ライラの心はそういうことである。
ライラの心を占拠しているのはレオナルドだ。
「ラストワルツ、私と踊ってくれないかお願いしようと思ってたの」
「俺は都合よく解釈するけど」
幼気な子羊を注意深く諭すよう彼が微笑むので、ライラは朗らかに微笑み返した。
ラストワルツが終わり、拍手と共に夜会はお開きとなる。
――色んな意味で忘れられないものとなった。
○
これは、かなり手応えがあるんじゃないか?
長期休暇に入ってから、そしてあの夜会を過ごしてから尚更、レオナルドはそう思うようになった。
ウォーウルフ家の温室というか中庭というか、そこでいつも通りライラと鍛錬を行った後、汚れた服を着替えてからまた戻ってきた。今日は陽の光に虹色が混じる珍しい日で、そういうときは木陰の下で昼寝をするのが好きなのだ。地面に落ちる木漏れ日に、赤や黄色などの色が混じり天然のステンドグラスのようになる。いつも使っているハンモックにごろんと寝転がり、ライラに「おいで」と言った。
「眠れるかなぁ」
「結構気持ちいいよ」
ライラの両脇に手を差し込み、揺れて転びそうになりながらもヒョイと引きずり上げた。大きいハンモックではあるが、性質上レオナルドの左側にぴっとりくっつくことになる。ライラがモゾモゾ体勢を整えているドサクサに紛れ、腕枕をした。するとライラは良い居心地を探し、腕というかレオナルドの肩あたりに頭を置くことを決めたらしい。
(っつーか普通、この状況享受する? しねーよな?)
「いい具合にゆらゆらして気持ちいいね……」
ライラはすでにウトウトし始めた。疲れていることは分かっていたが、早すぎる。ほどなくしてすぅすぅと寝息が聞こえ、レオナルドも同じく眠りについた。
体感ではそこから数十分くらいだろうか。ライラがごそごそと動き、レオナルドの頭も覚醒した。ライラが体勢を変えたことでハンモックが大きく揺れ――どうやらうつ伏せになって半身を起こし、レオナルドの寝顔を見ているようだった。瞼の向こうにビシビシと視線を感じる。このまま狸寝入りを続けるか、ばちっと起きて驚かせるか。迷っているとハンモックがまた揺れた。
唇に柔らかい感触が落ちる。
何度もしているから分かる。指とかそういうのではなく、ライラの唇だ。
寝たふりをしていたことなど忘れ、レオナルドはぱちりと目を開けた。目を瞑ったライラの顔がある。可愛い。
「――……んッ!?」
薄ら瞼を上げたライラの瞳と視線が合い、彼女は驚いて飛び退いた。
(逆、その反応するの俺の方だから)
「お、起きっ、えっ!」
「キスだって、もう何度もしたじゃん」
事実であるが、本当を言うと意味合いが違う。いつもはレオナルドからキスしたり、強請ったりしたもので、ライラが自発的にキスしたのは初めてである。……たぶん、レオナルドが意識があるうちは。ライラの方もそれは分かっているからこそ、茹で上がったタコのように顔を真っ赤にさせている。
「そっうだけど、えと、違、違わないけどっ」
ライラがハンモックから落ちた。あわわわわと唇を震わせて涙まで滲ませ、レオナルドを数秒見つめたあと、脱兎の如く屋敷の方へ走って行った。
今ここで逃亡しても逃げられるわけなんてないのに。
まさかこのまま自宅へ帰るつもりか?
「ライラ、もう絶対俺のこと好きじゃん!」
レオナルドの叫びはライラに届いたのか。
ひやぁぁぁという叫びが聞こえてくるので、たぶん応えはイエスである。
「ライラちゃん、レオ君、失礼するよー」
返事をする前にシャーッとカーテンを開けられる。そこには先ほどまで階下で踊っていたファルマスと、輪切りのレモンが入ったグラスを持つメルヴィアがいた。メルヴィアは遠慮がちにライラに小さく手を振ってくれる。
「イチャついてたらどーしてくれたんですか、ライラのおにぃさん」
来ていることは分かっていたのか、レオナルドは特に驚いていない。本当にイチャついていたので、ライラの内心はヒヤッとしたのだが。
「そういう気配は分かるから大丈夫。キャロンさんたちから伝言があるんだけど、『私たちはラストワルツが流れる時間まで色々やってますから、そちらはイチャつくなり帰るなりご自由にしてくださいな』だってさー」
「あー……伝言ありがとうございます」
「ちゃんとイチャついた?」
ファルマスは真面目くさった顔で聞いてきた。ライラは先程のことを思い出して言葉に詰まり、レオナルドは半目で見返している。
「ふぁ、ファルマスくん! そーゆーこと聞かない方がいいよ、こういうところで!」
「そーだね無粋だった。言わずもがなイチャつきスポットだもんね。ごめんね、この子たち可愛くってさぁ」
「じゃあね。ライラちゃんと、ウォーウルフ君」
メルヴィアがファルマスの背を押し、ライラのボックス席から出ていく。ファルマスがメルヴィアを見つめる瞳といったら口から砂糖が出そうだった。
「じゃあメルヴィアさん、俺たちもいちゃいちゃしていこーか」
カーテンを閉じていないと通路の声がよく聞こえる。
「えっ!?」
「皆いっぱいいる場所、あんまり好きじゃないでしょ。俺といちゃいちゃするの好きだよね? だいじょーぶ、服が乱れるようなことはしないから~」
「えっ、まって、ファルマスく」
シャーッとカーテンが閉まる音がした。そこから先は声が聞こえなくなったので、このボックス席には消音の類の魔術式がかかっているのかもしれない。良かった。ファルマスがこれからどんな甘いことを囁くのか、聞いてなんかいられない。
