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領地経営編③
領主、前途多難
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冬が始まる前の穏やかな朝に、俺はう~んと体を伸ばしてストレッチに精を出す。
騎士たちが訓練している側で、敷物を敷いて奇怪なポーズを取る主人の姿にすっかり慣れた騎士たちは黙々と剣を振っている。ハリソンだけは時折りこちらに視線を寄こして、ぷぷっと肩を振るわして笑っていやがるけどな。
「ふぃーっ」
首に巻いたタオルで顔の汗を拭うと、横からサッと水を入れたコップが差し出される。ディーンがニコニコ顔で注いだものだ。
「おう。ありがとう」
グイッと水を飲み干して、空を仰ぎ見ると雲ひとつない晴天で。はああっ、今日も一日頑張りますかぁ。
朝食前にもう一周ぐらいウォーキングでもしようかなっと腰を浮かした俺の耳に、ノーマンの叫び声が飛び込んできた。
「セシル様ーっ! セシル様ーっ! た、たいへんですうううぅぅぅぅっ!」
なんだよ? 何が起きた?
ノーマンの常ならない必死の形相に、俺とディーンは顔を見合わせて首を傾げた。
…………。
さて、一難去ってまた一難という、前世の言葉がある。この異世界にもこういう迷惑な言葉が存在するのだろうか? しかも俺の場合一難どころか二難、三難と重なってんだけど?
「はああああぁぁぁぁっ。もう、泣きたい」
いや、泣いているかもしれん。シクシク。これって兄上とか父上とかに助けを求めてなんとかなるの?
「セシル様。とにかく鉱山については王家への報告義務がありますので早急に王家への使者と、商業ギルドへの連絡をしなければなりません」
ベンジャミンも冷静に見えて顔が苦虫を百匹も千匹も噛み潰したみたいな顔をしている。俺なんて泣き顔だし、ノーマンは茫然自失だ。
オールポート領の一大事のため代官のクラークにも使いを出しているし、俺は泣きながらハーディング家へ手紙を書いていた。
西側領地サレルノの住宅工事が終了し、工場も建てて、いまは工場で使う道具を作っている。少しずつ畑や果樹の仕事、カイコ、カラーシープ、鶏の世話、薬草園や養蜂の準備など着実に領民の生活基盤が整え進められているのだ。
俺もシャーロットちゃんを連れて何度も視察に行ったし、そこで兄上とさらに発展させるための意見交換も積極的に行った。いや、イライアス様が異様に食いついて、俺よりもあれやこれやと口出してきやがったけどね。
終いには、サレルノの担当がシャーロットちゃんだとわかると、俺のかわいい愛娘を懐柔して要望を図々しく突き出してきたし……。
いや、いいよ。イライアス様のデザイナーとしてのセンスが、サレルノで作られるだろう糸や布に反応したんだろうしね。
領都クレモナも順調。今回の秋の社交シーズンで行き来した下位貴族の皆さんも大満足で、お金を落としていかれました。当然だがトビーのスイーツ店は大人気。ラグジュアリーホテルの評判も上々。ハーディング家では前衛的で受け入れられなかった料理人も腕を奮いまくって、宿泊客からめちゃくちゃ褒められたらしい。
嬉しいことに元々の領民たちからも新しい領都クレモナのメインストリート、プリマヴェーラ通りは大好評。活気が戻ってきたんだ。
なのに……。
「まさか……鉱山で宝石が採れなくなるなんて……」
そう、いつかは来ると覚悟はしていたが、鉱石の枯渇。つまり宝石の原石を採り尽くしてしまったのだ。どれだけ奥まで採掘しても、ただの石しかない。
廃鉱山にするしかないけど……そうなると鉱山夫たちの失業だったり、その鉱山夫相手に商売していた者たちも立ち行かなくなってしまう。
そもそも、鉱山って罪人が罪を償うために送られたりする場所だから、とってもガラが悪い人たちが集まっている。そういう人たちを束ねて働かせる上の者も、めちゃくちゃガラが悪い。
つまり……廃鉱山にすると決まったら暴動が起きるかもしれない。無法地帯になったらどうしよう……。しかも、その暴動が東側領地で収まらずに、領都や西側領地、南側領地へと広がったら……まずい。
オールポート領地が歴代賢明な領主が正しく治めていたなら問題はないが、先代は凡庸でセシル君の亡くなった奥さんは無関心、コーディたちのやらかしでここ最近では税を上げての散財三昧。
やべぇ、暴動が広まったら領民からの吊るし上げで伯爵家が潰れ、白豚の丸焼きができてしまうかもしれない。
「東側領地ヴァゼーレには、ハリソンを向かわせましょう、奴はここを出てからヴァゼーレに滞在していたようですから」
ベンジャミンからの新情報に俺の耳はピクピクと動いた。なに? では、ハリソンはヴァゼーレに詳しい? ひょっとして誰か有力者と知り合いだったりする?