ライラとレオナルドは顔を見合わせ、神妙に頷いた。
「ファル兄、めーっちゃ楽しそう」
「すげぇ生き生きしてたな。俺らはどうする?」
「えっ……、い、いちゃいちゃ?」
ライラが少し頬を染めながら小さく言うと――レオナルドは目をつぶって天を仰ぎ、大きく溜め息を吐いてからまた顔を戻した。
「……そりゃ、したいけど。今聞いたのは、これからどうするって話。ラストワルツまでいるか、帰るか」
「アッ……そうだね……すごく楽しいし、キャロンちゃんもエリックも最後までいるんなら、ラストワルツまでいたいかも。レオは?」
「こういう夜会は滅多に来ないし、今日は楽しいし――俺はライラと一緒にいられればそれでいい」
レオナルドはこうやって、少しずつ毒を盛るようにライラに愛を囁いてくれる。すでに致死性の量になって、ライラの心臓を満たしているのに彼は気付いてないのかもしれない。
「私だって、最後までいたいのは、レオと一緒だからだよ」
「……。あんまりそーゆーコト言われると、ぐっちゃぐちゃになるほどキスしてやりたくなるから今はやめてくれる?」
レオがそういうこと言う!? と思ったが、レオナルドは至極真顔で言うのでライラは黙って頷いた。
そのあとは、ボックス席から階下を眺めたり音楽を聴いてゆっくりしたり、レオナルドが一度料理と飲み物を調達してくれて小腹を満たしたりした。
ラストワルツは少々特別な意味合いを持つらしく、恋人同士や婚約者同士が踊ることが多い。『今一番、胸を占めている相手です』と表明しているようなもので、ファルマスとメルヴィアは踊り、キャロンとエリックは踊らなかった。
ライラとレオナルドは――
「ライラさ、ラストワルツを踊る意味、分かってる?」
「分かってる。兄様たちにもキャロンちゃんにも聞かされてるもの」
「ふーん?」
仲良くステップを踏んでいた。誘ったのはレオナルドで、ライラは笑顔でその手を取ったのだ。彼は少し遠回りに思案していたが、ライラの心はそういうことである。
ライラの心を占拠しているのはレオナルドだ。
「ラストワルツ、私と踊ってくれないかお願いしようと思ってたの」
「俺は都合よく解釈するけど」
幼気な子羊を注意深く諭すよう彼が微笑むので、ライラは朗らかに微笑み返した。
ラストワルツが終わり、拍手と共に夜会はお開きとなる。
――色んな意味で忘れられないものとなった。
○
これは、かなり手応えがあるんじゃないか?
長期休暇に入ってから、そしてあの夜会を過ごしてから尚更、レオナルドはそう思うようになった。
ウォーウルフ家の温室というか中庭というか、そこでいつも通りライラと鍛錬を行った後、汚れた服を着替えてからまた戻ってきた。今日は陽の光に虹色が混じる珍しい日で、そういうときは木陰の下で昼寝をするのが好きなのだ。地面に落ちる木漏れ日に、赤や黄色などの色が混じり天然のステンドグラスのようになる。いつも使っているハンモックにごろんと寝転がり、ライラに「おいで」と言った。
「眠れるかなぁ」
「結構気持ちいいよ」
ライラの両脇に手を差し込み、揺れて転びそうになりながらもヒョイと引きずり上げた。大きいハンモックではあるが、性質上レオナルドの左側にぴっとりくっつくことになる。ライラがモゾモゾ体勢を整えているドサクサに紛れ、腕枕をした。するとライラは良い居心地を探し、腕というかレオナルドの肩あたりに頭を置くことを決めたらしい。
(っつーか普通、この状況享受する? しねーよな?)
「いい具合にゆらゆらして気持ちいいね……」
ライラはすでにウトウトし始めた。疲れていることは分かっていたが、早すぎる。ほどなくしてすぅすぅと寝息が聞こえ、レオナルドも同じく眠りについた。
体感ではそこから数十分くらいだろうか。ライラがごそごそと動き、レオナルドの頭も覚醒した。ライラが体勢を変えたことでハンモックが大きく揺れ――どうやらうつ伏せになって半身を起こし、レオナルドの寝顔を見ているようだった。瞼の向こうにビシビシと視線を感じる。このまま狸寝入りを続けるか、ばちっと起きて驚かせるか。迷っているとハンモックがまた揺れた。
唇に柔らかい感触が落ちる。
何度もしているから分かる。指とかそういうのではなく、ライラの唇だ。
寝たふりをしていたことなど忘れ、レオナルドはぱちりと目を開けた。目を瞑ったライラの顔がある。可愛い。
「――……んッ!?」
薄ら瞼を上げたライラの瞳と視線が合い、彼女は驚いて飛び退いた。
(逆、その反応するの俺の方だから)
「お、起きっ、えっ!」
「キスだって、もう何度もしたじゃん」
事実であるが、本当を言うと意味合いが違う。いつもはレオナルドからキスしたり、強請ったりしたもので、ライラが自発的にキスしたのは初めてである。……たぶん、レオナルドが意識があるうちは。ライラの方もそれは分かっているからこそ、茹で上がったタコのように顔を真っ赤にさせている。
「そっうだけど、えと、違、違わないけどっ」
ライラがハンモックから落ちた。あわわわわと唇を震わせて涙まで滲ませ、レオナルドを数秒見つめたあと、脱兎の如く屋敷の方へ走って行った。
今ここで逃亡しても逃げられるわけなんてないのに。
まさかこのまま自宅へ帰るつもりか?
「ライラ、もう絶対俺のこと好きじゃん!」
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