「ハリソンを呼べ。それと……ヴァゼーレには状況確認で人を派遣するべきだが……俺も行く」
えっ! とその場にいる全員から目を真ん丸にして見られたが、俺だって驚いているわっ。
行きたくない……。だって怖いじゃん。行きたくないよ、そんなヤバいところ。でもなぁ……俺、領主なんだよな……。
「セシル様。危険です。ただでさえ荒くれ者たちで溢れている場所ですよ? 喧嘩して怪我人が出るのは日常茶飯事です」
「ディーン……。お前、俺がなけなしの勇気をかき集めて言ったのに、撤回したくなるようなこと言うなよ」
「撤回させたいんです!」
さてはお前、俺の付き添いでヴァゼーレに連れて行かれるのが嫌なんだろう?
「暴動が起こさないように、俺が行く。そもそも不満を訴える相手が目の前にいたら、少しは溜飲が下がるかもしれない」
行きたくはないが、行くしかないとも思う。
はああああっ、白豚伯爵、前途多難すぎるだろう。
騎士たちが訓練している側で、敷物を敷いて奇怪なポーズを取る主人の姿にすっかり慣れた騎士たちは黙々と剣を振っている。ハリソンだけは時折りこちらに視線を寄こして、ぷぷっと肩を振るわして笑っていやがるけどな。
「ふぃーっ」
首に巻いたタオルで顔の汗を拭うと、横からサッと水を入れたコップが差し出される。ディーンがニコニコ顔で注いだものだ。
「おう。ありがとう」
グイッと水を飲み干して、空を仰ぎ見ると雲ひとつない晴天で。はああっ、今日も一日頑張りますかぁ。
朝食前にもう一周ぐらいウォーキングでもしようかなっと腰を浮かした俺の耳に、ノーマンの叫び声が飛び込んできた。
「セシル様ーっ! セシル様ーっ! た、たいへんですうううぅぅぅぅっ!」
なんだよ? 何が起きた?
ノーマンの常ならない必死の形相に、俺とディーンは顔を見合わせて首を傾げた。
…………。
さて、一難去ってまた一難という、前世の言葉がある。この異世界にもこういう迷惑な言葉が存在するのだろうか? しかも俺の場合一難どころか二難、三難と重なってんだけど?
「はああああぁぁぁぁっ。もう、泣きたい」
いや、泣いているかもしれん。シクシク。これって兄上とか父上とかに助けを求めてなんとかなるの?
「セシル様。とにかく鉱山については王家への報告義務がありますので早急に王家への使者と、商業ギルドへの連絡をしなければなりません」
ベンジャミンも冷静に見えて顔が苦虫を百匹も千匹も噛み潰したみたいな顔をしている。俺なんて泣き顔だし、ノーマンは茫然自失だ。
オールポート領の一大事のため代官のクラークにも使いを出しているし、俺は泣きながらハーディング家へ手紙を書いていた。
西側領地サレルノの住宅工事が終了し、工場も建てて、いまは工場で使う道具を作っている。少しずつ畑や果樹の仕事、カイコ、カラーシープ、鶏の世話、薬草園や養蜂の準備など着実に領民の生活基盤が整え進められているのだ。
俺もシャーロットちゃんを連れて何度も視察に行ったし、そこで兄上とさらに発展させるための意見交換も積極的に行った。いや、イライアス様が異様に食いついて、俺よりもあれやこれやと口出してきやがったけどね。
終いには、サレルノの担当がシャーロットちゃんだとわかると、俺のかわいい愛娘を懐柔して要望を図々しく突き出してきたし……。
いや、いいよ。イライアス様のデザイナーとしてのセンスが、サレルノで作られるだろう糸や布に反応したんだろうしね。
領都クレモナも順調。今回の秋の社交シーズンで行き来した下位貴族の皆さんも大満足で、お金を落としていかれました。当然だがトビーのスイーツ店は大人気。ラグジュアリーホテルの評判も上々。ハーディング家では前衛的で受け入れられなかった料理人も腕を奮いまくって、宿泊客からめちゃくちゃ褒められたらしい。
嬉しいことに元々の領民たちからも新しい領都クレモナのメインストリート、プリマヴェーラ通りは大好評。活気が戻ってきたんだ。
なのに……。
「まさか……鉱山で宝石が採れなくなるなんて……」
そう、いつかは来ると覚悟はしていたが、鉱石の枯渇。つまり宝石の原石を採り尽くしてしまったのだ。どれだけ奥まで採掘しても、ただの石しかない。
廃鉱山にするしかないけど……そうなると鉱山夫たちの失業だったり、その鉱山夫相手に商売していた者たちも立ち行かなくなってしまう。
そもそも、鉱山って罪人が罪を償うために送られたりする場所だから、とってもガラが悪い人たちが集まっている。そういう人たちを束ねて働かせる上の者も、めちゃくちゃガラが悪い。
つまり……廃鉱山にすると決まったら暴動が起きるかもしれない。無法地帯になったらどうしよう……。しかも、その暴動が東側領地で収まらずに、領都や西側領地、南側領地へと広がったら……まずい。
オールポート領地が歴代賢明な領主が正しく治めていたなら問題はないが、先代は凡庸でセシル君の亡くなった奥さんは無関心、コーディたちのやらかしでここ最近では税を上げての散財三昧。
やべぇ、暴動が広まったら領民からの吊るし上げで伯爵家が潰れ、白豚の丸焼きができてしまうかもしれない。
「東側領地ヴァゼーレには、ハリソンを向かわせましょう、奴はここを出てからヴァゼーレに滞在していたようですから」
ベンジャミンからの新情報に俺の耳はピクピクと動いた。なに? では、ハリソンはヴァゼーレに詳しい? ひょっとして誰か有力者と知り合いだったりする?
「ハリソンを呼べ。それと……ヴァゼーレには状況確認で人を派遣するべきだが……俺も行く」
えっ! とその場にいる全員から目を真ん丸にして見られたが、俺だって驚いているわっ。
行きたくない……。だって怖いじゃん。行きたくないよ、そんなヤバいところ。でもなぁ……俺、領主なんだよな……。
「セシル様。危険です。ただでさえ荒くれ者たちで溢れている場所ですよ? 喧嘩して怪我人が出るのは日常茶飯事です」
「ディーン……。お前、俺がなけなしの勇気をかき集めて言ったのに、撤回したくなるようなこと言うなよ」
「撤回させたいんです!」
さてはお前、俺の付き添いでヴァゼーレに連れて行かれるのが嫌なんだろう?
「暴動が起こさないように、俺が行く。そもそも不満を訴える相手が目の前にいたら、少しは溜飲が下がるかもしれない」
行きたくはないが、行くしかないとも思う。
はああああっ、白豚伯爵、前途多難すぎるだろう。
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